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第5章 勝手にプロポーズしました宣言
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この日、予定通りに両親が北海道から飛行機で駆けつけてくれた。タクシーでわたしのアパートに着いて、迎えたわたしを見るなり、母が抱きついてきた。
「亜矢、大丈夫!?」
「ちょっとお母さん、人が見てるって」
「いいじゃない。昨日の夜は心配で眠れなかったのよ」
親はありがたいなと改めて思った。離れて暮らしていても両親がいてくれることは心の支えになっている。こういうとき、それを強く感じる。
今日も朝から現場検証。昨日も警察の人からいろいろなことを聞かれたけれど、今日も部屋のなかで、事細かくたずねられた。
その後、火災保険会社から派遣されてきた鑑定人による建物と家財の調査が行われ、書類の手続きについて説明を受けた。やることがたくさんあって混乱してくる。
そんなわたしを見かねた父が途中から交渉してくれて、その日もなんとか乗りきることができた。
「お父さん、ありがとう。いろんなことを説明されても右から左で頭に残らないんだもん」
「火事のときは、本人は動転しているから、第三者の人に立ち会ってもらうべきだよ」
「ほんと、そうだね。お父さんがいなかったら、保険金の額が少なくなっていたと思う。火事なんて一生経験することないと思っていたから、そういう知識の勉強をしないもんね」
「まさか亜矢が火事に巻き込まれるとはな。怪我がなくて本当によかったよ」
「うん」
「大変だったな、よくがんばった」
父の言葉を聞いているだけで涙があふれてきた。
やっぱりほっとする。世良さんや春山社長とは違う安心感がある。
「お父さん、ごめんね」
「何を謝ってるんだよ? 亜矢が悪いんじゃないだろう」
「でも心配かけちゃった。疲れているのに東京まで来てもらっちゃったし」
「娘のためならあたり前だ」
親というものは絶対的な存在だ。この年になっても甘えたくなってしまう。
母がハンカチを取り出してわたしの目もとを拭ってくれる。「しょうがないわね」と言いながら、ニコニコと笑っていた。
「なにがおかしいの?」
「おかしくて笑っているんじゃないの。亜矢の小さい頃を思い出してたの」
「よく泣いていたから?」
「そうよ」
わたしは小さい頃は泣き虫で、母に怒られては泣き、友達と喧嘩しては泣いていた。
「新しい学校に行った初日に泣いて帰ってきて、転校が決まっても泣いていたわね」
「だって、やっと友達ができたのに、またすぐに引っ越しすることになるんだもん」
「小さいあなたにお友達との別れを経験させてしまうことはかわいそうだと思っていたわ。でもそう思いながらも、亜矢には辛抱してもらった。だってお父さんに単身赴任をさせたくなかったんだもの。家族はいつも一緒じゃないとだめだと思っていたから」
「わかってる」
わたしも母と同じ考えだった。転校を繰り返すことはつらかったけれど、父と離れて暮らすことは考えられなくて、子どもながらにそれは理解していた。
「それはそうと亜矢、あの方は?」
母が突然そう言って、わたしを通り越した先を見つめていた。まさかと思い振り返ると、玄関先に世良さんが立っていて、うちの両親にぺこっと頭を下げた。
「世良さん!! お仕事は!?」
「切りあげてきた。やっぱり心配でね。それに、ご両親が上京していると聞いたから」
「誰に聞いたんですか?」
わたしではない。夕べも両親の上京のことはあえて言わなかった。だって世良さんのことだもん……。
「大久保さんから、亜矢ちゃんをよろしくって電話があったんだけど、そのときにチラッと。せっかくだから、あいさつをさせてもらおうと思って」
ほら、やっぱり。そう言い出すんじゃないかと思ったんだ。律儀な彼の性格を考えたら、こうなることは予想できた。
うーん、困った。いろいろとややこしくなりそう……。
でもこうなったら開き直るしかない!
