モナリザの君

michael

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モナリザの君

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  抹茶の水女学園の校門をくぐると、両脇にずらりと並んだ桜の木々が歓迎してくれる。
  春先の新入生は誰しも桜の花びらが舞い散る中を通り、この学園に入学できた喜びを噛みしめ、新しい学園生活への期待に胸を膨らませるのである。
  しかし、今は六月に入ったところ。桜には花びらの代わりに青葉が生い茂っている。また、虫よけのために散布された薬のであろうか、鼻につく匂いが辺りに漂っている。それが最上理沙もがみりさの気持ちを、さらに暗澹あんたんとさせた。

(……失敗したわ)

  歩きながら理沙は心の中でごちた。
  早朝だったら登校している生徒は少ないと思って、わざわざこの時間に登校したのだ。しかし、そんなことは全然なく、朝練に参加する生徒と時間が被り、むしろいつもより多いぐらいだった。
  
(それにバスに乗ったのはさらに失敗だったわ。お陰で不要な注目を集めてしまったし。これなら、歩くべきだったわね)
  
  理沙はもう一回ごちた。
  本当は徒歩で通学するつもりだったのだが、明け方になって父親が「パスポートがない! このままではパリに行けない!」と騒ぎだし、一緒に探していたら予定していた家を出る時間をオーバーしていて、慌てて家を出ると近くのバス停にバスが到着するところで、これは天の助けとつい飛び乗ってしまった。
    徒歩で通学しても遅刻するわけでもなかったのだが、そうなるとわざわざ早く家を出た意味がなくなる。そんな思いがあって、焦ってしまった理沙だった。
  ひらひらと、桜の青葉が舞い落ちる中を校舎へ歩く。
 理沙の気持ちを露知らず、理沙に気付いた生徒が朗らかに言葉をかけてくる。
 
「ごきげんよう、
「ごきげんよう」

 気持ちは暗澹あんたんとしていても、それを表情や態度に出す理沙ではない。穏やかに挨拶を返す。
    心の中では複雑な思いを抱きながらだが。
  
……か。まったく、どうしてこうなったのかしら……)
  
  理沙の容姿には特徴があった。
  胸の辺りまである髪。ふっくらした唇に高すぎない鼻。二重まぶた。眉はない。前髪は広いおでこを隠さないように左右にわけている。
 見る人が見たらわかるだろうし、見る人じゃなくてもわかるだろう。
  理沙はあのレオナルド・ダ・ビンチの名画『モナ・リザ』にそっくりなのだ。
 唯一の違いといえば、彼女の左目の下にホクロ──いわゆる泣きボクロ──がある。
  だが、それを気付く者は極少数だろう。ほくろ自体小さいものであるし、なにより全体としてのモナリザのインパクトの方が強すぎるからだ。
  
「ごきげんよう、モナリザの君」
「はい、ごきげんよう」
「モナリザの君、ごきげんよう」
「ごきげんよう、先輩」

  周囲からの挨拶を一つ一つ丁寧に返してはいたが、『モナリザの君』と言われる度に理沙の心がざわめいていた。
    わざわざ早朝に登校してきていたのは、『モナリザの君』と言われたくなかったのが一番の理由だったのだ。ちなみに、二番目の理由は注目を集めることである。
  理沙はモナリザ扱いされるのはもちろん、本来、目立ったりするのも苦手な性質タチだったのだ。
  しかし、そんなことはおくびにも出さない。物腰は優美で穏やかに、言葉は早口にならぬようゆったりと。それが生徒会長になった理沙、ひいては『モナリザの君』に定められたモットーだからだ。
 
(よく見てごらんなさい理沙。みんな笑顔で挨拶をしてくれているのよ。昔の様に恐怖で引きつった顔はしていない。『モナリザの君』は悪口じゃないのよ)
  
  挨拶を交わしながら自分に言い聞かせる。
  ふと横を見ると、校舎の窓ガラスに自分の姿が映っていた。じゃっかん、口元が引きつっているように見える。
  
(いけない。一番大事な微笑みを忘れてはいけない)

 理沙は意識して口許に力を込め……過ぎた。
  
  ──ニタリ。
  
  その瞬間、
 
「きゃあーーーー! モナリザが! モナリザがわらった!」
  
  理沙の姿を映していた窓ガラスの向こう側から悲鳴が上がった。
  
(やってしまったわ。向う側に人がいたとは気付かなかった……)

 窓ガラスに向かって理沙は深々と頭を下げると、足早にそこから立ち去った。
  
(口元の力の込め加減が一番難しいわ。ちょっとでも込めすぎると、さっきみたいな事態になってしまう。しかし……難しいのよ、これは)

  歩きながら理沙は反省した。
  そう、モナリザがはっきり口元を歪めて笑うと怖いのだ。ハッキリ言ってちょっとしたホラーである。
  モナリザそっくりの理沙自身でもそう思うのだ。我ながら因果な顔に生まれてきたとため息が漏れる。
  モナリザの顔に生まれた者は、微笑んでいるようで微笑んではいけない。本当に何て厄介なんだろうと思うと、つい口から文句がこぼれた。

「モナリザの、微笑みこそが、難しい」



──閑話。
    突然ですが、みなさんは『モナリザの微笑み』の謎をいくつ知っていますでしょうか?  
    「『モナリザの微笑み』に謎なんてあるのか?」なんて思われる方もいるかと思いますが、実は『モナリザの微笑み』は謎だらけなんです。
    まあ、『モナリザの微笑み』に限らず、実はダヴィンチ自身も謎だらけの人なんですけどね。
    それはともかく、モナリザの謎の一つにこういうのがあります。

『モナ・リザは本当に微笑んでいるのか?』

    いきなり絵の題名から疑問視してますが、これも立派な謎の一つなのです。
    もちろん、こう言うのにも理由があります。それも複数。
    全部あげるときりがないので、一部だけご紹介します。
    まずはダヴィンチがモナ・リザを描くにあたって、スフマートという技法を巧みに使い、何度も何度も塗り重ねて描いているからです。
    スフマートというのを簡単に言うと輪郭などを柔らかくぼかして描く技法です。アップにして見るとモナリザの顔や口許に線がないのがわかります。実に滑らかにグラデーションしていますね。
    つまり、モナ・リザは微笑んでいるのではなく、スフマートの結果、微笑んでいる見える……という説です。
     他にも微笑んでいない理由に、左右非対称の唇の上げ方も挙げられます。
     ちょっと自分で微笑んでみたらわかると思うのですが、たいていの人は微笑むと口許の両方とも同じように上がります。
    それなのに、モナリザは口許の右側はあまり上がっておらず、左側だけ上がって見えますね。
    ちょっと強引なようにも感じますが、そういう説もあるということです。
    この説をみなさんはどう思われるでしょうか?
    『モナリザの微笑み』に関する本も、ダヴィンチに関する本も山ほどありますので、みなさんも機会があれば読んでみるのも一興かと思います。
     真面目に考察した本から、都市伝説じみたトンデモ本まで、山ほどありますので。
     
    
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