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第五章 王国編
第189話 人形の本性
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「度し難い。実に度し難い」
騎士団長がミューイに対して振り下ろした剣は、ミューイに到達していなかった。
剣とミューイの間には、布の塊があった。ヌイが剣を受けとめていた。
「助かった……。ヌイ、あなたが助けてくれたのね? あれ? ちょっと待って。いま、喋ったわよね? ヌイ、あなた喋れるの!?」
そう、先ほどの声はヌイの声だったのだ。声色は子供のように高いが、喋り方は気難しい軍人みたいでかわいげがない。
「コイツッ!?」
騎士団長はとっさに飛び退いた。
周囲の王立魔導騎士や王国騎士たちもすぐさま臨戦態勢を取る。
「ミューイ様、そいつは何なんですか。イーターですか、布なのになぜ切れないのですか、なぜ喋れるのですか、なぜあなたを守っているのですか、なぜなぜなぜなぜ!」
騎士団長は早口でまくし立てたが、その怒涛の質問はミューイには覚えきれなかったし、どうせミューイにも分からないことしかなかった。なので、ミューイは騎士団長を無視した。
「ヌイ、頼っていいのね? 私があなたを守らなきゃって思っていたけれど、本当はあなたは強くて、私のことを助けてくれるのね? 相手は王国最強の魔導師で勝ち目はないけれど、一緒に戦いましょう!」
ヌイはフワリと浮いて、肩を竦めた。
そして、こう言った。
「必要ない。この程度なら一人で十分」
ヌイがマントを脱ぐ。
ヌイは熊のぬいぐるみだが、その姿は毛がフサフサのテディベアで連想されるような立派な代物ではない。茶色い布を張り合わせて中に布をつめただけ、みたいな人形である。
ヌイが右手を左から右へと薙ぐように振った。
その瞬間、ミューイたちを取り囲んでいた王国騎士や王立魔導騎士たちは吹き飛んで、それぞれ壁や物にぶつかって気絶した。
騎士団長も飛ばされたが、空中で減速してどうにか無事に着地した。
「馬鹿な。この惨状はいまのひと振りが引き起こしたというのですか」
さすがに強すぎてミューイまでも引いてしまった。出会ったときはハリグマに襲われていたではないか。
「もしかして、あのとき、私がでしゃばったせいで戦えなかったの?」
二人が出会ったあのとき、ミューイはヌイを抱きかかえるようにかばってハリグマの爪に背中を裂かれた。そのときの恐怖は、思い返せばいつでも鮮明に蘇る。
「あのときは見定めるために、あえて何もしなかった」
「見定める……?」
「この数日間、シミアン王国という国を、王家を中心に見定めさせてもらった。その結果を順に言おう。国王、モウロクしている。王妃、王家の器ではない。第一王子、度し難い。第一王女、度し難い。第二王女、度し難い。第三王女、見所はあるが非力。最後に王立魔導騎士団長、芯がなく力も半端なくせに地位や権力だけは誇示する愚か者」
ミューイはヌイの言葉に対しての感想を抱くより先に、騎士団長の顔に気を取られた。騎士団長がコメカミから頬にかけてビキビキビキと血管を浮き上がらせ、顔を真っ赤にしていたからだ。
さっきも見た光景だが、おそらくさっきよりも怒っている。そう判断する根拠は、騎士団長が剣を収めて両手を背中に回したところにある。そこから取り出したのは二つのチャクラム。騎士団長が本気モードのときにしか使わない武器だ。
チャクラムというのは円月輪とも呼ばれる武器で、金属製の輪の外側に刃が付いている投擲武器である。
チャクラムは飛距離こそ強みになり得るが、通説では威力には期待できないし正確な狙いをつけるのも難しい。
だが、付与の魔法を使う騎士団長が使えば、この武器は絶大な殺傷能力を有する。
「どちらが愚か者か理解させてあげますよ。私を侮ったことを後悔しなさい!」
騎士団長は両腕を大きく振って、左右の手に持ったチャクラムを同時に放った。右のチャクラムはヌイの顔を、左のは足の付け根をめがけて飛んだ。
高速回転し、目で捉えきれないスピード。
