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最終章 狂酔編
第289話 仲間
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上空では、ドクター・シータが一人でカケラと戦っている。
戦っているというよりは、ドクター・シータがカケラに一方的に攻撃しているだけで、カケラはまったく動く様子はなく、それでいていっさいのダメージが通っていなかった。
早く戻らなくては。学院の屋上に突っ伏しているキーラは、そう思って上体を起こそうと両腕に力を込めるが、体が重くて動かない。
カケラから受けたダメージが大きくて腕に力が入らないのだ。戦う意思はあるのに、体がついてこない。しばらく動けそうにない。
何かできることはないか。そう思案するキーラの視界には、ゲス・エストが霞んで映る。
彼はまだうずくまって震えていた。彼が落ち着く様子はまるでない。
カケラとも仲間とも接触のない現時点では彼を苦しめる要素は何もないはずなのに、ずっと何かに苛みつづけている。まるで殺人鬼に追い立てられているかのように。
「キューカ、聞こえる?」
キーラは思いついたことがあってキューカに呼びかけた。感覚共鳴はまだ生きていて、エスト以外の全員とつながっている。
キューカは意識を保っているはず。直接キーラの言葉が聞こえなくとも、その心の声は聞こえるはずだ。
「聞こえるのよ」
キーラは心の声が返ってくると思っていたが、キューカは意外にも近くに倒れていて直接返事が返ってきた。
エストとは反対方向に頭の向きを変えると、そこには鮮やかなオレンジのウィッグが入った黒髪をした、黒いローブを着た女性が仰向けに寝ていた。
「あのね、お願いがあるの。みんなからあたしを切り離して、あたしだけエストとつないでほしいんだけど、できる?」
共鳴した感覚がいっせいにざわついた。
そのざわつきの理由は言うまでもないが、キューカがそれを言葉にして確認を取る。
「それ、本気なの? そんなことをしたらキーラも狂気に汚染されるのよ。エストさんはとても精神がタフな人だからギリギリ持ち堪えているのよ。そこにほかの人がつながったら、その人は一瞬でぶっ壊れてしまうのよ」
それはキーラも分かっていることだった。その上で言っている。
「構わないわ。やってちょうだい。精神負担が分散できるのか分からないけれど、少しでもエストの負担を和らげられる可能性があるのなら、それでいいわ」
「待って!」
感覚共鳴ですぐに言葉を差し込んできたのはシャイルだった。ここにいるメンバーで誰よりも狂気を知る者だ。
その彼女が止めたとしても、キーラは制止を振りきると心に決めていた。
「止めても無駄よ、シャイル。こればかりは親友の言葉でも聞けない」
「そうじゃないわ。私も一緒に共鳴してほしいの」
シャイルには分かった。エストと感覚共鳴することでエストの苦しみは分散される。
しかし圧倒的な狂気密度を前に、キーラ一人が共鳴したところでキーラが壊れる上にエストの苦しみも大して軽減されない。
だから、少しでも分散効果を高めるために自分もと志願したのだ。
「シャイルさん、そこに勝機はありますのね?」
もう一人、共鳴内の会話に入ってきた。リーズ・リッヒだ。
本来であれば質問をせずともその答えまで分かるのが感覚共鳴だが、キューカも弱っているのだろう。意思疎通のために脳内会話を必要とするのが現状。
しかし遠く離れた場所にいても、声が出せない者がいても、メンバー全員が互いの意思を聞けることは何よりも重要だった。
「勝機があるとは言い難いわ。ゼロではない、程度のことしか言えない。どちらかといえば、これは私たちのエゴ。ほら、私もキーラもエストのことが好きだから」
「そうですか。でしたら、わたくしも入れていただけるかしら? その、わたくしも、エストさんのこと、そのぉ……、好き……、ですから……」
リーズのいまの言葉には勇気があった。自ら狂気へと飛び込む勇気と、みんなつながった状態でエストへの気持ちを告白した勇気が。
彼女の姉妹も親戚も聞いているこの場で、お嬢様としてプライドの高いリーズが、みんなの前でエストへの気持ちを告白したのだ。しかもエスト本人につなげば、具体的に言葉にしたこの記憶も共有されてしまう。
そんな彼女にほんの少し勇気を分けてもらった者が、次に名乗りをあげた。
「私もつないでもらっていいだろうか。勝機がゼロでないのなら、私もともに戦いたい」
リーン・リッヒだった。彼女はリーズとは直接の姉妹ではないが、リッヒ家で落ちこぼれと呼ばれたリーズが示した勇気に感銘を受けた。
そうやって、次々に志願者が増えて、ドクター・シータとキューカを残してほかの全員がエストとつながることになった。キューカはもちろん感覚共鳴を維持するために残らなければならなかったが、ドクター・シータだけは別の理由で残ることを宣言した。
「私はそこの惨めなゲスと心中するなんてごめんだね。私は外してくれよ、キューカ君。ま、カケラの足止めくらいは引き受けてやるがね」
一人でカケラの相手をするのも大概に酷な任務だ。
ドクター・シータの言葉は本心からのものか、プライドの高さゆえに憎まれ口を叩いて酷な任務を引き受けたのか、感覚共鳴が弱まっているいまは誰にも分からなかった。
「頼んだぞ、最強のイーター殿」
盲目のゲンは後者で捉えたようだ。
「それじゃあいくのよ。ここからは全力を振り絞るから記憶や思考、感覚もすべて共有されるけれど、あたくしはつながらないから、共鳴を切ってほしいと願うだけでは気づけないのよ。だから覚悟するのよ。よろしいの?」
「うん!」
「ええ!」
「はい!」
「おうともよ!」
