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第七章 旧校舎の花子さん
44話
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『今日は何して遊ぶっ?』
『そうね……昨日新しい怖い本を買ったの。一緒に読まない?』
『えぇー、またぁ? 私、怖い話苦手なのにぃ!』
『あら。でも怖いって言いながら結花、顔をおおってる指の隙間から見てるじゃない』
『そっそれは! ……内容も気になるけど、美琴ちゃんが好きなものだから一緒に見たいんだもん』
『ふふ。結花のそう言うところ、好きよ』
『えへへ……嬉しい!』
あの時は、毎日が楽しくて仕方がなかった。
大好きな美琴ちゃんと遊んで、二人で色々なところを駆け回ったっけ。
──でもある時から、私たちの関係は変わってしまった。
始まりは、私があやかしを見えるようになった頃の何気ない一言だ。
『見て、美琴ちゃん!』
『うん?』
『ほらあそこ! あやかしがいるよ!』
河川敷を美琴ちゃんと歩いていた時、私はふわふわとしたわた毛のようものが歩いていたのを見つけた。
昔からおばあちゃんに『あやかしさん』の話を聞いていたから、すぐにアレがあやかしだとわかった。
興奮しながら美琴ちゃんに言えば『どこどこ?』と、私が指さした方向を見る。
はじめはキラキラした瞳で探していたのに、だんだんとその瞳は光をなくしていった。
『美琴ちゃん?』
『……居ない』
『え?』
『ひどいわ結花。私があやかしを信じてるって知ってるのに、どうしてそんな嘘をつくの』
『へ……? ち、違うよっ! 本当に、本当にいるんだってば! 美琴ちゃん!』
何度も呼び止めたけど、美琴ちゃんは走って帰ってしまった。
私は泣きながら一人で家に帰ったのをいまでも、はっきりと覚えている。
──黒い影が私に付きまとうようになったのも、その時期だったと思う。
黒い影から逃げるようになって、一人でいる時間が増えて美琴ちゃんとも話さなくなったある日。
授業中に黒い影が教室にまで入ってきて、私は気が気じゃなかった。
心臓はドッドッと速くなり、嫌な汗がふき出す。
先生の授業も頭に入ってこなくて、とにかく「早く居なくなれ!」って念じていた。
授業が終わって休み時間になると、あの黒い影は消えていた。
ほっとしていたら、久しぶりに美琴ちゃんに声をかけられたの。
『……結花、ちょっといい? あの日、カッとなって言いすぎたわ。ごめんね』
『美琴ちゃん……。ううん、私の方こそ──ヒッ……い、いやっ来ないで!!』
美琴ちゃんが、ひどく傷ついた顔をする。
すぐに私は気づいた。勘違いをさせちゃったって。
『あ、ちがっ違うの美琴ちゃん! 美琴ちゃんの後ろに黒い影がいて、それにびっくりしただけ!』
声をかけられてふり向いたら美琴ちゃんの背後に、黒い影が私を覗きこむように立っていた。
私は怖くて、黒い影に向かって『来ないで!』って言ったのに。
美琴ちゃんは、私が指差した方を見て眉を寄せる。
『……なにも居ないじゃない。やっばり、この間のことまだ怒ってるの? そうならちゃんと言ってくれればいいのに。変なモノが見えるなんて嘘をつかないでっ。ひどい結花』
『そんなっ、美琴ちゃん! 本当に、本当に居たんだってば! 美琴ちゃん!』
仲の良かった美琴ちゃんとは、この日から完全に口をきかなくなってしまった。
そして私たちの会話を聞いていたクラスメイトは、私を嘘つきって呼んで遊んでくれなくなったの。
だから私は『見える』ことを誰かに言うのはやめた。
◆◆◆◆◆
「──か? 結花ってば!」
「へっ?」
ぼうっとしていたのか、星守くんの声でハッとする。
私の机にあごをのせて星守くんが、ぷくーと頬をふくらませていた。
「な、なに? 星守くん」
「結花ったら、まだ寝ぼけてるの?」
「ごめん、ぼーっとしてた……! えっと、なんの話だっけ?」
「もーいいよ。そろそろ先生がくるし、別に大事な話でもないから!」
そう言って席に戻る星守くんを見て、私は頭を抱える。
あぁ、やっちゃった……!
