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篠宮

嫉妬

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「この後バーに行くつもりだけど、一緒にどう?」


お店を出て、一息ついていると、篠宮さんから提案があった。

篠宮さんの後ろにある無数のネオンがとても綺麗で、彼にとても似合っていた。

きっとバーでお酒を飲んでいる篠宮さんはすごく素敵なんだろうな。


「お酒、あんまり強くないですけど、それでも良ければご一緒したいです」

「うん、全然いいよ。そしたら行こうか?」

「はい」


彼はニコッと笑い、ネオン街の方へ歩いていく。

私は小走りで篠宮さんの横に回り、ついて行く。


「そうだった」

「? なんですか?」

「お店に携帯忘れちゃってるのさっき気づいてさ。取りに行ってもいい?」


篠宮さんは申し訳なさそうな顔をしながら手を合わせる。

待ち合わせの時に篠宮さんと連絡がつかなかったこと、すっかり忘れていた。


「いいですよ。確かこの近くでしたよね」

「うん、ここ」

「えっ、ここですか⁉」


篠宮さんが指さしたそのお店は、通りからもよくわかる明るい電飾が華やかなお店だった。

綺麗で豪華だけど、私にはちょっと入りづらい。

出入りしているのもドレスを着た女性と三十代から五十代ぐらいの男性ばかりだった。

外で待っていようと足を止めた私に、彼が気づいて振り向く。


「おいで」


手を差し出して、私が入り口の段差を上がるのをエスコートする。

あまり気乗りはしないけど、彼に言われると拒否できない。

彼の差し出した手に自分の手を重ねる。


「ありがとうございます」

「うん」


お店のすぐ横の路地の段差を上り、お礼を言うと、篠宮さんはニコッと私に笑いかける。

そして手が離れていく。

その手を少し名残惜しいと感じてしまったのは、寒かったからだろうか。


「ついてきて」

「はい」

細めの路地を篠宮さんの後ろについて歩いていく。

薄暗い路地を歩く時、いつもは心細くなるが、今日は彼の大きな背中が守ってくれている気がして、安心して歩いていけた。

小さな電灯に照らされた銀色の無機質なドアから入る。

通路を進むといくつかドアがあり、三番目のドアに入る。

いくつかのロッカーが並ぶ六帖程の部屋には、黒服を着た田辺さんがいた。


「オーナー! どうしたんですか?」

「携帯忘れちゃってさ。見てない?」

「さあー? あっ」


田辺さんは私に気づいて少し驚いているみたいだった。


「お久しぶりです、田辺さん」

「お久しぶりです、凪さん」


私は深く頭を何度か下げ、田辺さんもそれに応えるように頭を下げる。

お互い頭をぺこぺこしていたからだろうか、その様子を見ていた篠宮さんはクスっと笑っていた。


「凪ちゃんとデートしてたんだ」

「そうだったんですか」


篠宮さんの後ろで私はブンブンと横に首を振る。

それに気づいて田辺さんが笑う。


「全力で否定されてますよ、オーナー」

「えーそれは傷つくよー凪ちゃん」


篠宮さんが私のほうに振り返りながら言う。


「ただご飯を食べに行ってるだけですよ。」

「えっ、そうだったのー?」

「はい」


篠宮さんは冗談気に落ち込んだそぶりを見せるかと思ったが、逆に自信満々に口角を上げていた。


「いいさ。いつかデートを取り付けて見せるからさ」

「本人に言います?」

「うん、やっぱりこういうのは有言実行しないとね」

「ちょっと違う気がします(笑)」

「細かいことは気にしないのー」

「あの、オーナー、携帯を」


放っておいたら永遠に終わりそうのない私たちの会話に田辺さんが入って進めてくれる。


「あーそうだったね。えーっと……あれ、ないなあ。ちょっとホール見てくるね」

「はい」

「僕も探しますよ」


篠宮さんと田辺さんが部屋を出て行ってしまった。居づらい……。

誰も入ってこないまま篠宮さんが戻ってきてくれるのを願いながら待つ。

しかし、私の願いは叶わなかった。


「ねぇー充電器貸してほしーんだけどー」


女の人が部屋に突然入ってきて、驚いて彼女の方を見る。


「っていねえのかよ」


目が合ったが、彼女は舌打ちをして、さっさと出て行ってしまった。

感じ悪いっていうか恐かった。

舌打ちって私にしたのだろうか……。

だめだめ、考えるだけ悪い方向に行って落ち込んでしまう。

他のことを必死に考えながら時間が過ぎるのを待つ。


「…………」


篠宮さん、まだかなあ。

五分ほど経った頃、廊下で話してる女性二人の声が近づいてくる。


「……それでさー部屋入ったら地味な女がいてさー、見たことあると思ったら、オーナーにまとわりついてるやつだったんだよねー」

「あー前言ってた女ね。しつこすぎ」

「オーナー困ってるんだからとっととどっかに行けっつーの」


静かなこの部屋に彼女らの声はよく響いた。


「…………」


この部屋を通り過ぎたのだろう。声がだんだん離れていく。

絶対私のことだ……。

わざと聞こえるようにしゃべってた……。

篠宮さんはいつも私の話を笑顔で聞いてくれるし、ご飯にだって誘ってくれる。

篠宮さんも楽しんでくれている――と思ってた。



……けど、全て私の思い違いで、彼女たちの言葉が正しかったら?



篠宮さんは優しいから、面倒でも笑顔で話を聞いてくれていた。

毎月のようにご飯に行くのが恒例みたいになってたから、しょうがなく誘っていた、としたら?



気を遣わせていたの……かな……




私は篠宮さんにまとわりついていたのかもしれない。

あの女性たちに言われたこともショックだったけど、篠宮さんに迷惑だと思われているかもしれないことの方がショックだった。


「……」


掴んでいたバッグの紐に力が入る。

そのまま部屋から飛び出した。

一刻も早く、この場から離れたかった。

篠宮さんの気遣いに甘えて、面倒な女になっていた自分に嫌気がさす。

今までの篠宮さんとの思い出と、彼女たちの声が代わるがわる出てくる。

頭の中がごちゃごちゃしたまま歩き続ける。

いつの間にか公園らしき場所の前にいた。

どこの公園かもわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。

誰もいない静かな場所は今の私にとってはありがたかった。

ベンチに腰を下ろすと、足首の後ろに痛みが走る。

踵を少し上げて、ヒールと踵の後ろとの間を見る。

ヒールと擦れてしまったのだろう、真っ赤に腫れて少し皮が剥けていた。


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