月に導かれるが如く。

michael

文字の大きさ
上 下
4 / 9

試合は既に始まっていた。

しおりを挟む
「何にもない」

 客が一人もいない茶屋で彩音は頬を膨らませ愚痴った。

 九朗が来てから一週間がたっている。
 
 あの後、大吉に「ま、だからといって怪しいのは間違いねえ、一応、彩音ちゃんも注意して見といてくれ」と言われ、彩音は九朗に付きまとい、怪しいところがないか観察する事にしたのだ。 
 もともと彩音は好奇心が強いのもあって、忍者になった気分で、やる前は楽しく思ってワクワクしていた。だが、始めてみるとすぐにつまらなくなってしまった、一言でいうと飽きた。
 なぜなら九朗は仕事をしているか家にいることの二択しかなく、必然的に彩音が出来ることも、こっそり仕事している姿を覗くか、家をじっと監視するぐらいしかない。
 九郎の仕事ぶりは不器用ながらも黙々と真面目にこなすだけであり、怪しい所は何も無い。
 家にいる時は外出もしないし物音一つしてこない。
 一度、不思議に思って夜中にこっそり覗いて見たら、九朗は部屋の中央で座禅を組んでいた。
 しばらく見ててもあまりに動かないので、それではと思い家に入ってみても動かない。
 身体を突いても反応がなく、耳に息を吹きかけても動かない。
 思いきってビンタをかましてみても動かない。
 助走をつけたドロップキックで吹っ飛ばした時に初めて反応があった。
 それでも平然とした顔で倒れたまま「……何かようか?」と言っただけなので、蔑んだ顔で見下して「別に」とだけ言って帰った。

    この事を後日大吉に話したら、
「恐怖!  夜中に勝手に家に入って来て、散々暴れて「別に」で去っていく女!」
 と大笑いされた。
     彩音としてはただ自分の役目をまっとうしていたつもりなので、大笑されるのは不本意だと頬を膨らませたら、さらに大吉に笑われた。
    収穫と言えば、九朗の顔をビンタした時にわすがに額に丸っぽいアザが見えた事ぐらいだ。もしかしたら九朗はそのアザが嫌で、それを隠したいから髪やひげを無精で通しているのかも知れない。そう思い、それから彩音は九朗に髪やひげの事を言うのを止めた。

 結局、成果といえばそんな事ぐらいで、あやしいところが何もなかった事と、客がいない事も合わせて出た言葉が冒頭の台詞である。

「みんな私に「九朗はちゃんと仕事してるよ」って言ってくるし、私はこっそり九朗を観察してるだけなのに」

 こっそりしていると思っているのは彩音だけで、周りには九朗が仕事をサボってないか監視している様にしか見えなかった。
 彩音がそんなことを思いながら暇そうにしていると、顔を真っ青にした大吉が茶屋にフラフラと入ってきた。

「ちょっと、どうしたの、親父さん!  顔、真っ青じゃない!」

 大吉は慌てて駆け寄る彩音の方も向かず、しゃがみこんで「面目ねぇ、面目ねぇ」と繰り返すばかりだ。
 彩音はこれはただ事ではないと思い、店の事をタイミングよく入って来た客に任せ、大吉を奥の部屋で介抱することにした。
 客は片目に眼帯をした男と、やたらと前髪が長い男の二人組だった。
 大吉は奥の部屋につくなりまた謝り始めた。

「面目ねぇ、面目ねぇ、彩音ちゃん」

「面目ねえだけじゃ、分からないよ、親父さん。何があったの?」

「……門黒屋もんぐろやだ」

 彩音は自分の記憶から、その言葉を探しだしてみた。大通りにある店だ。この茶屋も端とはいえ大通りにあるので、わりあい近い。
 店の方からはスパーリングをしている音が聞こえてくる。

