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第33話 我輩 VS. 女神
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我城に来訪者が現れた。
女神だ。我輩を転生させた女神である。
彼女は世界と神界の間にある《境界》という世界で仕事をしていたが、故郷の神界が消滅したことで、慌てて我輩の元を訪れたのだ。
神界が消滅したのは、元をたどればすべて女神のせいであり、女神にはその自覚があった。
だから我輩の前に姿を現した彼女は完全に蒼白していた。
「あ、あのぉ、もう、許してもらえないですかねぇ……」
「いまさら嘆願に来たの? 遅くない?」
神の例に漏れず、白い一枚布を体に巻き付けた格好。ウェーブのかかった淡いブロンドは腰まで伸びている。
元々は美しい髪をしていたが、いまの彼女は所々に枝毛が跳ねている。ストレスで頭を掻きむしっているからだ。
「だって……」
「だって? ほう、弁明の余地があるのか。聞こうじゃないか」
「え、いや、その……」
ひたすら現実から逃げていた女神は、神界が消滅したことに慌てふためき、反射的にここへやってきたにすぎない。
彼女にはすぐ言い訳でごまかそうとする習性があるから、「だって」が彼女の口癖として染み付いていた。
そして、彼女にはもう一つの悪癖がある。
責任を追及される際に詰められすぎると、開き直ってしまうのだ。
そら、出るぞ!
「そもそも、あなたは自分で記憶を消去したから、私に何をされたか覚えていないんでしょう? 何をされたか覚えてないのに報復って、どうかしてるわ!」
それはそうだよな。女神は正論をぶちかましてやったと内心で高ぶっている。我輩がその返答に窮するだろうとすら考えている。
このバカは自分が優位に立ったと勘違いしている。ならば徹底的に己の浅はかさを思い知らせてやらねばなるまいな。
「いいの?」
「え?」
「思い出していいの? 我輩がおまえとのやりとりの記憶を思い出したら、我輩の怒りが新鮮な状態になるけど、それでもいいんだよね?」
「え、あっ、ちょっと、あの、それは……」
女神はしどろもどろになって、うつむいて口をつぐんだ。
「駄目だよなぁ。すぐに謝って『思い出さないでください』って懇願しないと」
「ごめんなさい。思い出さないでください」
「遅いわ! 言われてからやるのも駄目だし、何のひねりもなく言われたとおりにやるのも駄目。たとえば頭に『どうか』を付けたり、最後に『お願いします』を加えたり、土下座までするとか、指摘された以上のことを何かしらやるのが誠意ってもんじゃないの?」
そう言われた女神はおもむろに床に膝をつこうとする。
だが我輩がそれを制止する。
「あー、いいよ。やらなくていい。それも我輩が言った後だから、もう遅い」
そう言われた女神は折りかけた膝を伸ばす。
「ふーん。そこは制止を振り切ってでもやるべきところだと思うけどねぇ。全部ハズレなんだよなぁ」
女神は舌打ちして地団駄を踏んだ。心の中で。
でも我輩にはすべて筒抜けなので、実際にそれをやったのと変わりはない。
女神は顔を伏せてぷるぷると震えている。
我輩に対して理不尽だと思っているようだが、不誠実なのは女神のほうだ。だって、本心から謝る気は毛頭なく、どう対応するのが正解かばかり考えているんだもの。
もう女神の打算には付き合っていられない。
「というわけで、ちょーっとだけ思い出してみるかな」
我輩は女神との邂逅部分から少しずつ思い出す。書類の表紙を少しずつゆっくりめくって二枚目の内容を覗き見るように、少しずつ思い出していく。
「あー、思い出してきたぞ。そうそう、おまえ、最初から不機嫌だったよな。納得がいかなくて、我輩はその理由を尋ねたよな? おまえ、なんて答えたっけ?」
「……あなたが元カレに似ていて……見ていると辛くなるって」
女神はうつむいたまま視線を横に逸らしている。一瞬だけ我輩の方に視線を向けたが、我輩の冷たい視線にビクッとして、慌てて視線を戻した。
「勝手にマイルドにするな。おまえはこう言ったんだ。『おまえ、元カレにそっくりで不快なんだよおっ!』ってな。傷心中みたいには言ってなかった。恫喝してただろうが」
「…………」
「おい、だんまりか? 我輩の怒りが治まるまで静かにやり過ごそうって魂胆も筒抜けだぞ」
「……ごめんなさい」
