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白馬の将軍様、参上。
しおりを挟むトン、トン、トン。
襖を叩く音が部屋に響いた。
ちっ、と舌打ちすると万右衛門は徳兵衛に目配せをする。今いいところだ、後にしろ。という思いを込めて。
徳兵衛は深くうなずき襖の向こうに言った。
「入っています」
「そこを何とか、せめてご一緒に」
徳兵衛の言葉に即座に、襖の向こう側の者はくいついてきた。
徳兵衛は再び万右衛門に顔を向けると、首を激しく横に振って合図を送っているのが確認出来た。なるほど分かりました、と徳兵衛は感心して襖の向こうに声をかけた。
「心に響くビートを表現できたらいいですよ」
すると、襖を叩く音と足で床を叩くタップ音で、ダンスフルなシャッフルビートを襖の向こう側の者は鳴らしてきた。
「合格です! 入ってきなさい!」
徳兵衛は近くにあったツボを扇子で打ち鳴らすのに夢中で、万右衛門の「えっ?」って表情には気付かなかった。
「御免っ!」
勢いよく襖が開く!
襖を開けて入って来た者の姿は……。
着ぐるみの彩音が邪魔で誰も見ることが出来なかった。
「おい、その女をどかせ」
訳が分からないイラつきに襲われている万右衛門の指示で、徳兵衛が彩音を動かそうとした。
しかし重すぎて動かなかった。
仕方ないので、入ってきた者の協力をあおぎ、「私重たくないもん!」と叫ぶ彩音を二人がかりで隅に動かす。そしてその入ってきた者は、再び部屋を出て襖を閉めた。
トン、トン、トン。
襖の向こう側の者はやり直しを求めていた。
万右衛門はさっきから、自分が異世界に放り込まれたような感覚を覚えていた。
「テイク、ツー!」
徳兵衛の声が響く。
「御免っ!」
勢いよく襖を開けて入って来た者の姿を今度は全員見ることができた。
その男は無手であり、着古した着流し一つで何も持っていない。
しかし、地味な装いとは裏腹に、顔や身体の造形はまさに芸術品であった。
切れ長の目にスーッと整った鼻だち。
プルンとした透き通るような肌。
むしゃぶりつきたくなるような小ぶりの唇。
モデルでも通用するようなさらさらした肩までの髪。
抱きつき撫でまわしたくなるような均整の取れた身体。
特にお尻。
全て徳兵衛の主観である。
その男は徳兵衛のストライクゾーンど真ん中であったのだ。
徳兵衛の目には留まらなかったが、その男の一番特徴的なのは額の丸っぽいアザである。
「……九朗さん」
彩音はポツリと呟いた。それを聞きその男は自分に熱っぽい視線を送る徳兵衛と、視線が合わないように注意して彩音を見た。
「……そんなむさい男は知ら……」
「九朗さん! 最初に言っておくけど、否定しても無駄だからね! 無駄な抵抗は止めて素直に投降しなさい!」
九朗に否定させる隙は与えない彩音。大吉に宣言した通り、確かに彩音は強かった。
「……なぜわかった?」
「……だって、服がいつもと同じだもん」
九朗の問いに彩音は簡潔に答える。
ーー最近、むさい男が大吉の元で世話になっていると聞いていたが、この男の事だろうか? 門黒屋の情報では、ただの田舎出の素浪人くずれだろうという話だったが、この男、立ち姿に隙が無い。それに、額のアザ、俺の勘が何か警告しやがる。
二人の漫才を聞きながら、万右衛門は九朗に何か引っかかるものを感じていた。
ーーただの曲者とみると痛い目をみるかもしれねえ、まずは手下で様子をみるか……。
うっとりしながら身体をゆすっている徳兵衛に、万右衛門は指示を送る。
「おう、門黒屋。この客人に帰ってもらえ、丁寧にな」
「ささ、お客様こちらへ……」
「門黒屋。ボケはいい」
本当に丁寧に接客しようとした徳兵衛を万右衛門は止めた。それに応じようとしていた九朗も止まる。
万右衛門にも、この世界のお約束が大分わかってきたみたいだった。
徳兵衛は少し名残り惜しそうな顔をしていたが、気を取り直してニヤリと笑った。なにしろ生きてるうちに一度は言っておきたい台詞を言えるのだ。
「者どもー! であえー! であえー! くせ者じゃー! であえー!」
徳兵衛は高らかに仲間を呼んだ!
