殿方逢瀬(短編集)

九条 いち

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瀬崎さん~口下手な彼~

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「ここです」

アパートの玄関の鍵を開けながら言う。

「そうか。悠衣の酔いも醒めてきたみたいやし、帰るわ。」

名前をつたえる時に「悠衣って呼んでください。呼ばれ慣れてるので」と言ってよかった。本当は全然呼ばれ慣れていないんだけど。
私は家に入り、彼も中に入るように促す。

「お水飲みますか?」

「いや、ええわ。」

「そうですか…」

「ああ、俺が出たらすぐに鍵閉めるんやで」

「はい」

「じゃあな」

彼が踵を返して出ていく。
狭めの玄関は彼が歩くとさらに小さく見えた。

ーガチャンッ

瀬崎さんに言われたとおりに鍵を閉める。

ふぅ。深呼吸するが、今日はいろんなことが起こったせいか気分が高揚したまま落ち着くことはなかった。

その日は彼と話したことを思い出しながら夢見気分でシャワーを浴び、髪を乾かしてベッドに入った。

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