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第四章 最強編
第176話 旅の支度②
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俺は校長室の前で深呼吸をした。
俺の後ろにいたエアが二歩下がった。
「私はここで待っているね」
「ああ……」
エアも一緒に校長室へ入れるか迷ったが、結局、俺一人で入室することにした。
「失礼します」
いまでは教頭先生にもタメ口を利く俺だが、いちおう礼儀を正しくして様子を見ることにした。
そもそもなぜダースは校長先生に会うことを勧めたのか。その理由を聞いておくべきだった。
俺は学院の一生徒にすぎない。ただ挨拶をしに来ただけだとして、不審がられるか煙たがられるのがオチではないのか。
だが、校長室に入室してみると、思わぬ歓迎の言葉を受けた。
「やあ、ゲス・エスト君。待っていたよ」
待っていたということは、来ることが分かっていたということだ。ダースを使って俺が来るよう仕向けたのだろうか。
そんなことより、俺は思わぬ光景を目の当たりにした。
「精霊か?」
校長先生は白い兎だった。黒いベストと黒いネクタイをつけて、立派な木の机の上に立っている。
いや、座っているのか。兎だからどちらか分からない。
体の色は白いが、アルビノではないらしく、瞳の色は黒かった。
「そうだね。僕は精霊だけど、この世界における定義とは異なる種類の精霊だよ。僕は人と契約して魔法を使えるようにする存在ではないし、この世界の精霊と違って感情もある。僕は神様に召喚され、使役されている観測者。僕は精霊。この世界ではそれ以上でもそれ以下でもないのさ」
「言葉の揚げ足を取るようだが、それだと何者でもないことになってしまうぞ。それ以上やそれ以下というのは、それそのものも含むのだからな」
「いいや、間違いではないよ。僕はこの世界における精霊には当てはまらないし、もちろん、人間でも動物でもイーターでもない」
後から正当化したのか、元々そういうつもりで言ったのか。どちらにしろ初期のころのダースみたいに鬱陶しいから、この話は終わりにすることにした。
「俺を待っていたのはなぜだ? あんたは神とつながっているのか?」
「いいや、つながってはいない。僕は定期的に報告を上げているだけだ。いまここに君を呼び寄せたのは、渡すものがあるからだ。神様は常にこの世界を見ているわけではない。だから神様に会うためには、会いに来たことを知らせる手段が必要になる。それがこれだ」
校長先生の白い手が机の中央に手をかかげると、白い発光とともに丸い物体が出現した。
「宝玉?」
両手の拳を合わせたくらいの大きさで真球の形をしている。
純白ではなく透き通るような滑らかな色合いで光沢があった。真珠を大きくしたような玉だが、真珠みたいに完全な不透明ではなく、少しだけ透明度を有している。
「これは神様に与えられた鍵だ。これを護神中立国の神社の石版にはめれば、君が神様に会いに来たことを知らせられる。会えるかどうかは神様の意思しだいだけれどね。僕は必ず一つは常備できるよう神様に与えられるから、これは君にあげるよ」
大きくて邪魔臭いな、と思いながら受け取ったが、玉が落ちないよう指に力を込めると、それに応じて玉は小さくなった。手を握り締めると、玉は豆粒のように小さくなった。
不思議なことに、ポケットに入れて手を離しても大きくならないが、ポケットから出して手のひらを広げると玉は元の大きさに戻る。
「すごいな、これ。この世界の技術ではとうてい作れないし、俺の元の世界の技術でも作れない代物だ」
俺は元の世界という言葉を口にしたことに自分で気づき、校長先生の反応をうかがった。
神の使いなら俺の元の世界について知っているだろうか。神から知識は与えられていないだろうか。
