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第1章 秘めし小火の旅立ち編
9.魔法学園とお弁当
しおりを挟む「ジリリリリリリ……」
「んんん………ふぁぁぁ~………」
王都フラッシュリアの市場街にあり、週末の夜になると多くの人で賑わう、燈のランプ亭。
その2階に位置する部屋から響き渡る騒々しい甲高いベルの音で目を覚ました。
休日であった日曜が終わり、週の始まりである今日は学校に登校しなくてはいけない憂鬱な日なのである。
まだ寝ていたい気持ちもあるが、そうも言ってられない。何故なら、今日からは"いつも"とは状況が違うからだ。
パジャマ姿は流石にまずいので取り敢えず部屋着に着替え、階段を降りると1階のカウンター越しに備え付けられている厨房でカルラが朝食の支度をしているところであった。
「……ふぁああ~……おはよう、お母さん」
「おはよう、フラウ。朝ごはんもう少しでできるから、ファイのこと呼んできてちょうだい」
「ファイさん、まだ寝てるんだ?じゃあ、ちょっと呼んでくるね」
「何言ってるの?起きたのはフラウ、アンタが一番最後だよ」
「……え?じゃあ、どこに?」
燈のランプ亭の入り口とは反対側に、小さな庭がある。ここでは普段カルラとフラウが物干し台に洗濯物を干したり、ささやかな菜園で野菜を育てているのだが、今日はそこに木剣を持ったファイの姿があった。
「80……81……」
村にいた時と同じ時間に起き、こうして今日も日課となっている木剣の素振りをしている。やはり住む場所が変わっても、毎日の習慣というものは変わらないのだと実感した。
「……99……100!」
毎日の日課である素振りは100を数え終えた所で木剣を壁に立てかけ、用意しておいたタオルで額から滲んでくる汗を拭う。ある程度吹き終えると、乱れている呼吸を整えるために春の風を思い切り吸い込んだ後、ゆっくりそして長く吐き出す。それを数回繰り返した。
「おはようございます。朝ごはん、もう少しでできるみたいですよ」
「あ、おはようございます。今ちょうど終わったところなのですぐ行きます」
「ファイさん、今日一体何時に起きたんですか?」
「えっと、5時くらいです。小さい頃からいつもその時間に起きて素振りをしていたので、自然と目が覚めちゃって」
「5時……まだ夜じゃないですか。わたしそんな時間に起きたことないです」
「いやいや……確かにちょっと薄暗いですけど、どちらかと言うと朝だと思いますよ」
昨日の客達の笑い声や、乾杯の時のジョッキが当たる音などの賑やかさが嘘のように静まり返った店内。
外の通りが見える大きな窓から朝の日差しが入り込んできて、店内の照明を付けていなくても明るい程であった。
日課の素振りを終えたファイがフラウと共に、カルラが朝食を作っている厨房の前にあるカウンター席に腰を下ろしていた。
朝の爽やかな空気が漂う静かな店内に、フライパンで何かを炒める音と香ばしい匂い、それとカルラの鼻歌が絶妙なハーモニーを作り出している。
「できたよ2人とも。冷めないうちに召し上がれ♪」
2人の前に目玉焼きと少量のサラダに、さらにこんがり焼けたパンが乗った皿がカルラの手によって運ばれてきた。
「いただきます♪」
「いただきます。すみません、昨日もあんなご馳走を作っていただいたのに、朝食も作っていただいて……」
「毎日フラウに作ってたし、1人増えても変わらないよ。それに、昨日も言ったでしょ?ここに居るうちは"家族"だって」
「それは……」
「だから、何も遠慮することはないよ。わかったら、冷めないうちにお・た・べ♪」
「……はい、ありがとうございます」
朝食を食べ終わった後、学園へ行く準備を済ませたファイは、フラウの支度を店の入り口でカルラと共に待っていた。
「フラウが遅くなっちゃってごめんね。あの子、朝がすっごい苦手だから」
「まだ時間あるし、俺は全然大丈夫ですよ」
「お待たせしました!……ごめんなさい、ちょっと準備に時間かかっちゃって」
準備を終えてやってきたフラウは、自身の通っているのであろう学校の制服に身を包んでいた。紺色の上着とそれと同じ色のスカートにの裾に白いラインが入っている。上着の中には白いシャツを着ていて首元には緑色のリボンが着けられている。
