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第1章 秘めし小火の旅立ち編

4.旅立ちと形見の剣

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暖かい日差しが溢れる昼下がり、1台の馬車が春の風と共に駆けていく。
所々穴や石でデコボコしていて、そこを通ると馬車の車輪が小さく跳ねその度にガタンと音を鳴らす。
トーチ村から王都フラッシャリアへと続く1本道だが、ここまでは舗装はされておらず至る所に雑草も伸び放題という有様である。


「………ん?………ふぁぁあ~……」


「起きたかファイ。そろそろ馬たちを休憩させようと思ってたところだ」


馬車の前方に腰掛けた麦わら帽子が似合う日焼け顔の男性が、後ろでうたた寝から起きたファイの方を少し見ながら馬2頭の手綱を慣れた手つきで捌いている。


「わかったよ、バーンおじさん。あ、俺ブラシがけとかやっておくからおじさんも休憩していいよ」


「すまないねぇ。そう言えば昔よくお姉ちゃんと二人で牧場の仕事を手伝ってくれてたの覚えてるか?」


「うん、ちゃんと覚えてるよ」


あの頃はご褒美で馬に乗せてもらえるのが嬉しくて張り切って手伝っていた記憶が蘇る。姉のフレアと村の周りを競争したりして、何も無い田舎の村での数少ない楽しみであった。もちろん馬術もフレアの方が上手くて、馬での競争でも1番にはなれなったのは流石に悔しかったが、今となってはいい思い出である。




トーチ村から馬車に揺られ2時間程経過したところで、静かな川辺で休憩をする事にした。周りは林になって丁度いい日陰があり、川の水は透き通って馬の水分補給にはうってつけの場所である。バーンいわく王都へ行く時は毎回ここで休憩をしているとのことだ。


「ヨシヨシ、もうちょっとだから頑張ってくれよな」


ファイは馬達にここまで運んでくれた事を労うかのように一生懸命ブラシをかける。昔から手伝っているためブラシの扱いも慣れているので、馬達も安心して川の水を飲みながらリラックスしてくれている。
この馬達はファイがよく乗せてもらっていた馬の子供達で、それぞれ栗毛のナッツと鹿毛のメープルでどちらもフレアが名前をつけたのだ。


ブラシを一通りかけ終わり、ファイも背を木にもたれ掛け腰を下ろし一息入れるとおもむろにそばに置いた荷物から一振りの剣を取り出し、馬達が怯えぬように静かに少しだけ鞘から抜いた。
鞘から少しだけ表れた剣身は木々から射し込む木漏れ日に当てられ光り輝いて見えた。その剣身には綺麗な模様が施されており、見る角度を変える事でその模様が鮮やかな七色に映りとても美しかった。








「じゃあ母さん、姉さん、行ってくるよ」


日用品や衣類などを詰め込んだ荷物を肩に担ぎ、ファイは15年間過ごした我が家を後にするべく最初の、そして大いなる一歩を踏み出そうとしていた。


「ファイ、これを持って行きなさい」


ルージュが部屋の奥から大事そうに抱えて持ってきたのは、真紅の布に覆われた1メートル程の長さの包み。
その包みを開けてみると、それは一振りの剣であった。
立派な黒色に染め上げられた木製の鞘に収められ、左右に伸びた銀色の鍔に細かい模様が施されている。
鞘を抜いてみると白金色の剣身が開いたドアから入ってくる朝日に照り返され眩しく煌めいていた。