女神はボソッと呟いた。完全に建前だけの謝罪だが、建前にしては体裁を取り繕えていない謝罪の仕方だ。まるで中卒ヤンキーの新入社員だな。
「あと、こういうことも言っていたな。『人間のくせに態度がでかい! 私は女神様なのよ! うやうやしくひれ伏すくらいしたらどうなの?』とな。おまえ、これについてどう思う?」
女神の目蓋がヒクヒクしている。ストレス性の反射的挙動なので、これは女神自身にも制御できないものだ。
女神はうつむいたまま、腰の辺りの白布をぎゅっと握りしめた。
「あの……。すみません、調子に乗ってました」
「おい、嘘つくなよ。調子に乗ってたんじゃねーよなぁ。普段から人間に対してそう思っていたんだから、悪いのはそのときのテンションじゃなくて、おまえの性格そのものだよなぁ」
「くっ……」
「は?」
「あ、いえ……」
こいつに心からの反省をさせるのは無理だな。全能の力で無理やり反省させても、人格が変わって別人になってしまう。
まあ我輩はべつに女神に反省してほしいわけではない。後悔してほしいだけだから。
ん? 我輩も人のことを言えないほど性格が悪い?
違うだろ。女神と同列にするな。我輩は女神なんかよりずっと性格が悪いんだよ。そこは明白だろ。
ただな、愚かなのは女神だけだ。我輩と女神の違いは、性格の悪さを自覚し認めているかどうかだ。女神は性悪の自認がないから愚かなのだ。
そんな愚かな女神が、懲りもせず再び開き直る。
うつむいていた顔を上げ、キッと我輩を睨みつける。
「蔑み哀れむ目で見るのをやめなさい。あなた、転生させてもらったことに対する感謝の気持ちはないの!?」
「ないよ。転生させてほしくなんてなかったし、我輩を転生させたのはおまえの都合じゃん。魔王を倒して人類に平和をもたらすっていうおまえの使命を果たすためじゃん。使命を押しつけておいて恩着せがましいのはおかしいでしょ。逆に申し訳なさそうにすべきじゃないの?」
我輩のことはもはや元カレ以上に不快な存在だろう。
当然だ。女神ごときの元カレと同列にされてたまるか。
女神は頭を掻きむしり、髪を振り乱した。
「あーもう! 知らない! 好きにしたら? そんなに私のことが嫌いなら拷問するなり殺すなりすればいいわ。勝手にしなさい!」
「あい分かった。女神のくせに女神のギフトがもらえない哀れなおまえの願いを我輩が叶えてやろう。おまえの願いは《我輩に好き勝手してほしい》か。承った!」
我輩は女神の体を強制的に操作した。
玉座で頬杖をつく我輩の前で、女神は膝を折り正座した。そして両手を綺麗にそろえて前に突き出し、上体を下ろす。
これはいわゆる土下座。誠心誠意の形をした綺麗な土下座だ。
「たいへん申し訳ございませんでした!」
「うむ、よろしい! こう見えて我輩は寛大だ。許してやろう。慈悲だ。死ね」
女神は即死した。心臓も脳も血流も細胞もすべてが一瞬で完全停止して死んだ。
女神の死体は光で焼き尽くして消し去った。
女神の仕事場である境界も消滅させた。
これで神という胡散臭い連中の存在もすべて完全に消えた。
この星の生命も、我輩とペットのモフ以外のすべての生命が根絶されている。
スッキリしたところで、我輩は星からモノリスを消した。
それから星の構成要素を変更した。
岩、土、砂だけの大地に純水の海、そして雲のない大気。
この星には我輩とモフ以外の生命は存在せず、発生もしない。
ただ褐色の大地に我城がたたずみ、その中の玉座の間にて、我輩が膝の上のモフをただ撫でるのみ。
この星はただそれだけのために存在している。
女神だ。我輩を転生させた女神である。
彼女は世界と神界の間にある《境界》という世界で仕事をしていたが、故郷の神界が消滅したことで、慌てて我輩の元を訪れたのだ。
神界が消滅したのは、元をたどればすべて女神のせいであり、女神にはその自覚があった。
だから我輩の前に姿を現した彼女は完全に蒼白していた。
「あ、あのぉ、もう、許してもらえないですかねぇ……」
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「え、いや、その……」
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彼女にはすぐ言い訳でごまかそうとする習性があるから、「だって」が彼女の口癖として染み付いていた。
そして、彼女にはもう一つの悪癖がある。
責任を追及される際に詰められすぎると、開き直ってしまうのだ。
そら、出るぞ!
