小鳥の囀り

木野葉ゆる

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最後の2時間

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しとしとと雨の降る夜、私は車を走らせていた。
助手席には愛おしい人が眠っている。
まだ起きそうにない彼は、私の息子であり、最愛の人だ。
ずっと、触りたくて、でも、出来なくて、こんな方法しか選べなかった。
彼は、美しい人だ。長い睫毛に彩られた深緑の瞳は、今は私のネクタイで目隠しされていて見ることが叶わない。
彼は、いつの間にか私の背を追い越していた。
婚約者を連れてきて、来月入籍するから、なんて、ぶっきらぼうに告げた。
別れた妻のもとにいて、普段は会えない彼と、そんな風に会話したのは何年ぶりだったろう。
ずっと、愛していたのに、伝えられなかった。
だから、これは、最後の機会。
彼が結婚する前に、二人で会いたいと呼び出した。
一緒に飲んだワインに、睡眠薬を落とした。
大きくなった君を車に運ぶのは、大変だったよ。
「うぅん……。俺、どうして? 親父? そこにいるのか? どうして? 」
目覚めた君は、両手を後ろ手に縛られていて、目隠しされていることに気付いた。
責めるでもなく、ただ、ひたすら困惑しているようだ。
私は、海の見える小高い丘に、車を停めた。
シートベルトをそっと外して、彼の唇に、最初で最後のキスをした。
乾いた唇。彼とのキスは、背徳の味がした。
「親父……」
私は、彼の首に鎖をかけた。ゴールドの指輪を通したネックレス。
「親父、目隠しを外せよ! 手も、外してくれよ」
「お前の家につくまで、そのままでいてくれ。お前に軽蔑の瞳を向けられたら、私はきっと、お前を殺して、私も、後を追うだろう」
「親父、何を言っているんだ? 」
「お前を愛しているんだ。ずっと愛していた。だが、お前は私の息子だ。だから、一度だけ、私の我儘を許してほしい。その指輪を、貰ってほしい。私とお揃いの指輪なんだ。売っても捨てても構わない。ただ、今だけ、今日だけ、それを着けていてほしい。指につけなくてもいいから。この車の中にいる間だけは、それを着けていてくれ」
「……わかったから、外してくれよ。目隠し。親父、顔が見たいんだ」
「まだ、待ってくれ。車を動かすから。お前の家に着くまでだけ、待って……」
彼は、重い溜息を吐いて、黙ってしまった。
私も無言で車を走らせた。
たった二時間だけの、最愛の人と過ごす最後の時間。
彼が何を思っていたのかは分からない。だが、私には、どうしても必要な時間だったのだ。
来週結婚する君を、父として祝福するために。
永い間抱えてきた片想いのけじめをつけるために、どうしても必要な時間だったのだ。

白いチャペルに彼女と並んだ君は、幸せそうに微笑んでいた。
どこまでも青い空が、君たちの門出を祝福しているようで、私の胸は切なさに少しだけ痛んだ。
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