異世界忍者譚 (休止中)

michael

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第二部

その26の巻 鍼とお灸。

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「わかりました」

    そういうなりリコリスは、胸のボタンに手をかけた。躊躇ちゅうちょはまったくない。

「ちょっと待った! ちょっと待って! ちょっと待ちんしゃいな!」

   一馬は慌ててリコリスの手を握り、それを止めた。

「よく考えるんだ。君はまだ若い。早まるな」

「プリムスこそ、何を考えているの?  自分で脱げと言っておいて」

    リコリスは怒っているように一馬には見えた。先ほどリコリスが言った「信じてる」という言葉には、並々ならぬ決意が込められていたのだろう。

(しまった。つい、いつもの調子で何も考えずに言ってしまった。田舎にいた時は、当主様だけだったし、修業中はむさい傭兵仲間にしか施術したことなかったんだ。女の子相手なんて初めてだよ。しかし、服の上から施術出来ないのは確かだ……)

「……すまない。俺が部屋の隅で座りこんでから、という言葉が抜けていたんだ」

「座りこむ?  いいですけど……私は本当に左腕を治したいんです。お願いします」

    リコリスの表情は真剣そのものだ。一馬を疑っている様子は一片たりともない。
  
(いかんいかん、反省しなければ。リコはこんなにも切実に願っているのだ。邪な気持ちを抱いてどうするのだ?)

    部屋の隅で、壁に向かって一馬は体育座りをした。

「こちらの準備は出来た。リコも準備してくれ」

「はい」

    返事と共に、衣擦れの音が部屋に響く。

(うっ、音波が俺の心を攻撃している。耳を塞ぎ防御を……駄目だ。そうしたら、リコが準備が出来たのかわからない。耐えるしかないか……。耐えろ、俺!)

    ベッドが軋む音が聞こえた。
    苦悶を続ける一馬を尻目に、リコリスの準備は出来たようだ。一応、確認の声を一馬はあげる。

「もーいいかい?」

「……いいですよ」

    深呼吸をした後、一馬は立ち上がりベッドに目を向けーー、

「!?」

    自分自身の最速の速さで、部屋を飛び出した。そして、近くの壁に頭を何度も何度も打ちつける。相当な痛みが頭に走っているハズだが、何も感じない。感じるのは自分の鼓動だけだ。

「どうしたんですか?」

    部屋の中からリコリスの声が一馬の耳に届いた。それで少し冷静になった。言葉が話せる程度だが。

「……あー、あー、あー。……悪い。言葉が足りなかった。ベッドにんじゃなくて、になってくれないか?」

「はい……」

    一瞬の映像が一馬の心をかき乱していた。一馬は口から心臓が飛び出るという表現の正しい意味を知った。あれは口から心臓が飛び出っぱなしになるのではなく、心臓が脈打つ度に、何度も口から飛び出し続けるものなのだ。激しく強い鼓動が一馬にそう教えてくれる。

(俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。桜色……。俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。俺は何も見ていない。俺は……)

「いいですよ」

    心の中で念仏のようにブツブツ言う一馬に、リコリスが声をかけた。

(よし!  これは俺とリコのファーストコンタクトだ。気張れよ、俺!)

    強引に自分を騙すと、意を決して部屋に入った。どんな光景を見ても、もう動揺しないぞという気合いを込めて。そしてリコリスに目を向ける。
  
「!?」

    一馬はそれでも息を飲んだ。

    ベッドにうつ伏せになった裸のリコリスは、美しいの一言だった。
    いっそ芸術的ともいえる。
    黒い髪と対比するようにその肌は白く、染みひとつ見えない。贅肉のない引き締まった身体は、その若々しさを存分に主張していた。

(ここにいるのは、女の子ではない。ただの女神と思うのだ!)

   そう考えると、心が落ち着くのを一馬は感じた……ことにする。
   があった分、まだ冷静でいられる。だが、決して油断は出来ない。
   念には念を押しておくことにした。
   一馬は指で印を組むと、目をつむった。


《猿渡流忍術  事故催眠じこさいみん!》

説明しよう!
   猿渡流忍術  事故催眠じこさいみんとは、己に強く言い聞かせることにより自己催眠じこさいみんにかかる事である。
   これにより、医者はもとより、女性や子供にも成りきることが出来る。
   役者のような職業の人だけでなく、一般人の中(特に中高生あたり)にも優秀な使い手がいるポピュラーな忍術である。
   ちなみに、この忍術は元に戻る事の方が難しく、未熟だった頃の一馬はいつも綾に頭をはたかれないと戻らなかった。
 
猿渡流当主 猿渡厳三げんぞうの一言
現実リアルを忘れるべからず!!」

    医者に成りきった一馬は、はりきゅうの入った小箱を懐から取り出し、机の上で準備をする。
   そして準備が終わると、鍼をもった手を胸の前まで上げて宣言した。

「これより、施術オペを開始する」

「……お願いします」

    か細くなったリコリスの声が部屋に響いた。



    リコリスの裸体が一馬の下でうつ伏せになっている。
    まず一馬は正確なツボを探ろうと、リコリスの首の辺りに手を置く。
    その時、手の平から何かが伝わってくるのを一馬は感じた。

「あっ」

    リコリスが色っぽい声を上げたが、一馬は気にならない。
    一馬はそれに気付かないほどの驚きに襲われていたのだ。

(これは!?)

