八月の流星群

さとう涼

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第五章 奇跡の夜にメテオの祝福

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 伊央が興奮しながら指さした先にめぐるも視線を移す。そこには目を疑うような光景があった。
 それは地上よりも遥かに明るい夜空。見渡す限りの空が宝石のように輝いていた。
 さらに天空を北から南に向かって天の川が横断し、そのまわりにも無数の星が光っている。

「嘘みたいな空……。天の川って肉眼で見えるんだね」

 光る雲のような天の川の正体は数千億の星々やガスが集まってできた銀河系で、天の川銀河と呼ばれている。地球が属している太陽系はこの果てしない天の川銀河の一部にすぎない。

「うわさには聞いてたけど。ブラックアウトになると普段見えない四等星まで見えるようになるって本当なんだね。アンドロメダ銀河まで見えるよ」
「アンドロメダ銀河!? どれ? どこにあるの?」
「カシオペヤ座の下のほうにある楕円形の雲みたいなやつだよ」
「あっ、あった! すごーい!」

 初めて生で目にするアンドロメダ銀河にさっきまでの不安は吹き飛び、めぐるは伊央以上に大興奮で夢中になる。
 神秘的な星空が視界いっぱいに広がり、宇宙を身近に感じることができる。
 しばらくすると流れ星がひとつふたつと北東の空を横切るのが見え、やがてそれがペルセウス座流星群だと気がつくと、時間が経つのを忘れて伊央とふたりで見入った。

「わたしたちが生まれた日の夜にもペルセウス座流星群が見えていたんだね。伊央、お誕生日おめでとう」
「めぐるも、おめでとう」
「流れ星も祝福してくれているよ。そう思わない?」
「うん、思う」

 瞬きしている間も四方八方に流星が降りそそぎ、あっという間に消えていく。流星のひとつが天の川と合流すると、儚くすっと消えていった。

「この空を見ていると、それだけで生まれてきてよかったって思えるよ。生きてると、いいこともあるんだね」

 伊央の瞳が潤み、光を帯びている。

「わたしも生まれて初めてそんなふうに思ったよ。これまではそういうことを考えたこともなかった。生きているのがあたり前で、この生活が面倒くさいと思うときもあって、ありがたみなんてものも感じなかった」
「そう、それ。僕もいろんなことに感謝してる。今ここにこうしていられることにも」
「この街の人たちもこの空を見てるのかな? わたしたちと同じことを思ってるのかな?」
「どうだろうね。急に真っ暗になちゃって、慌てているかも。今頃、みんな必死にネット検索して情報収集してるような気がする」
「かもしれないね」

 顔を見合わせると、ふたりは微笑み、それから無言のまま再び星空をあおいだ。
 伊央の三本の指の左手を握ると、めぐるの聞こえない左耳に心が休まるような穏やかな旋律がハミングのように奏でられた。
 伊央の心が満たされているのだとわかる。
 その音に酔いしれながら、めぐるは伊央の幸せを流れ星に願っていた。
 伊央の過ごす時間が平穏なものでありますように。どうか「普通」の人生を過ごさせてほしい。自分の出自に脅え、障がいのある左手を抱えるという、不条理な世界で生きてきた伊央にとって、「平凡」こそ最大の幸せなのだから。



 大規模停電は二時間ほどで復旧した。
 街が明るさを取り戻すと、天の川をはじめ、空を覆いつくすほどの星も一気に消え去る。代わりに金色の月がわが物顔で煌々と輝いていた。

「ねえ、このICレコーダーなんだけど、もうひとつのファイルにもデータがあるみたいなんだ」

 ICレコーダーを操作しながら伊央が言う。

「ほかにも留守電のメッセージがあったのかな? 普段から連絡を取り合っていただろうから、そういうのが残っていたのかも」
「でも録音された日付が違う。さっきの留守録は五年前だけど、これは一年前なんだ」
「再生してみたら? あとからコピーし忘れていたのに気づいたのかもしれないよ」
「そっか」

 ICレコーダーにはふたつのフォルダが作成されており、それぞれにひとつずつ音声が録音されていた。
 伊央は一年前に作成されたフォルダにおさめられている音声を再生した。
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