エマ・ケリーの手紙

山桜桃梅子

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伯爵令嬢、エマ・ケリー

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腕を組み、瞬き一つせずに射抜くようなその視線が、嫌味ったらしく訴えかけている。
「やめて頂戴よ。伯爵位が安く見られるでしょう?」と。

瞬間、エマの肩から力が抜け目に活力が戻る。


「ねえリリィ様、何をそこまで私たちを引き裂こうと言うの?  悲しいわ」

「私も引き裂こうなどとは。ただ、慰めの言葉をおかけしました時。愛おしそうに名を呼ばれ、力強く手を握られましたもので……」

「ああ……お聞きましてよ?  何でもお体が弱く領地から出られなかったとか」

「はい、ですから初めてでしたの。夢見た憧れのお茶会で、まさか男性から熱くアプローチされるなど。素敵なプレゼントのように思えました」


頬を染め初心な反応を見せると、周りの令息たちも「あれは何とも初々しいな」と声を潜めた。


「あら。ごめんなさいね、私の婚約者は貴女も知っての通りとても優しいから……きっと思い遣りの念から放っておけなかったのね」


エマが口元に手をやり慈愛の目を向ける。
「真に受けないでよ、そんなものは同情からのリップサービスよ?」と含ませたので、周りの令嬢たちは「よく言って下さったわ!」と冷笑した。


「……エマ様はきちんと見ていらっしゃらないから、そんな風に仰るのですわ?」


負けじとリリィが眉を下げ瞳を潤ませながら、下唇に人差し指をかけて言葉を続ける。


「誰もが自由に感情を持つことを許されるべきですのに……一方的に決めつけて縛りつけては。余りにもお気の毒でございます」

「まるで夢物語のような思想をお持ちなのね」

「それが真実ですから」


愛し合っているのだから邪魔をしないで欲しいとでも言うような口調。

視界の端には先ほどから血相を変えて戻ってきたアランが、今にも歩み寄ろうとしているところを何度も無言のまま拒絶している。
「そうなのアラン?」と聞いてしまえばどれほど楽に終われただろうと思う。
しかし「そんなことは出鱈目だ」と庇われたところで何が残るというのだ。

結局は男性に守られ見下している女、気が楽な立場、自分で始末もつけられないと尚更に気安く見られてしまう。
そうなっては女の会話に割って入ったなどとアランも下に見られるだろう。

だからアランには、無言のままでエマが最高の女だと知らしめなければならない。

(さて、あちらも完全に酔いしれたようだし……)

立ち直ったエマはお構い無しに話題を変えた。


「ねえリリィ様、このネックレス……とても素敵だと思わない?」

「え、ええ。エメラルドは高価とお聞きしますし」

「石言葉はご存知?」

「…………」

「幸運、幸福……愛、なのですって。誕生石なの」


急に何を言い出すのだとリリィが眉根を寄せる。
揺れる石を弄びながら流麗な言葉で刺し抉った。


「これの贈り主はどのような気持ちでこれを選んで私に着けてくれたのだと思う?」


ちらり、とアランを見遣れば。
心底嬉しそうにゆっくりと首を縦に振り、胸のブローチに手を当てた。またこの距離を焦がれるように眉を下げている。
二人は熱い視線を交わし合い、エマは妖艶な笑みで囁いた。


でしょう?」
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