「わたしの父と母です」
わたしは世良さんに両親を紹介し、両親には仕事で抜けることになった春山社長の代わりに、昨日は世良さんがずっとわたしにつき添ってくれたことを説明した。
「はじめまして、世良文哉です」
世良さんは名刺を差し出しながら自己紹介した。それは堂々としたもので、余裕すら感じる。
一方、父と母は名刺を手に困惑していた。
けれど、そこは世良さん。動じることなく続ける。
「急に現れて申し訳ありません。前々からごあいさつしたいと思っていました。お会いできて光栄です」
これでもかという王子様スマイル。見慣れているわたしですらドキドキした。
そしてこれまた予想通り、母はあっけなく陥落。父を押しのけるようにして前に出てくると、いつもより高いトーンで流暢に話し出す。
「亜矢の母です。このたびは亜矢が大変お世話になりました。こんな素敵な方とおつき合いしているなんて聞いてなくて。世良さん、きっとおモテになるんでしょうね。女性が放っておかない感じですものね」
「ちょっとお母さん! 変なこと言わないでよ」
あいさつだけですまないのが母なのだ。
「いいじゃないの、本当のことなんだから。亜矢、いいお相手を見つけたわね。前の会社の方なら申し分ないわ」
「世良さんとはまだそういうんじゃなくて……」
本人を前にして言いにくい。
「おつき合いしているんじゃないの?」
「それについては、これからおいおい考えるっていうか……」
「おいおい考えるってどういうこと?」
「言葉通りだよ。世良さんには答えを待ってもらっているの」
「やだ、なに言ってるの? こんな素敵な人に好意を持たれているのに、お待たせするなんて失礼じゃない。もう、ぐずぐず言ってないで、さっさと世良さんに決めちゃいなさい!」
背中をバシッとたたかれて、世良さんの前に突き出される。わたしは苦笑いしかできなくて、世良さんも困ったように笑っていた。
「……す、すみません」
「僕も、あせりすぎたかな」
顔を見合わせて、なんとも気まずい雰囲気になる。
「まあまあ、お母さん。亜矢はもう大人なんだ。親がいちいち口をはさむことじゃないだろう」
「それはそうだけど」
「ちゃんと決まったら亜矢から報告してくれるよ。前もそうだっただろう。結局はこっぴどく振られたようだけどな」
せっかくのフォローなのに最後の部分だけ余計だよ。わたしの過去の傷をえぐるようなことを言うんだから。
チラリと世良さんを見ると、なぜか少し緊張気味に唇を引き結んでいた。
やっぱり気を悪くさせてしまったんだろうか。よく考えたら、わたしが母に言ったことも無神経だったと思う。
「世良さん、すみません。わたしも両親も思ったことをすぐ口にしちゃうんで」
「ぜんぜん気にしてないから安心して」
いつものやさしい言葉だった。
だけど、「お父さん、お母さん」と言って背筋をピンと伸ばした世良さんから、次にとんでもない言葉が飛び出した。
「僕は亜矢さんに結婚を申し込みました。おつき合いもしていない関係ですが、それくらい本気です」
「せ、世良さん! その話はまだちょっと早いです!」
いきなり結婚という言葉が出てきて、両親がどういうことだという目でわたしを見ている。
「つき合ってもいないのに結婚を申し込まれたというのは、どういう意味なんだ? 亜矢、おまえは世良さんと結婚するのか?」
父はそうたずねてくるが。
「それは……」
わたしだってまだわからないので答えることができない。すると黙り込んだわたしの代わりに世良さんが答えてくれた。
「亜矢さんからの返事は保留です。でも結婚を前提として僕とのことを考えてほしくて、おつき合いの期間を省いて先にプロポーズしました」
「プロポーズが先だなんて、いくらなんでも強引すぎじゃありませんか?」
父が少し語気を強めた。
「はい、そのため亜矢さんをかなり困惑させてます。ですが、どうしても亜矢さんと結婚したいんです。もちろん、すぐに返事をもらおうとは思っていません。亜矢さんに無理強いはしないとお約束しますので、その点はどうか安心してください」
そう言った世良さんはとても凛々しくて、すごく格好よかった。
これまでわたしは、誰かにこんなにも必要とされたことはないような気がする。それこそ元彼は、わたしとの結婚は望んでいなくて、去っていってしまったのだから。
「亜矢ちゃん、ご両親に勝手にこんなことを言ってごめんね。でもちゃんとごあいさつしたいと思っていたんだ。大久保さんが帰国するまでの間、僕の家に泊まる──」
「世良さん!」
今度こそまずい! と思って慌てて制止するも、たぶん手遅れだ。母が素早く反応し、わたしをねっとりと見ていた。
「世良さんの家? 亜矢、女の子の家に泊めてもらうって言ってなかった?」
ここまで核心をついて聞かれては観念するしかなかった。わたしは正直に打ち明けることにした。
「言ったよ。でも本当のことを言ったら反対するでしょう? おつき合いもしてないのに」
「説明もなしに男の人のところに泊まるなんて聞いたら反対したと思うわ。でも誠実そうな方じゃない。こうしてわざわざあいさつに来てくださるんだもの、お母さんは反対しないわ」
「えっ、いいの?」
「おつき合いの前に一緒に住むのもアリだと思うわ。相手がどんな人かを手っ取り早く知るチャンスだもの。ねえ、お父さんもそう思うでしょう?」
「さすがにそれは……」
話を振られた父が悶々とした表情になる。
やっぱりそうなるよね。笑顔でそうしなさいと言ってもらえることではない。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが節度を守って亜矢さんをお預かりします。決してご両親がご心配されているようなことはいたしません」
「ほら、お父さん。世良さんがここまで言ってくださっているのよ。信じてあげましょうよ」
「そ、そうだな……」
