1000 BLADES-サウザンド=ブレイズ-

丁玖不夫

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第3章 秘めし小火と級友の絆編

42.兄と弟

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この国の最先端医療機器や、優秀な医師が多く在籍する"国立インゲニウム総合病院"の廊下で2人の兄弟が見つめあっている。
しかし、それは仲睦まじい兄弟が恥ずかしながらも見つめ合い、互いに頬を染めあっているなんて言う兄弟愛に溢れるシチュエーションでは決してなかった。


「勝負です、兄さん……いえ、“ハロルド・グラース“!!」


目の前で、涼しげな笑みを浮かべる白衣姿の男に向かって、人差し指を真っ直ぐ向けるフリッド。
その表情は正に真剣そのもので、まるで覚悟を決めたかのようであった。


「……ここでは迷惑になるな。ついて来い」


ハロルドはそう言うと、体の向きをクルリと変え颯爽と歩きだす。
確かに、こんな場所で何かしらの勝負をしようものなら、少なからず周りの人に迷惑がかかるのは必然である。
そして、それを理解したフリッドも黙ってハロルドの後を追うように廊下の奥へと進むのであった。


「えっと……俺たちはどうしようか?」

「うーん」

「よかったら、君たちも付いてくるといい」


先ほどまでの2人のやり取りを見ていたファイたちが、どうしようか悩んでいると、廊下の先でハロルドが呼びかける。何の勝負をするかは未だ不明だが、おそらくギャラリーが居ても彼にとっては何の問題にならないのだろう。
そう思わせるほど、ハロルドは自信に満ち溢れているようであった。

それから、クランの病室があった第5病棟から受付やエントランスがある本館へと一旦戻り、そこから更に別な棟へと繋がる長い渡り廊下へとやってきた。
外が段々と暗くなっているせいか、その渡り廊下は若干ではあるが薄暗く、不気味に感じられる。灯りは付けられているのが、設置箇所の間隔が広すぎるため、この長い廊下を明るく照らしきるには明らかに数が少なく思えた。




薄暗い長い渡り廊下を渡りきると、目に飛び込んできた光景にファイたちは驚いた。
なぜなら、そこには様々な種類の最新鋭の機器が幾つも並んでいると言う、余りにも見慣れない光景が広がっていたからだ。


「歓迎しよう、7組の諸君。ようこそ、私の“研究室“へ」


ここに来るまで、ずっと無言だったハロルドが突然ファイたちの方へとに向き直り、せっかく来た客人を歓迎すべく軽く両手を広げるようなポーズを取った。


「“私の“……って、もしかしてこの建物全部!?」

「フリッドのお兄さんって、一体何者なんですか?」

「あぁ、そう言えば紹介の途中だったな。実は私は医者ではなく、科学者だ」

「科学者……?」

「私は、“魔道管理局“に所属している“とある研究室“で働いていているんだ。さっき話した医療機器もそこで開発したものでね」

「でも、どうして病院の隅っこに、こんな凄い研究施設があるんですか?

「この病院にある医療機器は、大半が私が開発したものだ。それで、メンテナンスのためにも病院の近くに居た方がいいと、特別に建ててもらったのさ」


ハロルドは机の上にあったカップを手に取ると、それを静かに飲みはじめる。カップからは微かではあるが白い湯気が出ており、漂ってくる独特の苦味がある香りから、どうやらコーヒーのようであった。


「さて、フリッド。私と勝負したいんだったな」

「えぇ。僕が勝ったら、兄さんが知っていることを話してもらいます」

「フッ、良かろう」


そう言うと、ハロルドが研究室のドアにそっと手を添えると、驚くことにそのドアが横にスライドして勝手に開いたのであった。そして、開かれたその自動ドアを潜ると部屋の床や壁に真っ白いパネルが敷きしめられているだだっ広い空間が目の前に現れる。
ふと上を見ると、半球体の天井の白いパネルが光って室内灯の役割をしているのだが、その形状からここがこの病院の一角にひっそりと建てられていたドーム型の怪しげな施設だと言うことに気がついた。


