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第五章 王国編
第180話 もう一つの契約(※挿絵あり)
しおりを挟む「ゴボッ」
目覚めた少女は、飢えを満たすかのように激しく呼吸をする。
ゆっくり目を開くと、青やら橙の仄かな光が空間を照らしていた。
「生きてた……」
少女の目尻から雫が零れ落ちた。助かったことへの安堵か、死にかけた体験への恐怖か。それは自分でも分からない。
だが、そんなことはどうでもいい。
池のほとりに横たわる少女は起き上がることができない。身体が石になったように硬直している。蓄積していた疲労が一気に解放されたような感覚だった。
「メ、サメタネ」
少女の顔を覗き込むのは鳥。黒い羽に鮮やかなオレンジのクチバシを持った鳥だ。
「あなた、喋れるのね。助けてくれてありがとう」
「オジョサン、オナマエハ?」
少女の息はまだ荒かった。しかし恩人に無視したと思われたくなくて、すぐ答えるよう努めた。
「私は、ミューイ」
「フルネーム、オシエテヨ」
少女はためらった。
だが、喋るとはいえ相手は鳥だ。
だから答えることにした。
「ミューイ・シミアン」
少女を覗き込む顔がコクッ、コクッと二度ほど傾げられた。鳥っぽい仕草だ。
「ミューイ・シミアン」
鳥が少女の名前を復唱した。間違いないか確認しているのだろうか。それとも自分が発音できることを確かめたのか。
「そうよ。それで、あなたのお名前は?」
「キューカ」
「キューカ? 変わったお名前ね。でも可愛いかも」
ミューイは右の手のひらを握ったり開いたりした。
疲労が背中から地面に流れていったように感じて、試しに体に力を込めると、起き上がれるほどの力は戻っていた。
「ミューイ。ワタシト、ケイヤク、スルヨロシ」
「そっか、あなた、精霊なのね。いいわ、契約する」
ミューイは人差し指を伸ばし、キューカの長くて立派なクチバシの先に触れた。
すると、ミューイの目に映る景色は、さっきまでと変わっていないはずなのにどこか違って見えた。
空気中を何かが動くのが見える。
振動?
いや、振動は振動でも、これは音のようだ。
「アナタ、イイケイヤクシタネ。サッキ、ワタシノモウシデ、コトワラレタ。ツチノコとケイヤクシタ。ゲンジュウシュ、タシカニツヨイ。デモ、ヒトノコトバシャベルセイレイ、ゲンジュウシュヨリキチョウ。ソシテ、ツヨイ」
キューカの声質も少し変わった。ノイズのような声が少しだけクリアになった。契約したからだ。人成が近づくにつれて、この子の声は美声になっていくのだろう。
「キューカ、私、帰らなきゃ。でも……」
ミューイは池を見つめている。元来た道はとてもじゃないが戻れる代物ではない。
「ミューイ、ミギカラキタネ。ミギ、イチバンケワシイ。ヨクイキテタネ」
「え? 右? 分かれ道があったの? ぜんぜん気がつかなかったわ」
罠を警戒しはじめるまでは、たしかに右の壁に沿って進んでいた。分岐点にも気づかず、右のハードルートを選択してしまっていたらしい。
ミューイは思わず深い溜息を吐いた。
彼女の人生はなにかと運が悪い。
今日だって馬車が脱輪したせいで立ち往生し、そこへイーターが襲いかかってきて走って逃げる羽目になった。しかもよりにもよってイーターはネームドイーターのハリグマだったのだ。
「ミューイ、マドウシニナッタ。オトノ、ソウサガタマドウシ。キキカイヒ、ユウリ」
ミューイはキューカの片言を復唱して自分の理解の助けとした。
「私は魔導師になったのね。音の操作型の魔導師。危機回避に有利なの?」
「チョウオンパデ、クウカンハアク。チイサイオトモ、ヒロエル。ニセモノノコエヲキカセテ、テキヲカクラン」
「超音波で空間把握、小さい音も拾える、偽物の声を聞かせて敵を撹乱。なるほど、便利な魔法ね」
「デグチ、アンナイスル。マンナカ、アンゼン」
「ありがとう。お願いするわ」
ミューイは羽ばたく黒い羽の後を追いかけた。
池に潜る必要なんてない。罠もないし敵もいない安全な地上の道をまっすぐに進んだ。
目覚めた少女は、飢えを満たすかのように激しく呼吸をする。
ゆっくり目を開くと、青やら橙の仄かな光が空間を照らしていた。
「生きてた……」
少女の目尻から雫が零れ落ちた。助かったことへの安堵か、死にかけた体験への恐怖か。それは自分でも分からない。
だが、そんなことはどうでもいい。
池のほとりに横たわる少女は起き上がることができない。身体が石になったように硬直している。蓄積していた疲労が一気に解放されたような感覚だった。
「メ、サメタネ」
少女の顔を覗き込むのは鳥。黒い羽に鮮やかなオレンジのクチバシを持った鳥だ。
「あなた、喋れるのね。助けてくれてありがとう」
「オジョサン、オナマエハ?」
少女の息はまだ荒かった。しかし恩人に無視したと思われたくなくて、すぐ答えるよう努めた。
「私は、ミューイ」
「フルネーム、オシエテヨ」
少女はためらった。
だが、喋るとはいえ相手は鳥だ。
だから答えることにした。
「ミューイ・シミアン」
少女を覗き込む顔がコクッ、コクッと二度ほど傾げられた。鳥っぽい仕草だ。
「ミューイ・シミアン」
鳥が少女の名前を復唱した。間違いないか確認しているのだろうか。それとも自分が発音できることを確かめたのか。
「そうよ。それで、あなたのお名前は?」
「キューカ」
「キューカ? 変わったお名前ね。でも可愛いかも」
ミューイは右の手のひらを握ったり開いたりした。
疲労が背中から地面に流れていったように感じて、試しに体に力を込めると、起き上がれるほどの力は戻っていた。
「ミューイ。ワタシト、ケイヤク、スルヨロシ」
「そっか、あなた、精霊なのね。いいわ、契約する」
ミューイは人差し指を伸ばし、キューカの長くて立派なクチバシの先に触れた。
すると、ミューイの目に映る景色は、さっきまでと変わっていないはずなのにどこか違って見えた。
空気中を何かが動くのが見える。
振動?
いや、振動は振動でも、これは音のようだ。
「アナタ、イイケイヤクシタネ。サッキ、ワタシノモウシデ、コトワラレタ。ツチノコとケイヤクシタ。ゲンジュウシュ、タシカニツヨイ。デモ、ヒトノコトバシャベルセイレイ、ゲンジュウシュヨリキチョウ。ソシテ、ツヨイ」
キューカの声質も少し変わった。ノイズのような声が少しだけクリアになった。契約したからだ。人成が近づくにつれて、この子の声は美声になっていくのだろう。
「キューカ、私、帰らなきゃ。でも……」
ミューイは池を見つめている。元来た道はとてもじゃないが戻れる代物ではない。
「ミューイ、ミギカラキタネ。ミギ、イチバンケワシイ。ヨクイキテタネ」
「え? 右? 分かれ道があったの? ぜんぜん気がつかなかったわ」
罠を警戒しはじめるまでは、たしかに右の壁に沿って進んでいた。分岐点にも気づかず、右のハードルートを選択してしまっていたらしい。
ミューイは思わず深い溜息を吐いた。
彼女の人生はなにかと運が悪い。
今日だって馬車が脱輪したせいで立ち往生し、そこへイーターが襲いかかってきて走って逃げる羽目になった。しかもよりにもよってイーターはネームドイーターのハリグマだったのだ。
「ミューイ、マドウシニナッタ。オトノ、ソウサガタマドウシ。キキカイヒ、ユウリ」
ミューイはキューカの片言を復唱して自分の理解の助けとした。
「私は魔導師になったのね。音の操作型の魔導師。危機回避に有利なの?」
「チョウオンパデ、クウカンハアク。チイサイオトモ、ヒロエル。ニセモノノコエヲキカセテ、テキヲカクラン」
「超音波で空間把握、小さい音も拾える、偽物の声を聞かせて敵を撹乱。なるほど、便利な魔法ね」
「デグチ、アンナイスル。マンナカ、アンゼン」
「ありがとう。お願いするわ」
ミューイは羽ばたく黒い羽の後を追いかけた。
池に潜る必要なんてない。罠もないし敵もいない安全な地上の道をまっすぐに進んだ。
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