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優子の季節 第21話
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父は幸いにも一命を取り留め、しばらく入院することになった。
母ははっきりとは言わなかったが、父の心筋梗塞の原因が優子の婚約解消であると信じて疑わなかった。
そのため、母と二人きりの生活は優子にとって居心地の悪いものだった。
母は必要以上のことは話をしなくなった。
また、父の看病もあり、家にいる時間も少なく、家事もおろそかになり優子が代わりに家事をすることが多くなっていた。
今まで母に任せきりだった慣れない家事にとまどいつつも、那須との生活の練習と思いなんとかこなしていた。
しかし、長年専業主婦であった母から見ると、優子の家事は何かしら中途半端であり、それも母のストレスになっていた。
そのことが原因で、些細なことでの口論が多くなっていた。
ある日、いつもより母の機嫌が悪かったせいか、優子にひどくつらく当たっていた。
それはもう、親子の一線を越えるような罵りであった。
優子はもう我慢できなくなり、家を出る決意をした。
行く先は当然、那須の元である。まだ具体的な結婚の話はしていなかったが、お互い愛を深めてはいた。
那須の部屋にも何度も出入りしており、宿泊することも多かった。
優子は那須に相談することにした。
「父が入院してから、母が私につらく当たるの。もう我慢が出来ないわ。」
「お母さんもつらいんだよ。もう少しわかってあげれば?」
「これでも我慢してきたんだけど、もう無理。実の親子だから遠慮なしに
言いたい放題。なにかというと婚約解消したお前が悪いって。もううんざりよ。」
「・・・そうか。やはり婚約解消して、僕と結婚することが気に入らないんだろうか。」
「那須さんは悪くないし、那須さんのせいじゃない。悪いのは私。でもこれ以上家にいてもお互いのためにならないわ。少し冷却期間が必要なの。」
「僕のところへ来るかい?」
「えっ・・・いいの?」
「今更一人暮らしも無駄だろう?近いうちに結婚するんだし。敷金礼金も馬鹿にならないよ。」
「那須さんがいいなら、ぜひお願いしたいわ。」
「よし、決まりだね。今更お母さんも反対しないよね。」
「反対なんかさせないわ。」
優子と那須は、同居することで二人とも気分が高揚した。
優子は那須との同居のため、荷物を整理し、引っ越しの準備を進めていた。
母との諍いも、優子は「もうすぐ引っ越す」と考えて相手にしないようにした。
その結果、以前よりも母との口論は少なくなった。口論がなくなれば、特に住むのに問題のない家ではある。
そのせいもあり、引っ越しの準備はなかなか進まなかった。
「優子ちゃん、いつ来るの?」
「ごめんなさい。準備に手間取って。もう少しでいけると思うわ。」
「楽しみに待っているよ」
那須とは頻繁に会っていたので、寂しくはなく、それも引っ越しを妨げていた。
季節は夏になっていた。
暑さのせいで引っ越しする気力も減退していた。
しかし、いくら暑くても会社に出勤しなくてはならない。
優子はその日も出勤していた。
定時で退社したとき、見知らぬ女性から声をかけられた。
「優子さんですよね。」
「どちら様ですか?」
「私、那須の婚約者です。」
「えっ?」
優子は耳を疑った。
優子はうろたえながらも「どういうことですか?」と尋ねた。
女性は「どこかでお話しできませんか?」と冷静に言った。
二人は、近所の喫茶店に入った。
女性は年の頃は20代後半、知的さを演出するかのような眼鏡をしている。
長い髪はカラーも入れず、漆黒で美しい。こんなに長いと毎日の手入れが大変だろうと優子は思った。
身長は165cmくらいだろうか。細身ですらっとしている。
きっと太らない体質なのだろう。しかし、スポーツをしていたという雰囲気ではなく、文学少女のような雰囲気であった。
一通り観察をしているところで、女性は話し出した。
「私、フリーのジャーナリストです。」と言って名刺を差し出した。
名刺には「フリージャーナリスト 谷川 望」と書いてあった。
