殿方逢瀬（短編集）

橘さん～クールな彼～

3

 考えすぎかも……。協力していたら、タクシーで帰るように言わないはず。

それに彼はそんなことする人ではないと、なんとなく思う。信じられそうな気がする。

「すいません。では、お言葉に甘えて……お邪魔させて頂いてもいいでしょうか？」
「ええ」

私はエントランスの奥へ歩いていく彼について歩いていく。

「ありがとうございます。」

エレベーターのボタンを押して待つ彼の背中に話しかける。彼は開かないドアを見ながら答える。

「いえ」

　厳格そうな人だからきっと見ていられなくて助けに来てくれたんだろう。あまり話しかけないようにしよう。エレベーター中では機械音がいつもより大きく感じた。

　扉が開くと、小さな廊下が現れる。廊下と言ってもいいんだろうか。五メートル先に大きなドアが一つあるだけだ。彼は慣れた手つきでドアを握るとドアから〝カチャッ〟と音がする。彼がドアを開けるとホテルのような落ち着いていて、洗練されたインテリアたちが目に入る。

素敵なビルに入ってるオフィスだからオシャレだとは思っていたが、想像以上だった。

シックで落ち着いた雰囲気があり、でも冷たくて近寄りがたいような、思わず背筋を伸ばしてしまう――まるで彼の様だ。

しかし、オフィスと言うには違和感があった。大きな革張りの回転椅子とオーク色の机のセットが一セットだけ。他にあるのはローテーブルとそれを挟んで向かい合うように配置されたソファ――。社長室……？

「……素敵なお部屋ですね」
「ありがとうございます」

　あまりに想像と違っていてキョロキョロと辺りを見回してしまう。

「オフィス兼自宅です。他の方は各々好きな場所で仕事をしています。商談の時は見栄を張らないといけなくて。ここまで広い必要はないと思うんですけどね」

　彼がこちらを見て呆れたように微笑む。初めて見る彼の緩んだ顔につられて私も口角が自然と上がる。

「あそこに立つとよく見えると思います」

歩き出した彼について行く。後ろから見る彼はできる男性を絵にかいたようだった。嫌みのない上品な革靴、皺ひとつないスーツに清潔感のある髪。

「どうしました？」

彼が振り返った瞬間、バッチリ目があってしまった。凝視していたことがバレただろうかと不安になる。

「いえ！　何でもないです！」

一面窓ガラスの場所に着いて窓から下を覗く。確かに先ほどのベンチがよく見えた。

「よく見えます。ありがとうございます」