20 / 34
第20話 我輩 VS. モフモフの幻獣フェンリル
しおりを挟む
我城に来訪者が現れた。
勇者ではない。モンスターだ。
このパターンは前にもあったが、今回はモンスター自身が転生者というわけではない。転生者のペットがやってきたのだ。
純白に輝く長い毛並をまとった、巨大な狼だ。
「私は幻獣フェンリルです。あなたを倒しにきました」
「これはご丁寧にどうも……て、なるわけねーだろ! ペットだけ寄こして主人が来ないとはどういう了見だ!」
これは質問ではなく詰問という名の圧力である。全知である我輩にはすべてお見通しだ。
フェンリルの主人は戦えない。それは単純に強くないからだ。
フェンリルの主人は転生時に得た女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で、「強くて安心できる存在に守ってもらいたい」と願い、S国では伝説の存在とされる《幻獣フェンリル》をペットとして獲得した。
それ以来、すべての戦闘をフェンリルにやってもらっている。ギルドで受けた依頼もすべてフェンリルにやらせ、それで稼いだ金で生活している。
「ご主人様は優しい心の持ち主なのです。他者と戦うなんてできる人ではありません」
「いや、我輩と戦う約束で女神のギフトをもらっているんだよね? 戦う意思がないってことは、女神を騙したってことになるけど。それ、詐欺じゃん」
「いえ、だからこうしてご主人様に仕える私が戦いに来たのです」
「つまり、おまえの独断じゃなくておまえの主人の意思で来たってことだよね? だとしたら、戦わない理由は『優しいから』じゃないでしょ。相手を攻撃する意思自体はあるんだから」
そもそも我輩が「どういう了見だ!」と詰問したのは、こいつの主人自身が戦わないことを言っているのではない。戦わないにしても見守りにすら来ないことを言っているのだ。
面倒になったので、我輩は全能の力をもって、こいつの認識のズレを強制的に直した。
「い、いま、何が起こったのです……?」
「我輩が強制的に理解させたんだよ」
通常、その者に理解できないレベルのことを無理やり理解させてしまうと、その者はもはや別人といえる状態になってしまう。
だがこれは勘違いを正しただけなので、人格への影響はない。
「そんなことができるとは、あなた、何者です!?」
「いまさら訊くの? 我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。その名のとおり、ありとあらゆるすべてのことを知っているし、不可能と思われているようなどんなことでも実行することが可能だし、いかなる存在よりも強いし、どんな攻撃も我輩には効かない。絶対優位だから、我輩を倒すための抜け道なんてものも存在しない」
「それが本当なら勝てないではないですか」
「そうだよ」
フェンリルは我輩が嘘を言っているのではないかと疑っていたので、これが真実であることも強制的に理解させた。
「……帰ります」
「おいおいおい、待て! 帰すわけがないだろ。戦いを挑んでおいて自分が勝てないと知ったときだけ『やっぱなし』は虫がよすぎるだろ。それはネット対戦ゲームで負けそうになったときに通信切断する奴と同じおこないだぞ。卑怯、卑劣、愚劣! 最低だ」
踵を返したフェンリルの足は止まった。S国では伝説の幻獣ともてはやされた奴がそこまで愚弄されて黙って引き下がれるはずがない。
しかし同時に、我輩には絶対に勝てないことも知っている。ヤケを起こして飛びかかるということはしない。
プライドのせいで八方塞がりになってしまっている。
仕方ないので我輩は行動選択を手伝ってやることにした。
「それにおまえが帰るってことは、おまえの主人が女神との約束を破ることになるぞ」
「あなたは私に立ち向かわせたいのですね。弱い者いじめが趣味なのですか?」
「我輩がいじめたくなるのは弱い者じゃなくて無礼者だ。おまえ、敬語を使っているからって礼儀を尽くせているなどと思い上がるなよ」
フェンリルは押し黙った。口論では勝てないし、そもそも口論をしに来たわけではないという思考の後、意を決した。
「分かりました。私はあなたに挑みます。ただ、私が負けてもご主人様だけは見逃してくれませんか?」
「主人だけは? 主人が無事なら他はどうなってもいいの? 我輩、S国をまるごと潰すつもりなんだけど」
「S国も見逃してほしいと言ったら、見逃してくれるのですか?」
「見逃さないよ」
「だから、せめてご主人様だけでもと頼んでいるのです」
「おまえの主人もS国も同じなんだけど」
フェンリルは諦めたようだ。
