束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

さとう涼

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8.涙の果てに

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 ひとりの夜はさみしくて不安で、あの日のことは全部夢だったらいいのにと、ひたすらそんなことを思っていた。いくら泣いても涙は止まらなくて、昨夜は泣きすぎて頭がガンガンしていた。

 翌朝目を覚ますと、熱めのお風呂に一時間ほど入った。お風呂からあがると、冷蔵庫の前でミネラルウォーターをがぶ飲みした。

「──んっ! ゴホッゴホッ!」

 むせて、目尻に涙が滲む。口もとから水が滴《したた》った。

「……なんで」

 こんなことになっちゃったんだろう。わたしはどうすれば……。航とどうしたいのだろう。
 昨日のお昼頃、北陸に帰る両親を東京駅で見送った。今日は顔合わせの食事会の翌々日にあたる。航は出張で、今頃は台湾にいるはず。いつもなら出張前に連絡をよこしてくれるのだけれど、今回はそれがなかった。



 午後三時。学生時代によく通っていた喫茶店で智花が来るのを待っていた。
 隣にはすでに真野ちゃんが座っている。昨日、一週間の新婚旅行から帰ってきた智花がお土産を渡したいと言ってきたので、それなら祝日である今日にしようということになったのだ。

「真野ちゃん、三次会で知り合った人とどうなったの?」

 蒼汰くんの高校時代の同級生といい感じだったと聞いて、ずっと気になっていた。
 志摩さんから聞いたことをつけ加えると、「同じ大学だなんて、すごい偶然だよねえ」と、真野ちゃんも驚いていた。

「実は、昨日初めてデートしたんだ。それでね、つき合うことになったの」

 照れまくりながら真野ちゃんが言った。

「そうなの!? おめでとう! さすが真野ちゃん、展開早いね」
「勢いっていうか、けっこう積極的な人なんだよ。でもそれくらいグイグイきてもらうと、やっぱりうれしいじゃない?」

 同意を求められて、「うんうん」と頷く。わたしも自分から“好き”と伝えられない性格だから、相手から言ってもらうと……って、これ航とのことなんだけれど。

 智花と蒼汰くんがきっかけで知り合った航とは、最初からすんなりと両思いになったわけではなかった。
 知り合って数週間後、四人で初めてごはんを食べに行ったときも、航は無愛想だった。たぶんわたしに興味がなかったのだと思う。
 趣味はなにとか、大学ではどんなことを勉強しているのとか。わたしは気を使って必死に話しかけているのに、航はすごくつまらなそうだった。
 そのときはまだ恋愛感情はなかったけれど、好かれていないんだと思い、めちゃめちゃショックだった。

 航との距離が縮まったきっかけは、蒼汰くんに誘われて智花と参加した親睦会だった。

 *

 親睦会といっても飲み会みたいなもの。主催は航と蒼汰くんが入っていたフットサルのサークル。サークルメンバー以外の人たちも参加し、小さなダイニングレストランを貸し切って行われた。
 ところがお開きの直前、智花が軽い貧血で調子を崩してしまった。少し休ませたら調子が戻ってきたみたいだったけれど、この日は蒼汰くんと先に帰ることになった。
 智花が「ごめんね」と言って店を出ていくのを、わたしはその場で見送った。
 でも意外に元気そうだった。あの様子なら大丈夫かな。

 こうして智花を見送ったあと、すぐにお開きになり、残されたわたしも帰ろうとお店の出入口に向かおうとした。ところがそこでひとりの男の人に呼び止められた。

「ねえ、ちょっといい?」

 彼は坂巻《さかまき》と名乗り、簡単に自己紹介する。それからわたしの名前や大学を尋ねてきたので、わたしも質問に答えた。とても慣れた感じ。でも明るくて気さくな人だなとしか思わなかった。
 すると坂巻さんがわたしを二次会に誘ってきた。

「美織ちゃんも行こうよ。カクテルだけで一〇〇種類はあるお店で、女の子にも人気なんだよ」
「すごーい! あっ、でも……」

 このときわたしは大学一年。未成年のためお酒は飲めない。親睦会ではずっとジュースを飲んでいたけれど、そういうお店に行ってまでソフトドリンクを飲み続けるのもきついかも。

「女の子たち、みんな行くって言ってたよ。ほかの大学の子と友達になるチャンスだよ」

 それを聞いてどうしようか悩んだ。友達もほしいなあ。
 東京に出てきて数ヶ月。誘惑の声に心が揺れる。お酒は飲めなくても、そういったお店に行ってみたいという気持ちも大きくなっていった。
 けれど、「行く」と返事をしようとしたところに航が現れた。

「坂巻、こいつ未成年だから二次会はパス」
「なんだよ、日比谷。せっかく誘ってんのにじゃますんなよ」
「とにかくこいつは行かないから。ほら、行くぞ」

 こうして強制的に航に自宅に送り届けられることになった。店の外に連れ出され、仕方なくついていく。

「あんな男にほいほいついていこうとするなんて、ばかか、おまえは。まったく、これだから田舎者は」

 駅まで歩きながら航に悪態をつかれ、わたしは内心ムッとしながらも答えた。

「どうしてですか? ほかの女の子たちも来るって言ってましたよ」
「ほかの女子は違うやつらと二次会に行ったよ。あの男はおまえをラブホに連れ込む気満々で声かけてたんだよ」
「えっ、嘘!?」
「気づけよ。お開きのあと、あの場に引きとめられたのは、みんなから引き離してふたりきりになろうっていう魂胆。ああやって誘い込むのがあいつの手口なんだよ」

 そういえば、帰ろうとしたところで話しかけられ、あの場にふたりだけになってしまった。智花と蒼汰くんが先に帰ってしまったから、親切に声をかけてくれたのだとばかり思っていたのに。あれは勘違いだったのか。

「警戒心なさすぎ。男慣れとかぜんぜんしてないし。あんた、男とつき合ったことないだろう?」
「……か、関係ないでしょう! だいたい、それのどこがいけないんですか!?」
「ふーん、つまり図星か。やっぱりな」
「ほんと、なんなんですか? 初対面のときから、わたしのことを気に入らないようでしたけど。だったら放っておいてください。送ってもらわなくてけっこうです」
「そうしたいけど、蒼汰に頼まれてんだよ。あんたを自宅まで送ってやれって」

 頼まれたから仕方なくなんだという雰囲気がありあり。なんでこんな態度を取られるのか、身に覚えのないわたしは航をますます嫌悪していく。
 それなのに従わざるを得なくて、航とふたりで駅まで歩いた。
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