上 下
1 / 4
あの世との境目

それは不思議なお店(1)

しおりを挟む
 どんよりと重たい空色。
 梅雨入り目前の六月、もうじき雨が降りそうだ。

 高校からの帰り道。
 あいにくと今日は傘を持っていないため、早く帰ろうと足をはやめたとき。

「あれ、こんな所にお店あったっけ?」
 
 私は、とある古びた看板を発見した。
 力強い達筆な筆跡とは裏腹に、《あなたの恋の相談、お聞きします》と書いてある。
 
「……恋の相談?」

 いつも通っているはずの道。
 なのに見慣れない、昔ながらの喫茶店のような扉と先ほどの看板があり私は興味を惹かれた。
 ここの道は夜になるとバーや居酒屋などが営業していて、今の時間帯ではまだ開いていないお店が多く、人もまばらだ。

 いつ出来たんだろう?
 中はどうなっているのかな……?
 ちょっとした好奇心。
 扉の取っ手に手をかけ、私はお店の中へ足を踏み入れた。

「わぁ……」

 店内は想像していたより狭く、奥に向かう形で縦長だ。薄暗く、お香のような物が焚かれているのかいい匂いが充満している。
 恋の相談と言うからにはもっと、椅子と机とパーテーションがある、相談室のような内装を思い浮かべていた私は驚いた。

「あ。これ、フランス人形? こっちは……猿の置物?」

 店内には沢山の棚が均等に置かれていたが、棚には無造作に様々な物が置かれている。
 私は一人がやっと通れるくらいの棚の間を進んでいく。

「あっ!」

 持っていた鞄が棚に置いてある何かに当たってしまったのか、ころんっと物が転がる音がした。

「っ! ──傷はついて……ない。良かったぁ」
 
 素早く拾い上げて傷がないかを確認する。
 どうやら落としてしまったのは、スノードームのような物らしい。ドームの中には、葉がすべて落ちてしまっている木が入っていて、なんとも寒々しい光景だ。

「これ……、何の木だろう?」
 
 よく観察してみてもわからなかったため、棚に戻そうと顔を上げれば目の前に誰かが立っていた。

「──どうした、お客人」

 耳に心地いい、低い声。
 今まで出会った人達の中で一番綺麗なんじゃないかと思うくらい、恐ろしく整った顔をした和服の男性が立っていた。

 ……本当に綺麗な顔。
 艶のある黒髪、長めの前髪から覗く瞳には長い睫毛が陰を作っている。
 軽薄そう、と言えるほど薄い唇だけど、形が良く全体的な雰囲気がこの男性を凛とした印象にさせているんだと思った。
 なんて悠長に観察していたら、パチリと目が合い首を傾げられてしまった。

「あっ、いえ、特に用はなくて! その、表の看板を見て気になったから入ったのですが……。予約とかがいりましたか?」
「なるほど。いや、たまにそういうお客人もいるから、別に気にする必要はないよ」
「そうでしたか。でもっ、そろそろ帰ろうかなと……」
「そう言わずとも、何かの縁だ。茶でも飲んでいくと良い」
「いえそんな、すぐに帰りま──」

 私の言葉の途中で、男の人は踵を返してお店の奥へと向かった。
 途中でくるりとこちらを振り返ると、動かない私を見てちょいちょいと手招きをされる。

「…………」

 ちょっと強引な所もあるんだなとか、むしろそれくらいじゃないと恋の相談ってのれないのかななんて事を一瞬考えた後。
 断るのも悪いよねと思い、「……いただきます」とお茶を貰うことにした。


◆◆◆◆◆

 私はお店の奥にあった部屋に通された。
 この男性──多分だけれど店主さんだろうか?──の作業部屋らしく、部屋の隅の重厚感がある机には書類などが散乱していた。

「どうぞ」

 テーブルに置かれたティーカップには、紅茶が注がれていた。一口飲んで、その美味しさに頬が緩む。

「……わ、美味しい!」
「こっちではあまり手に入らない茶葉でな」
「へぇ、どこの国ですか?」
「……まぁ遠い国だ。到底、気軽に行けない距離ではない」

 ふいっと顔をそらす店主さんに、違和感を感じながら静かな時間が過ぎていった。
 どこの国だったのだろうかと本格的に気になってきた頃、チリンとどこからか鈴の音がした。
 部屋を見渡しても鈴はなく、さっきの棚が置かれているお店の方にあったのかな? と記憶を探ってみるけれど、明確な場所はわからない。

