エマ・ケリーの手紙

山桜桃梅子

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伯爵令嬢、エマ・ケリー

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エマの姿を捉えたまま、まるでこれから捕食でもするかのような目付きで眼球だけが左からゆっくりと中心に向く頃。
一つ会釈をして去ろうという二人に声がかかった。


「あら、お帰りになりますの?」


伯爵令嬢のエマが、公爵令嬢へ勝手に話しかけることは出来ないが、向こうから話しかけられたなら喜んで対応しなければならないのだ。


「まあ!  私のような者にまでお声掛けして下さるだなんて……夢のようですわ」

「姉と随分仲良しだったでしょう? ここ数年、遊びに来てくれないから寂しいわ」

「私のような家格の下の人間が、崇高なる公爵家に足蹴なくお邪魔してはご迷惑になりましょう?」


二人は人の良さそうな笑みで会話を交わす。
しかし彼女こそ、自身の茶会に呼んではアランを貸せだのまるで男娼のような物言いでエマを蔑んでいた中心人物の末妹である。


「貴女の素晴らしいダンス、もう少し拝見したかったのだけれど残念ね」

「嬉しいお言葉、ありがとうございます」

「でも駄目じゃない。今日の主役はそこの婚約者様、男性の皆様方でしょう?」


眉を八の字にしつつ口角を上げれば、後ろに控える令嬢たちもクスクスとエマを笑う。
そんな露骨な言動にアランが一歩前に出ようとした時。


「仰る通り、まだまだ未熟で本当にお恥ずかしいですわ。私が居ては踊りにくいと感じる方もいらっしゃるということを懸念すべきでしたもの……」


悲しそうに微笑むエマに、いやらしい笑みを浮かべた口元が若干引きつった。

(知らないとでも思ったの? 貴女ダンスが壊滅的なのよね。誰かを引きずり下ろした会話しか出来ないお姉様が言っていたもの。〝無能な妹を持つと姉の立場は大変なのだ〟と……)

エマの言葉の隠した真意に気付いたのか、すぐに話題がすり替えられた。


「それはそうと、貴女とっても恵まれているのね。だって彼女がああしてフォローに回ってくれるから帰れるのだもの」


ちら、とエルシーに目をやり、にっこりとこちらに向き直った。
崇高だと言った口で、公爵令嬢に後始末させるなどいいご身分ね。と言いたそうである。


「本当に、懇篤な淑女で御座いますよね。ですが私のような者がいつまでもここに居座ることの方がエルシー様のご迷惑、延いては皆様のご迷惑となりましょう」


エマは何ら気にしていないような口振りである。
誰が手を差し伸べてやろうが誰かの勝手だろう。
何故ならリリィが起こした不祥事なのだから。
それを気にすることも申し訳なく思うことも、本来こちら側は被害者なわけだから言われはない。

(そもそもエルシー様ではなく本当なら貴女がアレの後始末をする立場。何を私にも擦り付けようとしているのかしら……無能が恥を知りなさいよ)

エマには真っ直ぐに言いがかりをつけてきたリリィに怒りは覚えても、この令嬢のやり方の方には嫌悪感で軽蔑すらしていた。
しかしエルシーには直接的な勝負をしてはいけないと言われているので、これ以上は目の据わりかける彼女の相手をするつもりもない。

するとアランが前に出て、


「申し訳御座いませんご令嬢、馬車を待たせてはそれこそ迷惑の上塗りをしてしまいますものですから」


綺麗な所作で礼をして爽やかに微笑む。
これに、ぐっ、とたじろぐ令嬢たちはその目に少しの色めきと恥じらいを浮かべた。

「まあ……私が混み合う馬車の足止めをしたと言われては構いませんね。エマ様、今日はとてもをありがとう」

「お気に召したようで。それでは皆様ごめんあそばせ」


(嫌味な女。貴女がアレとのでしょうに……)

それを思わせない慇懃な態度でお辞儀をしてホールを後にした。
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