「確か、最近うちの町に越してきた呉服屋さんよね?」

「……ああ、表向きはなぁ。だが、裏の顔は悪どい金貸しよ」

「……金貸し」

 ハッと息をのむ。
 店の方からはゴングのような、金物を打ち鳴らす音が一度響いてきた。

「俺は最近、ここいらの証文を集めてる奴がいるってんで、調べてたんよ。そしたら、全部が門黒屋につながっとった。それで、今日怒鳴りこみに行ったら……」

 大吉は何度も深呼吸をして、呼吸を整え絞り出すように言った。

「『侍』がおった」

 そこまでで、もう限界だとでもいうように、大吉はうずくまって震えだした。
 彩音は大吉の背中をさすりながら、戸惑いを覚える。
 田舎であるこの町には警察のような公的な機関は存在しない。顔役と呼ばれる大吉のような人々が中心となって、昔から町の平和を守ってきた。
    特に大吉は武闘派で、時には野党や素浪人、盗賊団などが町に入り込み命懸けの争いに発展する事もあったが、その全てに大吉は勝利してきたのだ。
 そんな修羅場をいくつもくぐった事のある大吉が、いくら『侍』が強いとはいえ一人の人間である事には違いないのだから、こんなに怯えるのだろうか?
 店の方から流れてくる不思議な熱気を感じながら、そう彩音は思っていた。
 店の方からは「頑張れー!」「負けるなー!」などの声も聞こえてくる。
 その声援のお陰なのか、落ち着きを取り戻した大吉は、そのままポツリポツリと話し始めた。

「……俺が怒鳴り込むと、すぐに奥の間に通された。……そこには、門黒屋とニヤニヤしているいけすかねえ『侍』がいた。けど俺は気にしなかった。この間の竹光野郎のことも聞いてるし、はったり役の『エセ侍』かもしれねえ。……門黒屋は俺が座るなり、逆にこっちの土地の権利書や……お前、彩音を要求してきた」

「っえ!  私っ?」

    思わず彩音は飛び跳ねた。
 店の方からも大きな歓声が上がる。
 それを気にする余裕もなく、大吉は話を続ける。  

「……ああ、もちろん断った。俺がお前らが集めた証文を吐き出させに来たってえのに、なに言ってんでい!  ってな。そしたら、あいつら大笑いした後、『侍』が俺に向かって腰の『刀』を抜いたん……!」

「親父さん!」

 話の途中で急にまたうずくまる。
 カウントを数える声が店の方から聞こえる。
 彩音は慌てて大吉の背中をさすろうとするが、その前に大吉は手を上げそれを制した。
 カウントが数え終わり切る前に、大吉は話を再開した。
  
「……大丈夫だ、すまねえ。……でな、あの『刀』を向けられた瞬間だ、俺は急に怖くなっちまったんだ。怖え、怖え、何が怖いかわからねえが、とにかく怖え。『怖え』しか頭ん中になくなっちまったみたいだった。あれが『刀』の力ってやつなんだ……。もうわけわかんなくなっちまって……言われるがまま何回か拇印も押しちまったようもする。そうだ、そん時に胸になんか紙を入れられて……」 

 大吉は胸のあたりを探し、紙を取り出した。

 そこには。


今宵、そちらにかごを出す。

全ての権利書を、出来るだけ胸を強調する服装をさせた彩音に持たせ、かごに乗せろ。
 
                
追伸---二枚目に、胸を強調する服のリストを作っておいた。二重丸がついているのはおすすめだ。

                                               ーー門黒 静馬より愛をこめて。


 二人は二枚目は無かった事にした。


「親父さん!  私、行くよ!」

「彩音!?」

 突然彩音は立ち上がり大声をあげた。
 店の方からも今日一番の大歓声だ。
 まるで誰かがダウンから劇的に立ち上がったかのような大歓声だ。
 ビックリして大吉は彩音を見上げる。