昨日着ていた、おそらく店で着る用の仕事着であろうフリルの付いた服とエプロン姿とはまた違って新鮮であった。
「それじゃ2人とも、いってらっしゃい!」
「いってきまーす」
「いってきます」
2人は燈のランプ亭を出て、ここから一番近い駅である”マルシェール駅”から魔道列車に乗り”クロノス駅”へと向かう。昨日も通った経路だが、これから学園に行く時は毎回使う事になるので早く慣れなければならない。
フラウの通う学校は”自然区”にあるらしく、途中までは一緒に行く事にしたのだ。
「そう言えば、ファイさん今日は私服なんですね」
「今日は実力試験だけなので、それにクラスが決まらないと制服が支給されないみたいなので」
「ふ~ん。でも、クロノスの制服ってイイですよね。男子、女子共にカッコいいし!」
「そうなんですか。実は、まだ見たことなくて……」
「あ、そうなんですね。でも、きっとファイさんも気にいると思いますよ」
マルシェール駅に着いたファイは、昨日フラウが言っていたことを思い出した。
『朝はもっとすごい人なので覚悟してくださいね!』
確かにすごい、”もっと”と言うだけのことはあるかもしれない。何せ、昨日の夕方に居た人の3倍くらいの人が駅の改札でごった返しているのだから。
ファイは昨日フラウに教えてもらった通りに切符を購入して改札を通り、クロノス駅へと向かう列車が来るホームへと向かう。
ホームに着くと改札口と同じくらいの数の人がこれから来る列車を待っていた。待つ人の中には新聞や本を読んだりする人が多くいる事に気づき、王都ではそう言うのが流行っているのだとファイは思ったのであった。
「ファイさん、わたしは”自然区”の方なので一緒に行けるのはここまでです。ここからは、降りる駅さえ間違えなければ大丈夫ですので」
「はい、何とか無事辿り着いてみせます!」
「ふふふ、大袈裟ですよ。あ、それと……」
フラウは自身が持っているカバンから1つの四角い包みを取り出し、ファイに渡した。
「えっと、これは……?」
「お、お弁当です……ちょっと、作り過ぎちゃって」
「……ありがとうございます!」
「……実力試験、頑張ってくださいね♪」
先に到着したクロノス駅行きの列車に乗り込むファイに、フラウはホームで小さく手を振ってくれた。ファイもそれに合わせて小さく手を振り返すと同時に列車の扉が閉まり、ゆっくりと進みだす。
渡されたお弁当はまだほんのり暖かくて、鼻を近づけるととてもいい匂いがした。
「やっと、着いた……死ぬかと思った」
あれからファイは次々と列車に乗ってくる人に押し潰されそうになりながらも、なんとかクロノス魔法学園へと無事に辿り着いた。これを毎日味合わなくちゃいけないのかと思うと気が滅入るが、今はそれよりも実力試験に集中しなければいけないのである。
「……よし!頑張るぞ!」
ファイは気合を入れると、駅から魔法学園に続く坂道を歩き出した。坂道の途中に植えられている木々が春の風に揺れていて、まるでここを通る新入生を歓迎するかのようであった。
丁度、坂道の折り返し地点に差しかかるとクロノス魔法学園がその姿を表した。昨日も散々驚いたが、改めて見るこの光景はやはりまだ慣れない。
無理もない、どう見ても王や女王が住む城にしか見えないのだから。
「やっぱり緊張する……」
魔法学園のまるで城のような外観を見たせいか、急に緊張してきたファイであったが今さらどうにもならないとまた歩みを進めようとした。
「ーーーーわわーーーーてーっ!!」
「ん?」
最初は風の音なのかと思った。それか、木の枝が擦れて変な音がしているのだとファイは思い込んでいた。
「もうーーーーきいてーーーー!!」
「なんだ?」
ファイも流石におかしいと思った。なぜなら、その変な音は段々とファイに近づいてくるのだ。いや、もはや音というよりかは誰かの叫び声のような気がしてならなかった。
ヒューーーーーーーー!!
まるで強風が吹いた時のような音が後方から聞こえてくる。それと同時に恐らくその音を作り出しているのであろう物体がファイ目掛けてものすごいスピードで迫ってくるのだ。
「ーーーーあぶなーいっ!!ーーーーどいてーっ!!」
その物体が先ほどから聞こえていた叫び声を発していたのだと分かった時には、もう遅かった。
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