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第3章 秘めし小火と級友の絆編

52.青白い髪と憧れの英雄

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「はぁ、流石に限界だ………」


 もう、目を開けていられるのも限界なのか、瞼が非常に重い。
 足元も覚束ず、千鳥足のような有様で何とか中庭まで来れたのだが、いつも昼寝をしている"研究棟の屋上ベストプレイス"まではまだまだ先は長かった。


「いっそ、もうこの中庭のベンチで………いやいや、やっぱり、誰も来なくて静かな場所で寝るのが…………ん?」


 中庭を早く通り抜けようとしたその時、ふと何気なくベンチを見ると、落ち込んでいる様子のスティーリア先生の姿があったのだった。


「あー………ありゃ、絶対話しかけたら何かしらの相談を持ち込まれるヤツだわ」


 普段であれば、いくらでも話を聞く所であるが、如何せんこんなにも意識が朦朧としている寝不足状態では、とてもじゃないが無理である。
 そう判断したレイヴンは、心の中でスティーリアに何回も謝りながらこの場を去ろうとしていた。

 しかし、先ほどの哀しそうな彼女の横顔と、綺麗な青白い髪が風に寂しく揺れていたのを思い出し、レイヴンの足が止まってしまう。
 そして、悩むように頭を数回強く掻きむしるとクルリと中庭の方を向き、彼女の座っているベンチへと歩いて行ったのだった。


「………どうした?なんか、元気ないみたいだが」

「えっ!?あ!レ、レイヴン先生!?」

「なんか、落ち込んでいるみたいだったからよ。あ、まさか教頭とやり合ったのか?あの石頭、本当に融通が利かないよな~」

「そんな、レイヴン先生じゃないんですから。それに、教頭先生は確かにちょっと頑固な時もありますが、いい先生ですよ!」

「じゃあ、一体何でそんなに哀しそうな顔してたんだ?」

「………それは、その………」

「誰かに話した方が、楽になる時だってあるぜ?」


 スティーリアは、少し躊躇っていた様子であったが、話す覚悟が出来たのか真面目な表情を作ろうとしているだが、無理をしているせいか逆に顔が引き攣ってしまっている。

 流石に、笑うのも可哀想なので我慢することにしたレイヴンなのであった。


「………私、教師を辞めようかなって思うんです」


「ふーん」

「え?………それだけですか?」

「だって、そりゃアンタの人生だからな。好きにすれば良いし、決心したなら引き留めるのは野暮ってもんだろ?」

「………それは、そうですけど………」

「まぁ、仮に俺が引き止めて教師続けたとしても、それでスティーリア先生が幸せになるとは限らない。………そんな責任、俺にわは取れないしな~」

「せ、責任っ!?」


 突然、スティーリアがベンチから立ち上がり、とても驚いた顔をしている。


「???………どうしたんだ?」

「………いえ、すみません。取り乱しました」


 落ち着いたのか、またベンチに腰掛けるスティーリア。まだ、微かに火照りが残っているのかいるのか若干ではあるが、顔が未だに赤いままであった。


「ちなみに、どうして辞めようなんて思ったんだ?」

「………私って、レイヴン先生みたいに強かったり、ウッドランド先生のようにすごい魔法を使えるわけじゃないないから………」

「ふむ」

「いざクラスを持った時に、ちゃんと自分の生徒たちに教えていけるのかなって思ったら、自信がなくなっちゃって………」

「なるほどね~」

「………えっと、レイヴン先生。さっきから、私の話に全く興味ないですよね?」

「さっきも言ったろ?俺は引き留める気はないって」

「そう………ですよね………」


 スティーリアが、今まで以上に黯然とした表情を浮かべながら俯いてしまう。
 さらに、彼女の瞳には今にも零れ落ちそうな程の涙が溢れており、泣くのを必死に堪えているようであった。


