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ロベリアが咲き乱れるお茶会へ
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「何よ、偉そうに!」
睨みつけながら漸く立ち上がった女が返す。
それをウィロウがたっぷりの笑みを艶やかに作って歩み寄れば、眼前のドレスの胸元を掴んで捻りあげた。
「偉そう? 違うわ、偉いのよ」
どん、と押し退けながら手を離せば、女がよろめいて席から離れたその場に尻もちをつく。
「何するの!」とでも口を開こうとしたのだろう。
言葉は途中で奪われた。
何故なら赤茶に染まるハーフアップのツインテール部分を、乱暴に引っ掴んで引き摺るからだ。
すぐに甲高い悲鳴に変わった。
「痛い、痛い痛いっ!」
四つん這いで歩かされ、羞恥で殺意が湧くが、痛みをどうにか逃すためには素直に引かれる方向へと進むしかない。
「ああ、やめてっ、もうやめてったらぁ!」
それを無視したまま赤の女王の前まで来ると、ウィロウは表情を変えないまま見下ろしている。
「ほんと、愉しそうにしちゃって」
「ここまで引っ掻き回されたら。もう私のやりたいようにやるだけだもの」
これが私のやり方よ、と開き直っていた。
「まあ良いわ」と息をついてレイラが末席に移る。
周りも、とうとうこの日が来たか、と仕方なさそうだ。
それを見渡したウィロウが席に座って足を組んだ。
掴んだままの髪は引っ張り上げられ、女が痛みに歪めた顔を上げる。
そして真っ赤な唇から。
「今この時から、この私が赤の女王よ」
信じられない、と見開いた目が。その悪魔のような姿を見上げていた。そんなこと認められるわけがない、と鋭い視線で口を開こうとしたが。
次の瞬間、皆が粛々と頭を下げて、
「赤の女王の意のままに」
それを受け入れるのだから、為す術もなく愕然となってしまう。
ウィロウは心地良さそうに頷いた後、指に絡めていた赤茶髪を捨てて女中を呼んだ。
「目障りなの。この野暮ったいの、何処かへ捨て置いて来て頂戴よ」
髪はぐちゃぐちゃに。メイクは涙でどろどろに溶け、
片方の靴も向こうで転がって。ドレスは所々に染みがあり、肩から脱げかけていた。
その何とも憐れな姿を、女中は侮蔑混じりに見やると、向き直って丁寧なお辞儀をする。
「かしこまりました」
すぐに数人の女中がやって来て、二人の女は腕を捕まれ連れて行かれる。
時折、「許さない!」などと遠くから聞こえたような気がしたが、それを気に止める者など誰一人としていなかった。
「さて、では私もこの茶会にはもう相応しくない人間。ここを出て行くとしましょう」
レイラが立ち上がると、残っていた女中がその手を取り背を向けた。
「お疲れ様で御座いました」
一斉に席から降りて胸に手を当て足を引くと、床へ片膝を付いて頭を下げる。
最上の礼を尽くし、「社交界の花」の最後に労いの言葉をかけたのだ。
後ろ手に、ひらひら、と振りながら重厚感ある扉が、ばたん、と閉まった。
「…………」
ウィロウは唇を強く噛み締め動けずにいたが、その肩を優しく叩いたのが黄の令嬢だった。
「良くやった、と満足そうな表情をしてらっしゃいましたわよ……」
緑の令嬢も、青の令嬢もそれに頷く。
止めていた息を吐き出せば、緩んだ表情が涙を勝手に押し出して。その場で崩れるよう蹲ってしまう。
(お姉様、酷いわお姉様……っ。そしてごめんなさい!!)
もしかしたら。人は愛する者を殺めた時、こんな気持ちを抱くのかもしれない。胸が張り裂けそうだと静かに涙した。
睨みつけながら漸く立ち上がった女が返す。
それをウィロウがたっぷりの笑みを艶やかに作って歩み寄れば、眼前のドレスの胸元を掴んで捻りあげた。
「偉そう? 違うわ、偉いのよ」
どん、と押し退けながら手を離せば、女がよろめいて席から離れたその場に尻もちをつく。
「何するの!」とでも口を開こうとしたのだろう。
言葉は途中で奪われた。
何故なら赤茶に染まるハーフアップのツインテール部分を、乱暴に引っ掴んで引き摺るからだ。
すぐに甲高い悲鳴に変わった。
「痛い、痛い痛いっ!」
四つん這いで歩かされ、羞恥で殺意が湧くが、痛みをどうにか逃すためには素直に引かれる方向へと進むしかない。
「ああ、やめてっ、もうやめてったらぁ!」
それを無視したまま赤の女王の前まで来ると、ウィロウは表情を変えないまま見下ろしている。
「ほんと、愉しそうにしちゃって」
「ここまで引っ掻き回されたら。もう私のやりたいようにやるだけだもの」
これが私のやり方よ、と開き直っていた。
「まあ良いわ」と息をついてレイラが末席に移る。
周りも、とうとうこの日が来たか、と仕方なさそうだ。
それを見渡したウィロウが席に座って足を組んだ。
掴んだままの髪は引っ張り上げられ、女が痛みに歪めた顔を上げる。
そして真っ赤な唇から。
「今この時から、この私が赤の女王よ」
信じられない、と見開いた目が。その悪魔のような姿を見上げていた。そんなこと認められるわけがない、と鋭い視線で口を開こうとしたが。
次の瞬間、皆が粛々と頭を下げて、
「赤の女王の意のままに」
それを受け入れるのだから、為す術もなく愕然となってしまう。
ウィロウは心地良さそうに頷いた後、指に絡めていた赤茶髪を捨てて女中を呼んだ。
「目障りなの。この野暮ったいの、何処かへ捨て置いて来て頂戴よ」
髪はぐちゃぐちゃに。メイクは涙でどろどろに溶け、
片方の靴も向こうで転がって。ドレスは所々に染みがあり、肩から脱げかけていた。
その何とも憐れな姿を、女中は侮蔑混じりに見やると、向き直って丁寧なお辞儀をする。
「かしこまりました」
すぐに数人の女中がやって来て、二人の女は腕を捕まれ連れて行かれる。
時折、「許さない!」などと遠くから聞こえたような気がしたが、それを気に止める者など誰一人としていなかった。
「さて、では私もこの茶会にはもう相応しくない人間。ここを出て行くとしましょう」
レイラが立ち上がると、残っていた女中がその手を取り背を向けた。
「お疲れ様で御座いました」
一斉に席から降りて胸に手を当て足を引くと、床へ片膝を付いて頭を下げる。
最上の礼を尽くし、「社交界の花」の最後に労いの言葉をかけたのだ。
後ろ手に、ひらひら、と振りながら重厚感ある扉が、ばたん、と閉まった。
「…………」
ウィロウは唇を強く噛み締め動けずにいたが、その肩を優しく叩いたのが黄の令嬢だった。
「良くやった、と満足そうな表情をしてらっしゃいましたわよ……」
緑の令嬢も、青の令嬢もそれに頷く。
止めていた息を吐き出せば、緩んだ表情が涙を勝手に押し出して。その場で崩れるよう蹲ってしまう。
(お姉様、酷いわお姉様……っ。そしてごめんなさい!!)
もしかしたら。人は愛する者を殺めた時、こんな気持ちを抱くのかもしれない。胸が張り裂けそうだと静かに涙した。
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