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瀬崎
物音
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それから五回。
その……頑張った。でもダメだった。
彼の指は三本受け入れられるようになったが、彼のモノは到底入りそうになかった。
でも、少しずつ頑張ればきっとできる。
――ピンポーン――
インターホンが鳴り、体が硬直する。
すぐに我に返り、急いでモニターの映像を見る。
そこには大好きな瀬崎さんがいた。
私は急いで通話ボタンを押す。
「すぐ開けます。ちょっと待ってください」
『わかった』
通話ボタンを切り、部屋に散らかっているものを急いで片付けて玄関に向かう。
すぐに開けようと鍵に手をかけたが手が止まる。
深呼吸し、乱れていた息を整える。
ドアを開けるとそこにはひどく神妙な顔つきの瀬崎さんが立っていた。
インターホンの画面越しには見えなかったから、てっきりいつもの瀬崎さんが立っていると思っていた。
「ど、どうしたんですか急に。びっくりしました。どうぞ中に入ってください」
「すまんな」
それだけ言って部屋に入っていく瀬崎さん。
彼が何度も訪れたこの部屋には彼専用の場所ができていた。
彼は迷うことなくその場所に座る。
小さなワンルームには彼は似合わない。
シルバ〇〇ファミリーのお茶会にゴジラのおもちゃが入ってきたような感じと似てる。
私はキッチンでガラスコップに麦茶を入れてから、瀬崎さんの前のローテーブルにお茶を置く。
いつもは容器を置いている最中に「すまんな」や「ありがとう」がとんでくるのだが、今日はない。
玄関での表情といい、いつもの上をいく無口さ加減といい、何かあったなと勘繰るには十分すぎる要素だった。
「私、何か怒らすようなことしましたか?」
「いや、そうやない」
「そうですか……」
怒っている相手に怒りを否定されたらこちらからはもう何もできない。
私はテーブル越しに瀬崎さんに向かい合って正座し、うつむいていた。
「なぁ凪。最近忙しいんか」
「はい……」
「ほんまにそれだけか?」
瀬崎さんは真っ直ぐに私を見る。
「どういうことですか?」
「最近、俺と会うの避けとるやろ」
「そっ、そんなことは……」
彼の目は真っ直ぐで、思わず目を逸らしてしまいたくなる。
避けている訳ではなかった。
ただ、他にやることがあって、それが終わってから会おうと思っていた。
それを言うべきかどうかはわかっている、言わない方がいい。
もう少しだから。
黙っている私に瀬崎さんはしびれを切らしたようだった。
彼は静かな部屋中に響く、深いため息を吐いた。
「俺と別れたいんか?」
彼の突然の言葉に反応が一瞬遅れる。
「えっ、そんなわけないです」
「遠慮せんでええ」
彼は立ち上がり、帰ろうとする。私は引き留めるように声をあげる。
「遠慮してないです! 別れ、たく、ないです……」
自分の声の音量に驚いて尻すぼみしてしまった。
瀬崎さんも私の声の大きさに驚いたようで動きが止まる。
私は瀬崎さんの顔が見られなくて俯いたまま何もできずにいた。
「瀬崎さんは……別れたいんでしょうか」
「いや、そんなことは」
「なら、別れたくないです」
「そしたら……」
「……瀬崎さん?」
「なんで避けとるんや。たまに飲みに行ってもはよ帰りたがるし、嫌なことがあるなら言うてくれ。俺は察しがいい方やないからわからんのや……」
彼は顔をゆがめながら苦しそうに話す。
いつもゆっくり、はっきりと的確な言葉を話す彼のこんな姿は初めて見た。
「すいません……」
――ゴトッ――
何かが落ちる音が聞こえた。
ベッドから何かが落ちたようだった。
「ちょっと、拾いますね。お茶飲んでいてください」
私は音のした方に急ぐ。落ちたものが何かを彼に見られないように。
「拾うわ」
ベッドとテーブルの間に座っている瀬崎さんの方が距離は近かったから彼の提案は当然のことだった。
「いいです!」
私は彼のいる方の反対側に落ちた物を拾い、掛布団の中の中央付近に入れる。絶対に落ちないように。
目的を達成して瀬崎さんの方を見ると麦茶を……飲んでいなかった。ばっちりこちらを見ていた。
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