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第3章 秘めし小火と級友の絆編
71.最優秀クラスとかけがえのない仲間
しおりを挟む「……………教頭殿。"例の約束"ですが、お忘れではありますまいな?」
「勿論じゃ。交流試合で、"あの男"のクラスを完膚なきまでに倒してくれればな」
夜の静寂が支配する学園の教室に、二人の男の声が反響している。
一人は、杖を突きながら歩いている小柄な老人なのだが、彼がかけている眼鏡の奥で光る眼光は未だ鋭く、もかなり厳しいと評判であるクロノス学園の教頭、"エルツ・フェルゼンシュタイン"だ。
そして、もう一人はまるでパーティーにでも参加してきたかのような出立ちの、如何にも高級そうな白い燕尾服に、ワインレッドの髪と口髭が特徴の男。
一組の担任である"スコルド・ハイスヴァルム"であった。
「さすれば、貴公のクラスである一組を、学年末に決められる"最優秀クラス"に推薦する、と言う約束じゃったな」
「覚えて頂けているのであれば、結構です。…………それにしても、なぜそこまで"あの男"を目の敵にされているのですか?」
「あやつは、生徒や他の先生らに悪影響を及ぼしかねん。だから、ワシは反対だったんじゃ、彼奴をこの学園で働かせるなど…………」
よほど、かねてから不満があるのであろう。
エルツは、その場にいるスコルドのことなどお構いなしと言った感じで、愚痴や文句を次々と溢していったのだ。
いくら他人の事とは言え、エルツの全く止まる気配がない文句の数々に、いい加減嫌気が差したのであろう。
スコルドは、まるでエルツの言葉を遮るように一回だけ咳払いをするのだった。
「安心召されよ、教頭殿。必ずや、我が自慢の教え子たちが、"あの男"のクラスを完膚なきまでに倒してご覧にいれましょうぞ」
「──────"カウンター・ストライク"!!」
「……………くっ!?」
これで、何度目だろうか。
ファイは、あれから何度も何度もリッドに向けて強烈な一撃を放ち続けていた。
しかし、その全てが彼の繰り出す反撃技によって、呆気なく無効化されてしまっていたのだ。
「いいぞ、キンバーライト君!そのまま、倒してしまえ!!」
いつの間にか、ヒーティスが引き分けとなってしまったショックから立ち直ったスコルドが、年甲斐もなくはしゃいだ様子でリッドにエールを送っている。
しかし、リッドはそんなスコルドのことなどまるで眼中にないのか、一切見向きもせずに目の前の"好敵手"を攻略すべく注力していたのだ。
「はぁ…………はぁ…………まさか、ここまで攻撃が通じないなんてね。参ったな」
先ほどから、休むことなくずっと攻撃を繰り返していたせいか、息を切らしながらも剣を構えるファイの表情は、少し苦しそうに見えていた。
一方のリッドはと言うと、あれだけファイの攻撃を受けていながらも、息一つ乱れていないどころか、顔から一滴の汗すらも流れていないことから、まだまだ余裕を残している様子なのだ。
「……………すまない、ファイ」
そんなリッドの口から、意外な言葉が飛び出した。
「え…………?」
リッドによる突然の謝罪に、驚くファイ。
ほんの一瞬ではあるが、油断させる作戦かもしれないと疑ってみたものの、彼がそんな回りくどい方法を取るとは、どうしても想像できなかったのだ。
「いきなり謝ったりして、どうしたんだい?」
リッドは、小振りな盾が装着されている右腕を静かに下ろした後、その場に立ち尽くしてしまっている。
さらに、俯いてしまった彼の整った顔は、綺麗なキャメル色の長い前髪に隠れて見えなくなっていたのだ。
「私に、もっと力があれば…………そうすれば君とも、もっと気兼ねなく戦えたのに…………本当にすまない」
「リッド……………」
「……………正直、今この瞬間も私は迷い続けている。勝つことが正解なのか、負けることが不正解なのか」
顔を上げたリッドの顔は、さっきまでファイの攻撃を弾き返していた時の自信満々な様子とは打って変わり、とても切なげな表情を浮かべていた。
「おいおい、何やってんだー!」
「早く戦えー!!」
おそらく、観客たちには二人の話し声は聞こえていないのであろう。
それ故に、試合中であるにも関わらず、両者ともに動かなくなってしまっている今の現状を不審に思った数人の生徒たちから、不満の声が上がっていたのだ。
「リッド。正直俺は、頭も良くない方だし、ずっと田舎暮らしだったから、世間や貴族のルールに疎いところもあるよ」
「…………………………」
「だけど、俺にはかけがえのない"仲間"がいる」
「……………"仲間"?」
「まだ、出会って間もないし、互いに知らない所だらけだけで、そう思ってるのも俺だけかもだけど…………」
ファイは、白い線で升目状に区切られた灰色の床を、リッドに向かって一歩ずつ近づいていくのだった。
「もし、俺が今のリッドみたいにすごく悩んでいたら、そのかけがえのない"仲間"たちに助けを求めると思うよ」
「……………そんな、"仲間"なんて私には……………」
「何言ってるのさ、俺が居るじゃないか!」
「……………え?」
「俺を信じてよ!この"交流試合"がどんな結末で終わろうとも、きっと何とかなるよ!!」
「ファイ…………」
「だって、俺にはどんなピンチの時だって何とかしてくれる、そんな心強い"仲間"がいるからね」
そう言うと、ファイはある場所を見つめていた。
その目線の先には、七組の待機席で呑気に欠伸をしているレイヴンの姿があったのだ。
「……………まぁ、ちょっと頼りない時もあるけど、きっと何とかしてくれると思う。だから、リッド!」
ファイは、リッドの目の前まで来ると白金色の剣の先を彼へと向けるのだった。
その時のファイの表情は、リッドの心の中にあった不安を吹き飛ばしてしまうほどに、自信に満ち溢れていたのだ。
「………………そうだね。君の言う通り、"あの人"なら何とかしてくれるかもね」
覚悟を決めたのか、リッドは一度だけ深く深呼吸をする。
そして、右腕に装着されている小振の盾の裏から一振りの剣を抜き放つや否や、ファイが向けた剣に軽く当てるのだった。
「さぁ、始めようか!……………私たちの、本当の勝負を!!」
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