聞いたことのない名前だった。
「那須さんの事件について、不審な点が多いことから、興味を持ってずっと調べていました。そして、那須さんに近づいて取材を重ね、新しい証人も見つけ出しました。」
「はあ・・・」優子はこの人は何が言いたいのかわからなくなっていた。
「那須さんと再審査請求を勝ち取るまで、お互い協力していく内に、愛し合うようになりました。そして、すべてが終わったら結婚しようと約束しました。」
「ええ?」
「しかし、終わってみると彼は私の前から姿を消したのです。」
「はあ・・・」
「そうして、やっとこの町に住んでいること突き止めて、彼に会いに来ました。でも彼は私との婚約を忘れてしまって、あなたと結婚すると言っています。」
「そうです。那須さんと私は結婚の約束をして、今も交際しています。」
「それは何かの間違いです。ですから、那須さんとは別れていただくため、こうして
お願いに来ました。」
「お願いって・・・那須さんはなんて言っているんですか?那須さんの気持ちが一番ですよね。」
「彼は今、自分を見失っているのです。ですから、私が連れ帰って目を覚まさせなければならないと考えています。」
「そんな勝手な!」
「勝手なのはそちらです。」
「那須さんの気持ちを無視するなんて、勝手じゃないですか。」
「そういうレベルの話ではないのです。」
「えっ?」
「私のおなかの中には彼の、那須さんの子供がいるんです。」
優子は言葉を失った。
「そういうことです。私の伝えたいことは以上です。あ、お願いと申しましたが、これは言葉のアヤです。実際は強制的に行いますと言う意味です。」
そう言って、その女性「谷川 望」は去って行った。
「子供・・・?」優子はしばし呆然とした。
子供が出来たということは、男女の関係であったことだ。
確かに男性は恋愛感情がなくても、欲望の赴くままに女性を抱くことがある。
若くて健康な男性なら仕方ないことだ。実際にかつて優子が付き合っていた亮輔も同じ事を自分にしていたので、優子は男性はそういう側面があると考えざるを得なかった。
優子は自宅に帰り、しばし考えた。
「那須さんに確かめるべきなのかしら・・・」
簡単に結論は出ずに、その日は精神的な疲労から、すぐ寝入ってしまった。
母ははっきりとは言わなかったが、父の心筋梗塞の原因が優子の婚約解消であると信じて疑わなかった。
そのため、母と二人きりの生活は優子にとって居心地の悪いものだった。
母は必要以上のことは話をしなくなった。
また、父の看病もあり、家にいる時間も少なく、家事もおろそかになり優子が代わりに家事をすることが多くなっていた。
今まで母に任せきりだった慣れない家事にとまどいつつも、那須との生活の練習と思いなんとかこなしていた。
しかし、長年専業主婦であった母から見ると、優子の家事は何かしら中途半端であり、それも母のストレスになっていた。
そのことが原因で、些細なことでの口論が多くなっていた。
ある日、いつもより母の機嫌が悪かったせいか、優子にひどくつらく当たっていた。
それはもう、親子の一線を越えるような罵りであった。
優子はもう我慢できなくなり、家を出る決意をした。
行く先は当然、那須の元である。まだ具体的な結婚の話はしていなかったが、お互い愛を深めてはいた。
那須の部屋にも何度も出入りしており、宿泊することも多かった。
優子は那須に相談することにした。
「父が入院してから、母が私につらく当たるの。もう我慢が出来ないわ。」
「お母さんもつらいんだよ。もう少しわかってあげれば?」
「これでも我慢してきたんだけど、もう無理。実の親子だから遠慮なしに
言いたい放題。なにかというと婚約解消したお前が悪いって。もううんざりよ。」
「・・・そうか。やはり婚約解消して、僕と結婚することが気に入らないんだろうか。」
「那須さんは悪くないし、那須さんのせいじゃない。悪いのは私。でもこれ以上家にいてもお互いのためにならないわ。少し冷却期間が必要なの。」
「僕のところへ来るかい?」
「えっ・・・いいの?」
「今更一人暮らしも無駄だろう?近いうちに結婚するんだし。敷金礼金も馬鹿にならないよ。」
「那須さんがいいなら、ぜひお願いしたいわ。」