なんだか久しぶりにあの日のことを思いだして、ちょっと気分が沈んじゃったかも。
……はぁ、今日は朝からついてない。
「ゆ~かちゃん、こっち向いて」
──パチン。
烈央くんに呼ばれて隣を向いたら、目の前で猫だましのように両手を叩かれた。
驚いて、反射的に目をつぶってしまう。
「きゃっ!? ……び、びっくりした!」
ポカンとしていたら、クスリと烈央くんが笑う。
「ふふ、目が覚めたかな?」
「……うん、すっごい覚めた。ふふ、ありがとう烈央くん」
「よかった。星守が話してる間、結花ちゃんずっとうわの空だったから。……なにかあった?」
「……ちょっと、悲しいことを思いだしちゃって。でももう大丈夫。あとでちゃんと、星守くんに謝らなきゃ」
無理やり笑って見せると、烈央くんは目を細めて心配そうに見てきたけど何も言ってこなかった。
……いまはその気遣いが、とってもありがたく感じる。
◆◆◆◆◆
八時三十分。
いつもなら朝の会が始まる時間だけど……、まだ夏目先生は教室にやって来ない。
みんながざわざわとさわがしくなって、「だれか夏目先生を呼んできてよ」と言う話になり、誰が行くかを押し付け合っている。
クラスのリーダー的な男子三人が呼びに行く流れになったところで、ガラッと扉が開いた。
「──おはよう、ございます」
いつも明るく元気な夏目先生が、今日はどんよりと暗い顔をして教室に入ってきた。
声も元気がない。
「夏目先生、おそーい」
「俺たち、呼びに行こうかと思ってたんだぜ」
「先生、暗い顔してるね。どうしたの?」
「本当だ。夏目先生、顔色悪いよ!」
みんな、いつもと違う様子に気づいて夏目先生に声をかける。
私は夏目先生の元気がない様子に、なんだかざわりと心が落ち着かなくなった。
嫌なことが音も立てずに、背後に忍び寄ってくるような……そんな感覚。
当たってほしくない時の予感ほど、当たるものだ。
夏目先生は「静かに」と言い、いまにも泣きそうな顔をして教室を見渡した。
「──昨日の夜から……二組の甲斐田美琴ちゃんが行方不明になっているそうです」
「え?」
夏目先生の声は震えていてる。
静まり返った教室で、みんなが息をのんだ音が聞こえた。
私はヒヤリと背中に冷たいものが伝う。
──嘘でしょう?
美琴ちゃんが、行方不明……?
「もしも昨日、美琴ちゃんと遊んだよって人がいたら、あとで先生に詳しく話を聞かせてください」
──なぁ昨日、美琴ちゃんと遊んだ?
──ううん。遊んでない。
──私、一昨日は帰り一緒だったよ。
──俺は昨日、帰る時に下駄箱でみかけた気がする。
「いま警察の人やたくさんの人が、美琴ちゃんを探しています。みんなで、美琴ちゃんの無事を祈りましょう」
教室中が重苦しい雰囲気に包まれる。
私はふと、近くの席の二人が気になった。
……はるなちゃんと凛ちゃんだ。
はるなちゃんは、のっぺらぼうのウワサを私に教えてくれた子でもある。
二人は怯えた様子で顔を見合わせて、何やら小声で喋っていた。
もしかして、美琴ちゃんが行方不明になった原因をなにか知っているの……?
『そうね……昨日新しい怖い本を買ったの。一緒に読まない?』
『えぇー、またぁ? 私、怖い話苦手なのにぃ!』
『あら。でも怖いって言いながら結花、顔をおおってる指の隙間から見てるじゃない』
『そっそれは! ……内容も気になるけど、美琴ちゃんが好きなものだから一緒に見たいんだもん』
『ふふ。結花のそう言うところ、好きよ』
『えへへ……嬉しい!』
あの時は、毎日が楽しくて仕方がなかった。
大好きな美琴ちゃんと遊んで、二人で色々なところを駆け回ったっけ。
──でもある時から、私たちの関係は変わってしまった。
始まりは、私があやかしを見えるようになった頃の何気ない一言だ。
『見て、美琴ちゃん!』
『うん?』
『ほらあそこ! あやかしがいるよ!』
河川敷を美琴ちゃんと歩いていた時、私はふわふわとしたわた毛のようものが歩いていたのを見つけた。
昔からおばあちゃんに『あやかしさん』の話を聞いていたから、すぐにアレがあやかしだとわかった。
興奮しながら美琴ちゃんに言えば『どこどこ?』と、私が指さした方向を見る。
はじめはキラキラした瞳で探していたのに、だんだんとその瞳は光をなくしていった。
『美琴ちゃん?』
『……居ない』
『え?』
『ひどいわ結花。私があやかしを信じてるって知ってるのに、どうしてそんな嘘をつくの』
『へ……? ち、違うよっ! 本当に、本当にいるんだってば! 美琴ちゃん!』
何度も呼び止めたけど、美琴ちゃんは走って帰ってしまった。
私は泣きながら一人で家に帰ったのをいまでも、はっきりと覚えている。
──黒い影が私に付きまとうようになったのも、その時期だったと思う。
黒い影から逃げるようになって、一人でいる時間が増えて美琴ちゃんとも話さなくなったある日。
授業中に黒い影が教室にまで入ってきて、私は気が気じゃなかった。
心臓はドッドッと速くなり、嫌な汗がふき出す。