「すごい……母さん、これは?」


「この剣は昔、あの人が使っていたものなのよ。とある有名な鍛冶屋さんに作っていただいたんですって」


「父さんの剣……そんな大事な物、俺が持っていっていいの?」


「きっとあの人もそれを望んでいると思うの。それに家に置いても埃をかぶるだけなのだから、だったらファイの役に立ててもらえた方がいいに決まってるわ」


「わかった、大切に使わせてもらうよ。そして、この剣で父さんみたいな立派な騎士になって見せる!」


ファイは自身の夢を必ず叶えると言う誓いを、亡き父に届くようにと剣を掲げた。それが通じたかの様に剣身に施されている綺麗な模様が鮮やかな七色に輝いていた。


「ファイ、これからあなたの目指すものは果てしなく遠く、そしてとても険しい道のりよ」

「でも、私たちはあなたならできるって信じてるわ。だから、どんなに辛くてもどんなに困難でも諦めず前を向いて進み続けなさい」

「だけど、どんなに進んでもどんなに足掻いても目の前の濃い霧が貴方を迷わせる時が必ずくるわ」

「そんな時は、仲間を頼りなさい」

「仲間……?」

「貴方はこれから様々な人と出会い、触れ合い、そして助け合って絆を紡いでいくことになるわ」

「だから、きっと貴方は一人じゃない。これだけは覚えていてちょうだい」

「……うん、わかったよ。母さんがこんなこと言う時って大体当たってるから、まるで予言みたいで不思議だよ」


ルージュはファイの言葉を聞いたあとクスリと笑う。


「だって、あなたたちのお母さんなのよ?何でもわかっちゃうんだからね♪」




「じゃあ今度こそ、行ってくるよ!」


真紅の布に包まれた父の剣と荷物を背に担ぎファイは家の扉を開ける。


「………っ!?」


扉を開けて見えた光景に思わず言葉が詰まる。それも無理はない。なにせ村人全員が家の目の前に集まっているのだから。


「……みんな、どうして?」

「なにを水くさいことを言っておるのじゃ。ファイの門出を皆で見送らないでどうする」

「……村長」


少々鼻が詰まっている声で話す村長だが、どうやら風邪気味らしい。でも、そんな体調でもこうやって見送ってくれるというのはとても嬉しいことだ。


「ルージュさんとフレアさんのことは心配するな!男手が必要な時は俺たちが全力で手伝うぜ!」

「……サーマル。頼んだよ!……でも姉さんには手を出すなよ?」

「わ、わかってらぁ!」


ちなみにファイの友達であるこのサーマルは、無謀にもフレアに付き合ってくれと告白したが、残念ながら断られた過去がある。


「ファイ兄ちゃん、がんばってね!」
「きっと帰ってきてね!……約束だよ?」

「……リヒト、ルーチェ!頑張るからね……必ず帰ってくるからね!」


いつも兄と慕ってくれる双子の兄弟が勢いよく抱きついてくる。なんだか自分たちと重なってついつい構ってしまうからか、とても懐いてくれている。


「……みんな、本当にありがとう!母さんと姉さんを頼みます!」


ファイは深々と頭を下げて礼をした後、王都まで送ってくれるというバーンの馬車へと乗り込んだ。


「バーンさん、息子をお願いしますね」

「あいよ。ファイは責任を持って王都へ送り届けるから心配しなくていいぜルージュさん!」


日焼け顔が眩しい麦わら帽子の男が威勢のいい声がルージュの不安を吹き飛ばしてくれるかのようであった。


「それでは、しゅっぱーつ!」

バーンの出発の合図で2頭の馬が最初はゆっくりだったが、見る見るうちにスピードを上げてファイを乗せた馬車を引っ張っていく。


「みんな、元気でねー!いってきまーす!」


ファイは馬車の荷台の後ろから元気よく手を振る。今まで色々教えられ、叱られ、励まされ、支えられてくれた村のみんなが小さく見えなくなるまで。






「行ってしまったのぉ……お前さんにはこうなるってわかっておったんじゃろ?」

「……えぇ、あの子が10歳の頃から"未来は見えてました"から」

「流石は"灯火ともしび巫女みこ"じゃのぉ」

「……それはもう15年も前の通り名ですよ。恥ずかしいからやめてください」

「……それに、巫女じゃなくても……未来が見えなくてもわかりますよ」

「だってあの子は……あの人の息子なんだもん」








「……ァイ、ファイ。そろそろ出発するぞ」

「……ん?あぁ、うん!わかったよ」


さっきのことを思い出していたら、いつの間にか気づかないうちに寝ていたらしい。


「さぁ、いよいよあと3時間くらいで王都だ。覚悟はいいか?」

「もちろん!だって俺は、絶対父さんみたいな立派な騎士になるんだから!」




ファイの決意に馬達が同調したかの如く2頭同時に嘶いたあと一気にスピードアップし、王都へと続く一本道を駆け進む。


そう、この道はきっと果てしなく遠く、とても険しいけれど、大きな夢に続く輝かしい軌跡になるのだから。




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