そもそも神はこの世界だけの神なのか。そうだとしたら、俺の元の世界について知らないのではないか。
この世界に召喚などという魔法はおそらく存在しない。概念種の魔法で絶対にないとも言いきれないが、これまで俺がその魔導師と会っていないのはおかしな話だ。
だから、神がこの世界だけの神なら、俺の元の世界のことや転移について知らない可能性もある。
いや、待てよ。前にダースがとても不穏なことを言っていた気がする。何だったか。
「ゲス・エスト。僕は単なる観測者だ。君の中の疑問はすべて神様に聞いてくれたまえ」
「あんたも人の心が読めるのか?」
「読めないよ。僕は神様の導きに従うだけ。神様と直接つながってはいないけれど、僕が言うべきことは自然と頭の中に浮かび上がってくるんだ」
知りたきゃ会いに来いってことか。まるで情報という餌で釣られているようだ。神様ってのは紅い狂気と同類なんじゃないかと思ってしまう。
「あんたたちのお望みどおり、俺はこれから神に会いに行くよ」
俺は会釈もせず、踵を返した。
俺が扉に手をかけた瞬間、後ろからよく通る声が俺の耳を通って手に達し、手の動きを止めさせた。
俺は振り返らず耳を傾けた。
「ゲス・エスト君、一つだけ忠告しておく。神様は決戦に欠かせない助っ人を準備している。けれど、成熟にはまだ時間がかかる。誤ってその助っ人を潰さないよう、決戦までほかの魔導師や魔術師とは関わるな」
「分かった。善処する。忠告を蔑ろにすると痛い目を見ることは重々承知しているからな」
俺が神様の忠告を聞いていれば、紅い狂気は目覚めなかったはずなのだ。
世界の破滅の危機、いや、地獄化の危機。それからシャイルの狂酔。それらは全部、俺に責任がある。
校長室から出た俺を、さっきと変わらぬ姿勢で待ちつづけていたエアが出迎えた。憂慮に満ちた表情を浮かべているが、俺の顔を見ると、それが少しだけ和らいだように見えた。
まるで俺の力量を測るバロメーターだ。エアを笑顔に変えられないのが悔しい。
「待たせたな。行くぞ!」
俺はエアとともに、神のいる護神中立国を目指してザハートへと飛び立った。
俺の後ろにいたエアが二歩下がった。
「私はここで待っているね」
「ああ……」
エアも一緒に校長室へ入れるか迷ったが、結局、俺一人で入室することにした。
「失礼します」
いまでは教頭先生にもタメ口を利く俺だが、いちおう礼儀を正しくして様子を見ることにした。
そもそもなぜダースは校長先生に会うことを勧めたのか。その理由を聞いておくべきだった。
俺は学院の一生徒にすぎない。ただ挨拶をしに来ただけだとして、不審がられるか煙たがられるのがオチではないのか。
だが、校長室に入室してみると、思わぬ歓迎の言葉を受けた。
「やあ、ゲス・エスト君。待っていたよ」
待っていたということは、来ることが分かっていたということだ。ダースを使って俺が来るよう仕向けたのだろうか。
そんなことより、俺は思わぬ光景を目の当たりにした。
「精霊か?」
校長先生は白い兎だった。黒いベストと黒いネクタイをつけて、立派な木の机の上に立っている。
いや、座っているのか。兎だからどちらか分からない。
体の色は白いが、アルビノではないらしく、瞳の色は黒かった。
「そうだね。僕は精霊だけど、この世界における定義とは異なる種類の精霊だよ。僕は人と契約して魔法を使えるようにする存在ではないし、この世界の精霊と違って感情もある。僕は神様に召喚され、使役されている観測者。僕は精霊。この世界ではそれ以上でもそれ以下でもないのさ」
「言葉の揚げ足を取るようだが、それだと何者でもないことになってしまうぞ。それ以上やそれ以下というのは、それそのものも含むのだからな」
「いいや、間違いではないよ。僕はこの世界における精霊には当てはまらないし、もちろん、人間でも動物でもイーターでもない」
後から正当化したのか、元々そういうつもりで言ったのか。どちらにしろ初期のころのダースみたいに鬱陶しいから、この話は終わりにすることにした。
「俺を待っていたのはなぜだ? あんたは神とつながっているのか?」
「いいや、つながってはいない。僕は定期的に報告を上げているだけだ。いまここに君を呼び寄せたのは、渡すものがあるからだ。神様は常にこの世界を見ているわけではない。だから神様に会うためには、会いに来たことを知らせる手段が必要になる。それがこれだ」
校長先生の白い手が机の中央に手をかかげると、白い発光とともに丸い物体が出現した。
「宝玉?」
両手の拳を合わせたくらいの大きさで真球の形をしている。
純白ではなく透き通るような滑らかな色合いで光沢があった。真珠を大きくしたような玉だが、真珠みたいに完全な不透明ではなく、少しだけ透明度を有している。
「これは神様に与えられた鍵だ。これを護神中立国の神社の石版にはめれば、君が神様に会いに来たことを知らせられる。会えるかどうかは神様の意思しだいだけれどね。僕は必ず一つは常備できるよう神様に与えられるから、これは君にあげるよ」
大きくて邪魔臭いな、と思いながら受け取ったが、玉が落ちないよう指に力を込めると、それに応じて玉は小さくなった。手を握り締めると、玉は豆粒のように小さくなった。
不思議なことに、ポケットに入れて手を離しても大きくならないが、ポケットから出して手のひらを広げると玉は元の大きさに戻る。
「すごいな、これ。この世界の技術ではとうてい作れないし、俺の元の世界の技術でも作れない代物だ」
俺は元の世界という言葉を口にしたことに自分で気づき、校長先生の反応をうかがった。
神の使いなら俺の元の世界について知っているだろうか。神から知識は与えられていないだろうか。
そもそも神はこの世界だけの神なのか。そうだとしたら、俺の元の世界について知らないのではないか。
この世界に召喚などという魔法はおそらく存在しない。概念種の魔法で絶対にないとも言いきれないが、これまで俺がその魔導師と会っていないのはおかしな話だ。
だから、神がこの世界だけの神なら、俺の元の世界のことや転移について知らない可能性もある。
いや、待てよ。前にダースがとても不穏なことを言っていた気がする。何だったか。
「ゲス・エスト。僕は単なる観測者だ。君の中の疑問はすべて神様に聞いてくれたまえ」
「あんたも人の心が読めるのか?」
「読めないよ。僕は神様の導きに従うだけ。神様と直接つながってはいないけれど、僕が言うべきことは自然と頭の中に浮かび上がってくるんだ」
知りたきゃ会いに来いってことか。まるで情報という餌で釣られているようだ。神様ってのは紅い狂気と同類なんじゃないかと思ってしまう。
「あんたたちのお望みどおり、俺はこれから神に会いに行くよ」
俺は会釈もせず、踵を返した。
俺が扉に手をかけた瞬間、後ろからよく通る声が俺の耳を通って手に達し、手の動きを止めさせた。
俺は振り返らず耳を傾けた。
「ゲス・エスト君、一つだけ忠告しておく。神様は決戦に欠かせない助っ人を準備している。けれど、成熟にはまだ時間がかかる。誤ってその助っ人を潰さないよう、決戦までほかの魔導師や魔術師とは関わるな」
「分かった。善処する。忠告を蔑ろにすると痛い目を見ることは重々承知しているからな」
俺が神様の忠告を聞いていれば、紅い狂気は目覚めなかったはずなのだ。
世界の破滅の危機、いや、地獄化の危機。それからシャイルの狂酔。それらは全部、俺に責任がある。
校長室から出た俺を、さっきと変わらぬ姿勢で待ちつづけていたエアが出迎えた。憂慮に満ちた表情を浮かべているが、俺の顔を見ると、それが少しだけ和らいだように見えた。
まるで俺の力量を測るバロメーターだ。エアを笑顔に変えられないのが悔しい。
「待たせたな。行くぞ!」
俺はエアとともに、神のいる護神中立国を目指してザハートへと飛び立った。
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