1000 BLADES-サウザンド=ブレイズ-

丁玖不夫

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第1章 秘めし小火の旅立ち編

3.姉と剣術勝負

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カンッ!


フレイマー家の庭に”硬い何か”をぶつけ合っている乾いた音が響き渡る。


カッ!


しかし、それは甲高い金属音ではない。


カキンッ!!


そしてこの音が鳴る度に風にのって柑橘系の良い香りが漂ってくるのがとてもがやり辛い。
いや、こんなことで集中を欠いては一瞬でやられてしまう。

なぜなら、今戦っている相手が”強敵姉さん”なのだから。


「へぇ、最近練習相手になってなかったけど、ここまでやれるようになったんだぁ?」

「いつまでも姉さんとやってたら越えられないからね」

「ふーん、ファイのくせに、ナ・マ・イ・キ」


フレアは悪戯っ子の様な笑みを浮かべると、木剣を右の肩に担ぎながらこちらへと突進してくる。
”先手必勝”、これが彼女のいつもの手だ。このまま一方的にペースを握られあっという間にやられていまい苦渋を舐めたことがどれだけあったか。
だが、ここまではこちらも読み通り。
ファイは突進してくるフレアの体勢を崩してやろうと、そこに来るであろう予測範囲へ木剣でなぎ払いを仕掛ける。


「せいっ!……っ!!……」


しかし、突然フレアの姿が一瞬で目の前から消え、ただファイの一閃は虚しく空を斬っただけであった。


「!!……くっ!」


ふと頭上からの気配を感じ取ったファイは、咄嗟に木剣で受け止める体勢をとる。


ガキンッ!!!


直後、上空から鋭くそして重い一撃が振り落とされ、木剣を握っている手に鈍い衝撃が走る。
ファイは思わず後方へ飛び、体勢を崩しながらも何とか衝撃を和らげることには成功したが、まだ少し手が痺れていた。


「ちぇー、”もうちょっと”だったのになぁ~」


フレアいつものように悪戯っ子の笑みは絶やさず、ちょっと残念そうに悔しがる。
確かに、あと”もうちょっと”だった。本当にあともうちょっとで自分の負けが確定するところだった。

ファイは先ほどの奇襲を防げた事に少々安堵したが、まだまだ油断できない状況なのだと改めて思う。





「いい?二人とも。この剣技試合のルールを言うからよく聞いてね」

「まずは、相手に対して魔法で攻撃するのは禁止」

「次に相手を気絶させたり相手の武器を取り上げたりすれば、その人の勝利になるわ」


淡々とルール説明をするルージュ。しかし、先ほどの自分が担当した攻撃魔法の試験の時の厳しい雰囲気ではなく、いつものおっとりとした表情と優しい声である。


「それとあと、特別ルールとして”コレ”を二人の頭の上につけてもらうわ」


徐に2人に差し出したある物。それを見て2人は首を傾げて困惑する。


「ゴム風船?」


ファイは唐突に渡されたそのゴム風船を手に取ると、ルージュに確認の意も込めて聞くように呟く。


「頭の上につけて試合してもらうわ。で、これを割った方が勝ちね」






「酷いや母さん」


試合が始まる前にルージュが説明した試合のルールを思い出し、ファイはフレアに聞こえないほど小さい声でぼやく。
なぜなら、先ほどルージュが言ったことが全て、”自分が不利になる”ルールであることを気付いてしまったからだ。
フレアは昔から本などを読んだりせず、ルージュからの魔法の勉強もサボってばかりいたせいで、ファイよりも魔法の扱いが下手で戦闘に魔法を組み込むなどまず不可能なレベルだ。
なので、この試合においても多少は攻撃魔法を使えるファイの有利を無くすべく設けられたのが、”相手に対して魔法で攻撃するのは禁止”と言うルールだ。
さらに、相手を気絶させれば勝ちと言うルールも、母親譲りの優しさを持っていて何より母や姉を、家族を一番に想っているファイには到底無理な条件であった。
そして、最後に追加された謎のゴム風船のルールもそうである。一見、ただの思いつきで半分冗談じゃないかと思うこのルールだが、実は違っていた。
これは、男性の武器を取り上げると言う、女性は出来ない事へのハンデなのだから。
さらにゴム風船にはもう1つ決定的な効果があった。
それは、頭の上にあるゴム風船を割るために攻撃すれば、一歩間違えればフレアの顔に傷をつけてしまう恐れがあると言う事だ。
姉だとしても嫁入り前の年頃の女の子を顔を傷つけてしまう選択肢を、ファイには選ぶことなど到底できるはずがなかった。
だとすると現時点でファイがフレアに勝つためには、武器を取り上げる事が唯一の勝利条件なのである。


ガキンッ!!


しかしルージュの作ったルールには一つの誤算があった。フレアは十分ファイの武器を取り上げられる技を持っていたということだ。


ガッ!ガッ!!