「たがまぁ………辞めるってなると、ちょっと勿体ない気はするけどなぁ」

「……………え?」

「だってアンタは、歴史に魔法学の基礎、料理、薬草学、おまけに音楽だって教えられるんだぜ?ちょっと、勿体なくないか?」

「………そんなの、他の先生に比べたら………」

「俺が、アイツらに教えられるのは魔法による戦闘技術くらいだ。だから、正直スティーリア先生が羨ましいよ」

「……………………」

「それに、ここに来たばかりの時に言ってたじゃないか」


 レイヴンはベンチから立ち上がると、スティーリアに背中を向けたまま話し続けた。


「憧れの人のようになりたい。その人みたいに誰かを導く人になるために、教師の道を選んだんだ、ってな」


 そして、柔らかな笑みを浮かべながら少しだけ振り向く彼の姿が、あの日の記憶と重なる。

 15年前、街に襲来した魔族から身を挺して救ってくれた、一人の"英雄"の姿を彼女は片時も忘れた時はなかったのだ。


「………そうですよね。せっかく、憧れの人みたいになろうってこの道を選んだのに、諦めたら勿体ないですよね」


 レイヴンをしっかりと見据える彼女の目に、もう迷いはなかった。
 先ほどまで溢れそうになっていた涙はいつのまにか消えていて、どこか吹っ切れたような表情をしていた。


「レイヴン先生…………私の情けない悩みを聞いてもらって、本当にありがとうございました」

「俺はただ聞いてただけだぜ?辞めないって決めたのも、結局自分自身じゃないか」

「それでも、聞いてもらったからこそ………レイヴン先生に勿体ないって言われたから決められたんです」

「………そーかい。まぁ、それでアンタの悩みが解決できたのなら良かったよ」

「そーだ!お礼に、何か飲み物買ってきますね!」


 そう言うとスティーリアは勢いよく立ち上がる。
 今まで、気が沈んでいた状態から吹っ切れた反動なのか、ややテンションが高めである。


「………いや、だからお礼とかいいよ。ホント話を聞いてだけって、おい」


 レイヴンが断ろうとするが、彼女は既に走り出しており、止める間も無くあっという間に遠ざかってしまっていた。


「レイヴン先生~~、コーヒーでいいですよね~~!?」


 遠くの方で、飲みたい物を聞いてくるスティーリア。
 レイヴンはため息をつくと、諦めたのか離れた場所にいる彼女が視認できるように深く頷いた。

 すると、それを見たスティーリアは自身の青白い髪を揺らしては、嬉しそうに駆けて行ったのだった。


「やれやれ………」


 こうして、スティーリアに取り残されたレイヴンは、再びベンチに腰掛ける。
 一人になったため、楽な姿勢で座っていたせいか、今まで我慢してきた眠気が容赦なく襲いかかってきた。


「………やべぇ、こりゃもう無理………だ」


 徐々に、瞼が閉じられていく。
 こうなってしまっては、流石のレイヴンと言えど抗えるものではない。

 丁度、このベンチの近くに植えてある木が程よく日の光を遮る木影を作り出しており、さらには、中庭を通り抜ける風も涼しく心地よいときた。

 こんなベストな条件下では、睡眠不足であったレイヴンが眠りに落ちてしまうのに、そう時間はかからなかった。


「お待たせしました、ブラックで良かったですよねって………あれ?」


 しばらくして、紙製のカップに注がれたコーヒーを両手に持ったスティーリアが中庭のベンチに戻ってきた。


「そっか………眠いのを我慢して、私の話を聞いてくれていたんだ」


 スティーリアが隣に座っても起きる気配が全くなく、その上寝息まで立てている事から相当疲労していたのが伺えた。


「………あなたは自分を犠牲にして、いつも誰かのことを助けようとしてる」


 レイヴンが、突然起きたりしないかどうか様子を見ながら、恐る恐る右手を伸ばすスティーリア。


「今も、"15年前"も………」


 そして、寝ている彼の頬にそっと右手を添えたのだった。

 彼女の冷たい手が触れて、一瞬反応したレイヴンであったが、やはり起きることはなかった。
 それどころか、体勢が崩れたレイヴンは首を彼女の肩に寄りかかってしまう。


「────っ!?」


 その瞬間、スティーリアはとても驚いた。
 危うく、レイヴンを起こしてしまうほど動揺していたが、彼は未だ肩に寄りかかったまま眠っていた。

 あまりの出来事に、思わずスティーリアの顔が真っ赤になってしまっていたのだが、ようやく落ち着いたのかレイヴンを見つめ優しく微笑むのであった。





「今は、ゆっくり眠ってください………私の、憧れの"英雄"さん」


















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