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願わくは、きみに愛を届けたい。
008
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「わたし、ちゃんと前を向いて生きてるよ。それじゃ、だめなの?」
「前を向いてはいるけど、前に進んではいない。途中で立ち止まって、ずっと同じ場所で足踏みしているだけ」
「抽象的すぎて意味不明だよ。はっきり教えて」
こんな言い合いなんて嫌だよ。せっかく会えたのに。もっと楽しい話をしたい。
できれば触れ合って、ナギのことを感じたい。
「自分の気持ちに素直になっていいんだよ。この先の人生で、千沙希は誰と一緒にいたい?」
「ナギ、もしかして……。でもわたしは今でもナギを──」
「もう十分だよ。千沙希は、僕を一生分愛してくれた。ありがとう」
ナギの姿がかすかに揺れていた。体の線がすでにぼやけている。
残り時間は少ないのかもしれない。なんとなくそう思った。
「もう一度、今度こそ約束して。自分の幸せを見つけて。愛する人と生きて」
「ナギ……」
「少しだけ目を閉じて」
「えっ?」
「いいから、早く。僕がいいって言うまで目を開けちゃだめだよ」
なにをするつもりなのかわからないまま、言われた通りにした。
目を閉じても景色はたいして変わらない。変わったことは、目の前にいたナギの姿が消えたことぐらい。
「今、一番誰に会いたい? 目を開けたとき、一番最初に心に思った人がきっと……」
光も音もない無の世界に、ナギの声だけが響き渡る。
「目を開けたとき……?」
「そう。そしてその人は、千沙希をとても大切に思っている人だと思う」
わたしは胸に手をあてて考える。わたしが一番会いたい人のことを。
「そろそろ準備はいいかな?」
「あっ、待って! まだ──」
けれどナギは、わたしが止めるのを聞かずに言った。
「さあ、目を開けてみて」
わたしはナギの声に導かれるように目を開けた。
その瞬間、部屋がパッと明るくなった。急に飛び込んできた光に目を細めながら窓辺を見ると、ナギの姿は影も形もなくなっていて……。
「……どうして?」
その姿を見つけたとき、胸がぎゅっと締めつけられて、愛しさがあふれてきた。
この人だ。わたしが一番会いたかった人は。その人が今そこにいる。
ようやく自分の本心を素直に認めることができた。ずっと思っていた。わたしの心の中にはいつも降矢くんがいた。
二階にいるわたしを、道路から見上げる降矢くんは、強い意志を持った瞳をしている。辺りは暗いのに、その瞳だけは光を宿し、わたしを見据えていた。
階段を駆け下り、玄関ドアを開け、気づけばわたしは降矢くんの胸に飛び込んでいた。
「会いたかった……。すごく会いたかったの」
「安瀬……」
わたしの背後に降矢くんの腕が伸びてきた。手のひらが腰から背中へと駆け上がり、苦しいくらいに強く抱かれた。
あたたかな体温。匂い。降矢くんの心臓の音を感じる。ドクンドクンと生きている音がする。俺はここにいる、ずっとそばにいるから……。そんなふうに聞こえた。
「こっちに帰ってくるの、明日じゃなかったの? すずちゃんがそんなことを言ってたから」
「そのつもりだったんだけど。なんか無性に安瀬に会いたくて。でも前にあんな言い方した手前、連絡しづらくて。なら、せめて近くにって思ったんだ」
「ありがとう。わたし、間違いを犯すところだった。ようやく気づいたの。わたしは降矢くんのそばにいたいって」
「俺でいいのか?」
「うん……。もう会わないって言われてすごく悲しかった。降矢くんのことを考えない日なんてなかった」
いつの間に、こんなに好きになっていたんだろう。降矢くんがそばにいるのがあたり前すぎて、安心しきっていたから、自分の気持ちを考えることがなかった。
「降矢くんじゃなきゃだめ。これからもそばにいたい。声を聞いていたいの」
「俺もだよ。この先、練習とか大会とかで忙しくなると思うけど大切にするから」
「ずっと大切にしてもらっていたよ。これ以上ないってくらい」
たくさん会えないのは寂しい。でも水泳をがんばっている降矢くんが好きだから、会えなくてもいいの。
降矢くんの夢を応援し続けたい。輝いている降矢くんを見ていたい。
