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第六章 試練編

第227話 最後の報酬(エスト)

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 前のめりに期待の眼差しを送るエアに、ネアは愛想笑いを返した。

「第一試練の報酬の藍玉は君にも使えるし、第二試練の報酬はゲス・エストの空気魔法が概念化したことによって、間接的に君も空気の概念化魔法が使えるようになっているよ」

 つまり、第一試練と第二試練において、エアはまったく報酬をもらっていないわけではないということだ。
 エアは反論しないまでも、ほおを膨らませて納得していないことをアピールした。
 それでもネアは動じない。

「安心してくれ。今回の報酬はエストとエア、それぞれに別のものが与えられるから」

 白いテーブルの上に湯のみがポンッポンッポンッと連続的に出現し、ネアがそれを手にとって口につけた。
 俺は湯のみの中を覗き込んでから口に運ぶ。中身は緑茶だった。

「緑茶って、報酬がヘボいから落ち着かせようって魂胆じゃねえだろうな」

「とんでもない。そもそも、第三試練のいちばんの目的は、試練をクリアして報酬を獲得してもらうことなんだからね」

 自分でハードルを上げるとは、よほどすごい報酬なのだろう。まさかネアともあろう者が売り言葉に買い言葉で言ってしまったわけではあるまい。

 エアがズズズッとお茶をすすると、エアの前にだけチョコレートの盛られた小皿が出現した。
 どうやらエアの欲求に従って出現したもののようだ。便利な世界だこと。

「で、その報酬とは?」

 催促すると、普段はあまり表情を変えないネアがニヤリと俺に笑みを送ってから言う。

「まずはゲス・エスト。君は二種類の報酬から一つを選ぶことができる。一つ、全能力の解放。二つ、空気操作の絶対化。この二つのどちらか好きなほうを選んでくれ」

「どっちもすごそうな報酬だが、まずは説明してくれ。それぞれどういうものかってのをな」

「もちろんさ。まずは全能力の解放。これは魔導師の場合、すべての魔法を使えるようになる。やろうと思えば同時に複数の魔法を使うことだってできる」

 これは強い。いうなれば、エアの魔術の完全上位互換ということになる。
 すべての魔法の中には当然ながら概念種も入るわけで、それをすべて使えるとなると、強さの次元がまるっきり違う。
 しかし、だからといって安易に飛びついてはいけない。何事もいろいろと確認しておくことが重要だ。

「やろうと思えば? 魔法の同時発動は難易度が高いってことか。しかも、空気以外の魔法は熟練度がゼロからスタートになるわけだな?」

「そうだね。そのとおりだよ」

 全能力の解放。まず間違いなく空気操作の絶対化よりもこちらのほうが強い。
 しかしもう一方の説明も聞いた上で判断すべきだ。

 俺がネアに早く二つ目の候補について説明するよう促すと、ネアは一つ目のほうでもっといろいろ訊かれると思ったのか、俺の催促を意外そうにした。
 だが切り替えは早く、すぐに二つ目の説明に移ってくれた。

「次に空気操作の絶対化。これは君の空気の操作が絶対に実行されるようになる。言い換えると、君の操作する空気が最優先物質となるということだ。通常は気体がいちばん優先度が低くて固体が最も高いけれど、そういった関係性を無視して君のイメージどおりに空気が動いてくれる。ただし、神器だけは例外だけれどね」

「空気で押せば、鉄塊すらも簡単にペシャンコにできるってわけか」

 だが、いまの俺はすでに固体にも勝てるくらいイメージ力を鍛えて強くなっている。
 もちろん、絶対化によって軽いイメージで固体に勝てるというのは魅力的だし、どんなに相手がすごいイメージ力を持っていても勝てるというのは強力だ。だが、一つ目の報酬ほど飛びつくレベルではない。

「さあ、ゲス・エスト。君はどちらの報酬を選ぶ?」

 ネアはきっと俺の思考速度を買いかぶっているのだろう。あんまり俺に考える時間をくれない。
 そうは言いつつも、俺はすでにどちらを選ぶか決めている。
 ただ、その前に確かめたいことがある。

「いちおう訊くが、両方は無理なのか? 紅い狂気を倒してほしいんだろ?」

 ネアもその質問を予想していたようで、即座に回答をよこした。

「それは君のスペック的に無理だよ。両方あげたりなんかしたら、どちらの能力も半端になってしまって、本来得られたはずの強さが台無しになってしまう」

 絶対にケチケチした理由だと思ったら、逆に配慮されていた。
 たしかに中途半端になってしまうのは一理ある。単純に選択肢は迷いとなり、真剣勝負においてほんの一瞬の迷いが命取りになることもある。
 どうやら片方を選ぶしかなさそうだ。

「そうかよ。じゃあ二番にしてくれ」

「え? エスト、二番でいいの!?」

 ネアは驚かなかったが、エアが驚いた。
 エアのために二番を選択した理由を説明する。

「どんな魔法でも使えるというのはたしかにすごいが、使いこなせるようになるまでに時間がかかりすぎる。決戦はすぐそこまで迫っているんだ。練習して慣れるための時間なんかない。それに魔法の絶対化は、気体を使う魔導師にとっては極めてありがたいものだ。空気の操作は概念化するほど使いこなしているから、魔法が絶対化したところで特別な練習も必要ない」

 もちろん、紅い狂気との決戦が迫っていなければ間違いなく全能力の解放を選んでいただろう。
 しかし運命の時が目前に迫っているという条件下においては、これがベストの選択だ。

「なるほどね。考え方を参考にさせてもらうわ」

 エアが微笑ほほえみ、ネアが微笑む。
 俺の選択に否定意見はない。

 ネアの言葉に従い、俺はネアと向かい合って立った。
 ネアが両手で俺の肩を掴んだと思ったら、ネアの全身が白く光り、それが腕を通して俺の体へと流れ込んできた。最後に俺の全身が白く光って、報酬の授与は完了した。

 試しにネアが出現させた一立方メートル程度の鉄塊を円柱状の空気で挟んでみたが、鉄が空気と空気の間からすべて逃げてドーナツ形状へと変化した。

「軽くイメージしただけでこれか。すごいな」

「ねえ、ネア。私の記憶再現魔術による空気魔法も絶対化されるの?」

「残念ながらそれはないよ。絶対化は魔法ではなく特性や能力みたいなものだからね」

 概念化に加えて絶対化まで再現されてしまったら、俺はエアのかて・肥やしでしかなくなってしまう。
 それでも俺には神器があるから、たとえエアが絶対化まで再現したとしても俺は勝ちを譲る気はない。

 俺は神器との関係性を確かめておくべきと考え、エアに藍玉を渡して機工巨人を召喚してもらい、機工巨人と空気巨人とで腕相撲をしてみた。
 機工巨人は神器であるため、まるで歯が立たなかった。
 俺の空気は神器に次ぐ優先度というわけだ。

「まあ、こんなもんだろう。上等、上等」

 さて、次はエアの番だ。
 紅い狂気が相手の場合、誰か一人が飛び抜けて強すぎると非常にまずい。そいつが操られたら終わりだからだ。
 だからエアにも俺と同じくらい強くなってもらわなければならない。
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