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第17話 我輩 VS. タイムトラベラー
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我城に来訪者が現れていた。だがいまは不在だ。
さっきまでいた来訪者はタイムトラベラーだった。
女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《過去や未来に自由に行き来できる力》を得た。
彼は地味なポロシャツとチノパンを着ており、冴えない大学生感のある容姿をしているが、見た目の印象と彼の実情にはほとんど差がない。
基本的に普通の人間の力しか持たず、剣術を修めているわけでもないし、魔法を使う能力もない。ただ唯一の能力として、タイムトラベルができるという特殊能力を持っている。
しかしこいつに勝てる奴は少ないだろう。
こいつは過去に戻り、標的が赤ん坊のころに殺すのが基本戦法である。
赤ん坊を殺す隙が無い場合は、その両親が若いころに殺したり、出会い自体をなくしたりする。そうすれば標的がそもそも生まれてこない。
そういうわけで、そのタイムトラベラーが向かった先は我輩がモフとして転生し、まだ《全知全能最強無敵絶対優位なる者》になる前、つまり女神のギフトで願いを叶える前の時点である。
タイムトラベラーは生まれたてのモフである我輩をナイフでひと刺しすると、元の日時へと戻った。
「えっ!? なんで生きているんだ! この手で確かに殺したはずなのに!」
玉座で頬杖をつく我輩の前で、タイムトラベラーが腰を抜かしている。
「はぁ……。しょうがないなぁ。説明してやるよ」
本当はわざわざ説明しなくても一瞬で理解させることも可能だが、我輩は全知ゆえに我輩とタイムトラベラーのやりとりを観測している者たちがいることを知っている。
そいつらへの皮肉と嫌がらせも兼ねて説明してやるのだ。
「おまえはタイムトラベラーとして過去に行っていると思っているけど、そもそも過去の世界なんてものは存在しないの。実際、現在においては一秒前の世界は存在していないでしょ? もしかしたら頭の悪い科学者が過去を観測できたなんて言うかもしれないけれど、それは過去ではなく観測されていなかった現在でしかないんだよ。分かる?」
タイムトラベラーはまだ理解が追いついていないので眉をひそめている。
「何を言っているんだ。僕は実際に過去に行っている。それが何よりもの証拠だ」
相手に提示できないものは証拠とは言わない。
それはさておき、過去の世界が存在しない中でこいつがタイムトラベルすると何が起こるのか、それを説明しなければ理解できなくても当然というもの。親切な我輩が説明してやろうではないか。
「おまえの場合はちょっと特殊なんだよね。おまえが明らかに存在しない過去に行ったときに何が起こるかというと、現在という時間座標にパラレルワールドが生まれ、その新しい世界の現在に元の世界の過去の状態がコピーされているんだよ。つまり、ここはおまえが時間を遡る前にいた世界ではなくパラレルワールドってこと」
タイムトラベラーも理屈は理解できるが、突然そんなことを言われても信じがたい様子。
それもまあ当然だ。こいつにとっては自分の目で観測したことがすべてだから、元の世界とパラレルワールドの見分けがつかない以上、すんなり受け入れることはできない。
我輩はこいつがもうすぐ抱く疑問に先に答えてやる。
「パラレルワールドが生まれるのは過去に行ったときだけだ。時間というのは現在から未来への一方通行だから、逆行しなければ矛盾を解消する必要はないからな。だから、この世界はおまえが我輩に変化する前のモフを殺した世界から変わってはいない」
「じゃ、じゃあなんで生きているんだよ」
「それは元の世界の我輩が蘇らせたからだ。全知だから世界の理もおまえが取る行動もすべて知っている。おまえが何度タイムトラベルしようが新しくパラレルワールドが生まれるだけだし、元の世界の我輩が存在している限り何をやったって我輩を消すことはできない」
仮に本当に元の世界の過去に行けたとしても、現在に我輩が存在する以上、過去で何をしようと絶対に我輩を消すことはできない。