こいつが主人に忠誠の限りを尽くすのは、日頃から主人に溺愛されているからだ。
フェンリル自身はその理由を自分の忠誠が認められているからだと思っているが、真実はそうではない。
その溺愛の理由は、フェンリルがモフモフだからであり、つまりは癒しという快楽のために溺愛されているだけなのだ。
もしこいつがフェンリルではなくゴツゴツのリザードマンだったら溺愛なんかされていない。
フェンリルは主人を優しい人間だと思っているが、実際には優しくなんかない。
我輩はペットだけを差し向けたフェンリルの主人に相応の報いを受けさせることに決めた。
フェンリルが臨戦態勢になったとき、我輩は手のひらを突き出して制止した。
「あ、我輩は戦わないよ。ペットだけ差し向けられたんだから、我輩もペットを使う」
我輩のペットとは、もちろんモフである。
饅頭のような小さな体に、フェンリルよりも柔らかい白の毛並。ペットバトルといこうではないか。
「ぷぅぷぅ!」
モフがやる気を出している。
フェンリルはこれなら勝てそうだと思ったのか、勇ましく突撃してモフに噛みついた。
「アガッ!」
フェンリルは頭部全体が口内から串刺しになっていた。モフが毛を硬質化して逆立たせたのだ。
「望みどおり、おまえの主人だけは殺さないでおいてやるよ」
それを聞き届けた後、フェンリルは力尽きた。
我輩はS国に国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とした。ただし、フェンリルの主人だけを避ける形状にして。
たしかに我輩はフェンリルの主人を殺さなかったが、それはあくまで直接手を下さなかっただけ。
フェンリルの主人は全方位をモノリスに囲まれ、身動き一つとれなくなっている。そのまま糞尿を垂れ流しにしながら、飢えて死ぬしかない。
さすがに我輩もモノリスを落とす作業に飽きてきたが、女神への報復としてやっているので、この世界のすべての国を潰すまでは続ける所存である。
勇者ではない。モンスターだ。
このパターンは前にもあったが、今回はモンスター自身が転生者というわけではない。転生者のペットがやってきたのだ。
純白に輝く長い毛並をまとった、巨大な狼だ。
「私は幻獣フェンリルです。あなたを倒しにきました」
「これはご丁寧にどうも……て、なるわけねーだろ! ペットだけ寄こして主人が来ないとはどういう了見だ!」
これは質問ではなく詰問という名の圧力である。全知である我輩にはすべてお見通しだ。
フェンリルの主人は戦えない。それは単純に強くないからだ。
フェンリルの主人は転生時に得た女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で、「強くて安心できる存在に守ってもらいたい」と願い、S国では伝説の存在とされる《幻獣フェンリル》をペットとして獲得した。
それ以来、すべての戦闘をフェンリルにやってもらっている。ギルドで受けた依頼もすべてフェンリルにやらせ、それで稼いだ金で生活している。
「ご主人様は優しい心の持ち主なのです。他者と戦うなんてできる人ではありません」
「いや、我輩と戦う約束で女神のギフトをもらっているんだよね? 戦う意思がないってことは、女神を騙したってことになるけど。それ、詐欺じゃん」
「いえ、だからこうしてご主人様に仕える私が戦いに来たのです」
「つまり、おまえの独断じゃなくておまえの主人の意思で来たってことだよね? だとしたら、戦わない理由は『優しいから』じゃないでしょ。相手を攻撃する意思自体はあるんだから」
そもそも我輩が「どういう了見だ!」と詰問したのは、こいつの主人自身が戦わないことを言っているのではない。戦わないにしても見守りにすら来ないことを言っているのだ。
面倒になったので、我輩は全能の力をもって、こいつの認識のズレを強制的に直した。
「い、いま、何が起こったのです……?」
「我輩が強制的に理解させたんだよ」
通常、その者に理解できないレベルのことを無理やり理解させてしまうと、その者はもはや別人といえる状態になってしまう。
だがこれは勘違いを正しただけなので、人格への影響はない。
「そんなことができるとは、あなた、何者です!?」
「いまさら訊くの? 我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。その名のとおり、ありとあらゆるすべてのことを知っているし、不可能と思われているようなどんなことでも実行することが可能だし、いかなる存在よりも強いし、どんな攻撃も我輩には効かない。絶対優位だから、我輩を倒すための抜け道なんてものも存在しない」
