月に導かれるが如く。

michael

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目と目で通じ合う。

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 徳兵衛の部下に彩音の姿を見て静馬が爆発した。

「なんで! ねえ、なんで! こんなの、全然違う! どうして!」

 彩音は相撲取りの着ぐるみを着ていた。それだけでもおかしいのだが、相撲取りの着ぐるみも、またおかしかった。まず大きいのだ。彩音の身体の五倍は横にでかく、自分で身動きもとれないくらいだ。さらに着ぐるみの衣装も問題だ。まわしではなく真っ赤な紐ビキニを装着している。そのビキニは着ぐるみには小さすぎて今にも胸が零れ落ちそうだ。

「ご要望どうり、調を着て参りました」

 澄ました顔で彩音は平然と言い放った。
 静馬は「そういう意味じゃない!」と地団駄を踏んで悔しがっている。
 そんな静馬を見て彩音は溜飲が下がった。
 静馬の魂胆は分かりきっていたので、出来るだけ指示通りで、エロい期待をぶった切れるか考えた末での策である。
    着ぐるみが大きすぎて 動けなくなったのは誤算だったが、とにかく静馬に肌の一片たりとも見せたくはなかった事もあり、それは妥協した。ちなみにかごにも入らなかったので、茶屋からここまで大八車で運ばれてきた。
 そんな強気な彩音の様子をニヤニヤ見ていた万右衛門が、話しかけてきた。

「姉ちゃん、強いねえ。いいよ、好きだよ、こういうの。どうだい、一人でこんなとこ来て、怖いかい?」

「……全然怖くないわ。それより、なんでここに、『エセ侍』がいるの? みんなグルだったの? 茶屋の主人である親父さんへの嫌がらせ?」
 
 彩音はあごで静馬を指した。態度が悪いのではなく、単に着ぐるみのせいで腕も動かないからである。

「おお、賢い賢い。ますます、いい。そう、あれも『大吉なのに大凶』への嫌がらせの一貫よ。おかげで、他をちょっとつついただけで、ノコノコきおった」

 馬鹿にした口調で答えながら、万右衛門は自分の口に瓢箪を傾ける。
 分かりにくかったが、彩音は真っ赤になっていた顔をさらに怒りで赤くさせた。経験者なら分かると思うが、着ているだけで、何もしなくても真っ赤になるくらい着ぐるみは暑いのである。
 万右衛門はそれを見てますます笑みを深めた。
 後ろの方では静馬が徳兵衛に「これが脱げば凄くなるタイプなんでしょ。身体のラインの想像が全くつかないから、期待感もうなぎ登りでしょ」と言われ「本当だ! 発想の転換だ! さすが僕の父親! よっ大変態!」と言い、実の父に首を絞められている。
 変態親子は無視して彩音は万右衛門に怒りをぶつける。

「この卑怯者!  『侍』のくせに、親父さんに聞いたよ! その『刀』で変なことしたんでしょ!」

「へっ、『侍』が『刀』を使うのなんて当たり前だろう?」

「違う!  自分が弱いから『刀』に頼るんでしょ! この、弱虫!」

「俺は弱くねえーー!」

 突然の大声に全員の動きが止まった。首を絞められていた静馬の息の根も止まった。白目をき舌をだらりと垂らした静馬を、気持ち悪っ、と思わず徳兵衛は突き飛ばす。静馬は彩音の前方に倒れた。 
  
「俺は強いんだよ!」

「ぐふっ!」

 途中で静馬を踏みながら万右衛門は彩音に近寄り、頬を勢いよく張った。

「!?」

 彩音の口から血が一筋流れた。しかし気丈にも倒れない、いや着ぐるみのせいで倒れられなかった。 
 泣きたくなるのを堪えて顔を戻し、彩音は正面から真っ直ぐ万右衛門の目を睨み返す。
 息を切らしながら、万右衛門は彩音の目をしばらく不愉快そうに見ていた。
 
ーー昔どこかで良く見た目のような気がする。理由は分からねえが気に入らねえ、無性にイライラする。

 それが万右衛門の心の声だった。

「まあいい」

「ごはっ!」

 静馬を踏みながら万右衛門は部屋の奥の位置に移動する。静馬は奇跡的にも息を吹き返した。

「なぶるのは止めだ。俺は強い女は好きだが、生意気な女は好きじゃねえ。一発当てるぞ。門黒屋、どけ」

 徳兵衛は「贅沢ですねえ」と言いながら一人で部屋の隅に移動した。三途の川を「変態お断り!」と送り返されてきたばかりで、意識が朦朧もうろうとしている静馬は助けない。

「さっきのは訂正だ。俺は強い女の悲鳴は好きだが、生意気な女の悲鳴は大好きだ」

 徳兵衛の「ますます贅沢ですねえ」という言葉を無視しながら、万右衛門は『刀』の柄に手をかけた。  
 
 これから起こる事を想像し、彩音はきつく目を閉じる。
 
 そして万右衛門が抜刀しようとした。
  
  
ーー瞬間。
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