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最終章 狂酔編

第269話 カケララ戦‐リオン帝国⑥

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 カケララの白桃のように白い顔が、どんどん赤く熟していく。
 それは彼女自身が言うとおり、恥じらいではなく怒りなのだろう。カケララをここまで怒らせてこの後どうなるか、それを考えると二人の男は恐くて仕方がない。

 しかし逃げ出すわけにはいかないし、カケララ相手に逃げられるわけがない。
 だから立ち向かうしかない。
 恐さが増すほど覚悟も大きくなり、白いオーラが増す。
 実際、怒り具合に反してカケララはすぐに手を下そうとしてこない。

「軍事さん、知っておりますかな? 女性というのは三度変わるんですよ。一度目は恋人になったとき、二度目は結婚したとき、三度目は子供ができたとき。人にもよりますが、たいていはこの三回に分けて本性をあらわにしていくんですよ。恋人になるとワガママになり、結婚するとロボットみたいに非情になり、そして子供ができると鬼に豹変する。でもあそこで鬼みたいに顔を赤くした悪魔みたいなドギツイ女性というのは、案外逆方向に変わったりするものです。人に尽くすタイプになったりね」

「ほう、それは見ものですな、工業殿」

 過激さを増す挑発。
 カケララはコメカミに血管を浮き上がらせた。

「貴様ぁあ! おまえの子供をミンチにして、おまえの口に詰め込んでやる。それから、ビジネス用語で感想を言わせてやるぞ! 軍人のほうは百種の苦痛を与えて九分殺しだ!」

「こうも感情をあらわにしていると、なんだか可愛く見えてきましたな、工業殿」

「ええ、これがギャップ萌えというやつですぞ、軍事さん。あの妖艶ようえんな見た目で、実は下世話で、そのくせしてすぐ取り乱す。二段構えのギャップ持ちとは逸材ですな」

 ロイン大将とモック工場長はそう言うと笑い合った。大笑いした。

 二人自身、挑発すればするほどカケララへの恐怖心は高まっていくことは自覚しているし、それがカケララに筒抜けなのも承知している。
 ひたいに粒の汗を浮かべながらも、無理やり渾身こんしんの笑い顔を作る。

 だからこそカケララの怒りは増した。
 もはやカケララには二人の言葉の内容など関係なくなっていた。
 恐いくせにそれを乗り越えて自分を挑発してくるという強靭な胆力を、下等な存在のくせに超上格なる自分に対して見せつけてくる気概が腹立たしい。

「あ、工業殿、一つだけ貴殿にも言っておくことがありますぞ。私はまだあきらめてはいませんからな。もし離婚することになったら教えてくださいよ」

「おや、さっきの鬼嫁のくだりはあなたへの牽制けんせいだったのですが、効かなかったようですね」

 いまこの瞬間、会話がカケララに対するものではなく二人の男の互いの話になったこの瞬間、二人の男のまとう白いオーラの膨張が止まった。
 カケララはこの瞬間に二人をほうむろうと決め、そして動こうとした。

 だが、再びカケララは動きを止めることになる。

 モック工場長とロイン大将の後方で強烈な白光が生じ、それが治まったときにはキーラの隣にもう一人制服の少女が立っていた。
 キーラと背丈も体型も髪型も似ている。キーラと左右対称のサイドテールで、二人並んだらツインテールになる。
 顔はキーラとは対照的に若干垂れ目で泣きボクロを蓄えている。
 キーラが小悪魔的な美少女なら、彼女は天然の垂らし込み素質を持った美少女だった。

「まさかこのタイミングで精霊が人成するとは……」

「フフッ、二人とも、ありがとう。なんだか吹っ切れたわ」

 キーラにはカケララが絶対的な存在という認識があり、その言葉にも相応の重みがあった。
 しかし、蓋を開けてみれば二人の大人にいいようにあしらわれて取り乱すお子様。こんな奴にいいようにもてあそばれていたなんて、キーラのプライドが許せない。
 その境地に至ることで、隕石のように重かった言葉は石ころくらいの軽さになった。

 キーラの精霊が人成したことも驚きではあったが、カケララにはそれ以上に気になるものがあった。

「貴様、何だ、そのオーラは……」

 立ち上がったキーラからは、モック工場長やロイン大将をも上回る量の膨大な白いオーラが放出されている。
 カケララはふと気づいて空を見上げると、空は白い雲海に覆われたかのように真っ白になっていた。

「決めたのよ、あたし。諦めないって。活路が見えたわけじゃないけれど、少なくともつまずくのはいまここではない。たとえエストとエアが結婚したとしても、あたしはエストを諦めない。ロイン大将さんのようにね。この先何があろうと、あたしは絶対に諦めない。そう決めたのよ!」

「あなた、何の話をしているの……」

 二人の男に気を取られすぎたカケララは、一瞬理解が追いつかなかった。

 キーラの白いオーラは、カケララへの恐怖を克服しようとして生まれたものではなかった。エストへの気持ちを貫き通すという自分自身への覚悟として生まれたものだった。
 しかしキーラのオーラをここまで大きくしたのは、間違いなくカケララだった。カケララがキーラに対して潜在していたネガティブ要素をすべて突きつけたために、それを克服する覚悟もすさまじいものとなったのだ。

「待ってたぜ、お嬢ちゃん!」

「キーラさん、決定打にはあなたをアサインしますよ」

 キーラが歩み寄り、煙の鎧を着たモック工場長と鉄の鎧を着たロイン大将の間に、雷の鎧をまとったキーラが並んだ。

「二十秒だけ時間を稼げますか?」

「十秒ならギリギリ大丈夫か……、え、二十秒?」

 ロイン大将とモック工場長の目算は同じだったようで、二人は困って顔を見合わせた。
 しかし、いまこのとき、仲間はもう一人いる。

「大丈夫だよ。あたいがサポートする。あたいの魔術は判断力操作。判断力を弱らせることもできるし、逆に判断力を強化することもできる。常に最善の一手を打てるよ。お二人さんなら、最高のパフォーマンスを発揮できればやれるでしょ?」

 人の姿となったスターレは、マインドコントロールの実力を示すために自分自身に魔術をかけて白いオーラをまとってみせた。

 二人はスターレを見てから再び互いに顔を見合わせた。
 もちろん、最善手というのは自分が出しうる答えの範囲においての最善手であって、自分の能力を超えた判断を下せはしない。
 しかし二人はいくつもの修羅場を越えてきた貫禄のあるベテランだ。

「もちろんだとも」

「必ず結果をコミットしますよ」

 キーラとスターレは顔を見合わせて微笑ほほえんだ。

 精霊が人成して魔術師となったとき、魔導師と魔術師は互いに長く連れ添った相棒として接するケースと、初対面の人間として接するケースに分けられる。
 キーラとスターレの場合は前者だった。
 精霊時代、キーラはスターレが大好きだったし、スターレもそんな感情をかてに成長したのだ。前者になるのは必然のこと。

「スターレ、二人を頼んだよ」

「キーラ、世界を頼んだ」

 二人がハイタッチで小気味のいい音を響かせると、二人のまとう白いオーラはよりいっそう大きくなった。

 スターレがモック工場長とロイン大将の背中をボンと叩いた。
 それを合図に二人はカケララの方へと飛び出していった。
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