だがヌイは体を水平になるよう捻って二つのチャクラムの間を潜った。
ヌイを通りすぎたチャクラムはUターンして騎士団長の方へと戻っていく。
通常、チャクラムは一度投げたら、あとで回収しに行かなければならない。
だが騎士団長は《軌道》をチャクラムに付与しているため、投げるときに思い描いたとおりの動きをするのだ。
そして騎士団長は自分の靴や服にも付与を与え、高く跳躍しながら体を捻って宙返りする。
チャクラムが帰ってきたのは、騎士団長がちょうど空中で倒立姿勢になったところだ。彼はチャクラムをキャッチしてそのまま体を高速で自転させ、再び両手からチャクラムを放った。
騎士団長のアクロバティックな投擲に呼応したかのうように、二つのチャクラムが平行に向き合った状態を保ち螺旋を描きながら飛んだ。スピードもグンと増している。
「ふん」
だが、ヌイは騎士団長の第二投すらも見切っていた。ヌイはあえて騎士団長の動きを真似て、空中の倒立姿勢になり、チャクラムを叩き落そうと右手をチャクラムに振り下ろした。
「ヌイッ!」
ミューイは思わず息を呑んだ。ヌイの右手は切断された。騎士団長の強さを再度認識する一方で、彼女の関心はヌイの右手の中身だった。
綿か、イーターの肉体か、布の中には何が入っているのか、それはずっと気になっていることだった。
「叩き落せるとでも思いましたか? 馬鹿め馬鹿め馬鹿め、愚か者め! 《軌道》を付与したからには障害物があろうとも絶対にその軌道どおりに動きますよ。おまけに《超速》と《絶対切断》を付与していますからね。近接戦闘でも負けませんが、遠距離戦闘はもっと得意なんですよ!」
得意気にそう言い放った騎士団長だったが、ミューイは騎士団長よりもヌイに対してあっけにとられていた。
なんと、ヌイの腕の中は空洞だった。綿も入っていないし、中にイーターがいてヌイを動かしているわけでもない。中には何もない。
帰ってきたチャクラムを両手に納めた騎士団長も、ようやくヌイの内部を認識して少し驚いた様子を見せた。
「布の操作型の魔導師、といったところですか。気絶した王国騎士の中に紛れているのでしょう? 狸寝入りしていないで正体を現しなさい!」
だが、気絶した王国騎士たちに反応はない。反応があるはずもない。
「おい、おまえの頭の中こそ空洞なんじゃないか?」
ヌイの高めの声。その声だからこそ、騎士団長は余計に腹を立てさせられる。
「なんだと? この私に、いま、なんと言いました?」
「二度も言わねーよ、脳無し。布の操作でこんなことができるかよ」
ヌイの口調がやさぐれてきたが、それとは裏腹に脅威は余計に高まった。
ヌイが左手を騎士団長に向けると、騎士団長は苦しみ出した。騎士団長の両手は首元で何かを掴もうとしているようだった。まるで首に透明なロープが巻きついて首を締め上げているように。
首を絞めるものの正体が分からず掴めないと悟ると、騎士団長は再びチャクラムを投げた。大きな予備動作をせずとも《軌道》や《速度》を付与すれば十分な威力を出せる。
二つのチャクラムは予測不能なデタラメな動きでヌイへと飛んでいき、ヌイを中心とした一メートル程度の球状範囲内を高速で縦横無尽に飛びまわった。
さすがにヌイの体は切り刻まれ、細切れの布片と化してしまった。さっきまでヌイは空中で静止していたが、小さい布切れの集合体はヒラヒラとフラワーシャワーのように地上へ舞い落ちていく。
いつのまにか騎士団長の首を絞める謎の力も解除されていた。
「久しぶりに疲れましたよ。さて、終わりにしましょう。次はあなたです、姫様」
肩で息をする騎士団長だったが、その顔は狂喜に満ちていた。彼はミューイを殺せることが嬉しいのではない。腹立たしい得体の知れない布の怪物に勝利したことが嬉しいのだ。
状況的に処刑を愉しむ狂人に見えてしまっているが、単純に、純粋に、自身が最強であるという崩れかけた自負を守り通せたことが嬉しかったのだ。
ミューイは今度こそ終わりかと覚悟を決めかけていが、何かゴーッという音が聞こえてきて空を見上げた。
ミューイだけでなく、騎士団長も、そしてようやく意識を取り戻しはじめた王国騎士や王立魔導騎士たちも、その全員が空を見上げた。
そして、皆が目と口を大きく開いて固まった。
それもそのはず――。
――空には無数のヌイが浮いていた。
騎士団長がミューイに対して振り下ろした剣は、ミューイに到達していなかった。
剣とミューイの間には、布の塊があった。ヌイが剣を受けとめていた。
「助かった……。ヌイ、あなたが助けてくれたのね? あれ? ちょっと待って。いま、喋ったわよね? ヌイ、あなた喋れるの!?」
そう、先ほどの声はヌイの声だったのだ。声色は子供のように高いが、喋り方は気難しい軍人みたいでかわいげがない。
「コイツッ!?」
騎士団長はとっさに飛び退いた。
周囲の王立魔導騎士や王国騎士たちもすぐさま臨戦態勢を取る。
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騎士団長は早口でまくし立てたが、その怒涛の質問はミューイには覚えきれなかったし、どうせミューイにも分からないことしかなかった。なので、ミューイは騎士団長を無視した。
「ヌイ、頼っていいのね? 私があなたを守らなきゃって思っていたけれど、本当はあなたは強くて、私のことを助けてくれるのね? 相手は王国最強の魔導師で勝ち目はないけれど、一緒に戦いましょう!」
ヌイはフワリと浮いて、肩を竦めた。
そして、こう言った。
「必要ない。この程度なら一人で十分」
ヌイがマントを脱ぐ。
ヌイは熊のぬいぐるみだが、その姿は毛がフサフサのテディベアで連想されるような立派な代物ではない。茶色い布を張り合わせて中に布をつめただけ、みたいな人形である。
ヌイが右手を左から右へと薙ぐように振った。
その瞬間、ミューイたちを取り囲んでいた王国騎士や王立魔導騎士たちは吹き飛んで、それぞれ壁や物にぶつかって気絶した。
騎士団長も飛ばされたが、空中で減速してどうにか無事に着地した。
「馬鹿な。この惨状はいまのひと振りが引き起こしたというのですか」
さすがに強すぎてミューイまでも引いてしまった。出会ったときはハリグマに襲われていたではないか。
「もしかして、あのとき、私がでしゃばったせいで戦えなかったの?」
二人が出会ったあのとき、ミューイはヌイを抱きかかえるようにかばってハリグマの爪に背中を裂かれた。そのときの恐怖は、思い返せばいつでも鮮明に蘇る。
「あのときは見定めるために、あえて何もしなかった」
「見定める……?」
「この数日間、シミアン王国という国を、王家を中心に見定めさせてもらった。その結果を順に言おう。国王、モウロクしている。王妃、王家の器ではない。第一王子、度し難い。第一王女、度し難い。第二王女、度し難い。第三王女、見所はあるが非力。最後に王立魔導騎士団長、芯がなく力も半端なくせに地位や権力だけは誇示する愚か者」
ミューイはヌイの言葉に対しての感想を抱くより先に、騎士団長の顔に気を取られた。騎士団長がコメカミから頬にかけてビキビキビキと血管を浮き上がらせ、顔を真っ赤にしていたからだ。
さっきも見た光景だが、おそらくさっきよりも怒っている。そう判断する根拠は、騎士団長が剣を収めて両手を背中に回したところにある。そこから取り出したのは二つのチャクラム。騎士団長が本気モードのときにしか使わない武器だ。
チャクラムというのは円月輪とも呼ばれる武器で、金属製の輪の外側に刃が付いている投擲武器である。
チャクラムは飛距離こそ強みになり得るが、通説では威力には期待できないし正確な狙いをつけるのも難しい。
だが、付与の魔法を使う騎士団長が使えば、この武器は絶大な殺傷能力を有する。
「どちらが愚か者か理解させてあげますよ。私を侮ったことを後悔しなさい!」
騎士団長は両腕を大きく振って、左右の手に持ったチャクラムを同時に放った。右のチャクラムはヌイの顔を、左のは足の付け根をめがけて飛んだ。
高速回転し、目で捉えきれないスピード。
だがヌイは体を水平になるよう捻って二つのチャクラムの間を潜った。
ヌイを通りすぎたチャクラムはUターンして騎士団長の方へと戻っていく。
通常、チャクラムは一度投げたら、あとで回収しに行かなければならない。
だが騎士団長は《軌道》をチャクラムに付与しているため、投げるときに思い描いたとおりの動きをするのだ。
そして騎士団長は自分の靴や服にも付与を与え、高く跳躍しながら体を捻って宙返りする。
チャクラムが帰ってきたのは、騎士団長がちょうど空中で倒立姿勢になったところだ。彼はチャクラムをキャッチしてそのまま体を高速で自転させ、再び両手からチャクラムを放った。
騎士団長のアクロバティックな投擲に呼応したかのうように、二つのチャクラムが平行に向き合った状態を保ち螺旋を描きながら飛んだ。スピードもグンと増している。
「ふん」
だが、ヌイは騎士団長の第二投すらも見切っていた。ヌイはあえて騎士団長の動きを真似て、空中の倒立姿勢になり、チャクラムを叩き落そうと右手をチャクラムに振り下ろした。
「ヌイッ!」
ミューイは思わず息を呑んだ。ヌイの右手は切断された。騎士団長の強さを再度認識する一方で、彼女の関心はヌイの右手の中身だった。
綿か、イーターの肉体か、布の中には何が入っているのか、それはずっと気になっていることだった。
「叩き落せるとでも思いましたか? 馬鹿め馬鹿め馬鹿め、愚か者め! 《軌道》を付与したからには障害物があろうとも絶対にその軌道どおりに動きますよ。おまけに《超速》と《絶対切断》を付与していますからね。近接戦闘でも負けませんが、遠距離戦闘はもっと得意なんですよ!」
得意気にそう言い放った騎士団長だったが、ミューイは騎士団長よりもヌイに対してあっけにとられていた。
なんと、ヌイの腕の中は空洞だった。綿も入っていないし、中にイーターがいてヌイを動かしているわけでもない。中には何もない。
帰ってきたチャクラムを両手に納めた騎士団長も、ようやくヌイの内部を認識して少し驚いた様子を見せた。
「布の操作型の魔導師、といったところですか。気絶した王国騎士の中に紛れているのでしょう? 狸寝入りしていないで正体を現しなさい!」
だが、気絶した王国騎士たちに反応はない。反応があるはずもない。
「おい、おまえの頭の中こそ空洞なんじゃないか?」
ヌイの高めの声。その声だからこそ、騎士団長は余計に腹を立てさせられる。
「なんだと? この私に、いま、なんと言いました?」
「二度も言わねーよ、脳無し。布の操作でこんなことができるかよ」
ヌイの口調がやさぐれてきたが、それとは裏腹に脅威は余計に高まった。
ヌイが左手を騎士団長に向けると、騎士団長は苦しみ出した。騎士団長の両手は首元で何かを掴もうとしているようだった。まるで首に透明なロープが巻きついて首を締め上げているように。
首を絞めるものの正体が分からず掴めないと悟ると、騎士団長は再びチャクラムを投げた。大きな予備動作をせずとも《軌道》や《速度》を付与すれば十分な威力を出せる。
二つのチャクラムは予測不能なデタラメな動きでヌイへと飛んでいき、ヌイを中心とした一メートル程度の球状範囲内を高速で縦横無尽に飛びまわった。
さすがにヌイの体は切り刻まれ、細切れの布片と化してしまった。さっきまでヌイは空中で静止していたが、小さい布切れの集合体はヒラヒラとフラワーシャワーのように地上へ舞い落ちていく。
いつのまにか騎士団長の首を絞める謎の力も解除されていた。
「久しぶりに疲れましたよ。さて、終わりにしましょう。次はあなたです、姫様」
肩で息をする騎士団長だったが、その顔は狂喜に満ちていた。彼はミューイを殺せることが嬉しいのではない。腹立たしい得体の知れない布の怪物に勝利したことが嬉しいのだ。
状況的に処刑を愉しむ狂人に見えてしまっているが、単純に、純粋に、自身が最強であるという崩れかけた自負を守り通せたことが嬉しかったのだ。
ミューイは今度こそ終わりかと覚悟を決めかけていが、何かゴーッという音が聞こえてきて空を見上げた。
ミューイだけでなく、騎士団長も、そしてようやく意識を取り戻しはじめた王国騎士や王立魔導騎士たちも、その全員が空を見上げた。
そして、皆が目と口を大きく開いて固まった。
それもそのはず――。
――空には無数のヌイが浮いていた。
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