そのために、わたしも降矢くんに釣り合う人間になれるよう努力する。降矢くんにも、少しでも多く幸せを感じてもらえるようにちゃんと前に進むんだ。
「前を向いてはいるけど、前に進んではいない。途中で立ち止まって、ずっと同じ場所で足踏みしているだけ」
「抽象的すぎて意味不明だよ。はっきり教えて」
こんな言い合いなんて嫌だよ。せっかく会えたのに。もっと楽しい話をしたい。
できれば触れ合って、ナギのことを感じたい。
「自分の気持ちに素直になっていいんだよ。この先の人生で、千沙希は誰と一緒にいたい?」
「ナギ、もしかして……。でもわたしは今でもナギを──」
「もう十分だよ。千沙希は、僕を一生分愛してくれた。ありがとう」
ナギの姿がかすかに揺れていた。体の線がすでにぼやけている。
残り時間は少ないのかもしれない。なんとなくそう思った。
「もう一度、今度こそ約束して。自分の幸せを見つけて。愛する人と生きて」
「ナギ……」
「少しだけ目を閉じて」
「えっ?」
「いいから、早く。僕がいいって言うまで目を開けちゃだめだよ」
なにをするつもりなのかわからないまま、言われた通りにした。
目を閉じても景色はたいして変わらない。変わったことは、目の前にいたナギの姿が消えたことぐらい。
「今、一番誰に会いたい? 目を開けたとき、一番最初に心に思った人がきっと……」
光も音もない無の世界に、ナギの声だけが響き渡る。
「目を開けたとき……?」
「そう。そしてその人は、千沙希をとても大切に思っている人だと思う」
わたしは胸に手をあてて考える。わたしが一番会いたい人のことを。
「そろそろ準備はいいかな?」
「あっ、待って! まだ──」
けれどナギは、わたしが止めるのを聞かずに言った。
「さあ、目を開けてみて」
わたしはナギの声に導かれるように目を開けた。
その瞬間、部屋がパッと明るくなった。急に飛び込んできた光に目を細めながら窓辺を見ると、ナギの姿は影も形もなくなっていて……。
「……どうして?」
その姿を見つけたとき、胸がぎゅっと締めつけられて、愛しさがあふれてきた。
この人だ。わたしが一番会いたかった人は。その人が今そこにいる。
ようやく自分の本心を素直に認めることができた。ずっと思っていた。わたしの心の中にはいつも降矢くんがいた。
二階にいるわたしを、道路から見上げる降矢くんは、強い意志を持った瞳をしている。辺りは暗いのに、その瞳だけは光を宿し、わたしを見据えていた。
階段を駆け下り、玄関ドアを開け、気づけばわたしは降矢くんの胸に飛び込んでいた。
「会いたかった……。すごく会いたかったの」
「安瀬……」
わたしの背後に降矢くんの腕が伸びてきた。手のひらが腰から背中へと駆け上がり、苦しいくらいに強く抱かれた。
あたたかな体温。匂い。降矢くんの心臓の音を感じる。ドクンドクンと生きている音がする。俺はここにいる、ずっとそばにいるから……。そんなふうに聞こえた。
「こっちに帰ってくるの、明日じゃなかったの? すずちゃんがそんなことを言ってたから」
「そのつもりだったんだけど。なんか無性に安瀬に会いたくて。でも前にあんな言い方した手前、連絡しづらくて。なら、せめて近くにって思ったんだ」
「ありがとう。わたし、間違いを犯すところだった。ようやく気づいたの。わたしは降矢くんのそばにいたいって」
「俺でいいのか?」
「うん……。もう会わないって言われてすごく悲しかった。降矢くんのことを考えない日なんてなかった」
いつの間に、こんなに好きになっていたんだろう。降矢くんがそばにいるのがあたり前すぎて、安心しきっていたから、自分の気持ちを考えることがなかった。
「降矢くんじゃなきゃだめ。これからもそばにいたい。声を聞いていたいの」
「俺もだよ。この先、練習とか大会とかで忙しくなると思うけど大切にするから」
「ずっと大切にしてもらっていたよ。これ以上ないってくらい」
たくさん会えないのは寂しい。でも水泳をがんばっている降矢くんが好きだから、会えなくてもいいの。
降矢くんの夢を応援し続けたい。輝いている降矢くんを見ていたい。
そのために、わたしも降矢くんに釣り合う人間になれるよう努力する。降矢くんにも、少しでも多く幸せを感じてもらえるようにちゃんと前に進むんだ。
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