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21.小さな一歩

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 アルテミシアは個室の外に控える侍従に声を掛けると、先ほど商人組合ギルドで見せた腕輪を再度テーブルの上に置いた。

「この腕輪の仕様は先ほどお話しました通り、魔力の流れを遮る結界を装着者の周りに展開いたしますわ。つまり魔法の影響を受けないだけでなく、これを身に着けている者の魔力に関する情報を、外から隠してしまう事も出来ますの」

 耳を傾けながら、目の前の腕輪をじっと見つめる。
 身近な魔導石はルビーやサファイヤのような透き通った状態のものが多いが、この腕輪に着けらている魔導石は乳白色で、ちょうどオパールのように光の加減で七色が交じり合ったような色彩を持つ不思議な印象の石がはめ込まれている。

「一般的に、魔導士の中にも”石詠み”は少ない、と言われておりますが、実際は少し異なりますわ。市井の石詠みと全く同じ能力ではない、というだけのこと。生まれながら魔力を持ち魔法を行使する者は、自身の魔力量を何らかの形で把握出来ております。同じように、個人差や能力に拠る捉え方の差はあれど、他者の魔力も関知出来てしまう事はそう珍しくはありません」

 アカシャは真顔で話を聞きながら、自分の認識が甘かった事を猛省していた。

 もしも、自治領を飛びだした時に、枯渇寸前ではなく生まれた時のままの量を保持していたら。
 もしも、道中でアルテミシアのように他者の魔力量を推し量れる者に出くわしていたら。

 平民に扮して真実を隠すはずが、自分の取った行動によって自らこの身を危険に晒していたようなものだ。

「この都市まちの存在意義がゆえに、ここには非常に多くの魔力持ちが集まりますわ。そこに更に魔導学園が増えるのですもの。望まぬ悲劇の可能性を看過するわけには参りませんの」

 アルテミシアが危惧するのは、未成熟な魔導士の卵たちや、本来ならば国の支配階級の庇護下にあるべき魔力持ちの子女の身の安全なのだという。そこにきてアカシャのような魔法の使えない甚大な魔力持ちと遭遇した事で、どうやら随分と心を砕いてくれていたようだ。

「この腕輪は試作品ですが、性能はわたくしが保証いたします。お貸しいたしますわ」

「……よろしいのですか!?」

「当然です。わたくしの話は聞いていらして? 何も同情に拠る施しではないのですから、素直に受け取ればよいのですわ」

 不機嫌というよりも少し怒って頬を張るアルテミシアは、どこか愛嬌があり、気品に満ちた姿とほど遠いそれは、本心からアカシャの身を案じている事を物語っているように見えた。

「あ、ありがとうございます……!」

「わたくしの助手として研究室に赴く時は必ず着用する事。街を歩く時や、魔力持ちの多い場所に赴く時も、是非お勧めするわ。石詠みの能力まで阻害してしまうので、お仕事の際は一旦外す必要がございますが、そこは術式を早急に改善いたしますわ」

「……はい! お心遣い、ありがとうございます!」

 アカシャが感激している様子を見て、アルテミシアは花が咲くように笑った。

 それから”助手”としての仕事の話に移った。
 アルテミシアの研究所は西地区にまもなく竣工を迎える学園施設に併設しているらしい。
 連合軍の関係者も多く立ち入ると聞いて、心臓はどきりと跳ねるが、今は請ける仕事に集中するのだと胸の内で己を叱責した。

 ──目的に気を取られて、仕事も、心を割いてくれる人も、蔑ろにしてはいけない……!

 ぐっと手を握り締めて気合を入れていると、アルテミシアはどこか楽しそうにテーブルに両肘をついて、頬に両手を添えて、市井でよく見かける少女のような姿勢で内緒話でも打ち明けるように語り掛けてきた。

「……それから、たまにで結構なので、わたくしとこうして出掛けてくださらない? 申しましたでしょう? こういう事に憧れていたと……」

「えっ……!? そ、その私でよければ、いくらでも??」

 咄嗟に応えると、アルテミシアは喜色満面といった様子で頬を染め、目を輝かせた。

「ふふっ、約束でしてよ?? 防衛戦も大きなものはしばらくございませんし、この機に”モイライ人気カフェ巡り”をいたしたかったのですわ!!」

「は、はい……」

 呆気に取られながら返事をすると、今度は席を立ち隣に来たかと思えば、握手を求めるようにその手が差し出される。
 アカシャも慌てて立ち上がり、少したじろぎながらもその手を取れば、またアルテミシアから花が咲いたような笑みが零れた。

「敬称を省いてアカシャとお呼びしてもよろしいかしら? そして、わたくしの事は、”ミシャ”と呼んでいただきたいの!」

「えええっ!? え、はい、勿論、です。わかりまし…た……」

 困惑と共に恐れ多いような気分を抱えつつも同意すると、繋いだ手をぎゅうと柔らかく握りしめられる。

 こうして、巫女姫アルテミシアの助手として、時々彼女のささやかな我儘に振り回される日々が幕を開けた。


 ◇◇◇


 アカシャが部屋を借りているイスカの食堂まで、アルテミシアはわざわざ私服の警備兵を付き添いに寄越してくれた。

 イサクに巫女姫との事を根掘り葉掘り聞き出されながらも夕食を終えると、自室に戻りベッドに倒れ込むように突っ伏す。

 それから、今日受け取った腕輪を鞄から取り出した。
 試作品で誓約魔法は施されていないため、今手元にあるこの腕輪は着脱が可能なのだが、いざとなると身につけるのを躊躇ってしまう。着けるべき理由は理解していても。

 ベッドに仰向けに寝転がると、その腕輪を目の前に翳し、柔く光る魔導石をぼんやりと見つめる。

 ──……魔力の流れを遮る結界……。それは、つまり……。

 この腕輪をつければ、ユリウスとの魔力共有も遮断される、そういう事になるはずだ。

 枯渇しかかった魔力を、強力な魔力回復薬マナ・タブレットまで使って補ってきたものを、こうも簡単に断ち切ってしまえる。
 効果がどれほどで、この魔導石がどのくらいもつのかもまだわからない。だが明確に目の前に現れたそれに、今になって胸の内に湧いているのは、畏れと躊躇いだ。

 ──何を躊躇っているの。元から、断ち切る為にここに来たのでしょう……。

 勢いよく身体を起こすと、すぅと大きく深呼吸をする。

 ──討伐の軍事予定はしばらく無かった、ミシャも大きな防衛線はしばらく無いと言っていた。私が案ずるような事など無いはず。……それに、目的を果たしたら、いずれはこうなる。
 
 何度か瞬きをして、思考を整えて、腕輪を真っ直ぐ見つめると、意を決したようにそれを腕にはめてみる。

「………………特に、何か変わった感じは……しないわね??」

 訝しんで、骨の浮いた細い腕におさまった腕輪を観察してみるが、取り立てて何かを感じる事は無かった。
 
 ──”第二の心臓”というくらいだから、主の魔力を断ち切ったら不都合が起こるかと少し懸念もしたけれど、それも今のところは何とも無さそうね……。

 アカシャが、腕輪が齎す変化に気付くのは、もうしばらく後になっての事だった。
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