世良さんの凛とした姿は両親に好印象を与えたようだった。最初は不満そうだった父も、萌さんが上海から帰国するまでの三日間だと母に説得させられ、最終的には了承してくれた。
その後、世良さんがうちの両親を家に招待してくれ、四人でダイニングテーブルについた。目の前に両親が座っている。思いのほか父が世良さんと和んでいるのを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「本当のことが聞けて安心したわ」
母が紅茶のカップをソーサーに置いて言う。
「亜矢は前の会社の同期の女の子の家に泊まると言っていたけど、本当は違うんじゃないかって思ってたのよね」
「えっ、疑われてたの?」
「だってしゃべり方がおどおどしてたし。それに同期の子って結婚してたわよね? 前にそんな話をしてたでしょう。独身ならいいけど、家庭のあるお友達の家に泊まるのは気が引けると思って」
母はやはり勘が鋭い。うまくごまかしたつもりだったんだけどな。簡単に見破っていたようだ。
「でも、お相手が世良さんなら賛成よ。ねえ、お父さん?」
母が父に同意を求めた。
「そうだな。どこの馬の骨か知れない男に比べたら遥かに信頼できるな。高嶋建設さんの課長さんなら、なおさらだ」
「同じ職場だったなんてね。知り合って丸六年でしょう。不安要素なんてこれっぽっちもないわよ」
「ただ、あれだな。結婚式に大きなお腹にはならないようにだな……まあ、そのあたりの常識だけは守ってくれれば、お父さんはなにも言うことはないよ」
お父さん、やめてよ! そんなデリケートなことまで。まだおつき合いもしていないのに。
「お父さん!」
しかし声を発したのはわたしではなく、世良さんだった。
「安心してください。寝室はもちろん別々ですから!」
世良さんが力説している。わたしはポカンとしながら、その様子を見ていた。
「手を出しちゃってもいいのよ。むしろ、どんどん迫ってその気にしてやってちょうだい。じゃないとこの子はいつまでたっても、結婚どころか恋愛もできないと思うの」
とうとう母まで好き勝手なことを言いはじめた。これ以上、放っておくわけにいかない。
「世良さんはそういう人じゃないの。それに結婚も恋愛もあせりたくないの。ゆっくり考えさせて」
「そんなこと言ってると、世良さんに逃げられちゃうわよ」
母はよほど世良さんを気に入ったらしい。わたしをけしかける言葉ばかりかけてくる。
「大丈夫ですよ、お母さん。僕は逃げません。その点もご安心ください」
「ちょっと亜矢、聞いた? 世良さんって、ほんと素敵よね」
はぁ……。どうしてこんなことになったのだろう。なんて考えるまでもなく、隣で優雅に紅茶を飲んでいる世良さんがプロポーズしましたと両親にバラしちゃったからなんだけれど。
でもこれがわたしの望んでいた形なのだろうか。両親へのあいさつとプロポーズは過去の恋愛では叶えられなかったこと。それは約束よりも重い責任が伴う。あの頃のわたしはたしかにこんな日を夢見ていた。
「本当にこんな娘でいいんですか?」
父がまっすぐに世良さんを見据える。さっきまでのふざけた雰囲気がガラリと変わり、真剣な父の顔に場の空気が張りつめた。
「亜矢さんじゃないとだめなんです。僕にはもったいないくらいの女性だと思っています」
その言葉に父は黙ってうなずいた。
わたしも、その言葉を厳粛に受け止めていた。逃げないで本気で考えないといけない。わたしの世良さんに対する想い。果たしてその想いが結婚に結びつくのか、まだわからないけれど、初めて本気で向き合おうと思ったような気がする。
それから頼んでいた出前のお寿司が届き、遅い昼食をいただいた。食事のあと、わたしと両親は世良さんのアパートをあとにする。本当はその日の夕飯はわたしが作る約束だったのに、世良さんが「親子水入らずで過ごしておいで」と、わたしを送り出してくれた。
おかげで、買い物をしたり、博物館に行ったりと、十分楽しめた。
それまでは毎年帰省していたのだけれど、前の会社を辞めて以来、なんとなく気が引けて実家に帰っていなかった。両親に会うのは実に二年ぶりだったのだ。
そして夕飯後、両親が宿泊するホテルの一階のティーラウンジでお茶を飲んでいたとき。
「ちょっと、ごめん。電話してくる」
「世良さん?」
スマホを持って立ち上がったわたしに母がたずねた。
「うん。帰る頃になったら電話をしなさいって言われたの」
「やさしい人ね。亜矢のことを心から大事にしてくれていることが伝わってくるわ」
母が穏やかに目を細める。わたしは少し照れくさくなりながらも、「うん」とうなずいた。
ホテルのロビーに移動して世良さんに電話をすると、『すぐに迎えにいくよ』という返事だった。
「ゆっくりでいいですよ」
『いや、すぐに行けるから。ロビーで待っていて。着いたら電話するよ』
世良さんのアパートからホテルまで、急いでも車で二十分はかかる。すぐにここに到着するような言い方だったが、どういうことだろう。そう思いながらラウンジに戻ると、五分ほどで世良さんから電話があった。電話に出ると、『正面玄関にいるよ』と返ってきたのでびっくりした。
「随分と早いな」
父が腕時計を見ながらつぶやく。
「近くまで来ていたみたい」
「彼のことだから、この辺をうろうろしていたんじゃないか?」
「そうなのかな」
わたしが首を傾げると、母が「そうに決まってるわ」と楽しそうに笑った。
「どこまで心配症なんだろう」
結局、世良さんを一日振りまわしてしまった。仕事も途中で切りあげさせてしまったし、本当に申し訳ない。
「亜矢、あなたは愛されているのよ」
「それは、わかってるんだけど」
「今のあなたはとても穏やかな顔をしてるわ。早く自分の気持ちに気づけるといいわね。世良さんを待たせちゃ悪いわ」
「えっ……」
母の言葉に、わたしはハッとした。
お母さんには、わかるの? わたしが見つけられないわたしの本音が見えるの? 世良さんを信じたら、わたしは今度こそ幸せをつかむことができるのかな?
