上 下
9 / 62
3.ふたりで過ごす日曜日

009

しおりを挟む
「なんで正座? 『座って』と言ったのは、ソファにっていう意味だったんだけど」

 リビングに戻ってきた冴島社長はグラスをふたつ手にしている。

「すみません。でもこのほうが説明しやすいので」

 グラスを受け取って答えると、冴島社長もダンボールを挟んだ向かい側にあぐらをかくように座ってグラスに口をつけた。

「ねえ、オリーブの木って実もなるの?」

 ダンボールのなかを覗き込んで言う。
 冷茶をひと口飲んでからグラスをテーブルに置いたわたしは、まずはオリーブの木を取り出して床に置いた。

「オリーブはほかの種類の木の花粉で受粉させないとなかなか実がつかないんです。なので、これ一本ではおそらくできないかと思います」
「えっ、そうなの? もう一本あったほうがいいってこと?」
「はい。でもどちらにしてもこちらのオリーブの木はまだ若いので、実をつけられるようになるまで四、五年はかかるかと思います」
「なあんだ、そんなにかかるんだ。でも気長にがんばってみるよ」

 てっきりあきらめるのかと思っていたら、本当にその気があるらしく、わたしの書いたメモを読んでいる。
 わたしはオリーブの木の育て方の説明をはじめた。それが終わると、パキラ、ポトス。最後にシャコバサボテン。
 それを熱心に聞き入っている冴島社長に驚きながらも、彼なら大切に育ててくれそうな気がしてうれしくなる。

「以上です。わからないことがありましたら、いつでも聞いてください」

 ひと通り説明を終えると、空になったダンボールを持って立ち上がった。

「お茶、ごちそうさまでした」

 こうして改めてこの部屋を見ると、まるっきり別世界だ。観葉植物だって別にうちの店で買わなくても、立派に育ったオーガスタやドラセナがすでに置いてある。
 観葉植物がほしいというのは気まぐれだったのかな。
 けれど、この先も顔を合わせる機会があるかもしれないし、なによりお世話になっているのだから、気まぐれでもいいのだ。

「ねえ、食事につき合ってよ」
「えっ?」
「昨日の昼からなんにも食べてないんだよ。夕べも遅かったからさ。なにか食べたいものある?」

 わたしの都合を尋ねるのではなく、もう行くことになっている。
 女性を食事に誘って断られたことがないんだろうな。いや、そもそも女として見られているのだろうか。
 この遠慮の欠片もない誘い方……。前にランチに誘われたときは特別な目で見られていると思っていたけれど、それはわたしの勘違いだったのかも。秘書や部下といった主従関係の立場として扱われているのかもしれない。

「でもわたし……」
「予定ある?」
「いいえ、予定はないんですが。こんな格好ですし、行く場所は限られてしまうかと」

 仕事用の服装のためオシャレ感はゼロ。襟つきの白シャツとストレッチのきいた黒のパンツ。アクセサリーも一切身に着けていないし、靴だってスニーカーだ。
 場所にもよるけれど、さすがにこの格好で外食するのは恥ずかしいな。
 そんなことを考えていると、冴島社長は思案をめぐらせながら、おもむろにテーブルの上のスマホに手を伸ばした。
 それからどこかに電話をかけはじめたのだが、目の前で話しているので内容がだだもれ。どうやらデリバリーを頼んでいるようだ。

「あっ、ハンバーグもよろしく。デミグラスソースたっぷりな」

 やけに親しげな口ぶりなので知り合いなのかもしれない。冴島社長はほかにパスタやサンドイッチ、サラダを頼んでいた。

「適当に頼んじゃったけど苦手なものあった?」
「いいえ、嫌いなものは特にないです」
「よかった。本当はなにか作ろうかと思ったんだけど、冷蔵庫に飲み物しか入ってないから」
「とんでもないです。お仕事で疲れていらっしゃるのに料理なんて申し訳ないです」
「疲れているように見える? 僕、そこまでおじさんじゃないんだけどな」