「それで、時間を稼ぐ!  私、聞いたことある。都にどんな些細な悪も許さない、正義の『侍』がいるって!  その人に助けを請おう!」

「彩音……」

 彩音の健気な言葉に大吉の顔が崩れ始める。
 店の方からも誰かが崩れ落ちたかのような悲鳴が聞こえる。
 そんな大吉に彩音は優しく、力強く断定した。

「そんな顔しないでっ、大丈夫。ついでに、みんなの証文とかも取り返す!  おとっちゃんや母ちゃん、それに親父さん!  私は三人の娘なんだよ!  私は強い!  絶対に大丈夫!」 

「彩音ーー!」

 大吉はとうとう泣き崩れてしまった。
 そしてゴングを激しく打ち鳴らす音が店からも聞こえる。
 店中すべてを激しく震わせる大歓声が響きわたる。
 町中の人が茶屋の中で声をあげてるんではなかろうか、というような大歓声だ。
 その大歓声が聞こえる中で、彩音は大吉の背中を何度もゆっくり撫で続ける。
 何度も何度もゆっくり撫で続ける。
 大吉の嗚咽がもれる声と大歓声が聞こえる部屋の中にいる二人を、いつの間にか夕焼けが優しく照らしていた。 

 そして、……ふすまの裏の気配が静かに消えた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結作品】アイツが乙女とkissすると、美少女戦士が現れる!『あなたにkissをねだるのは、世界の平和の為なのよ!』

上条 樹
ファンタジー
時は、大政奉還の終わった明治から始まる。 追手によって深手をおった響介は、ある剣術道場の娘とその友達に助けられる。その少女の名前は静香。響介とキスを交わした静香は不思議な力で不老不死になってしまう。 時が過ぎて現代。 記憶を亡くした響介は、高校生として生活をしている。彼は空手部員。 先輩部員の勇希と下校中、当然の襲撃に遭遇した彼は、目の前に現れた静香とキスを交わし、特殊能力を持った青い髪の少女に変身して危機を逃れる。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

墓守の荷物持ち 遺体を回収したら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアレア・バリスタ ポーターとしてパーティーメンバーと一緒にダンジョンに潜っていた いつも通りの階層まで潜るといつもとは違う魔物とあってしまう その魔物は僕らでは勝てない魔物、逃げるために必死に走った だけど仲間に裏切られてしまった 生き残るのに必死なのはわかるけど、僕をおとりにするなんてひどい そんな僕は何とか生き残ってあることに気づくこととなりました

ワンダラーズ 無銘放浪伝

旗戦士
ファンタジー
剣と魔法、機械が共存する世界"プロメセティア"。 創国歴という和平が保証されたこの時代に、一人の侍が銀髪の少女と共に旅を続けていた。 彼は少女と共に世界を周り、やがて世界の命運を懸けた戦いに身を投じていく。 これは、全てを捨てた男がすべてを取り戻す物語。 -小説家になろう様でも掲載させて頂きます。

アイムキャット❕❕❕~異世界の猫王様、元の世界でやらかす記~

ma-no
ファンタジー
 百歳で大往生したジジイ。神様のミスで異世界の白猫に転生したが、なんやかんやあって、猫の国の王様に成り上がり。  冒険家も兼ねていたので世界中を旅して、とある遺跡でUFOを手に入れたら、今度は元の世界に家族旅行気分で旅立った。  UFOの登場に、日本中が……いや、世界中が驚くなか、猫王様はいったい何をやらかしたのか…… ☆注☆  この小説は「アイムキャット!~異世界キャット驚く漫遊記~」の番外編です。  一度「猫王様の千年股旅」に載せたのですが、趣旨が違う上に一年が長くなりすぎたのでこちらにお引越しとなりました。  できるだけ初めての方でも読めるように書いているつもりですが、わからない点もありますので、最初に登場人物紹介を追加しております。  それと引っ越しだけでは味気ないので、最後に一話だけ新しい話も追加しております。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...