「そもそも、あなたは自分で記憶を消去したから、私に何をされたか覚えていないんでしょう? 何をされたか覚えてないのに報復って、どうかしてるわ!」
それはそうだよな。女神は正論をぶちかましてやったと内心で高ぶっている。我輩がその返答に窮するだろうとすら考えている。
このバカは自分が優位に立ったと勘違いしている。ならば徹底的に己の浅はかさを思い知らせてやらねばなるまいな。
「いいの?」
「え?」
「思い出していいの? 我輩がおまえとのやりとりの記憶を思い出したら、我輩の怒りが新鮮な状態になるけど、それでもいいんだよね?」
「え、あっ、ちょっと、あの、それは……」
女神はしどろもどろになって、うつむいて口をつぐんだ。
「駄目だよなぁ。すぐに謝って『思い出さないでください』って懇願しないと」
「ごめんなさい。思い出さないでください」
「遅いわ! 言われてからやるのも駄目だし、何のひねりもなく言われたとおりにやるのも駄目。たとえば頭に『どうか』を付けたり、最後に『お願いします』を加えたり、土下座までするとか、指摘された以上のことを何かしらやるのが誠意ってもんじゃないの?」
そう言われた女神はおもむろに床に膝をつこうとする。
だが我輩がそれを制止する。
「あー、いいよ。やらなくていい。それも我輩が言った後だから、もう遅い」
そう言われた女神は折りかけた膝を伸ばす。
「ふーん。そこは制止を振り切ってでもやるべきところだと思うけどねぇ。全部ハズレなんだよなぁ」
女神は舌打ちして地団駄を踏んだ。心の中で。
でも我輩にはすべて筒抜けなので、実際にそれをやったのと変わりはない。
女神は顔を伏せてぷるぷると震えている。
我輩に対して理不尽だと思っているようだが、不誠実なのは女神のほうだ。だって、本心から謝る気は毛頭なく、どう対応するのが正解かばかり考えているんだもの。
もう女神の打算には付き合っていられない。
「というわけで、ちょーっとだけ思い出してみるかな」
我輩は女神との邂逅部分から少しずつ思い出す。書類の表紙を少しずつゆっくりめくって二枚目の内容を覗き見るように、少しずつ思い出していく。
「あー、思い出してきたぞ。そうそう、おまえ、最初から不機嫌だったよな。納得がいかなくて、我輩はその理由を尋ねたよな? おまえ、なんて答えたっけ?」
「……あなたが元カレに似ていて……見ていると辛くなるって」
女神はうつむいたまま視線を横に逸らしている。一瞬だけ我輩の方に視線を向けたが、我輩の冷たい視線にビクッとして、慌てて視線を戻した。
「勝手にマイルドにするな。おまえはこう言ったんだ。『おまえ、元カレにそっくりで不快なんだよおっ!』ってな。傷心中みたいには言ってなかった。恫喝してただろうが」
「…………」
「おい、だんまりか? 我輩の怒りが治まるまで静かにやり過ごそうって魂胆も筒抜けだぞ」
「……ごめんなさい」
女神はボソッと呟いた。完全に建前だけの謝罪だが、建前にしては体裁を取り繕えていない謝罪の仕方だ。まるで中卒ヤンキーの新入社員だな。
「あと、こういうことも言っていたな。『人間のくせに態度がでかい! 私は女神様なのよ! うやうやしくひれ伏すくらいしたらどうなの?』とな。おまえ、これについてどう思う?」