先生の授業も頭に入ってこなくて、とにかく「早く居なくなれ!」って念じていた。
授業が終わって休み時間になると、あの黒い影は消えていた。
ほっとしていたら、久しぶりに美琴ちゃんに声をかけられたの。
『……結花、ちょっといい? あの日、カッとなって言いすぎたわ。ごめんね』
『美琴ちゃん……。ううん、私の方こそ──ヒッ……い、いやっ来ないで!!』
美琴ちゃんが、ひどく傷ついた顔をする。
すぐに私は気づいた。勘違いをさせちゃったって。
『あ、ちがっ違うの美琴ちゃん! 美琴ちゃんの後ろに黒い影がいて、それにびっくりしただけ!』
声をかけられてふり向いたら美琴ちゃんの背後に、黒い影が私を覗きこむように立っていた。
私は怖くて、黒い影に向かって『来ないで!』って言ったのに。
美琴ちゃんは、私が指差した方を見て眉を寄せる。
『……なにも居ないじゃない。やっばり、この間のことまだ怒ってるの? そうならちゃんと言ってくれればいいのに。変なモノが見えるなんて嘘をつかないでっ。ひどい結花』
『そんなっ、美琴ちゃん! 本当に、本当に居たんだってば! 美琴ちゃん!』
仲の良かった美琴ちゃんとは、この日から完全に口をきかなくなってしまった。
そして私たちの会話を聞いていたクラスメイトは、私を嘘つきって呼んで遊んでくれなくなったの。
だから私は『見える』ことを誰かに言うのはやめた。
◆◆◆◆◆
「──か? 結花ってば!」
「へっ?」
ぼうっとしていたのか、星守くんの声でハッとする。
私の机にあごをのせて星守くんが、ぷくーと頬をふくらませていた。
「な、なに? 星守くん」
「結花ったら、まだ寝ぼけてるの?」
「ごめん、ぼーっとしてた……! えっと、なんの話だっけ?」
「もーいいよ。そろそろ先生がくるし、別に大事な話でもないから!」
そう言って席に戻る星守くんを見て、私は頭を抱える。
あぁ、やっちゃった……!
なんだか久しぶりにあの日のことを思いだして、ちょっと気分が沈んじゃったかも。
……はぁ、今日は朝からついてない。
「ゆ~かちゃん、こっち向いて」
──パチン。
烈央くんに呼ばれて隣を向いたら、目の前で猫だましのように両手を叩かれた。
驚いて、反射的に目をつぶってしまう。
「きゃっ!? ……び、びっくりした!」
ポカンとしていたら、クスリと烈央くんが笑う。
「ふふ、目が覚めたかな?」
「……うん、すっごい覚めた。ふふ、ありがとう烈央くん」
「よかった。星守が話してる間、結花ちゃんずっとうわの空だったから。……なにかあった?」
「……ちょっと、悲しいことを思いだしちゃって。でももう大丈夫。あとでちゃんと、星守くんに謝らなきゃ」
無理やり笑って見せると、烈央くんは目を細めて心配そうに見てきたけど何も言ってこなかった。
……いまはその気遣いが、とってもありがたく感じる。
◆◆◆◆◆
八時三十分。
いつもなら朝の会が始まる時間だけど……、まだ夏目先生は教室にやって来ない。
みんながざわざわとさわがしくなって、「だれか夏目先生を呼んできてよ」と言う話になり、誰が行くかを押し付け合っている。
クラスのリーダー的な男子三人が呼びに行く流れになったところで、ガラッと扉が開いた。
「──おはよう、ございます」
いつも明るく元気な夏目先生が、今日はどんよりと暗い顔をして教室に入ってきた。
声も元気がない。
「夏目先生、おそーい」
「俺たち、呼びに行こうかと思ってたんだぜ」
「先生、暗い顔してるね。どうしたの?」
「本当だ。夏目先生、顔色悪いよ!」
みんな、いつもと違う様子に気づいて夏目先生に声をかける。
私は夏目先生の元気がない様子に、なんだかざわりと心が落ち着かなくなった。
嫌なことが音も立てずに、背後に忍び寄ってくるような……そんな感覚。
当たってほしくない時の予感ほど、当たるものだ。
夏目先生は「静かに」と言い、いまにも泣きそうな顔をして教室を見渡した。
「──昨日の夜から……二組の甲斐田美琴ちゃんが行方不明になっているそうです」
「え?」
夏目先生の声は震えていてる。
静まり返った教室で、みんなが息をのんだ音が聞こえた。
私はヒヤリと背中に冷たいものが伝う。
──嘘でしょう?
美琴ちゃんが、行方不明……?
「もしも昨日、美琴ちゃんと遊んだよって人がいたら、あとで先生に詳しく話を聞かせてください」
──なぁ昨日、美琴ちゃんと遊んだ?
──ううん。遊んでない。
──私、一昨日は帰り一緒だったよ。
──俺は昨日、帰る時に下駄箱でみかけた気がする。
「いま警察の人やたくさんの人が、美琴ちゃんを探しています。みんなで、美琴ちゃんの無事を祈りましょう」
教室中が重苦しい雰囲気に包まれる。
私はふと、近くの席の二人が気になった。
……はるなちゃんと凛ちゃんだ。
はるなちゃんは、のっぺらぼうのウワサを私に教えてくれた子でもある。
二人は怯えた様子で顔を見合わせて、何やら小声で喋っていた。
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