「ルールは“いつもの“で構わんだろう?」

「相変わらず余裕ですね。でも、いつまでも以前の僕と侮っていると……」


フリッドが魔力を込め、右手を前にかざすと6本の氷の棘が体の周りに出現したのであった。これは、彼が一番得意とする氷属性の中距離攻撃魔法である────


「後悔しますよ!───アイシクル・スパイクッ!!」


彼の掛け声と共に、6本の鋭い氷の棘が勢いよくハロルドへと発射される。
見事着弾したか、標的であったハロルドが居た場所からは白い冷気が立ち上っており、それにより一時的ではあるがハロルドの姿が見えなくなってしまうほどであった。


「フリッドのやつ、いきなり先制攻撃とか容赦ないね」

「本当だよ~、お兄さん大丈夫かな?」

「………あの人は、そう簡単にやられないと思う………」


暫くすると白い冷気が徐々に消え始め、ようやくハロルドの姿が現れたのだ。
しかし、フリッドが繰り出した“アイシクル・スパイク“が命中した筈であったハロルドの体には小さい擦り傷すら一切付いておらず、ただ涼しげな表情でそこに立っているのであった。


「ふむ、発動時間が前回よりも0.3秒早くなったようだな」

「3年前の僕とは違います。今日こそ、勝たせてもらいますよ兄さん!!」


再度、魔力を込めた右手を振るうと氷の棘がハロルド目掛けて次々と飛んでいく。“サーブル“の周囲に出没していた獣たちを退治する時はあまり注意して見れなかったが、改めて見るとその棘の速さはかなりのもので、あの獣たちが手も足も出せなかったのも頷けた。


「威力も、1.3倍ほど上がっているな。これは、データの上方修正が必要のようだ」


対してハロルドは、目の前に綺麗な氷の盾を作り出し、フリッドから繰り出される攻撃を全て受け切っていた。
さらに、まだまだ余裕なのか右手しか使っておらず、左手はズボンのポケットに突っ込んだままの状態であった。


「本気を出すまでもないってことですか………だったら!!」


フリッドが突然、右方向に走り始めながら魔力を込め始める。正面からいくら攻撃しても通用しないことを理解したのか、揺さぶりをかける戦法に切り替えたのだ。


「アイシクル・スパイク………連弾発射!!」


走りながら移動するフリッドの右手から、無数の氷の棘がハロルドへと放たれる。動きながら撃っているせいか、時折り棘の幾つかがハロルドから逸れてしまっていた。
おそらく、今までの正確無比であった百発百中の命中率を生かした攻撃とは正反対である、数打ち当たる戦法に切り替えたようだが、正直それはフリッドらしくない手であった。


「愚かだな。自らの得意とする戦法を投げ出し、そんな拙い戦法で私に勝てるとでも?」

「くっ……はぁあああっ────!!」


自分の正しいと思っているやり方を、否定されたのが屈辱だったのか、フリッドは急に方向転換したと思いきや、今度は猛スピードでハロルドの方へと駆け出したのだ。

そして、互いの距離がが1m以内に差し掛かった瞬間、両者共ほぼ同じタイミングで魔法を放つ。


「アイシクル・スパイクッ!!!」

「フッ………ブリザード・クロイツェン!!」


6本の氷の棘と、吹雪と共に現れた十字型の刃が至近距離でぶつかり合う。
その2つの魔法の衝突により生じた高いエネルギー量の魔力が白い雷となって周囲に迸り、壁や床に大きな傷を作っていた。

しかし、そこまでの魔力が一箇所に留まっていられるのが限界だったのか、魔法を放った兄弟の間で大きな爆発が起きてしまい、真っ白い煙が辺りを飲み込んだ。

あまりの激しい爆発による衝撃で、フリッドは白煙の外まで弾き飛ばされてしまったが、咄嗟に受け身を取ったのが良かったのか服が少々汚れてしまっただけで済んでいた。

暫くして、徐々に白い煙も晴れてくると相変わらず余裕の表情を浮かべているハロルドも姿を現したのだが、足元には何かを引きずった跡が残されていた。
それは、あの至近距離での爆発を完全には防ぎきれなかったのだろう、生じた衝撃により立つ位置を2mほど後方にズラされてしまった証拠であった。

それを見たフリッドは、眼鏡ブリッジを右手の中指で抑えるながら不敵な笑みを浮かべると、こう言い放ったのであった。



「────勝利条件は整いました」


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