願わくは、きみに会いたい。

さとう涼

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9.水中落下

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「美空から電話があって、千沙希にこの番組を見せてほしいって頼まれたの」
「美空が……」
「なにを伝えたかったんだろうね、美空は。言いたいことがあるなら直接言えばいいのに。電話もメールもあるんだからさ」
 お姉ちゃんがそう言うのも無理はない。お姉ちゃんは、ナギを取り巻くわたしたちの関係を知らないから。
 テレビを見ている人たちだってそう。美空がどれだけの悲しみを隠し、キラキラとしたフェアリーを演じているなんて、想像もしていないんだろうな。
「美空がテレビを見てって言ったのは、わたしが美空からの連絡を全部無視してたからだと思う」
「うーん……。だとしてもわたしにはいまいち意味がわかんない」
「美空は中学の頃、ナギとつき合ってたの」
「はっ? ちょっと待って! それ初耳なんだけど! なんで教えてくれなかったの?」
「言ったら、お姉ちゃんのことだから、お節介をやくでしょう。それに万が一、ナギに美空が従妹だって知られたら困るから」
「ああ、なるほどね。言ったら、ナギは千沙希を通して美空を意識しちゃうだろうからね」
 もしわたしがそのことを伝えていたら、なにかが変わっていたのかな。わたしがそばにいなかったら、ナギは死なずにすんだのかもと、意味のないことを考えてしまう。
 でもそれでナギが生きていてくれるのなら……。
 時間を巻き戻して、運命を変えたい。ナギとの時間を失ってもかまわない。ナギと美空のことを心から祝福するのに……。
「でもさ、美空の元彼がナギだなんてねえ。すごい偶然だよね」
 お姉ちゃんはしみじみと言い、かなり驚いているようだった。だけど、わたしにとってナギとの出会いと過ごしてきた時間はとても自然なことのように思えた。同じ高校に入学し、同じクラスになって、叔父さんのジムで偶然に見かけて、そして好きになっていった。美空の元彼だと知りながらも、どうしようもなく惹かれた。
 だって好きにならない理由がなかったから。いつも笑顔で、ひたむき。弱いところもあったけれど、そんな人だったから興味を持ったわけだし、放っておけなくて力になりたいと思った。
「美空のデビューが決まった後、事務所の人にナギと別れるように言われてふたりは別れたんだって。でも美空はずっとナギを好きだったの。それで少し前にナギと再会して、美空はナギに告白したんだよ」
 なにも知らなかったお姉ちゃんは目を丸くしていた。
 ナギと美空がつき合っていたことは、もしかすると隼人さんがすでに話しているのかもと思っていたけれど。隼人さんはやっぱり律儀な人だ。わたしの問題だから、黙っていてくれたんだ。
 美空の赤裸々な告白は、翌朝にはネットのニュースで取り上げられていた。謎めいていた歌姫の素顔。マスコミがこぞって記事をアップし、フェアリーの名前もネットの検索ワードのトップになった。
 美空の伝えたかったこと。それは言葉通りなんだと思う。言葉の奥をさぐる必要なんてない。好きな人を失った悲しみは美空も同じ。でも美空は立ち止まることなく進んでいる。
 悲しくないはずがない。苦しくないはずがない。だけど美空には仕事があって、責任があって、絶対に逃げることができない中で、誰にも吐き出せない悲しみや苦しみと闘いながら、ひたすら自分の道を歩いている。
 でもわたしは違う。わたしにはなにもない。ナギがいなくなったら、なにも残らない。なにをよりどころとすればいいのか、わからなかった。
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