でもその答えは自分で見つけないといけない。
わたしも世良さんを待たせたくない。それとも近いうちに、わかるのだろうか。
「世良さん、今日はいろいろとありがとうございました」
アパートへ帰る途中の車のなかでお礼を言うと、世良さんがかすかに笑みを浮かべる。
「東京観光は楽しめた?」
「はい。久しぶりの東京なので、母は年甲斐もなくはしゃいでました」
「亜矢ちゃんに会いたかったんじゃないかな。ずっと会ってなかったんでしょう?」
「ええ、まあ。なんとなく親に合わせる顔がなかったので」
元彼の結婚がショックで会社を辞めてしまい、そのことで両親にうしろめたさを感じていた。それなのに清々しい気持ちで両親と過ごせたのは、きっかけを作ってくれた世良さんのおかげだ。
「世良さん、夕飯は食べました?」
「ううん、実はちょっとだけ仕事をしていたんだ」
それなのに、わたしが帰るタイミングを見計らって迎えにきてくれたんだ。だったら今度はわたしの番。世良さんに少しでも安らいでもらいたい。
「だったら、わたしに作らせてください。なにが食べたいですか?」
食通のイメージがある世良さんの口に合う料理を振る舞うことは至難のわざだが、がんばってチャレンジしたい。
「じゃあリクエストしちゃおうかな」
「はい、どうぞ」
とは言うものの、実はお魚をおろしたことがないし、天ぷらも作ったことがない。レパートリーも少ないので、リクエストに応えられるかかなり不安だ。
「おにぎりがいいな」
だけど予想に反して思いきりシンプルな料理。いやいや、料理のうちに入らないような気もするが。
「そんなものでいいんですか?」
「うん。あと、たまご焼きも」
もしかして料理が得意ではないのがバレてるのだろうか。それで気を使ってくれているとか?
「たまご焼きは甘めですか? それとも、だし巻きたまごがいいですか?」
「だし巻きがいいなあ」
世良さんがうっとりと答える。
嘘をついているようには見えない。本当におにぎりとたまご焼きが食べたいんだ。
「わかりました。具だくさんのお味噌汁も作りますね」
「いいねえ。その組み合わせ、最高」
「それにしても意外でした。男の人って肉じゃがとか焼き魚を求めているものだと思っていたので」
「男は単純だよ。肉じゃがや焼き魚も好きだけど、基本に戻るのかな」
「ではスーパーに寄ってください。足りない食材を買わないと」
「了解」
こうして世良さんへの初めて手料理がおにぎりとたまご焼きになった。
世良さんのアパート近くにあるスーパーは深夜まで営業している。残業しても帰りに買い物ができるスーパーが近所にあるから、今のアパートを選んだのだそうだ。コンビニじゃないところが堅実だ。
スーパーに到着すると、洗濯用洗剤がないと言うので、それも一緒に買うことに。
「そうだ、ついでにシャンプーも買わないと。そうそう、キッチンペーパーもなかったんだ」
そんなことを言いながら買い物をしていると、いつのまにか買い物カゴの半分以上を日用品が占めてしまった。いつも忙しいから買い物もままならないのかもしれない。
重い買い物カゴをカートに乗せて、世良さんがそれを押す。その隣を歩きながら、まるで新婚さんみたいだなと思っていた。ほかの人が見たら幸せ夫婦に見えるのかな。なんだか、くすぐったい気分だ。
「ここのスーパーは日用品も充実しているから便利ですね」
「そうなんだ。ポイントも貯まるし言うことないよ」
「ポイントなんて集めているんですか?」
「最初は興味がなかったけど、あなどれないね。一年で千円分、いやもっと貯まる」
「そんなに? すごーい!」
スーパーの買い物でこんなに盛り上がるとは思わなかった。生活感丸出しの会話も味があって、互いの価値観にも触れることができる。
同じメーカーの牛乳を買っていることを知って妙にうれしいし、減塩の梅干しを吟味している姿をかわいらしいと思う。
