月に導かれるが如く。

michael

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門黒屋狂想曲。

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 その夜、門黒屋の二階にある奥の間に三人の男たちがいた。

「彩音たん! 彩音たん! どんな服装で来るかなー! うーん、はあ、はあ、はあ、ふへー」

静馬しずま、ちょっと静かになさい。自分の息子ながら気持ち悪い。本当に名前負けっ」

「ぱーぱの方が気持ち悪いよ。ねえ、万右衛門まんえもん先生?」

 静馬と呼ばれた男、それは茶屋で彩音に迫っていたチンピラ風の男だった。腰には『竹光』を指したままで、変な顔で変な舞を踊っている。変人という言葉がこれ程似合う男も珍しい。
 そしてそれを手に持った扇子でたしなめたのは、門黒屋の主である門黒徳兵衛もんぐろとくべえ。静馬とは実の親子なのだが全然似ていない。もっとも徳兵衛は顔を真っ白に塗り眉を丸く書いており、近寄りたくない人種という意味なら確実に親子ではあるが。
 最後に万右衛門先生と呼ばれていた『侍』は「どちらも同じだ」と言いながらニヤニヤしている。紺の着流しに身を包み、百七十少しの身の丈で中肉中背の体躯。ちょいワル、素浪人風の容貌は他二人の変顔のせいかやたらとダンディーに見えるから不思議である。腰の『刀』は鞘から柄まで黒一色のシンプルなものだが、見る者が見ればそれが業物である事が一目でわかるだろう。
 宴会が出来るほどの大きな部屋に合わせたのか、人の大きさ程の大きな障子窓が開いていた。そこから見える満月を、吉兵衛は見上げながら呟いた。

「今宵は満月が霞でかすんでいて、こう、何とも言えずに綺麗ですねぇ。なんというんでしたっけ、こういう月は?」

 徳兵衛の言葉に万右衛門は、片手の瓢箪を揺らしながら障子窓に近づき空を見上げた。

「……朧月おぼろづきだっ」

 そして月を見るなり苛立たしげに吐き捨てた。いきなり、笑みをなくし感情をあらわにイラつく姿に徳兵衛は驚く。

「な、何かありましたかな?」   

「ふんっ、この『刀』の前の持ち主のことだ! くたばる間際に、俺に向かって「朧月おぼろづきの霞も同然」、っとかぬかしやがった! 俺の剣の腕は霞の様に不確かだとぬかしたんだ! 正々堂々とした『刀』抜きの勝負で俺に負けやがったくせに! 俺は剣の腕だけでも強い! 俺は弱くないっ!」

 八つ当たり気味に、万右衛門は力いっぱい障子を閉めた。

カンッ!
  
  しかし、勢いが強すぎて跳ね返り再び開いた。

 バツの悪そうな表情を浮かべ、今度は静かに閉める。そのまま枠の部分に腰掛け瓢箪から酒を飲んで気持ちを切り替えた。

「ふん、もっとも『侍』の本質は『刀』の力だ! 『刀』の力があるから『侍』は強いんだ! どんなに自己の力が強くても『刀』を持ってない奴はただのカモだ! なあ、徳兵衛!」

「まったくですね。今日、怒鳴り込んできた男、あれもここら辺では『大吉なのに大凶』と恐れられる男なんですよ。なのに、『刀』を使えばあのような怯えよう、実に可笑しかった」

 酒を飲んで気を取り直した万右衛門は鞘ごと自分の『刀』を高く掲げた。この『刀』に触れているだけで力が湧いてくるのを感じる。何しろこれはこの世界に百本しかない本物の『刀』なのだから!
 それに追随し、徳兵衛は拍手を持って答える。
 気が済んだのか万右衛門は腰に『刀』を戻し、満足げな表情で徳兵衛に尋ねた。