「やって!」
そして、キューカとドクター・シータ以外の全員がエストと感覚共鳴でつながった。
戦っているというよりは、ドクター・シータがカケラに一方的に攻撃しているだけで、カケラはまったく動く様子はなく、それでいていっさいのダメージが通っていなかった。
早く戻らなくては。学院の屋上に突っ伏しているキーラは、そう思って上体を起こそうと両腕に力を込めるが、体が重くて動かない。
カケラから受けたダメージが大きくて腕に力が入らないのだ。戦う意思はあるのに、体がついてこない。しばらく動けそうにない。
何かできることはないか。そう思案するキーラの視界には、ゲス・エストが霞んで映る。
彼はまだうずくまって震えていた。彼が落ち着く様子はまるでない。
カケラとも仲間とも接触のない現時点では彼を苦しめる要素は何もないはずなのに、ずっと何かに苛みつづけている。まるで殺人鬼に追い立てられているかのように。
「キューカ、聞こえる?」
キーラは思いついたことがあってキューカに呼びかけた。感覚共鳴はまだ生きていて、エスト以外の全員とつながっている。
キューカは意識を保っているはず。直接キーラの言葉が聞こえなくとも、その心の声は聞こえるはずだ。
「聞こえるのよ」
キーラは心の声が返ってくると思っていたが、キューカは意外にも近くに倒れていて直接返事が返ってきた。
エストとは反対方向に頭の向きを変えると、そこには鮮やかなオレンジのウィッグが入った黒髪をした、黒いローブを着た女性が仰向けに寝ていた。
「あのね、お願いがあるの。みんなからあたしを切り離して、あたしだけエストとつないでほしいんだけど、できる?」
共鳴した感覚がいっせいにざわついた。
そのざわつきの理由は言うまでもないが、キューカがそれを言葉にして確認を取る。
「それ、本気なの? そんなことをしたらキーラも狂気に汚染されるのよ。エストさんはとても精神がタフな人だからギリギリ持ち堪えているのよ。そこにほかの人がつながったら、その人は一瞬でぶっ壊れてしまうのよ」
それはキーラも分かっていることだった。その上で言っている。
「構わないわ。やってちょうだい。精神負担が分散できるのか分からないけれど、少しでもエストの負担を和らげられる可能性があるのなら、それでいいわ」
「待って!」
感覚共鳴ですぐに言葉を差し込んできたのはシャイルだった。ここにいるメンバーで誰よりも狂気を知る者だ。
その彼女が止めたとしても、キーラは制止を振りきると心に決めていた。
「止めても無駄よ、シャイル。こればかりは親友の言葉でも聞けない」
「そうじゃないわ。私も一緒に共鳴してほしいの」
シャイルには分かった。エストと感覚共鳴することでエストの苦しみは分散される。
しかし圧倒的な狂気密度を前に、キーラ一人が共鳴したところでキーラが壊れる上にエストの苦しみも大して軽減されない。
だから、少しでも分散効果を高めるために自分もと志願したのだ。
「シャイルさん、そこに勝機はありますのね?」
もう一人、共鳴内の会話に入ってきた。リーズ・リッヒだ。
本来であれば質問をせずともその答えまで分かるのが感覚共鳴だが、キューカも弱っているのだろう。意思疎通のために脳内会話を必要とするのが現状。
しかし遠く離れた場所にいても、声が出せない者がいても、メンバー全員が互いの意思を聞けることは何よりも重要だった。
「勝機があるとは言い難いわ。ゼロではない、程度のことしか言えない。どちらかといえば、これは私たちのエゴ。ほら、私もキーラもエストのことが好きだから」
「そうですか。でしたら、わたくしも入れていただけるかしら? その、わたくしも、エストさんのこと、そのぉ……、好き……、ですから……」
リーズのいまの言葉には勇気があった。自ら狂気へと飛び込む勇気と、みんなつながった状態でエストへの気持ちを告白した勇気が。
彼女の姉妹も親戚も聞いているこの場で、お嬢様としてプライドの高いリーズが、みんなの前でエストへの気持ちを告白したのだ。しかもエスト本人につなげば、具体的に言葉にしたこの記憶も共有されてしまう。
そんな彼女にほんの少し勇気を分けてもらった者が、次に名乗りをあげた。
「私もつないでもらっていいだろうか。勝機がゼロでないのなら、私もともに戦いたい」
リーン・リッヒだった。彼女はリーズとは直接の姉妹ではないが、リッヒ家で落ちこぼれと呼ばれたリーズが示した勇気に感銘を受けた。
そうやって、次々に志願者が増えて、ドクター・シータとキューカを残してほかの全員がエストとつながることになった。キューカはもちろん感覚共鳴を維持するために残らなければならなかったが、ドクター・シータだけは別の理由で残ることを宣言した。
「私はそこの惨めなゲスと心中するなんてごめんだね。私は外してくれよ、キューカ君。ま、カケラの足止めくらいは引き受けてやるがね」
一人でカケラの相手をするのも大概に酷な任務だ。
ドクター・シータの言葉は本心からのものか、プライドの高さゆえに憎まれ口を叩いて酷な任務を引き受けたのか、感覚共鳴が弱まっているいまは誰にも分からなかった。
「頼んだぞ、最強のイーター殿」
盲目のゲンは後者で捉えたようだ。
「それじゃあいくのよ。ここからは全力を振り絞るから記憶や思考、感覚もすべて共有されるけれど、あたくしはつながらないから、共鳴を切ってほしいと願うだけでは気づけないのよ。だから覚悟するのよ。よろしいの?」
「うん!」
「ええ!」
「はい!」
「おうともよ!」
「やって!」
そして、キューカとドクター・シータ以外の全員がエストと感覚共鳴でつながった。
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