 心外だなと口を尖らせた。
 怒っているわけではなさそうだけれど、嫌なムードになってしまった。
 冴島社長はどういうつもりなのか、無表情のまま、さっきからわたしを見つめている。

「そういう意味じゃないです! 見た目ではなくて、社長さんだからいろいろ大変なのかと思って。冴島社長はお若いです。とても社長に見えないですし──。あっ、いや、そうじゃなくて。社長というとご年配のイメージなので」

 わたしったらなにを焦っているのだろう。たぶん、からかわれているんだ。それなのに必死になって言い訳している。少しでも自分の印象をよくしようとしているみたい。
 胸の奥がさわがしい。見つめられ、冷静さを保てない。

「社長らしくないっていうのはそうだと思う。実際、知り合いの社長クラスの人間はみんな年上だしね。まわりから見たら、さぞかし頼りなく映っていると思うよ」

 冴島社長はとくに自虐的になるわけでなく、あっけらかんと言う。
 様々な業界の重鎮から、そんなことを言われてきたのかもしれない。だけど彼の成し遂げてきた功績は今や誰もが称賛し、地位も名誉も手に入れている。

 起業したのは大学在学時。当時の冴島テクニカルシステムズは冴島物産とは無関係だったと聞く。冴島物産の傘下になったのはここ一年以内のことだ。

「頼りないなんて、そんなことないです。じゃなかったらたくさんの従業員を従えられません。尊敬します。わたしなんてあんな小さい店であわあわ言ってますから」
「春名さんはしっかり店を守ってるように思えたよ。花屋って大変みたいだね。肉体労働だし、売り上げは安定しないし、廃棄率も高い。おまけに潰しがきかない」

 花屋のことをよくわかっているなあと感心する。

「そうなんです。花屋になる前はOLをしていたんですけど、二年ほどしか勤めていないのでキャリアにもならなくて。もう二十六ですし、あと戻りできません」
「僕の二個下なんだから十分若いよ」

 そうなんだよね、ふたつしか違わないんだよね。
 それなのにとんでもない金額のお金を動かし、世間の人に認められ、改めてすごい人なのだと思い知らされる。

 それから三十分ほどして部屋のインターホンが鳴った。注文したデリバリーが届いたのだ。ついさっきフロントのコンシェルジュから連絡があったばかりだった。

「ごめん、代わりに受け取ってもらえる?」

 冴島社長は肩にスマホを挟みながら、器用に財布から一万円札を取り出すとわたしに差し出した。

「わかりました」

 仕事の電話のようで、わたしがお金を受け取ると、再びスマホの相手と話しはじめる。
 デリバリーは知り合いの人の店に注文していたようなのに、わたしが対応していいのだろうか。冴島社長はまったく気にする様子はないけれど、配達に来てくれた人がその知り合いならびっくりさせてしまいそうな気がする。
 わたしは少し緊張しながら玄関ドアを開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑 side story

岡暁舟
恋愛
本編に登場する主人公マリアの婚約相手、王子スミスの物語。スミス視点で生い立ちから描いていきます。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月
恋愛
 第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。 ――珈琲が織りなす、家族の物語  バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。  ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。   亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。   旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。

成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

花喰みアソラ

那月
ファンタジー
「このバラ、肉厚で美味しい」 花屋を1人で経営するミサキの前に突然現れた男、アソラ。 空腹のあまり行き倒れた彼は普通の食事を拒み、商品の切り花に手を伸ばすと口に運ぶ。 花を主食として生きるアソラは商品を食べてしまった、助けてもらったお礼にとミサキの店を手伝うと申し出る。 植物にまつわる問題を抱えた人と花を主食とする主人公のお話。 来客の心に反応して商品の花が花妖になって襲いかかる。 花妖になってしまった花を救うのが自分の役目だとアソラは言う。 彼は一体何者なのか? 決して自分のことは語ろうとしないアソラと、そんな彼をなんとなく放ってはおけないでいるミサキ。 問題の発生源であるアソラに、巻き込まれっぱなしのミサキは手を伸ばした。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

処理中です...