我輩は人類を蹂躙する。~どんなに勇者を転生させても無駄だ。《全知全能最強無敵絶対優位》の我輩がすべて返り討ちにして世界を滅ぼしてやるわ!~

日和崎よしな

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第18話 我輩 VS. 理屈っぽい天才魔術教師

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 我城に来訪者が現れた。

 シワを伸ばした白のカッターシャツに品のよい茶色のベスト、カジュアルなスラックスという姿で、髪も髭もきっちり整えている。

 この男は魔術教師である。
 外面がいいので同僚からも生徒たちからも慕われている。

「はじめまして。私は魔術教師をしている者です」

「知っている。何をしに来た?」

 もちろん、訊かずとも知っている。
 さっさと状況を進めるために、来訪者に用件を話させることが目的だ。

「私、元々は魔王討伐の依頼を受けておりました。しかし勇者を送り出した各国はことごとく黒い塊に押しつぶされました。魔王とやらはよほど強いらしく、私などでは決して敵わないだろうと思い、魔術の研究をしながら世界のなりゆきを静観しておりました」

「あの黒い塊はモノリスだ。勇者を送りつけてきた国に我輩が落としている。あれは勇者を送ってこない国にも落としていて、どちらにしても次はおまえの国だった。で、おまえはこれまで順風満帆な生活を楽しんできたようだが、それを捨てて死にに来たのか?」

 もちろん、訊かずとも知っている。
 この魔術教師は手順を踏まなければなかなか先に進まないので、話を進めるために会話を促しているのだ。

「ひと言で言えば、好奇心ですよ。魔術の研究にも飽きてきましてね。この世界の魔術体系はだいたい把握しましたし、私独自の魔術の開発もあらかた終えました。で、どんな勇者も敵わない魔王とはいったい何者なのか、私の関心はそちらへ向いたのです。もしかしたら私は死ぬかもしれませんが、私の知的探求心はその恐怖すら上回ったのです」

 思わず欠伸あくびをしそうになった。
 我輩は常に万全の体調であるからして欠伸など必要ないのだが、こいつの話が長いので欠伸を見せつけたくなったのだ。
 だがそれをしたところで、その後のやりとりも面倒でしかない。

 我輩はさっさと話を進めることにした。

「教えてやるよ。我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。いかなる存在も決して我輩には敵わない。勇者どころか、細菌だろうと神だろうと我輩に傷一つ付けることは不可能だ」

 魔術教師は畏怖するどころか目を輝かせている。

「なるほど、なるほど。私の命は確実に今日終わるわけですね。しかし一矢くらいは報いてみたいものです。どうでしょう、私ととあるルールでの勝負をしませんか?」

「構わんぞ」

 我輩は全知全能であり絶対優位であるからして、いかなる勝負事であっても負けはしない。もちろん、全能だからあえて負けることも可能ではあるが。

「あなたは無敵とおっしゃいましたね。あなたは無敵ゆえに、痛みには弱いのではありませんか? どれだけ痛みに耐えられるか私と勝負しましょう」

「構わんぞ」

 魔術教師はふところから二枚の紙を取り出した。
 二枚には同じ魔法陣が描かれている。

「これは手をかざすと全身に痛みを感じる魔法陣です。痛みは一秒おきに倍々になっていきます。先に魔法陣の上から手を引いたほうが負けというルールでいかがでしょう?」

「それで構わんぞ。さっさと始めろ」

 玉座にいる我輩は肘掛けの上に魔法陣の紙を置き、そこに手をかざした。

 魔術教師は床に紙を置き、床に膝を着いて手をかざした。

 十秒ほど経過したころ、魔術教師が魔法陣の上から手を引いた。
 玉座にいる我輩はまだ手をかざしたままだ。

「いやぁ、参りました。すごいですね、あなた。私は次の一秒でショック死するところでした」

 魔術教師が負けを認めたところで、玉座の我輩はかざしていた手で紙を掴んで握りつぶした。

「で? まだ言い足りないことがあるんだろう? さっさと全部言え」

「……ええ、そうですね。実は私、もう一つ魔術を発動させていたのです。それは《相手に自分の言葉によってダメージを与えた場合、相手に確実な死を与える》というものです。さっきの勝負には負けましたが、その勝負の中で私はあなたに痛みというダメージを与えました。よって、あなたには魔術による死がもたらされます」

 玉座の我輩は胸を押さえ、椅子から転げ落ちて心臓を止めた。

 三秒後、蘇って再び玉座に座りなおした。

 魔術教師は諦めた表情ながらにフッと笑った。

「やはり私の魔術で確実な死を与えても蘇りますか。しかし悔いはありません。一度でもあなたを殺すことができたのですから」

「殺せてないぞ」

 我輩は魔術教師の背後から声をかけた。
 魔術教師はギョッとして我輩の方へ振り返った。

「えっ、二人いる!?」

「玉座に座っているあいつは影武者だ。我輩のペットのモフが変身した姿だ。全知全能最強無敵絶対優位の我輩が他人の思惑で死ぬわけないだろ。死んだ時点で偽物と気づけ」

 ちょっとしたドッキリというやつだ。サプライズにサプライズを返してやっただけのこと。

 一矢報いたと思っていたら報いておらず、待っているのは自分の確実な死だけという状況。
 クールでニヒルを貫いていた魔術教師も、さすがに失意を隠せず尻を床に着けた。

 そんな彼に対し、我輩は容赦なく心の傷をえぐる。

「おまえ、女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《天才的な頭脳》を願ったようだが、前世でどんだけ頭の悪さがコンプレックスだったんだよ。二つの願いが叶えられるならその天才的な頭脳でベストな願いを叶えられたかもしれんが、ただ天才になるだけなら頭がいいだけの無能だろうが。結局、頭の悪さがあだとなってギフトを無駄にしたな」

 転生後は天才と呼ばれる魔術教師になったが、結局のところ、一つコンプレックスを解消したところで課題というのは新たに出てくるものだ。
 それなのにこいつは何でも叶えられる願いを一つのコンプレックスを解消することに費やしてしまった。まったく愚かなことだ。

 我輩は魔術教師が正気を取り戻すまでたっぷり待ってやった。

 そして、冷静さを取り戻した魔術教師が最後に懇願する。

「じゃあ哀れな私の願いを一つだけ聞いてもらえないだろうか。どうか私を苦しまずに殺してほしい」

「それはおまえの魔術しだいだな。我輩の全能をもってルールに変更を加える。敗北条件は痛みによってショック死すること。それまでは強制的に魔法陣へ手をかざし続けるものとする」

 さっき影武者のモフは三秒ほど多く手をかざしたままだった。だから魔術教師も三秒手をかざして初めて延長戦の開始だ。

 我輩のルール変更による強制力が魔術教師の手を魔法陣上へと伸ばさせる。

「なっ、嫌だっ、嫌だぁあああああっ!」

 魔術教師は魔法陣に手をかざして一秒でビクンと体を跳ね上げ、白目を剥き、泡を吹いて倒れた。

 魔術教師は絶命した。

「痛かったか? ま、人をだまし討ちしようとした報いだな。そもそもいきなり消してもよかったのに、おまえの小細工に付き合ってやっただけ感謝しろよ」

 それから我輩は、魔術教師の出身国であるQ国に、国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落としたのだった。
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