    触れた手のひらで、リコリスの身体を何かが廻っているのを感じる。ほのかに温かい。これは、血液なのであろうか?  いや、違う。血液の流れを手のひらで感じる訳がない。
    その正体を確かめようと、一馬はリコリスの身体により強く手を押し付けた。

「うっ」

(これが、魔力か?)

    一馬の『異世界知識』が手から伝わるものの正体を魔力だと教えてくれる。それは、身体のチャクラがある部分を中心にして廻っているようだった。
    魔力の流れを確認するように、一馬は手を動かした。

「ああっ」
    
(ここで流れが滞っている?)

    不自然な魔力の溜まりがあるのを発見した。それは左腕の付け根の辺り。ためしに左手の先に触れてみると、そこには魔力がほとんどないのがわかる。

「ううっ!」
   
(ここだな)

    流れが滞っている周辺のツボに鍼を打ってみた。

「はぁ……」

    それは正解だったようで、魔力が左手の先まで流れていくのがわかった。身体を魔力が廻る感覚が気持ちいいのか、リコリスはぐったりしている。

「リコ、軽く左手の指を動かしてもらえないか?」

     夢見心地で施術を受けていたリコリスは、一馬の言葉で少し正気に戻った。

「……そんなのできっこ……動く!?」

    リコリスは驚愕の声をあげた。リコリスの指は微かにだが動いたのだ。
    満足げに一馬は頷くと、さらに打つ鍼の数を増やしていく。 

「んんっ!」

    いつしか、リコリスの身体は左肩を中心に鍼が無数に打たれていた。

(こいつで仕上げだ)

    最後にいくつかのツボに灸をすえた。

「あ、あつい……」

(これで、いいだろう……)

    額ににじむ汗を拭いながら、一馬は息をつく。それほど集中していたのだ。施術にかかった時間も、一時間を軽く越えていた。

「このまま、しばらくじっとしてくれ」

「は、はい……」

     トロンとした表情でリコリスは返事をした。

(『はりとおきゅう』、予想外な施術になったな。で)
   
    本当は鍼と灸を使ったリハビリをするつもりだったのだが、魔力を感じとれた事で直接的に治療する事が出来たのだ。
    
    魔力を視る。これが自分の魔法なのだろうか、と一馬は思う。
    目を凝らすと、リコリスの身体を循環する白い光りのようなものが見えた。リコリスの魔力だ。光の色や輝きが魔力の質や量を示しているようだ。

(この力は、ルルエールの魔法によって操られている人間を判別出来るかも知れない。魔法で操られているなら、魔力に異常がでているハズだから)

    施術し始めた頃は触らければわからなかった魔力も、今は視覚で感じる事が出来た。おそらく、慣れる事によって感覚が広がったと思われる。

( 異世界特典『魔法才能』。あるのは才能だけ、あとは本人の努力次第というのはこういう事なのか?)

    一馬は目を机に置きっぱなしにしていたノートーー千年前の勇者の日記ーーに向ける。ノートには千年前の勇者が魔法の訓練をしていた事も書かれていた。

(まだ最初しか読めてはいないが、魔法の訓練方法はこれをお手本にすればいいだろう)

    もういい塩梅あんばいだな、と一馬はリコリスの身体から鍼と灸を除いていく。
    リコリスの身体はうっすら汗をかき、健康的な肌はほんのり赤くなっていた。

「リコリス、終わったよ。俺は部屋を出ているから、服を着といてくれ」

「……はい」

     一馬は軽い足取りで部屋を出た。ルルエールの魔法対策の糸口を見付けたのだ。まだまだ難しい事はわかっていたが、0が1に変わったぐらいの進展である。気持ちはかなりスッキリしていた。

「あ、ちょうど良かったです、一馬」

    部屋を出て安堵していた一馬に声をかける者がいた。

「ソ、ソフィア?」

    それは廊下を歩いてきていたソフィアだった。

「ちょうどいいところでした。少しお話があるのですが、いいでしょうか?」

    ソフィアは、まだリコリスが裸でいるであろう部屋に顔を向けて言った。
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