我輩は人類を蹂躙する。~どんなに勇者を転生させても無駄だ。《全知全能最強無敵絶対優位》の我輩がすべて返り討ちにして世界を滅ぼしてやるわ!~

日和崎よしな

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第08話 我輩 VS. 婚約破棄された悪役令嬢

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 我城に来訪者が現れない。

 三度目だ。この世界には怠惰な奴が多すぎる。

 いや、今回の転生者の場合は怠惰なのではなく強欲すぎるのだ。
 なにしろ、女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で得たのは、《人を魅了するチャームの魔術が常に発動した状態》なのである。

 彼女は俗に言う悪役令嬢だ。

 この世界はべつに乙女向けゲーム、いわゆる「乙女ゲー」の世界でも何でもないのだが、かつてG国に転生した異世界人の男が、女神のギフトで乙女ゲー的な要素のある願いを叶えたために、G国はそのような国に変質してしまっていた。

 そんなG国で生まれた悪役令嬢は、政略結婚のために王子と婚約していた。
 彼女は王子の婚約者ということを盾に傲慢ごうまんに振る舞ってばかりいたため、ほかの女性から嫌われていた。

 そんな折、王子がほかの女性を愛してしまったため、彼女のことが邪魔になった。
 そして、彼女は王子の手先によって暗殺された。

 背中を刺されて生死の境をさまよった挙句に死んでしまった彼女は、世界平和のために戦う約束で女神からギフトを与えられて転生した。
 彼女の転生は、生死の境をさまよって生還したという形になった。

「いまさら戻ってきてほしいと懇願してももう遅い」

 彼女は悪役令嬢らしく王子をチャームで魅了しておいて、そう突っぱねた。
 その上で、王子を含むイケメン貴族たちを次々ととりこにしていき、逆ハーレムという名の一大勢力を作り上げた。

 我輩はイケメン貴族の腕枕ですやすやと眠る悪役令嬢の夢の中へ潜り込んだ。


 悪役令嬢は商人たちから羨望せんぼう眼差まなざしを一身に受けながら市場を優雅に歩いていた。
 夢の中でも彼女のチャーム発動は維持されており、ウイルスをばらまくかのごとく魅了状態を振りまいている。
 商人たちは男も女もみんな彼女に見とれてしまう。

 そんな中、野太い声が市場の喧騒をかき消すほどの大きさで響き渡った。

「泥棒め、やっと捕まえたぞ。これまで盗られに盗られた分、絶対に許さんからな! ぶち殺してやる!」

 太った店主がその太い腕で首根っこを捕まえているのは、ボロ切れのような服を着た幼い少年だった。
 近くの地面にリンゴが五個ほど転がっている。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 怒髪天どはつてんく店主は少年の言葉に耳を貸さず、顔に拳を叩きつけた。
 そして、さらなる追撃のために拳を振り上げる。

「お待ちになって!」

 店主の拳を止めたのは悪役令嬢の言葉だった。

「な、何だい、お嬢さん……」

 店主はスンッとおとなしくなった。まるでカミさんにどやされたかのように。

「代金、過去の分も含めてわたくしが払いますわ。だから、その子を許してくださらないかしら」

「そ、そうかい? お嬢さんがそう言うなら……」

 店主は悪役令嬢から代金を受け取ると、素直に引き下がった。

 転がっていたリンゴを拾い集めた少年が悪役令嬢に駆け寄り、目を輝かせてお礼を言う。

「お姉さん、ありがとう!」

「いいのよ。これくらいのこと、当然ですわ」

 市場から歓声が上がり、拍手の嵐が巻き起こる。
 悪役令嬢も満足げに市場の商人たちに笑顔を振りまいた。これでもかと持ち上げられて、さぞかし気分がよかろう。

「ねえねえ、お姉さん。なんで僕なんかを助けてくれたの?」

「誰かを助けるのに理由なんて必要ないわ」

 ――パチン。

 我輩は指を鳴らし、市場から悪役令嬢以外のすべての人間を消し去った。
 そして我輩が悪役令嬢の前に姿を現す。

「出たよ。名言を言ったつもりだろうけど、それ、名言でも何でもないからな。何も考えずに行動するのはただの馬鹿。誰かを助けるのに理由なんて必要ないだぁ? おまえさぁ、助けた奴が根っからの悪党で殺人鬼だったらどうするの? そいつ、たくさん人を殺すよ。おまえのせいで大量に人が死ぬよ」