女神の目蓋がヒクヒクしている。ストレス性の反射的挙動なので、これは女神自身にも制御できないものだ。
女神はうつむいたまま、腰の辺りの白布をぎゅっと握りしめた。
「あの……。すみません、調子に乗ってました」
「おい、嘘つくなよ。調子に乗ってたんじゃねーよなぁ。普段から人間に対してそう思っていたんだから、悪いのはそのときのテンションじゃなくて、おまえの性格そのものだよなぁ」
「くっ……」
「は?」
「あ、いえ……」
こいつに心からの反省をさせるのは無理だな。全能の力で無理やり反省させても、人格が変わって別人になってしまう。
まあ我輩はべつに女神に反省してほしいわけではない。後悔してほしいだけだから。
ん? 我輩も人のことを言えないほど性格が悪い?
違うだろ。女神と同列にするな。我輩は女神なんかよりずっと性格が悪いんだよ。そこは明白だろ。
ただな、愚かなのは女神だけだ。我輩と女神の違いは、性格の悪さを自覚し認めているかどうかだ。女神は性悪の自認がないから愚かなのだ。
そんな愚かな女神が、懲りもせず再び開き直る。
うつむいていた顔を上げ、キッと我輩を睨みつける。
「蔑み哀れむ目で見るのをやめなさい。あなた、転生させてもらったことに対する感謝の気持ちはないの!?」
「ないよ。転生させてほしくなんてなかったし、我輩を転生させたのはおまえの都合じゃん。魔王を倒して人類に平和をもたらすっていうおまえの使命を果たすためじゃん。使命を押しつけておいて恩着せがましいのはおかしいでしょ。逆に申し訳なさそうにすべきじゃないの?」
我輩のことはもはや元カレ以上に不快な存在だろう。
当然だ。女神ごときの元カレと同列にされてたまるか。
女神は頭を掻きむしり、髪を振り乱した。
「あーもう! 知らない! 好きにしたら? そんなに私のことが嫌いなら拷問するなり殺すなりすればいいわ。勝手にしなさい!」
「あい分かった。女神のくせに女神のギフトがもらえない哀れなおまえの願いを我輩が叶えてやろう。おまえの願いは《我輩に好き勝手してほしい》か。承った!」
我輩は女神の体を強制的に操作した。
玉座で頬杖をつく我輩の前で、女神は膝を折り正座した。そして両手を綺麗にそろえて前に突き出し、上体を下ろす。
これはいわゆる土下座。誠心誠意の形をした綺麗な土下座だ。
「たいへん申し訳ございませんでした!」
「うむ、よろしい! こう見えて我輩は寛大だ。許してやろう。慈悲だ。死ね」
女神は即死した。心臓も脳も血流も細胞もすべてが一瞬で完全停止して死んだ。
女神の死体は光で焼き尽くして消し去った。
女神の仕事場である境界も消滅させた。
これで神という胡散臭い連中の存在もすべて完全に消えた。
この星の生命も、我輩とペットのモフ以外のすべての生命が根絶されている。
スッキリしたところで、我輩は星からモノリスを消した。
それから星の構成要素を変更した。
岩、土、砂だけの大地に純水の海、そして雲のない大気。
この星には我輩とモフ以外の生命は存在せず、発生もしない。
ただ褐色の大地に我城がたたずみ、その中の玉座の間にて、我輩が膝の上のモフをただ撫でるのみ。
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