そして、わたしが作ったおにぎりを「おいしい」と絶賛してくれたり、だし巻きたまごを「これこれ、この味!」と気に入ってくれたりして。そんな日常もわたしの心を豊かに満たしてくれた。
世良さん、わたしは今すごく充実しています。独り身のほうが楽でいいと思っていましたが、誰かといろいろなことを分かち合うのも、悪くないなあと思いはじめています。
「亜矢、大丈夫!?」
「ちょっとお母さん、人が見てるって」
「いいじゃない。昨日の夜は心配で眠れなかったのよ」
親はありがたいなと改めて思った。離れて暮らしていても両親がいてくれることは心の支えになっている。こういうとき、それを強く感じる。
今日も朝から現場検証。昨日も警察の人からいろいろなことを聞かれたけれど、今日も部屋のなかで、事細かくたずねられた。
その後、火災保険会社から派遣されてきた鑑定人による建物と家財の調査が行われ、書類の手続きについて説明を受けた。やることがたくさんあって混乱してくる。
そんなわたしを見かねた父が途中から交渉してくれて、その日もなんとか乗りきることができた。
「お父さん、ありがとう。いろんなことを説明されても右から左で頭に残らないんだもん」
「火事のときは、本人は動転しているから、第三者の人に立ち会ってもらうべきだよ」
「ほんと、そうだね。お父さんがいなかったら、保険金の額が少なくなっていたと思う。火事なんて一生経験することないと思っていたから、そういう知識の勉強をしないもんね」
「まさか亜矢が火事に巻き込まれるとはな。怪我がなくて本当によかったよ」
「うん」
「大変だったな、よくがんばった」
父の言葉を聞いているだけで涙があふれてきた。
やっぱりほっとする。世良さんや春山社長とは違う安心感がある。
「お父さん、ごめんね」
「何を謝ってるんだよ? 亜矢が悪いんじゃないだろう」
「でも心配かけちゃった。疲れているのに東京まで来てもらっちゃったし」
「娘のためならあたり前だ」
親というものは絶対的な存在だ。この年になっても甘えたくなってしまう。
母がハンカチを取り出してわたしの目もとを拭ってくれる。「しょうがないわね」と言いながら、ニコニコと笑っていた。
「なにがおかしいの?」
「おかしくて笑っているんじゃないの。亜矢の小さい頃を思い出してたの」
「よく泣いていたから?」
「そうよ」
わたしは小さい頃は泣き虫で、母に怒られては泣き、友達と喧嘩しては泣いていた。
「新しい学校に行った初日に泣いて帰ってきて、転校が決まっても泣いていたわね」
「だって、やっと友達ができたのに、またすぐに引っ越しすることになるんだもん」
「小さいあなたにお友達との別れを経験させてしまうことはかわいそうだと思っていたわ。でもそう思いながらも、亜矢には辛抱してもらった。だってお父さんに単身赴任をさせたくなかったんだもの。家族はいつも一緒じゃないとだめだと思っていたから」
「わかってる」
わたしも母と同じ考えだった。転校を繰り返すことはつらかったけれど、父と離れて暮らすことは考えられなくて、子どもながらにそれは理解していた。
「それはそうと亜矢、あの方は?」
母が突然そう言って、わたしを通り越した先を見つめていた。まさかと思い振り返ると、玄関先に世良さんが立っていて、うちの両親にぺこっと頭を下げた。
「世良さん!! お仕事は!?」
「切りあげてきた。やっぱり心配でね。それに、ご両親が上京していると聞いたから」
「誰に聞いたんですか?」
わたしではない。夕べも両親の上京のことはあえて言わなかった。だって世良さんのことだもん……。
「大久保さんから、亜矢ちゃんをよろしくって電話があったんだけど、そのときにチラッと。せっかくだから、あいさつをさせてもらおうと思って」
ほら、やっぱり。そう言い出すんじゃないかと思ったんだ。律儀な彼の性格を考えたら、こうなることは予想できた。
うーん、困った。いろいろとややこしくなりそう……。
でもこうなったら開き直るしかない!