しかし仲間はあらわれなかった!
物音一つもせず、誰も来ないことに万右衛門は疑念を持った。
「……てめえ、下の奴らに何をした?」
こいつは下に控えていた手下達を、俺に気付かれるような音を立てずに、全部倒したのか?
着流しを着てるだけで、素手で武器になりそうな物は何も持っていない、こいつに?
一応、それなりの悪党どもを数多く集めていたのに。
こいつ、もしや暗器使いか?
様々な可能性を模索する万右衛門を裏切るように、重々しく九朗は告げる。
「……暇をあたえた」
万右衛門には意味が分からず呆然としてしまったが、徳兵衛にはわかったらしく、しきりに「その手があったか」「有給、全部使わせとくんだった」とかブツブツ言って納得していた。
「お主、その『刀』どこで手に入れた?」
その九朗の問いに万右衛門は正気を取り戻した。そうだ、『刀』だ。俺には『刀』がある。いつもの俺よ、戻ってこい!
ニヤニヤした笑みを取り戻した万右衛門は、その顔をできるだけキープできるよう気にかけながら答えた。
「はっ! もちろん、挑戦して手に入れたんだぜ。前の『侍』からよぉ」
「……いや、菊五郎はお前なんぞに負ける奴ではない。……お主、その『刀』の名前を知っておるか?」
『刀』に名前があるなど聞いたこともない。いぶかし気な目を九朗に向ける。
「名前? 『刀』は『刀』だろ。……なに言ってやがる」
「……『侍』は、死ぬ間際に相手に自分の『刀』の名を託すのだ」
「ほお? それならこれは『朧月の霞』か? なかなかしゃれた名前じゃねえか。死に際に俺に恨み言を言ったのかと思っていたが、名前を教えてくれたのか? へえ、今まで散々罵倒してきたが悪かったかな? くっくっく、なぁんてなぁ」
そこまで聞くと、九朗は目を閉じ胸に手を当てた。黙祷のつもりなのだ。
「……お主が非道なことをしたのは分かっている。……菊五郎をどうやって殺した?」
「なんだ、お前あいつの知り合いだったのか? いーよ、『刀』の名前がわかって気分が良い。教えてやるよ。あいつに女をあてがったのよ。いろんなタイプの女をいろんなシュチュエーションで出合わせたり、ラッキーなチャンスを作ってやったり、ときめきスポットに招待してやったりな」
「……まさに非道!」
怒りで九朗の身体が震えている。
彩音と徳兵衛の身体も震えていた、別の意味で。
そんな二人の傍観者を知ってか知らずか、九朗と万右衛門の会話は続いていた。
「非道? そんな言葉、俺は知らないなぁ。……くっくっく、まあ、それでやっと、一人の女に赤子ができた。後はわかるだろう?」
「……人質か」
「ご明察。女と赤子を人質にしたらあっさり『刀』を手放したぜ。しっかし、『侍』も『刀』がなければ弱いもんだ。せっかく、最後に俺が正々堂々と剣で一対一の勝負をしてやったのに。あいつは俺に剣をかすらせることすらできねぇ、弱っちかったぜ」
「……人質」
小さすぎて九朗の声は万右衛門には聞こえなかった。万右衛門は耳に手をあててみせる。
「あん? 何だって?」
「……人質だ、もしお前が最後の勝負で負けてたらどうなった?」
「そんなん、仲間が殺すに決まってるじゃねーか」
「「そんなんで正々堂々なわけないだろ!」」
彩音と徳兵衛のツッコミが綺麗にはもる。
それまで黙って聞いていたのだが、つい口を出してしまった。だが九朗と万右衛門の、二人の世界に入り込むことは出来なかった。
「……菊五郎は拙者が知る限り一度たりとも『刀』の力を使ったことがない。何故か分かるか?」
「分かるかよ、そんな事! しかし『刀』を持っていながらその力を使わないなんて、阿呆としか言いようがないぜ!」
「……それは菊五郎が使う必要もなく強かったからだ。それが分からぬのは……」
「へっ、なんだよ。勿体ぶりやがって。それが分かんねえのは、何だよ?」
胸に手を当てたまま上を向いて話を止めた九朗を、ニヤニヤした表情のまま万右衛門は促す。
「……それが分からぬのは……お主が弱いからだ」
「!?」
九郎の言葉が万右衛門を激変させる。
それまで馬鹿にした口調で、態度にも余裕が感じられたのだが、顔を引きつらせ目を血走らせる。
突然中腰に身を落とすと、『刀』の柄に手をかけた。
「俺に弱いっていうんじゃねぇーーーー!」
そう言いながら、九朗に向かって万右衛門は『刀』を抜刀した!
