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あの世との境目
それは不思議なお店(1)
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どんよりと重たい空色。
梅雨入り目前の六月、もうじき雨が降りそうだ。
高校からの帰り道。
あいにくと今日は傘を持っていないため、早く帰ろうと足をはやめたとき。
「あれ、こんな所にお店あったっけ?」
私は、とある古びた看板を発見した。
力強い達筆な筆跡とは裏腹に、《あなたの恋の相談、お聞きします》と書いてある。
「……恋の相談?」
いつも通っているはずの道。
なのに見慣れない、昔ながらの喫茶店のような扉と先ほどの看板があり私は興味を惹かれた。
ここの道は夜になるとバーや居酒屋などが営業していて、今の時間帯ではまだ開いていないお店が多く、人もまばらだ。
いつ出来たんだろう?
中はどうなっているのかな……?
ちょっとした好奇心。
扉の取っ手に手をかけ、私はお店の中へ足を踏み入れた。
「わぁ……」
店内は想像していたより狭く、奥に向かう形で縦長だ。薄暗く、お香のような物が焚かれているのかいい匂いが充満している。
恋の相談と言うからにはもっと、椅子と机とパーテーションがある、相談室のような内装を思い浮かべていた私は驚いた。
「あ。これ、フランス人形? こっちは……猿の置物?」
店内には沢山の棚が均等に置かれていたが、棚には無造作に様々な物が置かれている。
私は一人がやっと通れるくらいの棚の間を進んでいく。
「あっ!」
持っていた鞄が棚に置いてある何かに当たってしまったのか、ころんっと物が転がる音がした。
「っ! ──傷はついて……ない。良かったぁ」
素早く拾い上げて傷がないかを確認する。
どうやら落としてしまったのは、スノードームのような物らしい。ドームの中には、葉がすべて落ちてしまっている木が入っていて、なんとも寒々しい光景だ。
「これ……、何の木だろう?」
よく観察してみてもわからなかったため、棚に戻そうと顔を上げれば目の前に誰かが立っていた。
「──どうした、お客人」
耳に心地いい、低い声。
今まで出会った人達の中で一番綺麗なんじゃないかと思うくらい、恐ろしく整った顔をした和服の男性が立っていた。
……本当に綺麗な顔。
艶のある黒髪、長めの前髪から覗く瞳には長い睫毛が陰を作っている。
軽薄そう、と言えるほど薄い唇だけど、形が良く全体的な雰囲気がこの男性を凛とした印象にさせているんだと思った。
なんて悠長に観察していたら、パチリと目が合い首を傾げられてしまった。
「あっ、いえ、特に用はなくて! その、表の看板を見て気になったから入ったのですが……。予約とかがいりましたか?」
「なるほど。いや、たまにそういうお客人もいるから、別に気にする必要はないよ」
「そうでしたか。でもっ、そろそろ帰ろうかなと……」
「そう言わずとも、何かの縁だ。茶でも飲んでいくと良い」
「いえそんな、すぐに帰りま──」
私の言葉の途中で、男の人は踵を返してお店の奥へと向かった。
途中でくるりとこちらを振り返ると、動かない私を見てちょいちょいと手招きをされる。
「…………」
ちょっと強引な所もあるんだなとか、むしろそれくらいじゃないと恋の相談ってのれないのかななんて事を一瞬考えた後。
断るのも悪いよねと思い、「……いただきます」とお茶を貰うことにした。
◆◆◆◆◆
私はお店の奥にあった部屋に通された。
この男性──多分だけれど店主さんだろうか?──の作業部屋らしく、部屋の隅の重厚感がある机には書類などが散乱していた。
「どうぞ」
テーブルに置かれたティーカップには、紅茶が注がれていた。一口飲んで、その美味しさに頬が緩む。
「……わ、美味しい!」
「こっちではあまり手に入らない茶葉でな」
「へぇ、どこの国ですか?」
「……まぁ遠い国だ。到底、気軽に行けない距離ではない」
ふいっと顔をそらす店主さんに、違和感を感じながら静かな時間が過ぎていった。
どこの国だったのだろうかと本格的に気になってきた頃、チリンとどこからか鈴の音がした。
部屋を見渡しても鈴はなく、さっきの棚が置かれているお店の方にあったのかな? と記憶を探ってみるけれど、明確な場所はわからない。
「おや。今日は二人もお客人が来るとは珍しい」
そう言い立ち上がって部屋を出ようとする店主さんに、慌てて声をかける。
「あ、あの!」
「なんだ」
「お客さん……来たんですよね? お邪魔すると悪いので私、本当にもう帰りま……」
「丁度いい。見ていくか?」
これは妙案だと、自分の顎をさする店主さん。
「…………はい、よろしくお願いします」
──こうして私は、ずるずると帰るタイミングを失っていく。
まぁ断れない自分が悪いんだけどね……。
梅雨入り目前の六月、もうじき雨が降りそうだ。
高校からの帰り道。
あいにくと今日は傘を持っていないため、早く帰ろうと足をはやめたとき。
「あれ、こんな所にお店あったっけ?」
私は、とある古びた看板を発見した。
力強い達筆な筆跡とは裏腹に、《あなたの恋の相談、お聞きします》と書いてある。
「……恋の相談?」
いつも通っているはずの道。
なのに見慣れない、昔ながらの喫茶店のような扉と先ほどの看板があり私は興味を惹かれた。
ここの道は夜になるとバーや居酒屋などが営業していて、今の時間帯ではまだ開いていないお店が多く、人もまばらだ。
いつ出来たんだろう?