全能なんだから、もし過去の世界が存在するなら干渉できてあたりまえなのだ。
「そんな……。じゃあ、どうしようもないじゃないか」
「そうだよ」
さて、この後始末は元の世界の我輩にやってもらうとしようか。
ということで、我輩はこのタイムトラベラーを元の世界に送り返した。
というわけで、我輩はパラレルワールドから送られてきたタイムトラベラーを前にして咳払いを一つして注意を引いた。
「おまえ、気づいてないかもしれないが、たったいまパラレルワールドから元の世界に転移したからな。で、卑怯な方法で我輩を殺そうとした落とし前をつけてもらうわけだが、我輩は優しいから百年で許してやるよ」
我輩はタイムトラベラーを虚無の世界に放り込んだ。
そこでは時の流れが存在しない。ただし体感時間は存在する。その体感時間にして百年の時を過ごしてもらうのだ。
虚無の世界では五感は失われ、自分以外の物質は存在せず、飲まず食わずでも生命活動が維持される。
体感時間で百年経てば晴れて死ぬことが許される。
「さてと……」
仕上げはタイムトラベラーの出身国の始末だ。
我輩はP国に、国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とした。
ん? パラレルワールドも含めると我輩が二人いることになる? 《全知全能最強無敵絶対優位なる者》が二人になって矛盾が生じている?
仕方ない。説明しておいてやろう。
そもそもパラレルワールドの我輩を復活させたのはオリジナルの我輩だ。その我輩が矛盾を放置するはずないではないか。
パラレルワールドの我輩には、《絶対有利》に対して例外を設けている。
それは《オリジナルの我輩を除く》というものだ。
こうして、我輩が何人に増えようとも生まれた順に例外が適用され、すべての我輩に順位が付いていくのだ。
全知である我輩が「うっかり我輩が二人になってしまった! 矛盾の解消により消滅してしまう!」などとなるわけないではないか。
ま、煩わしいのでタイムトラベラーのせいで生まれたパラレルワールドは消すことにしよう。
もちろん、モノリスを落とすのではなく、存在自体を消滅させるのだ。
我輩にかかれば世界を丸ごと消し去ることすらたやすいのである。
さっきまでいた来訪者はタイムトラベラーだった。
女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《過去や未来に自由に行き来できる力》を得た。
彼は地味なポロシャツとチノパンを着ており、冴えない大学生感のある容姿をしているが、見た目の印象と彼の実情にはほとんど差がない。
基本的に普通の人間の力しか持たず、剣術を修めているわけでもないし、魔法を使う能力もない。ただ唯一の能力として、タイムトラベルができるという特殊能力を持っている。
しかしこいつに勝てる奴は少ないだろう。
こいつは過去に戻り、標的が赤ん坊のころに殺すのが基本戦法である。
赤ん坊を殺す隙が無い場合は、その両親が若いころに殺したり、出会い自体をなくしたりする。そうすれば標的がそもそも生まれてこない。
そういうわけで、そのタイムトラベラーが向かった先は我輩がモフとして転生し、まだ《全知全能最強無敵絶対優位なる者》になる前、つまり女神のギフトで願いを叶える前の時点である。
タイムトラベラーは生まれたてのモフである我輩をナイフでひと刺しすると、元の日時へと戻った。
「えっ!? なんで生きているんだ! この手で確かに殺したはずなのに!」
玉座で頬杖をつく我輩の前で、タイムトラベラーが腰を抜かしている。
「はぁ……。しょうがないなぁ。説明してやるよ」
本当はわざわざ説明しなくても一瞬で理解させることも可能だが、我輩は全知ゆえに我輩とタイムトラベラーのやりとりを観測している者たちがいることを知っている。
そいつらへの皮肉と嫌がらせも兼ねて説明してやるのだ。
「おまえはタイムトラベラーとして過去に行っていると思っているけど、そもそも過去の世界なんてものは存在しないの。実際、現在においては一秒前の世界は存在していないでしょ? もしかしたら頭の悪い科学者が過去を観測できたなんて言うかもしれないけれど、それは過去ではなく観測されていなかった現在でしかないんだよ。分かる?」
