殿方逢瀬(短編集)

九条 いち

文字の大きさ
上 下
60 / 86
瀬崎さん~口下手な彼~

22

しおりを挟む

「いや、そうやない。」

「そうですか……」

怒っている相手に怒りを否定されたらこちらからはもう何もできない。
私はテーブル越しに瀬崎さんの前に正座し、うつむいていた。

「なぁ悠衣。最近忙しいんか」

「はい……」

「ほんまにそれだけか?」

瀬崎さんは真っ直ぐに私を見る。

「どういうことですか?」

「最近、俺と会うの避けとるやろ」

「そんなことは……」

彼の目は真っ直ぐで、思わず目を逸らしてしまいたくなる。
避けている訳ではなかった。
ただ、他にやることがあって、それが終わってから会おうと思っていた。
それを言うべきかはわかってる、言わない方がいい。

黙っている私に瀬崎さんはしびれを切らしているようだった。
彼は静かな部屋中に響く、深いため息を吐いた。

「俺と別れたいんか?」

彼の突然の言葉に反応が一瞬遅れる。

「えっ、そんなわけないです」

「遠慮せんでええ」

彼は立ち上がろうとする。
私は引き留めるように声をあげる。

「遠慮してないです! 別れ、たく、ないです……」

自分の声の音量に驚いて尻すぼみしてしまった。
瀬崎さんは私の声の大きさに驚いたようで動きが止まる。
私は瀬崎さんの顔が見れなくて俯いたまま何もできずにいた。

「瀬崎さんは……別れたいんでしょうか」

「いや、そんなことは」

「なら、別れたくないです」

「そしたら、なんで避けてるんや。たまに飲みに行ってもはよ帰りたがるし、
嫌なことがあるなら言うてくれ。俺は察しがいい方やないからわからんのや」

瀬崎さんは顔をゆがめて早口に言う。
いつもゆっくり、はっきりと的確な言葉を話す彼の焦燥に駆られている様は私をひどく困惑させた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...