中はどうなっているのかな……?
ちょっとした好奇心。
扉の取っ手に手をかけ、私はお店の中へ足を踏み入れた。
「わぁ……」
店内は想像していたより狭く、奥に向かう形で縦長だ。薄暗く、お香のような物が焚かれているのかいい匂いが充満している。
恋の相談と言うからにはもっと、椅子と机とパーテーションがある、相談室のような内装を思い浮かべていた私は驚いた。
「あ。これ、フランス人形? こっちは……猿の置物?」
店内には沢山の棚が均等に置かれていたが、棚には無造作に様々な物が置かれている。
私は一人がやっと通れるくらいの棚の間を進んでいく。
「あっ!」
持っていた鞄が棚に置いてある何かに当たってしまったのか、ころんっと物が転がる音がした。
「っ! ──傷はついて……ない。良かったぁ」
素早く拾い上げて傷がないかを確認する。
どうやら落としてしまったのは、スノードームのような物らしい。ドームの中には、葉がすべて落ちてしまっている木が入っていて、なんとも寒々しい光景だ。
「これ……、何の木だろう?」
よく観察してみてもわからなかったため、棚に戻そうと顔を上げれば目の前に誰かが立っていた。
「──どうした、お客人」
耳に心地いい、低い声。
今まで出会った人達の中で一番綺麗なんじゃないかと思うくらい、恐ろしく整った顔をした和服の男性が立っていた。
……本当に綺麗な顔。
艶のある黒髪、長めの前髪から覗く瞳には長い睫毛が陰を作っている。
軽薄そう、と言えるほど薄い唇だけど、形が良く全体的な雰囲気がこの男性を凛とした印象にさせているんだと思った。
なんて悠長に観察していたら、パチリと目が合い首を傾げられてしまった。
「あっ、いえ、特に用はなくて! その、表の看板を見て気になったから入ったのですが……。予約とかがいりましたか?」
「なるほど。いや、たまにそういうお客人もいるから、別に気にする必要はないよ」
「そうでしたか。でもっ、そろそろ帰ろうかなと……」
「そう言わずとも、何かの縁だ。茶でも飲んでいくと良い」
「いえそんな、すぐに帰りま──」
私の言葉の途中で、男の人は踵を返してお店の奥へと向かった。
途中でくるりとこちらを振り返ると、動かない私を見てちょいちょいと手招きをされる。
「…………」
ちょっと強引な所もあるんだなとか、むしろそれくらいじゃないと恋の相談ってのれないのかななんて事を一瞬考えた後。
断るのも悪いよねと思い、「……いただきます」とお茶を貰うことにした。
◆◆◆◆◆
私はお店の奥にあった部屋に通された。
この男性──多分だけれど店主さんだろうか?──の作業部屋らしく、部屋の隅の重厚感がある机には書類などが散乱していた。
「どうぞ」
テーブルに置かれたティーカップには、紅茶が注がれていた。一口飲んで、その美味しさに頬が緩む。
「……わ、美味しい!」
「こっちではあまり手に入らない茶葉でな」
「へぇ、どこの国ですか?」
「……まぁ遠い国だ。到底、気軽に行けない距離ではない」
ふいっと顔をそらす店主さんに、違和感を感じながら静かな時間が過ぎていった。
どこの国だったのだろうかと本格的に気になってきた頃、チリンとどこからか鈴の音がした。
部屋を見渡しても鈴はなく、さっきの棚が置かれているお店の方にあったのかな? と記憶を探ってみるけれど、明確な場所はわからない。
「おや。今日は二人もお客人が来るとは珍しい」
そう言い立ち上がって部屋を出ようとする店主さんに、慌てて声をかける。
「あ、あの!」
「なんだ」
「お客さん……来たんですよね? お邪魔すると悪いので私、本当にもう帰りま……」
「丁度いい。見ていくか?」
これは妙案だと、自分の顎をさする店主さん。
「…………はい、よろしくお願いします」
──こうして私は、ずるずると帰るタイミングを失っていく。
まぁ断れない自分が悪いんだけどね……。
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