タイムトラベラーはまだ理解が追いついていないので眉をひそめている。
「何を言っているんだ。僕は実際に過去に行っている。それが何よりもの証拠だ」
相手に提示できないものは証拠とは言わない。
それはさておき、過去の世界が存在しない中でこいつがタイムトラベルすると何が起こるのか、それを説明しなければ理解できなくても当然というもの。親切な我輩が説明してやろうではないか。
「おまえの場合はちょっと特殊なんだよね。おまえが明らかに存在しない過去に行ったときに何が起こるかというと、現在という時間座標にパラレルワールドが生まれ、その新しい世界の現在に元の世界の過去の状態がコピーされているんだよ。つまり、ここはおまえが時間を遡る前にいた世界ではなくパラレルワールドってこと」
タイムトラベラーも理屈は理解できるが、突然そんなことを言われても信じがたい様子。
それもまあ当然だ。こいつにとっては自分の目で観測したことがすべてだから、元の世界とパラレルワールドの見分けがつかない以上、すんなり受け入れることはできない。
我輩はこいつがもうすぐ抱く疑問に先に答えてやる。
「パラレルワールドが生まれるのは過去に行ったときだけだ。時間というのは現在から未来への一方通行だから、逆行しなければ矛盾を解消する必要はないからな。だから、この世界はおまえが我輩に変化する前のモフを殺した世界から変わってはいない」
「じゃ、じゃあなんで生きているんだよ」
「それは元の世界の我輩が蘇らせたからだ。全知だから世界の理もおまえが取る行動もすべて知っている。おまえが何度タイムトラベルしようが新しくパラレルワールドが生まれるだけだし、元の世界の我輩が存在している限り何をやったって我輩を消すことはできない」
仮に本当に元の世界の過去に行けたとしても、現在に我輩が存在する以上、過去で何をしようと絶対に我輩を消すことはできない。
全能なんだから、もし過去の世界が存在するなら干渉できてあたりまえなのだ。
「そんな……。じゃあ、どうしようもないじゃないか」
「そうだよ」
さて、この後始末は元の世界の我輩にやってもらうとしようか。
ということで、我輩はこのタイムトラベラーを元の世界に送り返した。
というわけで、我輩はパラレルワールドから送られてきたタイムトラベラーを前にして咳払いを一つして注意を引いた。
「おまえ、気づいてないかもしれないが、たったいまパラレルワールドから元の世界に転移したからな。で、卑怯な方法で我輩を殺そうとした落とし前をつけてもらうわけだが、我輩は優しいから百年で許してやるよ」
我輩はタイムトラベラーを虚無の世界に放り込んだ。
そこでは時の流れが存在しない。ただし体感時間は存在する。その体感時間にして百年の時を過ごしてもらうのだ。
虚無の世界では五感は失われ、自分以外の物質は存在せず、飲まず食わずでも生命活動が維持される。
体感時間で百年経てば晴れて死ぬことが許される。
「さてと……」
仕上げはタイムトラベラーの出身国の始末だ。
我輩はP国に、国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とした。
ん? パラレルワールドも含めると我輩が二人いることになる? 《全知全能最強無敵絶対優位なる者》が二人になって矛盾が生じている?
仕方ない。説明しておいてやろう。
そもそもパラレルワールドの我輩を復活させたのはオリジナルの我輩だ。その我輩が矛盾を放置するはずないではないか。
パラレルワールドの我輩には、《絶対有利》に対して例外を設けている。
それは《オリジナルの我輩を除く》というものだ。
こうして、我輩が何人に増えようとも生まれた順に例外が適用され、すべての我輩に順位が付いていくのだ。
全知である我輩が「うっかり我輩が二人になってしまった! 矛盾の解消により消滅してしまう!」などとなるわけないではないか。
ま、煩わしいのでタイムトラベラーのせいで生まれたパラレルワールドは消すことにしよう。
もちろん、モノリスを落とすのではなく、存在自体を消滅させるのだ。
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