「よし、決まりだね。今更お母さんも反対しないよね。」
「反対なんかさせないわ。」
優子と那須は、同居することで二人とも気分が高揚した。
優子は那須との同居のため、荷物を整理し、引っ越しの準備を進めていた。
母との諍いも、優子は「もうすぐ引っ越す」と考えて相手にしないようにした。
その結果、以前よりも母との口論は少なくなった。口論がなくなれば、特に住むのに問題のない家ではある。
そのせいもあり、引っ越しの準備はなかなか進まなかった。
「優子ちゃん、いつ来るの?」
「ごめんなさい。準備に手間取って。もう少しでいけると思うわ。」
「楽しみに待っているよ」
那須とは頻繁に会っていたので、寂しくはなく、それも引っ越しを妨げていた。
季節は夏になっていた。
暑さのせいで引っ越しする気力も減退していた。
しかし、いくら暑くても会社に出勤しなくてはならない。
優子はその日も出勤していた。
定時で退社したとき、見知らぬ女性から声をかけられた。
「優子さんですよね。」
「どちら様ですか?」
「私、那須の婚約者です。」
「えっ?」
優子は耳を疑った。
優子はうろたえながらも「どういうことですか?」と尋ねた。
女性は「どこかでお話しできませんか?」と冷静に言った。
二人は、近所の喫茶店に入った。
女性は年の頃は20代後半、知的さを演出するかのような眼鏡をしている。
長い髪はカラーも入れず、漆黒で美しい。こんなに長いと毎日の手入れが大変だろうと優子は思った。
身長は165cmくらいだろうか。細身ですらっとしている。
きっと太らない体質なのだろう。しかし、スポーツをしていたという雰囲気ではなく、文学少女のような雰囲気であった。
一通り観察をしているところで、女性は話し出した。
「私、フリーのジャーナリストです。」と言って名刺を差し出した。
名刺には「フリージャーナリスト 谷川 望」と書いてあった。
聞いたことのない名前だった。
「那須さんの事件について、不審な点が多いことから、興味を持ってずっと調べていました。そして、那須さんに近づいて取材を重ね、新しい証人も見つけ出しました。」
「はあ・・・」優子はこの人は何が言いたいのかわからなくなっていた。
「那須さんと再審査請求を勝ち取るまで、お互い協力していく内に、愛し合うようになりました。そして、すべてが終わったら結婚しようと約束しました。」
「ええ?」
「しかし、終わってみると彼は私の前から姿を消したのです。」
「はあ・・・」
「そうして、やっとこの町に住んでいること突き止めて、彼に会いに来ました。でも彼は私との婚約を忘れてしまって、あなたと結婚すると言っています。」
「そうです。那須さんと私は結婚の約束をして、今も交際しています。」
「それは何かの間違いです。ですから、那須さんとは別れていただくため、こうして
お願いに来ました。」
「お願いって・・・那須さんはなんて言っているんですか?那須さんの気持ちが一番ですよね。」
「彼は今、自分を見失っているのです。ですから、私が連れ帰って目を覚まさせなければならないと考えています。」
「そんな勝手な!」
「勝手なのはそちらです。」
「那須さんの気持ちを無視するなんて、勝手じゃないですか。」
「そういうレベルの話ではないのです。」
「えっ?」
「私のおなかの中には彼の、那須さんの子供がいるんです。」
優子は言葉を失った。
「そういうことです。私の伝えたいことは以上です。あ、お願いと申しましたが、これは言葉のアヤです。実際は強制的に行いますと言う意味です。」
そう言って、その女性「谷川 望」は去って行った。
「子供・・・?」優子はしばし呆然とした。
子供が出来たということは、男女の関係であったことだ。
確かに男性は恋愛感情がなくても、欲望の赴くままに女性を抱くことがある。
若くて健康な男性なら仕方ないことだ。実際にかつて優子が付き合っていた亮輔も同じ事を自分にしていたので、優子は男性はそういう側面があると考えざるを得なかった。
優子は自宅に帰り、しばし考えた。
「那須さんに確かめるべきなのかしら・・・」
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