「それが本当なら勝てないではないですか」
「そうだよ」
フェンリルは我輩が嘘を言っているのではないかと疑っていたので、これが真実であることも強制的に理解させた。
「……帰ります」
「おいおいおい、待て! 帰すわけがないだろ。戦いを挑んでおいて自分が勝てないと知ったときだけ『やっぱなし』は虫がよすぎるだろ。それはネット対戦ゲームで負けそうになったときに通信切断する奴と同じおこないだぞ。卑怯、卑劣、愚劣! 最低だ」
踵を返したフェンリルの足は止まった。S国では伝説の幻獣ともてはやされた奴がそこまで愚弄されて黙って引き下がれるはずがない。
しかし同時に、我輩には絶対に勝てないことも知っている。ヤケを起こして飛びかかるということはしない。
プライドのせいで八方塞がりになってしまっている。
仕方ないので我輩は行動選択を手伝ってやることにした。
「それにおまえが帰るってことは、おまえの主人が女神との約束を破ることになるぞ」
「あなたは私に立ち向かわせたいのですね。弱い者いじめが趣味なのですか?」
「我輩がいじめたくなるのは弱い者じゃなくて無礼者だ。おまえ、敬語を使っているからって礼儀を尽くせているなどと思い上がるなよ」
フェンリルは押し黙った。口論では勝てないし、そもそも口論をしに来たわけではないという思考の後、意を決した。
「分かりました。私はあなたに挑みます。ただ、私が負けてもご主人様だけは見逃してくれませんか?」
「主人だけは? 主人が無事なら他はどうなってもいいの? 我輩、S国をまるごと潰すつもりなんだけど」
「S国も見逃してほしいと言ったら、見逃してくれるのですか?」
「見逃さないよ」
「だから、せめてご主人様だけでもと頼んでいるのです」
「おまえの主人もS国も同じなんだけど」
フェンリルは諦めたようだ。
こいつが主人に忠誠の限りを尽くすのは、日頃から主人に溺愛されているからだ。
フェンリル自身はその理由を自分の忠誠が認められているからだと思っているが、真実はそうではない。
その溺愛の理由は、フェンリルがモフモフだからであり、つまりは癒しという快楽のために溺愛されているだけなのだ。
もしこいつがフェンリルではなくゴツゴツのリザードマンだったら溺愛なんかされていない。
フェンリルは主人を優しい人間だと思っているが、実際には優しくなんかない。
我輩はペットだけを差し向けたフェンリルの主人に相応の報いを受けさせることに決めた。
フェンリルが臨戦態勢になったとき、我輩は手のひらを突き出して制止した。
「あ、我輩は戦わないよ。ペットだけ差し向けられたんだから、我輩もペットを使う」
我輩のペットとは、もちろんモフである。
饅頭のような小さな体に、フェンリルよりも柔らかい白の毛並。ペットバトルといこうではないか。
「ぷぅぷぅ!」
モフがやる気を出している。
フェンリルはこれなら勝てそうだと思ったのか、勇ましく突撃してモフに噛みついた。
「アガッ!」
フェンリルは頭部全体が口内から串刺しになっていた。モフが毛を硬質化して逆立たせたのだ。
「望みどおり、おまえの主人だけは殺さないでおいてやるよ」
それを聞き届けた後、フェンリルは力尽きた。
我輩はS国に国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とした。ただし、フェンリルの主人だけを避ける形状にして。
たしかに我輩はフェンリルの主人を殺さなかったが、それはあくまで直接手を下さなかっただけ。
フェンリルの主人は全方位をモノリスに囲まれ、身動き一つとれなくなっている。そのまま糞尿を垂れ流しにしながら、飢えて死ぬしかない。
さすがに我輩もモノリスを落とす作業に飽きてきたが、女神への報復としてやっているので、この世界のすべての国を潰すまでは続ける所存である。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
Look like? オークそっくりだと言われる少女は女神の生まれ変わりだった
優陽 yûhi
ファンタジー
頭脳明晰、剣を持てば、学園はじまって以来の天才。
しかし魔法が使えずオークそっくりと言われる容姿で、周りから疎まれ、居ない者扱いされている少女エルフィナ。
しかしその容姿は悪神の呪いで、本当は醜いどころか王国中探しても、肩を並べる者がいない位、美しい少女だった。
魔法が使えないはずのエルフィナが妹の危機に無意識で放つ規格外の魔法。
エルフィナの前世は女神だった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる