156 / 302
第四章 最強編
第155話 防衛戦略
しおりを挟む
ダースが学院を避難させた先は、リオン帝国の農業・畜産区域の北部であった。見渡す限りの草原には、家畜と思われる動物が散在して草を食んでいる。
学院の屋上に転がって熱にうなされるダースだったが、吹きすさぶ風が少しずつ熱を取り払ってくれて、ダースはどうにか魔法を使える程度まで思考力を取り戻した。
まだ体を動かす元気はないが、少し集中力を高めて魔法を使った。闇を通してエアの様子を監視する。
エアは宙に浮いたまま目を閉じていた。
瞑想しているようにも見えるが、そうじゃない。探しているのだ。空間把握モードを使い、学院やダースが移動した先を。
エアはパチリと目を開いた。そして顔を向けた方角は北西。リオン帝国の農業・畜産区域の方角だ。
そして、飛行による高速移動を開始した。
「もう見つかったのか……」
もしこれがエストなら、接近せずともこの時点でダースを攻撃することが可能だった。
だがいまのエアは魔術師であり、本質は空気魔法の使い手ではない。遠距離での空気の操作力は落ちてしまう。だから接近して直接見た範囲の空気を操作したいのだ。そうすれば、おそらく本来の魔導師と同等の魔法を使える。
ダースは一計を案じた。
リオン帝国の現皇帝であるリーン・リッヒに闇を通して語りかけた。
「皇帝リーン・リッヒ、よく聞いてほしい」
「おまえは誰だ!」
リーン・リッヒは皇帝専用の豪奢な椅子に腰を沈めて事務仕事をしていた。
いまの彼女は皇帝であり、騎士ではない。赤と金色と白を基調とした煌びやかな皇帝の服を着ていた。
「僕はダース・ホーク。緊急事態を知らせるために語りかけた。よく聞いてくれ。いま、最後のマジックイーターがリオン帝国へ向かっている。そいつの目的は世界の破壊か、あるいは征服だ。馬鹿げた話に思うかもしれないが、そいつは最強の魔術師だ。ゲス・エストも僕も負けた」
ダースはマジックイーターと言ったが、それはリーンに緊急性を認識させるための方便である。
「ゲス・エストが負けた!? 魔術は?」
「エストの見立てでは、相手の記憶から魔法を引き出し自在に操る魔術のようだよ」
「そんな、なんてこと……。それで、その魔術師の名前は?」
「魔術師の名は、エア」
「エア……」
リーン・リッヒはそれを聞いてすべて合点がいった。エアとは、あのゲス・エストが契約していた精霊の名前だ。
自分を打ち負かしたあのゲス・エストすら倒した魔術師。
おそらく自分だけでは勝てない。よほど狡猾な不意打ちをするか、物量で押しきるかしかないだろう。
「ひとまず、警告ありがとうと言っておく。ただ、不法入国を緊急避難として容認するにしても、エアによる帝国襲撃の原因があなたにあったのなら、私はあなたを許さない」
リーン・リッヒは振動の発生型魔導師である。超音波探知の要領で、帝国領内に突如として現われた建物くらいは察知することができる。
「これはおそらく世界の危機だよ。同じE3として力を合わせようじゃないか」
ダース・ホークの声がリーン・リッヒの耳に入ったのはそこまでだった。
リーン・リッヒは振動探知によりエアの現在地を確認し、早急に対策を講じた。
軍事区域へ連絡し、農業・畜産区域でエアを迎え撃つよう命じた。さらに商業区域に連絡し、早急に農業・畜産区域の人民や家畜たちを北東へ避難させるよう指示を出した。
現在は農業・畜産区域と学研区域の五護臣は不在となっている。代わりの者が見つからないのだ。だからほかの区域から対応者を出すしかない。
さらに、リーン・リッヒは帝国全土に厳戒態勢を敷いた。
公地から帝国の農業・畜産区域へと飛ぶとなると、市街地とリオン城の上空を横切ることになる。エアが行きがけの駄賃で何かしてくるかもしれない。
しかし、それは杞憂に終わった。ただ、それを幸いと呼ぶには早計だ。
エアは一時間もしないうちに魔導学院の場所まで到達し、校舎を見下ろしている。それなのにエアを迎え撃つための軍事区域からの戦力移動も終えていないし、農業・畜産区域の人民は避難を終えたものの家畜たちは残されたままだった。仕方なく、軍事区域の兵士たちが家畜を誘導する。
エアと戦える帝国の人間は、実質的にロイン・リオン大将とリーン・リッヒ皇帝の二人だけだった。
もちろん、戦うのは帝国の人間だけではない。
学院の校舎屋上には、ダース・ホークを筆頭とし、生徒会長のレイジー・デント、風紀委員長のルーレ・リッヒという四天魔が勢ぞろいしており、エアとの親交があるキーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒの三人も説得要員として立ち、上空のエアを見つめている。
エアは右手を天に掲げた。その先には巨大な空気玉があった。それは公地で作ったものを解除せずにひっぱってきたものだった。
空気玉はさらに巨大に成長しており、そこはかとない攻撃の意志が汲み取れた。
「エア、なんでこんなことをするの? 説明してよ!」
皆が固唾を呑む中、最初に言葉を投げたのはキーラだった。
そこにシャイルが続く。
「エアちゃん、こんなことはやめて! 私たちはあなたのことを友達だと思っているのよ!」
「エアさん、あなたはエストさんやわたくしたちといて楽しかったのではなくて? 少なくともわたくしの目にはそう映りましたし、私自身も楽しいと感じていましたわ」
最後にリーズが続いた。しかし、エアは冷ややかな視線を校舎屋上の三人に向かって落とすばかりだった。
ようやく口を開いたかと思ったら、精霊のときのように機械的な発言しかしなかった。
「キーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒ。あなたたちは第三優先ターゲットだったけれど、繰上げで最初に殺すわね。私の慈悲を受け取ってもらえるかしら?」
「あんたのジョーク、笑えない!」
「私は一つたりとも冗談を口にしていない。それに、耐久力の低い戦力から削っていくのは戦略的にも最善であり、あなたたちから狙うのは必然でしょう。そういうことはリッヒ家のあなたなら承知しているはずよね、リーズ」
まるで自我を持ち人類に反旗を翻した人工知能のように、エアは表情も声も変えず、冷静に淡々と述べた。
結局、キーラやリーズの質問にはいっさい答えていない。エアからはもう攻撃に移ろうとしている気配が感じられる。説得が通用する気配はまったくない。
学院生たちと帝国戦力は臨戦態勢に入った。
先制攻撃はロイン・リオン大将であった。
彼は鉄板の上に乗って空を飛ぶ。彼が引き連れてきた無人の戦車の数は二十。それがいっせいにエアを砲撃した。
砲弾は大気を震わせながら正確にエアの浮く座標へと飛び、エアを中心に広範囲に爆煙を広げた。
轟音に両手で耳を塞ぐ面々。襲い来る暴風はリーズが風の操作により横方向へと逃がした。
爆風が弱まり、状況把握のため黒煙をリーズが風で追い払うと、エアの健在が確認できた。
彼女は傷一つ付いていないし、わずかな煤を被っていることもなかった。
「空気の壁か……?」
ロイン大将は一斉砲撃をエアが無傷で凌ぐことは予測していた。
だが、もしかしたら、という希望はあった。リオン帝国の最先進科学力による戦車の一斉砲撃。空気操作の本家でなくなってしまったエアならば、少しくらい崩せるだろうと考えていた。
リーン皇帝は振動によって宙に作った足場を渡り、ロイン大将に近づいて考察を補足した。
「いや、あれは私の振動によるバリアを組み合わせている。振動バリアによって爆発の威力を完全に殺し、その内側に張ったバリアの空気層と真空層によって煙や炎の侵入を防いでいる」
学院の校舎屋上に陣取るダースは、帝国勢の二人を見上げて自分も考察に参加した。
「それにおそらく、熱の操作も使っているね。爆風と光の熱を緩和するためにね。僕の闇の魔法を使わないのは、不用意に影を発生させて僕に攻撃のチャンスを与えないためだろう」
ダースたちは次にはエアの攻撃が来ると身構えたが、エアはすぐには攻撃してこなかった。
エアは一同を、特にダースを意識して見下ろし、語りかけた。
「ふーん。もう私の魔術の正体を見破ったかのような会話だけれど、はたしてどこまで正確なのかしらね。憶測で敵の魔術を決めつけて戦うのはとても危険だと思うわよ」
「訊いたところでどうせ教えてくれないだろうから、こちらもどのレベルでこの推測を信じているかを君に教えない」
ダースも情報の重要性については心得ている。
エアにとって敵が自分の魔術の正体を正確に把握できているかどうかが分からないことは、一つの不安要素である。
そういった本当に些細な情報であっても、その情報の有無が形勢の拮抗した場合なんかに鍵となり得るのだ。
エアは情報量の優位性と不確定要素によるリスクを天秤にかけ、英断を下した。
「あなたたちの推測は合っているわ。私の魔術の正体は相手の記憶の中から魔法を引き出すことよ」
エアはこれを教えることによって、ダースたちが彼女の魔法を正確に把握しているかどうか分からないという不確定要素を消した。
情報の重要性を重々承知している人間ほど、この英断を下せる者は稀だろう。
エストならおそらくエアと同じく不確定要素の排除を選択する。だがダースは単純に情報量の優位性を選択するだろう。
「エア、ついでに動機も教えてくれないかい?」
「それは絶対に教えない。私の動機を確かめなければ、お人好しのあなたたちは私を本気で攻撃できないのでしょう? それは十分に利用させてもらうわ」
その何がなんでも勝利にこだわる姿勢は、ゲス・エストのように単純に強者と戦いたいというものには見えない。
かといって、強い憎悪があるわけでもないし、マジックイーターのように魔術師のためというふうでもない。もちろん、世界征服でもなさそうだ。
それら消去法の根拠としては、エアがキーラ、シャイル、リーズを第三優先ターゲットと発言したところが大きい。
エアの瞳は、どこか使命感に似た意志の強さを秘めている。
「僕たちが動機を知ったら、君を本気で攻撃できるようになるということかい? そうだとしたら、本気で攻撃することにためらいはないよ」
「あなたたちが本気で攻撃してくることは、私にとってなんら問題にはならない。でも動機は教えない」
分かっていた。ダースたち全員が本気で挑んだとしてもエアに勝てる見込みは薄い。力を抑えて戦う必要性などどこにも存在しない。
「ちなみに私も手を抜かないから覚悟してね」
エアの頭上にあった巨大な空気玉が、魔導学院の校舎の方へと移動を開始した。
学院の屋上に転がって熱にうなされるダースだったが、吹きすさぶ風が少しずつ熱を取り払ってくれて、ダースはどうにか魔法を使える程度まで思考力を取り戻した。
まだ体を動かす元気はないが、少し集中力を高めて魔法を使った。闇を通してエアの様子を監視する。
エアは宙に浮いたまま目を閉じていた。
瞑想しているようにも見えるが、そうじゃない。探しているのだ。空間把握モードを使い、学院やダースが移動した先を。
エアはパチリと目を開いた。そして顔を向けた方角は北西。リオン帝国の農業・畜産区域の方角だ。
そして、飛行による高速移動を開始した。
「もう見つかったのか……」
もしこれがエストなら、接近せずともこの時点でダースを攻撃することが可能だった。
だがいまのエアは魔術師であり、本質は空気魔法の使い手ではない。遠距離での空気の操作力は落ちてしまう。だから接近して直接見た範囲の空気を操作したいのだ。そうすれば、おそらく本来の魔導師と同等の魔法を使える。
ダースは一計を案じた。
リオン帝国の現皇帝であるリーン・リッヒに闇を通して語りかけた。
「皇帝リーン・リッヒ、よく聞いてほしい」
「おまえは誰だ!」
リーン・リッヒは皇帝専用の豪奢な椅子に腰を沈めて事務仕事をしていた。
いまの彼女は皇帝であり、騎士ではない。赤と金色と白を基調とした煌びやかな皇帝の服を着ていた。
「僕はダース・ホーク。緊急事態を知らせるために語りかけた。よく聞いてくれ。いま、最後のマジックイーターがリオン帝国へ向かっている。そいつの目的は世界の破壊か、あるいは征服だ。馬鹿げた話に思うかもしれないが、そいつは最強の魔術師だ。ゲス・エストも僕も負けた」
ダースはマジックイーターと言ったが、それはリーンに緊急性を認識させるための方便である。
「ゲス・エストが負けた!? 魔術は?」
「エストの見立てでは、相手の記憶から魔法を引き出し自在に操る魔術のようだよ」
「そんな、なんてこと……。それで、その魔術師の名前は?」
「魔術師の名は、エア」
「エア……」
リーン・リッヒはそれを聞いてすべて合点がいった。エアとは、あのゲス・エストが契約していた精霊の名前だ。
自分を打ち負かしたあのゲス・エストすら倒した魔術師。
おそらく自分だけでは勝てない。よほど狡猾な不意打ちをするか、物量で押しきるかしかないだろう。
「ひとまず、警告ありがとうと言っておく。ただ、不法入国を緊急避難として容認するにしても、エアによる帝国襲撃の原因があなたにあったのなら、私はあなたを許さない」
リーン・リッヒは振動の発生型魔導師である。超音波探知の要領で、帝国領内に突如として現われた建物くらいは察知することができる。
「これはおそらく世界の危機だよ。同じE3として力を合わせようじゃないか」
ダース・ホークの声がリーン・リッヒの耳に入ったのはそこまでだった。
リーン・リッヒは振動探知によりエアの現在地を確認し、早急に対策を講じた。
軍事区域へ連絡し、農業・畜産区域でエアを迎え撃つよう命じた。さらに商業区域に連絡し、早急に農業・畜産区域の人民や家畜たちを北東へ避難させるよう指示を出した。
現在は農業・畜産区域と学研区域の五護臣は不在となっている。代わりの者が見つからないのだ。だからほかの区域から対応者を出すしかない。
さらに、リーン・リッヒは帝国全土に厳戒態勢を敷いた。
公地から帝国の農業・畜産区域へと飛ぶとなると、市街地とリオン城の上空を横切ることになる。エアが行きがけの駄賃で何かしてくるかもしれない。
しかし、それは杞憂に終わった。ただ、それを幸いと呼ぶには早計だ。
エアは一時間もしないうちに魔導学院の場所まで到達し、校舎を見下ろしている。それなのにエアを迎え撃つための軍事区域からの戦力移動も終えていないし、農業・畜産区域の人民は避難を終えたものの家畜たちは残されたままだった。仕方なく、軍事区域の兵士たちが家畜を誘導する。
エアと戦える帝国の人間は、実質的にロイン・リオン大将とリーン・リッヒ皇帝の二人だけだった。
もちろん、戦うのは帝国の人間だけではない。
学院の校舎屋上には、ダース・ホークを筆頭とし、生徒会長のレイジー・デント、風紀委員長のルーレ・リッヒという四天魔が勢ぞろいしており、エアとの親交があるキーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒの三人も説得要員として立ち、上空のエアを見つめている。
エアは右手を天に掲げた。その先には巨大な空気玉があった。それは公地で作ったものを解除せずにひっぱってきたものだった。
空気玉はさらに巨大に成長しており、そこはかとない攻撃の意志が汲み取れた。
「エア、なんでこんなことをするの? 説明してよ!」
皆が固唾を呑む中、最初に言葉を投げたのはキーラだった。
そこにシャイルが続く。
「エアちゃん、こんなことはやめて! 私たちはあなたのことを友達だと思っているのよ!」
「エアさん、あなたはエストさんやわたくしたちといて楽しかったのではなくて? 少なくともわたくしの目にはそう映りましたし、私自身も楽しいと感じていましたわ」
最後にリーズが続いた。しかし、エアは冷ややかな視線を校舎屋上の三人に向かって落とすばかりだった。
ようやく口を開いたかと思ったら、精霊のときのように機械的な発言しかしなかった。
「キーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒ。あなたたちは第三優先ターゲットだったけれど、繰上げで最初に殺すわね。私の慈悲を受け取ってもらえるかしら?」
「あんたのジョーク、笑えない!」
「私は一つたりとも冗談を口にしていない。それに、耐久力の低い戦力から削っていくのは戦略的にも最善であり、あなたたちから狙うのは必然でしょう。そういうことはリッヒ家のあなたなら承知しているはずよね、リーズ」
まるで自我を持ち人類に反旗を翻した人工知能のように、エアは表情も声も変えず、冷静に淡々と述べた。
結局、キーラやリーズの質問にはいっさい答えていない。エアからはもう攻撃に移ろうとしている気配が感じられる。説得が通用する気配はまったくない。
学院生たちと帝国戦力は臨戦態勢に入った。
先制攻撃はロイン・リオン大将であった。
彼は鉄板の上に乗って空を飛ぶ。彼が引き連れてきた無人の戦車の数は二十。それがいっせいにエアを砲撃した。
砲弾は大気を震わせながら正確にエアの浮く座標へと飛び、エアを中心に広範囲に爆煙を広げた。
轟音に両手で耳を塞ぐ面々。襲い来る暴風はリーズが風の操作により横方向へと逃がした。
爆風が弱まり、状況把握のため黒煙をリーズが風で追い払うと、エアの健在が確認できた。
彼女は傷一つ付いていないし、わずかな煤を被っていることもなかった。
「空気の壁か……?」
ロイン大将は一斉砲撃をエアが無傷で凌ぐことは予測していた。
だが、もしかしたら、という希望はあった。リオン帝国の最先進科学力による戦車の一斉砲撃。空気操作の本家でなくなってしまったエアならば、少しくらい崩せるだろうと考えていた。
リーン皇帝は振動によって宙に作った足場を渡り、ロイン大将に近づいて考察を補足した。
「いや、あれは私の振動によるバリアを組み合わせている。振動バリアによって爆発の威力を完全に殺し、その内側に張ったバリアの空気層と真空層によって煙や炎の侵入を防いでいる」
学院の校舎屋上に陣取るダースは、帝国勢の二人を見上げて自分も考察に参加した。
「それにおそらく、熱の操作も使っているね。爆風と光の熱を緩和するためにね。僕の闇の魔法を使わないのは、不用意に影を発生させて僕に攻撃のチャンスを与えないためだろう」
ダースたちは次にはエアの攻撃が来ると身構えたが、エアはすぐには攻撃してこなかった。
エアは一同を、特にダースを意識して見下ろし、語りかけた。
「ふーん。もう私の魔術の正体を見破ったかのような会話だけれど、はたしてどこまで正確なのかしらね。憶測で敵の魔術を決めつけて戦うのはとても危険だと思うわよ」
「訊いたところでどうせ教えてくれないだろうから、こちらもどのレベルでこの推測を信じているかを君に教えない」
ダースも情報の重要性については心得ている。
エアにとって敵が自分の魔術の正体を正確に把握できているかどうかが分からないことは、一つの不安要素である。
そういった本当に些細な情報であっても、その情報の有無が形勢の拮抗した場合なんかに鍵となり得るのだ。
エアは情報量の優位性と不確定要素によるリスクを天秤にかけ、英断を下した。
「あなたたちの推測は合っているわ。私の魔術の正体は相手の記憶の中から魔法を引き出すことよ」
エアはこれを教えることによって、ダースたちが彼女の魔法を正確に把握しているかどうか分からないという不確定要素を消した。
情報の重要性を重々承知している人間ほど、この英断を下せる者は稀だろう。
エストならおそらくエアと同じく不確定要素の排除を選択する。だがダースは単純に情報量の優位性を選択するだろう。
「エア、ついでに動機も教えてくれないかい?」
「それは絶対に教えない。私の動機を確かめなければ、お人好しのあなたたちは私を本気で攻撃できないのでしょう? それは十分に利用させてもらうわ」
その何がなんでも勝利にこだわる姿勢は、ゲス・エストのように単純に強者と戦いたいというものには見えない。
かといって、強い憎悪があるわけでもないし、マジックイーターのように魔術師のためというふうでもない。もちろん、世界征服でもなさそうだ。
それら消去法の根拠としては、エアがキーラ、シャイル、リーズを第三優先ターゲットと発言したところが大きい。
エアの瞳は、どこか使命感に似た意志の強さを秘めている。
「僕たちが動機を知ったら、君を本気で攻撃できるようになるということかい? そうだとしたら、本気で攻撃することにためらいはないよ」
「あなたたちが本気で攻撃してくることは、私にとってなんら問題にはならない。でも動機は教えない」
分かっていた。ダースたち全員が本気で挑んだとしてもエアに勝てる見込みは薄い。力を抑えて戦う必要性などどこにも存在しない。
「ちなみに私も手を抜かないから覚悟してね」
エアの頭上にあった巨大な空気玉が、魔導学院の校舎の方へと移動を開始した。
0
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~
伽羅
ファンタジー
物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる