上 下
213 / 302
第六章 試練編

第212話 天空遺跡

しおりを挟む
 見渡す限りの海。見渡す限りの空。
 快晴と呼べるほど雲は少なくまばらだった。
 そんな澄み渡った青空の中にポツンと黒い点が漂っている。
 それこそが天空遺跡だった。

 俺とエアは顔を見合わせてうなずくと、重力とは反対方向にビューンと飛んだ。
 辿り着くまでには三分ほどかかった。俺たちのスピードで三分もかかるということは、この遺跡は相当な高度にあるということだ。感覚的には時速百五十キロくらいだったので、ざっくり計算すると約三万キロの高さということになる。

 黒い点に見えていた遺跡を間近で見ると、ピラミッドのようなカラシ色の大石の連なりであることが分かった。
 全景は立方体を斜めにして角を天と地に向けたような構造だが、それがあまりにも巨大で、諸島連合の島一つ分という話が大袈裟ではなかったことを知る。
 水平方向の角に穴が開いており、そこが入り口になっているようだった。
 この遺跡は迷路になっているらしいが、いかにも罠が待ち構えている雰囲気があり、ワクワクと不安がないまぜになる。

「エア、慎重に行くぞ」

「うん。分かってる」

 俺は空間把握モードを展開した。遺跡の中にある空気への魔法リンクをどんどんつなげていき、探知網を張り巡らせていく。
 中はそうとう厄介な迷路になっていて、紙に描き起こしたとしてもかなり苦戦する迷路だった。

「暗いな。エア、いちおう明かりを頼めるか?」

「空間把握モードの探知に集中したほうがよくない?」

「情報量は多いほうがいい。視覚でしか捉えられないものもあるからな」

 エアは遺跡に入りながら指先に光をともした。
 指先に浮く小さな光の玉を俺に渡そうと振り向いた彼女は、俺の後方に目をやった。

「本当だ……、逃げて!」

 俺も後ろを振り向くと、そこには入り口をふさぐほどの大きさの黒い球体があった。
 後方には空気の操作リンクを張っていなかったが、張ろうとしてもなぜか張れなかった。
 輪郭りんかくがぼやけてはっきりと形を確認できないが、なんとなく球体状をしているらしい黒い塊が、俺たちの方へと近寄ってきていることだけは分かった。

「エア、何か投げてみろ。アレの性質を知りたい」

 エアが球体へ向けて指先から光線を放った。
 しかし球体に変化はない。光を吸収したのか、かき消したのか、それともただ通り抜けたのか、ぜんぜん分からなかった。

 俺たちは前方へと飛んで進みながら後方の黒い球体を警戒しつづけた。

「石を出せるか?」

「うん」

 エアは今度は手のひらに石を生み出し、それを黒い球体に向けて投げた。すると、球体に近づいた石はバラバラに分解されて黒い球体に飲み込まれた。

「ブラックホールか!」

 もちろん本物のブラックホールではなく、似たような性質を持つ何かだろう。
 しかし同等の恐怖がそこにはあった。俺たちを飲み込もうと近づいてくるそれは、生命ではなく現象だからこそ恐ろしい。

「早く逃げよう、エスト」

「待て。これだけ試させてくれ」

 これが神の用意した試練のうちに含まれるのであれば、このブラックホールも神が創ったものであり、同じく神が創った神器級のものであれば干渉できるかもしれない。
 俺は神器・ムニキスをさやから抜いた。そして鞘のほうをブラックホールに近づけた。もちろん、刀本体のほうが分解されたら困るから鞘を使ったのだ。

「お……」

 結果、鞘は分解されず、吸い込まれもしなかった。
 俺はいけると確信した。魔法のリンクを斬る神器・ムニキスの力でこのブラックホールは消せる。
 俺は鞘を腰に戻して刀を握った。そしてブラックホールを斬りつける。

「――ッ!?」

 結果、ブラックホールは消えなかった。それどころか加速した。
 心臓が跳ねる中でとっさに後方へ飛んだ。かなり接近していたが、どうにか離れられた。

「エスト、危ない!」

 エアの叫び。俺はその声に反応しきれなかった。
 空気鎧越しではあるが、背中に何かがぶつかる衝撃を受けた。

「ぐわっ」

 この四角い洞窟のような穴をはりが横断していた。
 空気による探知はずっとしていた。ついさっきまではなかったものだ。この梁は突如として張り出してきたのだ。

「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!」

 梁が邪魔で後ろに下がれない。空気でへし折ろうにもビクともしない。
 そんな梁にはばまれて俺は動けない中、ブラックホールが加速しながら迫ってくる。

「うっ」

 俺の体はグイッとひっぱられた。下方へ、その後に後方へ。
 エアが梁の下から俺の足首を掴んでひっぱったのだ。
 髪が少し吸われた気がしたが、どうにか生き延びた。

「もう大丈夫だ!」

 俺とエアは次から次へと張り出す梁をかわしながら奥へと進む。
 ブラックホールは梁をすり抜けて追いかけてくる。遺跡には干渉しないようだ。

「もうすぐ最初の分岐点だ。右に行くぞ」

「分かった」

 遺跡はゴゴゴゴ、ゴロゴロゴロという音を立てだした。
 嫌な予感がする。

 俺とエアはY字路に差しかかった。そして迷わず右へと進んだ。
 俺はもう迷路を覚えている。ゴールは中央の大部屋だ。

「エスト!」

「マズイ、マズイ、マズイ!」

 通路が動いている。壁がグリグリと回転し、遺跡の内部が変形していく。
 石のこすれる音がすべてやんだと思ったら、俺とエアの通路は一本道になり、その先にあるのは行き止まりだった。
 後ろからはブラックホールが追いかけてくる。加速している。
 俺たちも壁に向かって加速するしかない。
 壁がどんどん近づいて目前まで迫っている。

「エア、闇、外!」

 俺は必要最小限の言葉で指示を出し、おそらく同じ考えを持っていたであろうエアがそれを実行に移す。
 エアは影を正面に伸ばして広げ、それをワープゾーンにした。そこへ二人で飛び込む。

「…………」

 俺とエアは遺跡の外にいた。ワープゾーンはもう消えており、ブラックホールも追いかけてこない。

「振り出しね」

「ワープで一気にゴールまで行くことはできないのか?」

「無理。さっきワープホールを作って分かったけれど、遺跡の外側には移動できても内側には移動できないみたい。また入り口からやり直すしかないわ」

「そうか。いや、まあ、情報は増えた。次は少しじっくりと確認する」

「私は少し休むね」

「ああ」

 俺は遺跡の中に空間把握モードを展開し、そのまましばし待機することにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽物の女神と陥れられ国を追われることになった聖女が、ざまぁのために虎視眈々と策略を練りながら、辺境の地でゆったり楽しく領地開拓ライフ!!

銀灰
ファンタジー
生まれたときからこの身に宿した聖女の力をもって、私はこの国を守り続けてきた。 人々は、私を女神の代理と呼ぶ。 だが――ふとした拍子に転落する様は、ただの人間と何も変わらないようだ。 ある日、私は悪女ルイーンの陰謀に陥れられ、偽物の女神という烙印を押されて国を追いやられることとなった。 ……まあ、いいんだがな。 私が困ることではないのだから。 しかしせっかくだ、辺境の地を切り開いて、のんびりゆったりとするか。 今まで、そういった機会もなかったしな。 ……だが、そうだな。 陥れられたこの借りは、返すことにするか。 女神などと呼ばれてはいるが、私も一人の人間だ。 企みの一つも、考えてみたりするさ。 さて、どうなるか――。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...