騒がしい学園で、今日も誰かが恋してる

木野葉ゆる

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幼馴染のままじゃイヤ ⑵

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《日野秋好視点》
 
 風紀委員長の仕事は想定以上に忙しい。いや、忙しくなったと言うべきかもしれない。

「なぁ、お前、なんでそんなに威張っているんだ?」
 風紀委員長の俺をお前呼ばわりするような奴は一人しかいない。季節外れの転校生、加納勇気かのうゆうきだ。
 こいつのせいで俺の仕事が増えているのだ。
「勇気、風紀の青鬼なんかに構わないでいいですよ。私たちとお昼を食べに行きましょう」
 生徒会副会長の新井は、加納が転校してくるまで、誰かに甘ったるい声でお昼を食べに行きましょうなんて言うような奴じゃなかった。
「慎一、仲間外れは良くないぞ」
「勇気、もともと日野は仲間じゃない。俺達、生徒会と風紀は敵ではないが仲間でもないんだ。ほら、行くぞ」
 A組の生徒会メンバーと加納が、生徒会長の岩倉に促されて、連れだって教室を出ていく。

「今日も二階に連れて行くつもりなんかね? 二階は生徒会役員と各委員の委員長のみの専用席だというのに」
宗次そうじ、親衛隊の動きは?」
 俺は風紀の副委員長である河野池こうのいけ宗次に尋ねた。
「向井親衛隊長が抑えてくれてるが、過激派はやっぱり不満を零しているな。特に岩倉会長の派閥と新井副会長の派閥は、親衛隊を離れて独自に制裁行動をし始めてる」
「まさか、こんな短期間に生徒会役員全員が落とされるとはな……。あいつは淫魔か何かか?」
 俺の戯言ざれごとに宗次は乾いた笑いで答えた。
「確かに美少年だとは思うけどね。俺には魅力が分らんよ。加納よりよっぽど苑田の方が可愛らしい」
「おい! 当たり前のことを言うな」
 高良と傍若無人な子猿など比べるもの烏滸おこがましい。
 俺は風紀の書類を握りしめて、風紀委員たちへの伝達に向かう。宗次も後を付いてくる。春に高良とお昼ご飯を一緒に食べた日を、随分昔のことのように思った。

《苑田高良視点》

「なんかさ、最近、秋好が忙しそうなんだよ」
 オレは寮の部屋で橋谷に両足を押さえてもらいながら腹筋をしていた。一年の時は二十回しかできなかったけど、最近は三十回出来るようになった。オレの筋肉は成長している。全然腹筋は割れないけどね。秋好なんて、細く見えるのに脱いだら筋肉が綺麗に割れているのを知っている。
「A組に転校してきた加納君を知っていますか?」
「うーん? オレ、あんまりよく知らない。A組にも行かないしさ」
「生徒会役員の皆さんが加納君に夢中で親衛隊が怒っているって噂です」
「ふーん」
「加納君の同室の火村君が、加納君と間違って襲われてケガをしたらしいです」
「えぇ!! それって大変じゃん。オレ、保健委員だけど知らなかった。明日、山田委員長に聞いてみようかな」
「山田君が知っているかどうかは分かりませんが、四季先生なら詳しいかもしれません」
「保健の先生だもんね。四季先生。でもあの人、口固いからなぁ」
「苑田君でもこういう話し、気になりますか?」
「そりゃあね。誰かがケガしたって聞けば、気になるよ。保健委員だしさ。それに秋好が関わっているかもしれないんだろ?」
「風紀委員長は親衛隊の過激派の行動を抑えるのに、手を焼いているって、親衛隊長の向井君が教えてくれました」
「前から思っていたけど、橋谷って色々詳しいのな。親衛隊の情報誌がちらっと見えたんだけどさ、この学園に好きな奴でもいんの?」
 何気なく聞いたら、カッと火が付いたみたいに橋谷の顔が赤くなった。
「ち、違うから! 僕はノーマルだから。ただ、ちょっと気になって向井君に情報誌貰っただけだから」
 慌てて否定するところが怪しく感じる。
「何で隠すの? この学園じゃあ、珍しくないんだろ? オレはよく分かんないけどさ」
 オレは女の子が可愛いなぁと思っているけれど、男を好きになることがおかしいとかは思わない。
「あーーー! 僕は、本当にノーマルなんです。でも、男同士の恋愛を見るのが好きなんです!」
「うん? 見るのが好きって、どういう意味?」
 真っ赤なままでそんなことを言われても、よく分からない。すると、橋谷はふーって息を大きく吐いて、真面目な顔でオレに言った。
「腐男子って分かりますか? 僕は腐男子なんです」


