殿方逢瀬(短編集)

九条 いち

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橘さん~クールな彼~

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人がまばらに行き交うビルタワーの入り口前、点在する木々を囲うようにしてできたベンチに腰かける。

……なんとなくの視線を感じる。

あまり他人からの視線が分かる方の人間ではないんだけど、これはわかる。
めちゃくちゃ見られている。

無視して人を待っていると、知らない人が足早に歩いてきて真横に座る。
私はもやもやっとした嫌悪感を感じる。辺りを見回すと五つほどベンチがあり、すべて空いている。

でも、特に何かされたわけでもない。

考えすぎだろうか?

私が自意識過剰?

とりあえず念には念をと思い場所を変えようと決意する。連絡が来て移動するように見せかけて立ち上がる。

“ガシッ“と腕をつかまれた。力が強い。今までその人がいたのに気づかなかったかのように振る舞い、冷静に問いかける。

「どうしました?」
「……」

何も言葉を発そうとしない。幸いな事に、ここは人通りが多い。いざとなれば誰かが助けてくれるだろう。しかし、目の前の深く帽子を被ってベンチに腰掛けている男性が恐怖の対象であることには変わりなかった。

いち早くこの場から離れたいと思い、力を込めて振りほどこうとする。しかし全く振りほどけない。これは大声を出すべきなのかもしれない。

「……」

こういう時に自分は声を出せるタイプではないと気づいた。今気づきたくはなかったが。

アソコを蹴ってやればいいのか? でも逆恨みされても怖い。

どうしようかと迷っていると私の視界が薄暗くなる。影を作っている斜め後ろを見ると少し息を弾ませたスーツ姿の男性が立っていた。

その男性は私の腕を離そうとしない男の腕を掴んだ。男性はぶっきらぼうな顔で男を睨みつける。

「何をしているんですか?」

丁寧な口調だが有無を言わせない空気が漂っていた。ぎりぎりと男の腕を握る手に力を入れている様で、男は痛みに顔を歪めていた。

男はバッと突然立ち上がり、人通りの少ない暗い路地へ走っていく。最後まで顔は見えなかった。私は呆気にとられて小さくなる男の後ろ姿を見ていた。

「行きますよ」

私を一瞥すると私の手を掴み、目の前のタワーに入っていく。後ろについて歩いていると、シプレー系の香水の香りが心地よくふわっと鼻をくすぐった。
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