「わたしの父と母です」
わたしは世良さんに両親を紹介し、両親には仕事で抜けることになった春山社長の代わりに、昨日は世良さんがずっとわたしにつき添ってくれたことを説明した。
「はじめまして、世良文哉です」
世良さんは名刺を差し出しながら自己紹介した。それは堂々としたもので、余裕すら感じる。
一方、父と母は名刺を手に困惑していた。
けれど、そこは世良さん。動じることなく続ける。
「急に現れて申し訳ありません。前々からごあいさつしたいと思っていました。お会いできて光栄です」
これでもかという王子様スマイル。見慣れているわたしですらドキドキした。
そしてこれまた予想通り、母はあっけなく陥落。父を押しのけるようにして前に出てくると、いつもより高いトーンで流暢に話し出す。
「亜矢の母です。このたびは亜矢が大変お世話になりました。こんな素敵な方とおつき合いしているなんて聞いてなくて。世良さん、きっとおモテになるんでしょうね。女性が放っておかない感じですものね」
「ちょっとお母さん! 変なこと言わないでよ」
あいさつだけですまないのが母なのだ。
「いいじゃないの、本当のことなんだから。亜矢、いいお相手を見つけたわね。前の会社の方なら申し分ないわ」
「世良さんとはまだそういうんじゃなくて……」
本人を前にして言いにくい。
「おつき合いしているんじゃないの?」
「それについては、これからおいおい考えるっていうか……」
「おいおい考えるってどういうこと?」
「言葉通りだよ。世良さんには答えを待ってもらっているの」
「やだ、なに言ってるの? こんな素敵な人に好意を持たれているのに、お待たせするなんて失礼じゃない。もう、ぐずぐず言ってないで、さっさと世良さんに決めちゃいなさい!」
背中をバシッとたたかれて、世良さんの前に突き出される。わたしは苦笑いしかできなくて、世良さんも困ったように笑っていた。
「……す、すみません」
「僕も、あせりすぎたかな」
顔を見合わせて、なんとも気まずい雰囲気になる。
「まあまあ、お母さん。亜矢はもう大人なんだ。親がいちいち口をはさむことじゃないだろう」
「それはそうだけど」
「ちゃんと決まったら亜矢から報告してくれるよ。前もそうだっただろう。結局はこっぴどく振られたようだけどな」
せっかくのフォローなのに最後の部分だけ余計だよ。わたしの過去の傷をえぐるようなことを言うんだから。
チラリと世良さんを見ると、なぜか少し緊張気味に唇を引き結んでいた。
やっぱり気を悪くさせてしまったんだろうか。よく考えたら、わたしが母に言ったことも無神経だったと思う。
「世良さん、すみません。わたしも両親も思ったことをすぐ口にしちゃうんで」
「ぜんぜん気にしてないから安心して」
いつものやさしい言葉だった。
だけど、「お父さん、お母さん」と言って背筋をピンと伸ばした世良さんから、次にとんでもない言葉が飛び出した。
「僕は亜矢さんに結婚を申し込みました。おつき合いもしていない関係ですが、それくらい本気です」
「せ、世良さん! その話はまだちょっと早いです!」
いきなり結婚という言葉が出てきて、両親がどういうことだという目でわたしを見ている。
「つき合ってもいないのに結婚を申し込まれたというのは、どういう意味なんだ? 亜矢、おまえは世良さんと結婚するのか?」
父はそうたずねてくるが。
「それは……」
わたしだってまだわからないので答えることができない。すると黙り込んだわたしの代わりに世良さんが答えてくれた。
「亜矢さんからの返事は保留です。でも結婚を前提として僕とのことを考えてほしくて、おつき合いの期間を省いて先にプロポーズしました」
「プロポーズが先だなんて、いくらなんでも強引すぎじゃありませんか?」
父が少し語気を強めた。
「はい、そのため亜矢さんをかなり困惑させてます。ですが、どうしても亜矢さんと結婚したいんです。もちろん、すぐに返事をもらおうとは思っていません。亜矢さんに無理強いはしないとお約束しますので、その点はどうか安心してください」
そう言った世良さんはとても凛々しくて、すごく格好よかった。
これまでわたしは、誰かにこんなにも必要とされたことはないような気がする。それこそ元彼は、わたしとの結婚は望んでいなくて、去っていってしまったのだから。
「亜矢ちゃん、ご両親に勝手にこんなことを言ってごめんね。でもちゃんとごあいさつしたいと思っていたんだ。大久保さんが帰国するまでの間、僕の家に泊まる──」
「世良さん!」
今度こそまずい! と思って慌てて制止するも、たぶん手遅れだ。母が素早く反応し、わたしをねっとりと見ていた。
「世良さんの家? 亜矢、女の子の家に泊めてもらうって言ってなかった?」
ここまで核心をついて聞かれては観念するしかなかった。わたしは正直に打ち明けることにした。
「言ったよ。でも本当のことを言ったら反対するでしょう? おつき合いもしてないのに」
「説明もなしに男の人のところに泊まるなんて聞いたら反対したと思うわ。でも誠実そうな方じゃない。こうしてわざわざあいさつに来てくださるんだもの、お母さんは反対しないわ」
「えっ、いいの?」
「おつき合いの前に一緒に住むのもアリだと思うわ。相手がどんな人かを手っ取り早く知るチャンスだもの。ねえ、お父さんもそう思うでしょう?」
「さすがにそれは……」
話を振られた父が悶々とした表情になる。
やっぱりそうなるよね。笑顔でそうしなさいと言ってもらえることではない。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが節度を守って亜矢さんをお預かりします。決してご両親がご心配されているようなことはいたしません」
「ほら、お父さん。世良さんがここまで言ってくださっているのよ。信じてあげましょうよ」
「そ、そうだな……」