先ほどのからの猛攻により、ファイの両手に痺れと鈍い痛みが出始めてきた。これはいよいよまずい状況である。
いくら男勝りのフレアでも男のファイ以上の筋力や腕力はもっていない。ではなぜこのように重く鋭い一撃を放ち続け羅れるのか。
それはフレアの”天賦の才”とも言える身体のバネによるものであった。
腕だけではなく身体全体を使って放たれる斬撃は、とても女性ができる芸当ではない。
また、バネを利用してのジャンプにより上空からの攻撃もできるため、全体重を乗せて繰り出されるその一撃はとてつも無い破壊力を持っていた。


「……来る!」


フレアが体勢を低くし深く沈み込んだあと、勢いよく上空へとジャンプする。”例のあの技”だ。


「はぁああああっ!!」



ガッキーーーンッ!!!



「……ぐっ!!-ーーーーどあっ!?」



フレアの咆哮と共に繰り出された大技により、受け止めようとしたファイの体をかなり後方まで吹き飛ばした。
何度か地面に転ったところで止まったが、あまりの衝撃により何秒間かすぐに立ち上がることが出来ずにいた。
しかし、いつまでも寝転がってはいられない。ファイは先ほどの痛みが引かぬままだがなんとか体勢を立て直すべくゆっくりと立ち上がる。


「へー、さっきので立ち上がるなんてやるじゃん♪」


吹き飛ばされたファイの方へ余裕綽々と言わんばかりに、呑気に鼻歌まで歌いながら歩いてくる。
速攻で駆け寄りゴム風船を破れば勝負あったはずなのだが、そこがフレアの甘いところである。


「悪いけどファイ、次で終わりだよ!」


先ほどと同じく身体を沈み込ませ、あの技の準備体勢を取る。
ファイはフラつきながらも剣を構え、一体どうしたらあの技を打ち破りフレアに勝てるのか思考を巡らせる

上手く防御できたとしても、あと1発が限界。両手の痛みがそう訴えかけているかのように小刻みに震えていた。

未だ対策が浮かばないままだが、何もしなければ負けてしまう。母と姉のどちらにも認めてもらわなければ、魔法学園で生活できる実力なんてある筈がない。

父さんみたいな立派な”騎士”になれる筈がない。


ビリリリリッ!!


ファイは来ていたシャツの裾を破くと、それで木剣と右手を巻き付けガッチリ固定した。
これで武器が手から離れる事はない。あとは体が耐えてくれればいいだけだ。


フレアが上空へと飛翔する。
今までよりも遥か高くまで飛び上がるその様は、まるで翼を広げて大空を優雅に舞う鳥のようであった。
更に、破壊力を増すべく身体を大きく捻りそのままファイへと一直線に向かって落ちてくる。


ガッッキイィィィィーーーンッ!!!!


これまでとは比べものにならないくらいの激しくぶつかり合う音が響き渡った。
一瞬の出来事のはずだった。しかし、音がなくなるまでかなりの時間が経った気がした。


ヒュン……ヒュン……ヒュン……ズサッ!


今度は何かが当てもなく宙を漂っているかの如く弱々しく風を切る音に続き、次は何かが落ちてきたような音が静寂に包まれたその場に流れ、通り過ぎて行った。


恐らくその音の正体は木剣。ついさっきまでどちらかの手にあったはずの得物。

ファイは恐る恐る自分の右手に視線を向けた。


木剣はあった。自ら破いたシャツの裾に巻き付けられしっかり固定されたそれは、ファイの右手から離れる事はなかった。


「あ~あ……負けちゃったか……」


いつもの悪戯っ子が悔しがるのではなく、本当に残念そうなフレアの落胆の声が溢れる。

フレアの右手は木剣が離れたあとでも、握った手の形状を保ちながら小刻みに震え続けており、それを左手で必死に抑えようとしていた。


「よく頑張ったわね、フレア。そして、ファイも」


試合の様子を静かに見守っていたルージュがゆっくりと歩み寄る。そして優しくフレアの手を両手で包み込んだ。


「あはは……ちょっと無理しすぎちゃったかな……ごめんね母さん……」

「ファイの真っ直ぐな覚悟に、貴女もまた真っ直ぐに答えようとしただけなのだから、何も謝ることはないわ」



少しばかりの時が流れ、気持ちが落ち着いたのかルージュの傍を離れたフレアがファイの元へと近づいてくる。


「わたしの負けだよ……おめでとう、ファイ」


いつもの姉とは違う、少し弱々しく、だが優しさはいつも以上に感じる声で称賛の後、ゆっくりとファイを抱きしめる。
フレアの予想もしなかった行動に少し驚くが、ファイも優しくフレアを抱きしめる。

「そっか……いつの間にかこんなに強くなってたんだね。まだまだ、わたしには敵わないと思ってたんだけどなぁ……」

「姉さん……」

「強くなりなよ、ファイ。私なんかよりもずっと、ずっと、そして父さんよりも……」

「……うん、約束するよ。絶対、父さんよりも強くなって見せるよ」



風に揺れるフレアの髪から流れてくる甘い柑橘系のいい香りがする。いつもより近くて、少し戸惑ったファイだったがその香りを胸にしっかりと刻み付ける事にした。



いつも元気で、そして強くて、悪戯っ子の笑みがよく似合う、俺に剣を教えてくれた大切な”師匠”のことを。


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