「な、なに? なんですの?」

 悪役令嬢は状況が飲み込めずに混乱している。我輩の言葉をほとんど聞き流していたから、無理やり意識の中にねじ込んでやった。

 滑稽こっけいで見苦しい茶番を見せられて不快になっていた我輩は、さらに罵倒を続ける。

「それに、人のどんな行動にも必ず理由はあるよ。例えば空中を浮遊する埃が偶然右に揺らめくことにだって理由があるのに、わざわざ脳が体に命令しているおまえの行動に理由がないわけねーよ。理由がないなんて、おまえはただ何も考えていないだけ。他人の言葉に感銘を受けただけのくせして、ドヤ顔で受け売りの薄っぺらい言葉を言い放つのが思考放棄の証だ。考えることを放棄した愚か者に人間でいる価値はない。分相応に野生動物でいろ。おまえをドブネズミに変えてやる」

 我輩がひと睨みすると、悪役令嬢の体はグングン縮んでいき、白い肌も灰色に変化していき、成人男性の拳ほどの大きさのドブネズミに変化した。

「なんですの、これは!? あなたは何なんですの!?」

「我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。女神との約束を一方的に反故ほごにして学院生活を満喫している悪質偽善者にお仕置きをしに来たのだ」

「わたくしはか弱き女性ですのよ。なんでわたくしが泥にまみれて戦いなんかしなければなりませんの?」

 悪びれる様子もなく、悪役令嬢は我輩をきつく睨み上げてきた。きつくといっても、所詮ドブネズミだが。

「おまえ、腐っても武功で名を上げた貴族の家系だろうが。世界の危機に立ち向かう素振りも見せないとは、どういう了見だ? しかも女神のギフトをもらっておいてその言い草はないだろ」

「みすぼらしい子供には関係ありませんわ」

 さっき我輩が見せた力も忘れ、白いTシャツに黒の短パンの我輩を見て、どこの貧民かしらと見下し始めている。

 しかも自惚うぬぼれが激しいことに、チャームが利かないとしても素で超絶美少女な自分の魅力になびかない者はいないはずだと確信しているから、なぜさっきこの小僧が平然としていられたのか、その原因を一所懸命に考えている。

「言っておくが、我輩のことは篭絡ろうらくできないぞ。無敵だし、絶対優位だからな」

 逆に我輩に惚れさせ従属させることも可能だが、我輩はこいつが嫌いなのでそれはしない。

 そして、そろそろこの不快な夢を終わらせようではないか。

 ――パチン。


 我輩が指を鳴らすと、悪役令嬢は目を覚ました。
 彼女はすぐに自分がドブネズミの姿のままだと気づき、眠るイケメン貴族の腕から慌てて降りた。

 ちょうど部屋の扉が開き、執事が入ってきた。
 執事がドブネズミの存在にギョッと目をいたので、悪役令嬢は自分だと一所懸命に話しかけた。
 しかし夢の中と違って人間の言葉をしゃべることができない。

 悪役令嬢は執事にさんざん追い回された挙句、ドブネズミとして駆除されたのだった。
 我輩はひとまずチャームを奪わなかったが、執事は極めて仕事に誠実だったため、どんなにドブネズミが魅力的に思えても手心を加えなかった。

「さてと、仕上げといきますか」

 我城の玉座で脚を組む我輩は、G国をかたどった二十キロの高さを有する黒色物体たるモノリスをG国に落とした。

 今回は最初からこうしてもよかったかもしれない。
 だがこれは後悔ではない。べつにどっちでもいいだけなのだ。
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