世良さんの凛とした姿は両親に好印象を与えたようだった。最初は不満そうだった父も、萌さんが上海から帰国するまでの三日間だと母に説得させられ、最終的には了承してくれた。
その後、世良さんがうちの両親を家に招待してくれ、四人でダイニングテーブルについた。目の前に両親が座っている。思いのほか父が世良さんと和んでいるのを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「本当のことが聞けて安心したわ」
母が紅茶のカップをソーサーに置いて言う。
「亜矢は前の会社の同期の女の子の家に泊まると言っていたけど、本当は違うんじゃないかって思ってたのよね」
「えっ、疑われてたの?」
「だってしゃべり方がおどおどしてたし。それに同期の子って結婚してたわよね? 前にそんな話をしてたでしょう。独身ならいいけど、家庭のあるお友達の家に泊まるのは気が引けると思って」
母はやはり勘が鋭い。うまくごまかしたつもりだったんだけどな。簡単に見破っていたようだ。
「でも、お相手が世良さんなら賛成よ。ねえ、お父さん?」
母が父に同意を求めた。
「そうだな。どこの馬の骨か知れない男に比べたら遥かに信頼できるな。高嶋建設さんの課長さんなら、なおさらだ」
「同じ職場だったなんてね。知り合って丸六年でしょう。不安要素なんてこれっぽっちもないわよ」
「ただ、あれだな。結婚式に大きなお腹にはならないようにだな……まあ、そのあたりの常識だけは守ってくれれば、お父さんはなにも言うことはないよ」
お父さん、やめてよ! そんなデリケートなことまで。まだおつき合いもしていないのに。
「お父さん!」
しかし声を発したのはわたしではなく、世良さんだった。
「安心してください。寝室はもちろん別々ですから!」
世良さんが力説している。わたしはポカンとしながら、その様子を見ていた。
「手を出しちゃってもいいのよ。むしろ、どんどん迫ってその気にしてやってちょうだい。じゃないとこの子はいつまでたっても、結婚どころか恋愛もできないと思うの」
とうとう母まで好き勝手なことを言いはじめた。これ以上、放っておくわけにいかない。
「世良さんはそういう人じゃないの。それに結婚も恋愛もあせりたくないの。ゆっくり考えさせて」
「そんなこと言ってると、世良さんに逃げられちゃうわよ」
母はよほど世良さんを気に入ったらしい。わたしをけしかける言葉ばかりかけてくる。
「大丈夫ですよ、お母さん。僕は逃げません。その点もご安心ください」
「ちょっと亜矢、聞いた? 世良さんって、ほんと素敵よね」
はぁ……。どうしてこんなことになったのだろう。なんて考えるまでもなく、隣で優雅に紅茶を飲んでいる世良さんがプロポーズしましたと両親にバラしちゃったからなんだけれど。
でもこれがわたしの望んでいた形なのだろうか。両親へのあいさつとプロポーズは過去の恋愛では叶えられなかったこと。それは約束よりも重い責任が伴う。あの頃のわたしはたしかにこんな日を夢見ていた。
「本当にこんな娘でいいんですか?」
父がまっすぐに世良さんを見据える。さっきまでのふざけた雰囲気がガラリと変わり、真剣な父の顔に場の空気が張りつめた。
「亜矢さんじゃないとだめなんです。僕にはもったいないくらいの女性だと思っています」
その言葉に父は黙ってうなずいた。
わたしも、その言葉を厳粛に受け止めていた。逃げないで本気で考えないといけない。わたしの世良さんに対する想い。果たしてその想いが結婚に結びつくのか、まだわからないけれど、初めて本気で向き合おうと思ったような気がする。
それから頼んでいた出前のお寿司が届き、遅い昼食をいただいた。食事のあと、わたしと両親は世良さんのアパートをあとにする。本当はその日の夕飯はわたしが作る約束だったのに、世良さんが「親子水入らずで過ごしておいで」と、わたしを送り出してくれた。
おかげで、買い物をしたり、博物館に行ったりと、十分楽しめた。
それまでは毎年帰省していたのだけれど、前の会社を辞めて以来、なんとなく気が引けて実家に帰っていなかった。両親に会うのは実に二年ぶりだったのだ。
そして夕飯後、両親が宿泊するホテルの一階のティーラウンジでお茶を飲んでいたとき。
「ちょっと、ごめん。電話してくる」
「世良さん?」
スマホを持って立ち上がったわたしに母がたずねた。
「うん。帰る頃になったら電話をしなさいって言われたの」
「やさしい人ね。亜矢のことを心から大事にしてくれていることが伝わってくるわ」
母が穏やかに目を細める。わたしは少し照れくさくなりながらも、「うん」とうなずいた。
ホテルのロビーに移動して世良さんに電話をすると、『すぐに迎えにいくよ』という返事だった。
「ゆっくりでいいですよ」
『いや、すぐに行けるから。ロビーで待っていて。着いたら電話するよ』
世良さんのアパートからホテルまで、急いでも車で二十分はかかる。すぐにここに到着するような言い方だったが、どういうことだろう。そう思いながらラウンジに戻ると、五分ほどで世良さんから電話があった。電話に出ると、『正面玄関にいるよ』と返ってきたのでびっくりした。
「随分と早いな」
父が腕時計を見ながらつぶやく。
「近くまで来ていたみたい」
「彼のことだから、この辺をうろうろしていたんじゃないか?」
「そうなのかな」
わたしが首を傾げると、母が「そうに決まってるわ」と楽しそうに笑った。
「どこまで心配症なんだろう」
結局、世良さんを一日振りまわしてしまった。仕事も途中で切りあげさせてしまったし、本当に申し訳ない。
「亜矢、あなたは愛されているのよ」
「それは、わかってるんだけど」
「今のあなたはとても穏やかな顔をしてるわ。早く自分の気持ちに気づけるといいわね。世良さんを待たせちゃ悪いわ」
「えっ……」
母の言葉に、わたしはハッとした。
お母さんには、わかるの? わたしが見つけられないわたしの本音が見えるの? 世良さんを信じたら、わたしは今度こそ幸せをつかむことができるのかな?