考えての行動ではなく、発作的な行動だった。いつの頃からか万右衛門は『弱い』という言葉に過剰に反応するようになっていた。 それは自分の実力を冷静に判断していたからであり、自分の理想とする強さに追いついていない己への苛立ちである。自覚はある程度あったので昔は頭にくる程度だったのだが、この『刀』を手にした時から……変わった。
かつて『刀』を奪った時に仲間が冗談半分で言った言葉「弱い俺達でも頭を使えば『侍』に勝てる」に反応し「俺は弱くねーー!」と手に入れたばかりの『刀』で仲間達を恐怖に縛り、斬って捨ててしまった。正気になった時、万右衛門は血だまりの中で、抜身の『刀』を持ったまま呆然としていた。人質だった女と赤子がどうなったのかは分からない。斬って捨てたかもしれないし、逃げたのかもしれない。『刀』を抜いた後の記憶は抜けていた。
一瞬恐怖にかられた万右衛門だったが、それは本当にほんの一瞬に過ぎなかった。
ーー己が恐怖にかられる必要は無い。己が恐怖を振り撒けばいいのだ。
そう『刀』に語りかけられた気がした。
『刀』を持っていると力がみなぎり、今まで自分が弱いだとか悩んでいた事もどうでもよくなった。その時、顔にニヤニヤした表情が自然と浮かび、万右衛門は心を決めた。
ーー最強である『侍』を全員殺して『刀』を奪い、自分だけが世界で唯一の『侍』になればいい。そうすれば誰も自分を弱いなどと言わなくなる。邪魔する者は、恐怖で縛り斬ればいい。
『刀』を九朗に向け、恐怖でのたうち回る九朗の姿を万右衛門は想像しほくそ笑む。恐怖で身体を震わせ顔を歪ませる人を見る事が、今の万右衛門にたまらない快感を感じさせるのだ。
だが、万右衛門の目の前には想像とまったく違う光景が広がっていた。
「何で平気なんだよーー!」
九朗は胸に手を当てたまま平然としていた。
『刀』の力が発動していないのかとも万右衛門は思ったが、九朗の足元では大変な事に静馬がなっていので『刀』の力が発動していないわけではないだろう。
大変な事になっている静馬。静馬は変態。
つまり、まとめると静馬は大変態になっていた。
「何でおまえは恐怖を感じていない!」
混乱している万右衛門には絶叫しながら『刀』を九朗に向け続けることしかできなかった。
「……しなければいい」
ポツリと九朗は呟いた。しかしその言葉は煩い者がいて誰にも聞き取れない。
静馬が九朗の足元で「あば! あば!」と叫びながらのたうち回っていたのだ。彩音は着ぐるみで動けないし、万右衛門は九朗に『刀』を向けるのに忙しい。仕方ないので徳兵衛が代表して九朗に「もう一回、ハッキリとお願いします」とジェスチャーで頼み込んだ。
九朗はうなずくと今度ははっきりと言い放つ。
「……気にしなければいい!」
あまりの予想外の言葉に万右衛門は力が抜け『刀』が下をむいた。
『刀』の力から逃れる形になった静馬は、今しかないと声にならない声を上げ障子窓をつき破り脱走した。この部屋は二階だったのだが、静馬は無事だったようだ。町にこだまする奇声が遠くなっていくので、門黒屋から走って逃げているのが分かる。
その静馬の身体の形に破けた障子窓から、月の明かりが差し込み始めた。障子窓の形はともかく、幻想的な雰囲気が部屋に広がる。
なかば放心していた万右衛門は、その月明かりに導かれるように空を見上げる。
ーーそこにあるおぼろげな月と
ーー九朗の額の痣が
ーー頭の中で
ーー重なった。
「……朧月……幻九朗!」
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