 それから、橋谷に腐男子っていうものの生態を詳しく教わった。見せられたBL同人誌は、なかなか衝撃的だった。そんでもって、ここは王道学園っていうやつで、加納って言う転校生は非王道転校生なんだって。なんじゃそりゃって思った。
 やっぱり橋谷もオレと秋好の仲を疑ってたけど、同室になって、ただの幼馴染なんだなって納得してくれたそうだ。今のところはってボソッと言っていたのがちょっと引っかかったけどな。

《橋谷征矢視点》

「橋谷、おやすみ」
「おやすみなさい」
 苑田君は必ず寝る前も、朝起きた時も、挨拶の声を掛けてくれる。一緒にご飯を食べると、「いただきます」「ごちそうさまでした」も必ず言う。育ちがいいんだなぁと感心してしまう。
 僕が腐男子だと伝えても、引くこともなく、普通に接してくれる。それに、前よりもよく話をするようになった。
 風紀委員長の日野君の話をすると、「やっぱり、ずっと一緒にいたのに、最近まともに話しも出来ないの、寂しいよなぁ」と、切なげな表情を見せていた。
 苑田君は女の子が好きだって言うけれど、その気持ちは憧れに近い気がする。苑田君の話す女の子像は、あんまり現実味がない。僕は女兄弟がいるから、女の子に夢を見ていない。ノーマルな性嗜好だけれど、僕も好きな女の子がいるわけでもない。付き合ったことももちろんない。
 日野君は苑田君のこと好きだと思う。風紀の青鬼が、苑田君にだけ見せる柔らかい笑顔は、中等部時代から有名だったそうだから。苑田君には、それは幼馴染だから当然と思っているようだけれど、僕はそんなことないと思うんだ。
 あくびしながら、そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。

「橋谷、暇か?」
 放課後、図書委員の仕事が終わって寮に帰る途中に、そう言って声を掛けてきたのは、唯井ただい先生だ。A組のクラス担任で生徒会顧問でもある。
「先生、僕、委員の仕事終わりですよ。これから帰って課題もやらなくちゃならないのに、暇なんかないです」
 当たり前の抗議をしても、先生はほぼ聞いていない。
「これを生徒会室に届けておいてくれ」
 僕に書類の束を持たせて、じゃあなと手を振って行ってしまった。

 唯井先生は数学教師だ。僕との接点はそれだけの筈なのだが、先生は気安く声を掛けてくる。それは、去年、僕が落とした秘密のノートを唯井先生が拾ったことで、僕の腐男子としての性癖がバレてしまったせいだ。秘密の設定ノートには僕の創作BLに関することだけでなく、この学園の生徒たちの妄想カップリング考察なども書かれていた。唯井先生と保健の四季先生の組み合わせも書かれていた。
「見逃してやるから、お前はパシリな」
 そう言って悪い顔で頭をポンポンと叩いた先生は、高い身長と甘い顔面ますくで生徒たちの人気も高い。先生たちの親衛隊を作ることは禁止されているけれど、もし親衛隊があれば、入りたい人間は沢山いそうだ。
 パシリなんて言っても、たいしたことはない。職員室や生徒会室、保健室などに書類を届けたり、先生に頼まれた本を貸出処理して渡したりするだけだ。そのおかげで、普段は覗けない先生たちや生徒会のメンバーの姿を見ることが出来て、役得かもしれない。
 
「失礼します」
 生徒会室の扉をノックして声を掛けた。すると、内側から開いた扉の向こうに加納君と生徒会長の岩倉君がいた。
「どけよ!」
 加納君は唇を手の甲で拭いながら、怒った様子で僕を押しのけて生徒会室から出て行った。あっけにとられていると、「おい」と岩倉会長に声を掛けられた。岩倉会長の左の頬が赤くなっている。僕は何があったのか、なんとなく悟ってしまった。
「お前、それを届けに来たんだろう。さっさとそれを置いて出ていけ」
 冷たい声が命じる。僕は言われたとおりに書類を置いて、慌てて生徒会室を後にした。

 岩倉会長は本当に加納君が好きなんだ。それは、分かっていても、ショックだった。向井君は最近少し痩せた。向井君の想いが届けばいいと思っていた僕には、加納君と岩倉会長の組み合わせは推せなかった。
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