でもその答えは自分で見つけないといけない。
わたしも世良さんを待たせたくない。それとも近いうちに、わかるのだろうか。
「世良さん、今日はいろいろとありがとうございました」
アパートへ帰る途中の車のなかでお礼を言うと、世良さんがかすかに笑みを浮かべる。
「東京観光は楽しめた?」
「はい。久しぶりの東京なので、母は年甲斐もなくはしゃいでました」
「亜矢ちゃんに会いたかったんじゃないかな。ずっと会ってなかったんでしょう?」
「ええ、まあ。なんとなく親に合わせる顔がなかったので」
元彼の結婚がショックで会社を辞めてしまい、そのことで両親にうしろめたさを感じていた。それなのに清々しい気持ちで両親と過ごせたのは、きっかけを作ってくれた世良さんのおかげだ。
「世良さん、夕飯は食べました?」
「ううん、実はちょっとだけ仕事をしていたんだ」
それなのに、わたしが帰るタイミングを見計らって迎えにきてくれたんだ。だったら今度はわたしの番。世良さんに少しでも安らいでもらいたい。
「だったら、わたしに作らせてください。なにが食べたいですか?」
食通のイメージがある世良さんの口に合う料理を振る舞うことは至難のわざだが、がんばってチャレンジしたい。
「じゃあリクエストしちゃおうかな」
「はい、どうぞ」
とは言うものの、実はお魚をおろしたことがないし、天ぷらも作ったことがない。レパートリーも少ないので、リクエストに応えられるかかなり不安だ。
「おにぎりがいいな」
だけど予想に反して思いきりシンプルな料理。いやいや、料理のうちに入らないような気もするが。
「そんなものでいいんですか?」
「うん。あと、たまご焼きも」
もしかして料理が得意ではないのがバレてるのだろうか。それで気を使ってくれているとか?
「たまご焼きは甘めですか? それとも、だし巻きたまごがいいですか?」
「だし巻きがいいなあ」
世良さんがうっとりと答える。
嘘をついているようには見えない。本当におにぎりとたまご焼きが食べたいんだ。
「わかりました。具だくさんのお味噌汁も作りますね」
「いいねえ。その組み合わせ、最高」
「それにしても意外でした。男の人って肉じゃがとか焼き魚を求めているものだと思っていたので」
「男は単純だよ。肉じゃがや焼き魚も好きだけど、基本に戻るのかな」
「ではスーパーに寄ってください。足りない食材を買わないと」
「了解」
こうして世良さんへの初めて手料理がおにぎりとたまご焼きになった。
世良さんのアパート近くにあるスーパーは深夜まで営業している。残業しても帰りに買い物ができるスーパーが近所にあるから、今のアパートを選んだのだそうだ。コンビニじゃないところが堅実だ。
スーパーに到着すると、洗濯用洗剤がないと言うので、それも一緒に買うことに。
「そうだ、ついでにシャンプーも買わないと。そうそう、キッチンペーパーもなかったんだ」
そんなことを言いながら買い物をしていると、いつのまにか買い物カゴの半分以上を日用品が占めてしまった。いつも忙しいから買い物もままならないのかもしれない。
重い買い物カゴをカートに乗せて、世良さんがそれを押す。その隣を歩きながら、まるで新婚さんみたいだなと思っていた。ほかの人が見たら幸せ夫婦に見えるのかな。なんだか、くすぐったい気分だ。
「ここのスーパーは日用品も充実しているから便利ですね」
「そうなんだ。ポイントも貯まるし言うことないよ」
「ポイントなんて集めているんですか?」
「最初は興味がなかったけど、あなどれないね。一年で千円分、いやもっと貯まる」
「そんなに? すごーい!」
スーパーの買い物でこんなに盛り上がるとは思わなかった。生活感丸出しの会話も味があって、互いの価値観にも触れることができる。
同じメーカーの牛乳を買っていることを知って妙にうれしいし、減塩の梅干しを吟味している姿をかわいらしいと思う。
そして、わたしが作ったおにぎりを「おいしい」と絶賛してくれたり、だし巻きたまごを「これこれ、この味!」と気に入ってくれたりして。そんな日常もわたしの心を豊かに満たしてくれた。
世良さん、わたしは今すごく充実しています。独り身のほうが楽でいいと思っていましたが、誰かといろいろなことを分かち合うのも、悪くないなあと思いはじめています。
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