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4.ふたりの過去がつながるとき

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 ナギとふたりきりになって改めて意識してしまう。久しぶりにまともに見るナギに緊張していた。
 家まで送るだなんて、どういうつもりだろう。
「降矢となにを話してたの?」
 視線をわたしに戻し、ナギが言った。
「別にたいしたことじゃないよ」
「たいした内容じゃないってことは話せるよね。後で詳しく聞かせてもらうよ」
「ナギ……」
「そんな顔を見たら放っておけないよ。校門で待ってて。そんなに時間はかかんないと思うから」
 ナギは心配してくれているんだよね。わたしがまた降矢くんに傷つけられてなかったかって。
 友達として……。そうなんだよね。だったらこれ以上話す必要はない。
 降矢くんの言葉を思い出しながら、自分が今なにをすべきなのか決断する。なにが一番大切なのか。それはナギのあるべき未来を守ること。
「ナギ!」
 戻ろうとする背中に向かって声をかけた。
「あの…わたし……。今日は用事があるから帰る。約束があって……」
「誰に会うの?」
「ナギに言う必要はない」
「そんなこと言うの、初めてだね」
「悪い?」
「言うのは悪くはないよ。でも僕の気分は悪い」
 ナギの口調が強まった。普段と同じ言葉使いだけど、ピリピリとしたものを放っていた。
 そもそもナギの誘いを断ったことは一度もない。だからそんなふうに不満げな顔になるのは、当然のことなのかもしれない。
 けれど心を鬼にするタイミングは今だ。わたしは本音を隠してこう言った。
「わたしはナギの彼女じゃないんだよ。わたしがどこで誰と会おうと、いちいち報告する義務はないよ」
 もしこれで嫌われたとしても、それはそれで仕方がない。遠くから見つめる存在になり下がってもきっと後悔はしない。
「はっきり言いなよ」
「えっ?」
「降矢のほうがいいって」
「降矢くんは関係ない」
「あいつ、すごい人気だからね。千沙希が惹かれるのも無理はないよ」
「いい加減にしてよ! さっきも言ったけど、降矢くんとはなんでもないの!」
 たとえ意味のないことだとしても、少しでも誤解を解きたかった。どんなことがあっても、この気持ちは変わらない。ナギ以外の人になびくことなんてない。
 さっきは降矢くんがあまりにも突拍子もないことをするからで、驚きすぎて反応に困ったんだ。
 それに弱っているところでやさしくされたから、甘えてしまいそうになっただけ。
 心が動かされたとか、揺れてしまったとか、そんなことはまったくないと断言できる。
「降矢くんはたしかに水泳でいい成績をおさめているし、世間にも注目されているけど、わたしはそういう理由で人を選ばないよ」
 言うだけ言うと、ナギの返事を聞かずに走り出した。
 もちろん、わたしが全力で走ったところあっという間にナギに追いついてしまう。だけど少なくともわたしの意志は伝わるはず。
 それにこのあとミーティングがあると言っていたし、ナギもあきらめるに違いない。
 幸い、わたしの予想は当たっていた。ナギが追いかけてくる気配はなかった。
 角を曲がり、ナギの姿も見えなくなる。
 でもなんだかこのまま家に帰りたくなくて、通りかかったバス停にタイミングよく停車したバスに、思わず飛び乗ってしまった。
 乗ったのは、駅前行きのバスだった。とりあえず、駅まで行くか。そう思いながら家とは反対方向に走るバスの車窓から、外の景色を眺める。
 曇り空の濁った色の下に広がる地元の街並み。
 ピンク色の派手な看板のチェーン店のクリーニング屋、年配の夫婦が営んでいるトタン屋根の古びた食堂、最近できたばかりの大きな窓のあるコインランドリー。大きく枝を伸ばした街路樹は秋になると紅葉が綺麗で、取り壊された民家の跡地にはすっかり雑草が生い茂っている。
 全部、ナギと一緒に見た景色。
 だけど脳内によみがえるナギとの会話や表情がそれらの景色とリンクした瞬間、雪崩が起きたみたいにすべてが飲み込まれ、真っ白になった。
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