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第一部
その10の巻 決闘。(前編)
しおりを挟む「よっしゃぁあ!」
アルゴルは声と共に拳を強く握り締めた。
そして満面の笑みを張り付かせた顔を、一馬に向ける。
その笑顔は三十半ばのアルゴルを子供のようにも思わせる顔だった。
(昔よく見た顔だ……)
一馬にはアルゴルのような笑い方をする人間に心あたりがあった。
あの顔は海外で忍者修業をしている時に見た顔だ。
実弾火器でサバイバルゲームをしている友達の中で見た顔だ。
世界地図で陣取りゲームを遊んでいる友達の中で見た顔だ。
戦うのが楽しくて楽しくて堪らない男の顔だ。
絶対に止まらない男の顔だ。
溜息を一つ着くと、一馬は覚悟を決めた。
「いいですね、クレイ?」
「御意。わが主の御心のままに」
ソフィアの念押しに、クレイは胸に手を当て深く腰を曲げる。
ソフィアはその姿を確認した後、申し訳なさそうな顔を一馬に向けた。
「すみませんが、プリムス。お願いしても宜しいですか?」
「ああ、構わない。それにああなった男は止まらない、止められない」
ソフィアの頼みに一馬は快諾した。
その二人のやり取りを多少苦々しく思いながらクレイは見ていた。
特に気になったのがソフィアが最後に一馬に確認を取った事である。
親が小さい子供から言い聞かせるのと同じことだ。
ソフィアは一馬を一番大人、この場合なら強いと無意識に認識している。
今まで王国の剣となり盾となってきた自分達よりも、いきなりパッと出てきた勇者の方がだ。
理屈の方では納得していた。そもそも、自分たちが不甲斐無いから勇者を呼んだ事に。だが感情がそれを拒む。
クレイはアルゴルが勝つことを期待していた。
「ハイ! 私が戦います!」
王国一の小さい子供、イザベラが挙手をした。
クレイの期待は裏切られた。
「駄目です」
ソフィアは今度は甘やかさなかった。
「イザベラ、いけません。今はプリムスとアルゴルの決闘です。あなたは、あ、と。いいですね。」
ソフィアが腰に手を当てて噛んで含める様にイザベラを言い聞かせる。
身の丈、百五十程の十五歳の王女様が。
身の丈、百七十程の十八際の王女付の近衛騎士を。
言い聞かせている。
イザベラはシュンっとしてが頷いた。
この事を不思議に感じなくなっている事を一馬は気付いていたが、それがどうしようもない事である事にも気付いていた。
(あー、俺は後でイザベラとも戦わないといけないのか!)
先程のソフィアの言い方だとそうなってしまう。
覚悟の決め方が足りなかった一馬は、改めて覚悟を決めてアルゴルに話しかけた。
「最初に確認しておきたいことがある。決着方法だ。流石に死ぬまで戦うのはマズいだろう」
「ああ、なんだそんなことか。そりゃ、参ったと思った方が負けだ!」
豪快に笑いながら両手を広げてみせる。アルゴルの態度は清々しく嫌味な所は一切無い。
(まあ、この手のタイプは本当に負けたと思ったらひくだろう)
一馬は壁の方で不貞腐れているイザベラを見た。
(あのタイプは泣いても絶対に負けを認めないだろう)
一馬が部屋の中央に歩いて行くとアルゴルもそれに続く。
「それと言っておくが、俺は忍者だ。騎士じゃない。正々堂々を期待されても困るぞ」
「わかってるよ。お前の足音を立てない歩き方を見てれば分かる。お前は暗殺者だろ?少なくともその技能がある。どんな手でも使ってこい、かまわねぇよ。ただし全力で来い。もし今度手加減したら……ぶっ殺す!」
一馬の問いにアルゴルは軽快に答える。
最後以外は。
最後は明らかな殺気を一馬に向けてきた。
(真っ直ぐだね。気持ち良いぐらいだ。さて、俺も勇者の力、試させてもらいますか!)
部屋の中央で二人が向かい合う。
緊張が高まる。
離れた位置にいるソフィアが合図をかける。
「はじめっ!」
(異世界特典、その三! 『身体強化』!)
一馬が心のスイッチを入れると、世界が変わった。
一馬以外の全てのものがスローモーションになった。
アルゴルがまるでコントのように、ゆっくり剣を鞘から抜いている。
一馬は試しに手足を動かしてみるが、こちらは変わらず普通の速さで動く。
(これが『身体強化』! 身体能力とそれに付随する知覚能力を上げるとはこういう意味か! これはチート……っ!)
五秒経過した。
一馬は通常の状態に戻った。
(しまったーーーーーーーーーーーー!)
一馬は後悔した。
予想以上の短さだった。
聞くのとやるのでは大違いだった。
確かに『医者』は神じゃないと思った。
間違いなく『医者』は悪魔だ!
「くけっ、けーーーーーーーーーーー!」
とりあえず一馬は《猿渡流忍術 雷電》で誤魔化した。
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