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性悪な聖女と社交界の花

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「貴女が私を引き摺り降ろすのよ、追放するの。本望だわ」

「そんなこと望んでない」


睨みつければ、はんっ、と小馬鹿にしたように冷笑を浮かべる。


「だったらね、たかだか伯爵家ごときの娘に何が出来るというのか言ってごらん。話の種もない、私が後ろに居なきゃ何も持てない。ただでさえ成人の儀も済ませていないお子ちゃまが」


三人がけの長椅子に軽く足を伸ばして横座りをし、厚みのある肘掛けに重心を置くように腕をつけて笑う。
その姿はまるでニンフを描いた異国の絵画にも似ていた。
皮肉にも病に侵され、死期が近いからこその儚さと妖艶さがある。だが決しておどろおどろしいものではなく、澄んだ、透明な、偽りのない言葉と声音。
官能的な女神のようで、無邪気で純粋な妖精のようでもあった。


「でも、私だってもう十六」


あと二年あれば登りつめることも出来るはず。


「まだ私に腐っても社交界の花としての力があるうちでないと意味がないの。分かるわよね、貴族は常に新しいものを求めているって……」


散々、レイラを祭り上げておいて。
「最近ハワード公爵家のご令嬢を見かけないな」
「あら、彼女ももう良い年齢だもの。生き遅れることに焦り始めたのでは?」
「そういえば、夜会の女王が可愛がっていた伯爵家のあの子。世代の交代をすべく育てているなんて噂よ」
「だったら次はそちらと懇意にした方が良いな」
「でも伯爵家よ? 中途半端な爵位で努まるかしらね」
人々は面白可笑しく口々に言っていると、ウィロウの母が様子を伝えてくれた。

その母でさえも。
「ウィロウちゃんが社交界の花になったなら、私は鼻が高いわ」
なんて呑気に残酷なことを言った。
一人娘の婚期が遅れても、親族で余っている男児を据えたら良いと思っているのだろう。
そういう風にレイラも代替が利く物の扱われ方なのだと改めて知る。

所詮は聖女だ女王だと言っても人間。
不老不死などではない、病にも老いにも勝てないのだから。


「ウィロウ……」


彼女の縋るような口調を初めて聞いた。
滑らかな髪も、柔らかい肌も、瑞々しい声も。
どんどん奪われていく彼女に涙がぽろりと零れる。
このまま忘れ去られていく存在ならば、せめて綺麗なうちに終わりたい。そんな目でもあった。


「分かった、分かったわよ……だったらロベリアが咲き乱れるお茶会までは、花を完璧を演じて頂戴。伯爵家ごときが貴女に引導を渡すの。こそこそと横から掻っ攫うネズミのようだなんて噂は立てられたくない」

「やっぱり、私の目には狂いがなかったわ。ありがとう、おいでウィロウ。良い子ね」


その言葉を聞いて、堪らず彼女の元へ歩み寄ると。
ウィロウはその手を握りながら膝をついて泣き崩れた。



そんな神聖な彼女の晴れ舞台を、台無しにするような出来事が起こる。
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