「おや。今日は二人もお客人が来るとは珍しい」

 そう言い立ち上がって部屋を出ようとする店主さんに、慌てて声をかける。

「あ、あの!」
「なんだ」
「お客さん……来たんですよね? お邪魔すると悪いので私、本当にもう帰りま……」
「丁度いい。見ていくか?」

 これは妙案だと、自分の顎をさする店主さん。

「…………はい、よろしくお願いします」


 ──こうして私は、ずるずると帰るタイミングを失っていく。
 まぁ断れない自分が悪いんだけどね……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

花舞う庭の恋語り

響 蒼華
キャラ文芸
名門の相神家の長男・周は嫡男であるにも関わらずに裏庭の離れにて隠棲させられていた。 けれども彼は我が身を憐れむ事はなかった。 忘れられた裏庭に咲く枝垂桜の化身・花霞と二人で過ごせる事を喜んですらいた。 花霞はそんな周を救う力を持たない我が身を口惜しく思っていた。 二人は、お互いの存在がよすがだった。 しかし、時の流れは何時しかそんな二人の手を離そうとして……。 イラスト:Suico 様

山下町は福楽日和

真山マロウ
キャラ文芸
〈ゆるやかに暮らす。大切な人たちと。〉 失業中の日和が赴いたのは横浜山下町。 そこで出会ったわけありイケメンたちに気に入られ、住みこみで職探しをすることに。 家賃光熱費いっさい不要。三食おやつ付き。まさかの棚ぼた展開だけれど……。 いまいち世の中になじめない人たちの、日常系ご当地ものです。

春風さんからの最後の手紙

平本りこ
キャラ文芸
初夏のある日、僕の人生に「春風さん」が現れた。 とある証券会社の新入社員だった僕は、成果が上がらずに打ちひしがれて、無様にも公園で泣いていた。春風さんはそんな僕を哀れんで、最初のお客様になってくれたのだ。 春風さんは僕を救ってくれた恩人だった。どこか父にも似た彼は、様々なことを教えてくれて、僕の人生は雪解けを迎えたかのようだった。 だけどあの日。いけないことだと分かっていながらも、営業成績のため、春風さんに嘘を吐いてしまった夜。春風さんとの関係は、無邪気なだけのものではなくなってしまう。 風のように突然現れて、一瞬で消えてしまった春風さん。 彼が僕に伝えたかったこととは……。

ノン・フィクション ― 嘘だと気付かないうちは幸せな虚像の物語 ―

彩白 莱灯
キャラ文芸
  貴方にはハッピーエンドの創作を。 私には――バッドエンドの現実を。 兼業作家のライター。 彼はハッピーエンドが大好きだ。 誰かが幸せになる。それはつまり、誰かがバッドエンドを迎えているからだ。 自分がしたいように生きるハッピーエンドの裏側で、都合よく使われたバッドエンドの誰かがいる。 彼はそんな話が大好きだ。 だから彼は、お悩み相談所【幸せ本舗・ハッピーエンド】を開業した。 依頼主は幸せになりに来る。 誰かを踏み台にして―― 『皆に内緒で手紙を出すの。名前と、職業と、悩み事を書いて扉に貼り付けて。お返事が来ても言っちゃだめ。じゃないと悩みを解決してくれないよ。何も言わなければ絶対、ハッピーエンドだよ』

閻魔様のほっこりご飯~冥土で癒しの料理を作ります~

小花はな
キャラ文芸
 ――ここは冥土。天国と地獄の間。  気がついたらそこで閻魔様の裁判を受けていていた桃花は、急速に感じた空腹に耐えかね、あろうことか閻魔様のご飯を食べてしまう!  けれど怒られるどころか、美形の閻魔様に気に入られた上に、なぜか彼の宮殿で暮らすことになって……? 〝わたしは昔、あなたに会ったことがあるんですか?〟  これは記憶のない少女が過去を思い出しつつ、ご飯が食べられないワーカーホリックな閻魔様や家来の小鬼たちを餌付けしていく、ほのぼのグルメラブストーリー。  お品書きは全九品+デザート一品、是非ご賞味ください。  ※本作はキャラ文芸大賞に参加しております。どうぞよろしくお願いします!

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

望月何某の憂鬱(完結)

有住葉月
キャラ文芸
今連載中の夢は職業婦人のスピンオフです。望月が執筆と戦う姿を描く、大正ロマンのお話です。少し、個性派の小説家を遊ばせてみます。

遥か

カリフォルニアデスロールの野良兎
キャラ文芸
鶴木援(ツルギタスケ)は、疲労状態で仕事から帰宅する。何も無い日常にトラウマを抱えた過去、何も起きなかったであろう未来を抱えたまま、何故か誤って監獄街に迷い込む。 生きることを問いかける薄暗いロー・ファンタジー。 表紙 @kafui_k_h

処理中です...