殿方逢瀬(短編集)

九条 いち

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橘さん~クールな彼~

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 喧騒から一転して静まり返ったタワーのエントランスに入ると二十帖はあるが何も置かれていない、だだっ広い空間が広がっていた。

タイルがホール全体にぎっしり敷き詰められている。壁はマガボニーやブロンズの色が交じったレンガ積み調のタイルが天井からの間接照明に照らされて上質な空間を演出していた。

目立つ大きいタワーだから待ち合わせによく使っていたけど、中に入るのは初めてだ。自分の服はこの空間に場違いな気がして身体が縮こまる。

今までぎゅっと握られていた彼の手がすっと離される。ふと我に返り、頭を下げる。

「ありがとうございました。」
「いえ、気になさらず。それより、これからどうしますか? 反対側の出口にタクシーを呼びましょうか?」

 彼はスーツのポケットから携帯を取り出す。それだけの姿なのにとても絵になっていた。歳は三〇代前半くらいだろうか。身長は百八十センチを超えていそう。

広い肩幅と厚い胸板が重厚感のある生地のスーツとよく合っている。すうっと通った高い鼻梁に薄い唇。軽く後ろに流された漆黒の髪から覗く鋭い眼が印象的だった。見惚れそうになるのを我慢して平静を装う。

「いえ、これから人と会う約束をしているんです。その人が来たら出ていかないと」
「携帯は?」
「持ってないことが多いんです。持ってても出なかったり……一応、連絡してみます」

バッグから携帯を出して篠宮{しのみや}さんに電話をかける。

「……出ないです。あと二〇分ぐらいしたら来るとは思うんですけど」

「でも外はまだあいつがいるかもしれませんよ?」

彼は私たちが入ってきたエントランスに視線をやりながら言う。

「そう、ですよね……。あの人からはバレない死角を探してみます」
「もし見つかったらどうするんですか?」

 彼に返す言葉が見つからない。言ってることはごもっともだ。

「でもこれ以上迷惑をかける訳にはいきませんし……なんとか乗り切りますんで!」

彼は無言のまま、難しい顔をして眉間に皺を寄せていた。怒られているような気がして委縮してしまう。

「すいません。よければ上の階から見てみますか?」
「えっ?」

考えてもいなかった提案に戸惑う私に彼は穏やかな口調で話す。

「上のほうの階は外から見えないようになっていますし、上からその待っている方を探すのがいいのかなと思ったのですが、どうでしょうか?」

「そんなことできるんですか?」

「ええ、オフィスが上にあるので。」

彼からの提案はすごく魅力的なものだった。でも、どうなんだろう。
――彼が悪い人だったら?
――さっきの男と組んでいたとしたら?
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