「ところで、ちゃんと見逃したんだろうな?」

「ええ、もちろんです。ちゃんと大吉の手下が都に行くのを

 そう聞くと万右衛門は再びニヤニヤ笑みを浮かべ、口の中で笑った。

「ふっふっふ。都の『侍』が来たら、町の住民を奴の周囲に集め、この『刀』を使う! もし都の『侍』に『刀』の力が効かなくても、恐怖に固まった住民で身動きが取れなくなる。そこを射殺すなりなんなりしたらいい!」

「でも、都の『侍』が住民を盾にしたらどーするのー?」

 変な舞いを踊り終わった静馬が、のーてんきな口調で疑問をなげかける。

「いや、それはないな。都の『侍』さんはたいそうお優しいらしいからな、絶対に住民を助けようとしてはまるぜ。……それまでに、この町の住民の弱みをつかんでいうことを聞かせる役、任せたぜ徳兵衛?」

「ふふっ、大丈夫でございます。一番厄介な大吉は終わりましたし、あとは簡単でございます」

 そういうと万右衛門と徳兵衛は顔を見合うと、ニタリと笑みを浮かべた。
 実にだ。
 
ーーお主も悪よのう、門黒屋。

ーーいえいえ、万右衛門様ほどではありません。

 そんな会話を心の中で交わす二人。
 含み笑いをし続ける二人を、興味なさげな様子で眺めていた静馬だったが、ふと思っていたことを万右衛門に尋ねた。

「ところで先生、『エセ侍』っていつまで続けるのー?」 

「ああ、それはカモがかかるまで続ける。『侍』は『エセ侍』を嫌う。プライドの高い連中だからな。『エセ侍』の噂を聞いたら、絶対に殺しに来る」

 その言葉にあごに人差し指を付けて、静馬は考え込む。

「それって、絶対僕を殺しにくるんだよねー?」

ーー当たり前だろ?  お前は馬鹿か阿呆か変態なのか?

 そう心の中では思いながらも、何でもない事の様に万右衛門は言う。

「その危険は否定は出来ない。だが、そのための今日の娘が報酬だ。それでお前は納得しただろう? 門黒屋、この町に近づく『侍』の情報収集は怠るな」

 万右衛門の言葉に「抜かりはございません」と徳兵衛は答えた。
 静馬も彩音の事になると頭がお花畑になるのか、くるくる回っている。
 縦方向に。連続後方宙返り。何気に静馬の身体能力は高い。
 順調すぎて怖いぐらいだと万右衛門は思い、満足げにうなずく。
 やがて、回るのに力が尽きた静馬が言い出した。

「ねえ、はぁはぁ、二人は、はぁはぁ、彩音たんが、はぁはぁ、どんな服装で来ると思うー?  はぁはぁ。あの子は絶対脱いだら凄くなるタイプだよー!」

 息を切らし顔を赤くした静馬は危ない人にしか見えないし思えない。
 もはやただの変態だ。

「知りませんよ、そんなこと。それより、静馬。あなた、外ではちゃんとしてるんでしょうね?」

「もちろん、決まってんじゃねーか? どんなもんよ、親父」

 徳兵衛の問い掛けに、静馬はがらりとチンピラ風に態度を変えてみせる。

 態度を変える。

 言葉を変えると、変態。

 静馬の文字通り、変態の変態だ。

「ふう、内では変態、外ではチンピラ……。あ、どうして、こんなになったのか。いったい原因、なんでしょう?」

 歌うように言った徳兵衛を、二人はビシッと指差した。
 それを素知らぬ顔で扇子で自分を扇ぎ徳兵衛は気付かない振りをした。
  
トン、トン、トン。
  
 そのとき襖の外から合図があった。
 いいタイミングだ、と徳兵衛はふすまに寄る。
  
「どうしましたか?」  

「へえ、彩音が届きやした」

 徳兵衛が部下からの報告を二人に伝えると万右衛門も静馬もうなずいた。特に静馬は喜色満面の笑顔で何度もうなずく。
 それを確認すると徳兵衛はこの部屋に彩音を入れさせるように指示した。
 やがてふすまの外から「持ってきやした」と部下の声がかかりふすまが開く。 

「イッツ、ショーターイム!」

 静馬の言葉が響いた。
    
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