残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな

文字の大きさ
上 下
156 / 302
第四章 最強編

第155話 防衛戦略

しおりを挟む
 ダースが学院を避難させた先は、リオン帝国の農業・畜産区域の北部であった。見渡す限りの草原には、家畜と思われる動物が散在して草を食んでいる。

 学院の屋上に転がって熱にうなされるダースだったが、吹きすさぶ風が少しずつ熱を取り払ってくれて、ダースはどうにか魔法を使える程度まで思考力を取り戻した。
 まだ体を動かす元気はないが、少し集中力を高めて魔法を使った。闇を通してエアの様子を監視する。

 エアは宙に浮いたまま目を閉じていた。
 瞑想しているようにも見えるが、そうじゃない。探しているのだ。空間把握モードを使い、学院やダースが移動した先を。

 エアはパチリと目を開いた。そして顔を向けた方角は北西。リオン帝国の農業・畜産区域の方角だ。
 そして、飛行による高速移動を開始した。

「もう見つかったのか……」

 もしこれがエストなら、接近せずともこの時点でダースを攻撃することが可能だった。
 だがいまのエアは魔術師であり、本質は空気魔法の使い手ではない。遠距離での空気の操作力は落ちてしまう。だから接近して直接見た範囲の空気を操作したいのだ。そうすれば、おそらく本来の魔導師と同等の魔法を使える。

 ダースは一計を案じた。
 リオン帝国の現皇帝であるリーン・リッヒに闇を通して語りかけた。

「皇帝リーン・リッヒ、よく聞いてほしい」

「おまえは誰だ!」

 リーン・リッヒは皇帝専用の豪奢ごうしゃな椅子に腰を沈めて事務仕事をしていた。
 いまの彼女は皇帝であり、騎士ではない。赤と金色と白を基調としたきらびやかな皇帝の服を着ていた。

「僕はダース・ホーク。緊急事態を知らせるために語りかけた。よく聞いてくれ。いま、最後のマジックイーターがリオン帝国へ向かっている。そいつの目的は世界の破壊か、あるいは征服だ。馬鹿げた話に思うかもしれないが、そいつは最強の魔術師だ。ゲス・エストも僕も負けた」

 ダースはマジックイーターと言ったが、それはリーンに緊急性を認識させるための方便である。

「ゲス・エストが負けた!? 魔術は?」

「エストの見立てでは、相手の記憶から魔法を引き出し自在に操る魔術のようだよ」

「そんな、なんてこと……。それで、その魔術師の名前は?」

「魔術師の名は、エア」

「エア……」

 リーン・リッヒはそれを聞いてすべて合点がいった。エアとは、あのゲス・エストが契約していた精霊の名前だ。
 自分を打ち負かしたあのゲス・エストすら倒した魔術師。
 おそらく自分だけでは勝てない。よほど狡猾こうかつな不意打ちをするか、物量で押しきるかしかないだろう。

「ひとまず、警告ありがとうと言っておく。ただ、不法入国を緊急避難として容認するにしても、エアによる帝国襲撃の原因があなたにあったのなら、私はあなたを許さない」

 リーン・リッヒは振動の発生型魔導師である。超音波探知の要領で、帝国領内に突如として現われた建物くらいは察知することができる。

「これはおそらく世界の危機だよ。同じE3エラースリーとして力を合わせようじゃないか」

 ダース・ホークの声がリーン・リッヒの耳に入ったのはそこまでだった。
 リーン・リッヒは振動探知によりエアの現在地を確認し、早急に対策を講じた。
 軍事区域へ連絡し、農業・畜産区域でエアを迎え撃つよう命じた。さらに商業区域に連絡し、早急に農業・畜産区域の人民や家畜たちを北東へ避難させるよう指示を出した。
 現在は農業・畜産区域と学研区域の五護臣は不在となっている。代わりの者が見つからないのだ。だからほかの区域から対応者を出すしかない。

 さらに、リーン・リッヒは帝国全土に厳戒態勢を敷いた。
 公地から帝国の農業・畜産区域へと飛ぶとなると、市街地とリオン城の上空を横切ることになる。エアが行きがけの駄賃で何かしてくるかもしれない。

 しかし、それは杞憂きゆうに終わった。ただ、それをさいわいと呼ぶには早計だ。
 エアは一時間もしないうちに魔導学院の場所まで到達し、校舎を見下ろしている。それなのにエアを迎え撃つための軍事区域からの戦力移動も終えていないし、農業・畜産区域の人民は避難を終えたものの家畜たちは残されたままだった。仕方なく、軍事区域の兵士たちが家畜を誘導する。
 エアと戦える帝国の人間は、実質的にロイン・リオン大将とリーン・リッヒ皇帝の二人だけだった。

 もちろん、戦うのは帝国の人間だけではない。
 学院の校舎屋上には、ダース・ホークを筆頭とし、生徒会長のレイジー・デント、風紀委員長のルーレ・リッヒという四天魔が勢ぞろいしており、エアとの親交があるキーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒの三人も説得要員として立ち、上空のエアを見つめている。

 エアは右手を天に掲げた。その先には巨大な空気玉があった。それは公地で作ったものを解除せずにひっぱってきたものだった。
 空気玉はさらに巨大に成長しており、そこはかとない攻撃の意志が汲み取れた。

「エア、なんでこんなことをするの? 説明してよ!」

 皆が固唾かたずを呑む中、最初に言葉を投げたのはキーラだった。
 そこにシャイルが続く。

「エアちゃん、こんなことはやめて! 私たちはあなたのことを友達だと思っているのよ!」

「エアさん、あなたはエストさんやわたくしたちといて楽しかったのではなくて? 少なくともわたくしの目にはそう映りましたし、私自身も楽しいと感じていましたわ」

 最後にリーズが続いた。しかし、エアは冷ややかな視線を校舎屋上の三人に向かって落とすばかりだった。
 ようやく口を開いたかと思ったら、精霊のときのように機械的な発言しかしなかった。

「キーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒ。あなたたちは第三優先ターゲットだったけれど、繰上げで最初に殺すわね。私の慈悲を受け取ってもらえるかしら?」

「あんたのジョーク、笑えない!」

「私は一つたりとも冗談を口にしていない。それに、耐久力の低い戦力から削っていくのは戦略的にも最善であり、あなたたちから狙うのは必然でしょう。そういうことはリッヒ家のあなたなら承知しているはずよね、リーズ」

 まるで自我を持ち人類に反旗をひるがえした人工知能のように、エアは表情も声も変えず、冷静に淡々と述べた。
 結局、キーラやリーズの質問にはいっさい答えていない。エアからはもう攻撃に移ろうとしている気配が感じられる。説得が通用する気配はまったくない。
 学院生たちと帝国戦力は臨戦態勢に入った。

 先制攻撃はロイン・リオン大将であった。
 彼は鉄板の上に乗って空を飛ぶ。彼が引き連れてきた無人の戦車の数は二十。それがいっせいにエアを砲撃した。
 砲弾は大気を震わせながら正確にエアの浮く座標へと飛び、エアを中心に広範囲に爆煙を広げた。
 轟音ごうおんに両手で耳をふさぐ面々。襲い来る暴風はリーズが風の操作により横方向へと逃がした。

 爆風が弱まり、状況把握のため黒煙をリーズが風で追い払うと、エアの健在が確認できた。
 彼女は傷一つ付いていないし、わずかなすすを被っていることもなかった。

「空気の壁か……?」

 ロイン大将は一斉砲撃をエアが無傷でしのぐことは予測していた。
 だが、もしかしたら、という希望はあった。リオン帝国の最先進科学力による戦車の一斉砲撃。空気操作の本家でなくなってしまったエアならば、少しくらい崩せるだろうと考えていた。
 リーン皇帝は振動によって宙に作った足場を渡り、ロイン大将に近づいて考察を補足した。

「いや、あれは私の振動によるバリアを組み合わせている。振動バリアによって爆発の威力を完全に殺し、その内側に張ったバリアの空気層と真空層によって煙や炎の侵入を防いでいる」

 学院の校舎屋上に陣取るダースは、帝国勢の二人を見上げて自分も考察に参加した。

「それにおそらく、熱の操作も使っているね。爆風と光の熱を緩和するためにね。僕の闇の魔法を使わないのは、不用意に影を発生させて僕に攻撃のチャンスを与えないためだろう」

 ダースたちは次にはエアの攻撃が来ると身構えたが、エアはすぐには攻撃してこなかった。
 エアは一同を、特にダースを意識して見下ろし、語りかけた。

「ふーん。もう私の魔術の正体を見破ったかのような会話だけれど、はたしてどこまで正確なのかしらね。憶測で敵の魔術を決めつけて戦うのはとても危険だと思うわよ」

「訊いたところでどうせ教えてくれないだろうから、こちらもどのレベルでこの推測を信じているかを君に教えない」

 ダースも情報の重要性については心得ている。
 エアにとって敵が自分の魔術の正体を正確に把握できているかどうかが分からないことは、一つの不安要素である。
 そういった本当に些細な情報であっても、その情報の有無が形勢の拮抗した場合なんかに鍵となり得るのだ。
 エアは情報量の優位性と不確定要素によるリスクを天秤にかけ、英断を下した。

「あなたたちの推測は合っているわ。私の魔術の正体は相手の記憶の中から魔法を引き出すことよ」

 エアはこれを教えることによって、ダースたちが彼女の魔法を正確に把握しているかどうか分からないという不確定要素を消した。
 情報の重要性を重々承知している人間ほど、この英断を下せる者はまれだろう。
 エストならおそらくエアと同じく不確定要素の排除を選択する。だがダースは単純に情報量の優位性を選択するだろう。

「エア、ついでに動機も教えてくれないかい?」

「それは絶対に教えない。私の動機を確かめなければ、お人好しのあなたたちは私を本気で攻撃できないのでしょう? それは十分に利用させてもらうわ」

 その何がなんでも勝利にこだわる姿勢は、ゲス・エストのように単純に強者と戦いたいというものには見えない。
 かといって、強い憎悪があるわけでもないし、マジックイーターのように魔術師のためというふうでもない。もちろん、世界征服でもなさそうだ。
 それら消去法の根拠としては、エアがキーラ、シャイル、リーズを第三優先ターゲットと発言したところが大きい。
 エアの瞳は、どこか使命感に似た意志の強さを秘めている。

「僕たちが動機を知ったら、君を本気で攻撃できるようになるということかい? そうだとしたら、本気で攻撃することにためらいはないよ」

「あなたたちが本気で攻撃してくることは、私にとってなんら問題にはならない。でも動機は教えない」

 分かっていた。ダースたち全員が本気で挑んだとしてもエアに勝てる見込みは薄い。力を抑えて戦う必要性などどこにも存在しない。

「ちなみに私も手を抜かないから覚悟してね」

 エアの頭上にあった巨大な空気玉が、魔導学院の校舎の方へと移動を開始した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】投げる男〜異世界転移して石を投げ続けたら最強になってた話〜

心太
ファンタジー
【何故、石を投げてたら賢さと魅力も上がるんだ?!】 (大分前に書いたモノ。どこかのサイトの、何かのコンテストで最終選考まで残ったが、その後、日の目を見る事のなかった話) 雷に打たれた俺は異世界に転移した。 目の前に現れたステータスウインドウ。そこは古風なRPGの世界。その辺に転がっていた石を投げてモンスターを倒すと経験値とお金が貰えました。こんな楽しい世界はない。モンスターを倒しまくってレベル上げ&お金持ち目指します。 ──あれ? 自分のステータスが見えるのは俺だけ? ──ステータスの魅力が上がり過ぎて、神話級のイケメンになってます。 細かい事は気にしない、勇者や魔王にも興味なし。自分の育成ゲームを楽しみます。 俺は今日も伝説の武器、石を投げる!

職業・遊び人となったら追放されたけれど、追放先で覚醒し無双しちゃいました!

よっしぃ
ファンタジー
この物語は、通常1つの職業を選定する所を、一つ目で遊び人を選定してしまい何とか別の職業を、と思い3つとも遊び人を選定してしまったデルクが、成長して無双する話。 10歳を過ぎると皆教会へ赴き、自身の職業を選定してもらうが、デルク・コーネインはここでまさかの遊び人になってしまう。最高3つの職業を選べるが、その分成長速度が遅くなるも、2つ目を選定。 ここでも前代未聞の遊び人。止められるも3度目の正直で挑むも結果は遊び人。 同年代の連中は皆良い職業を選定してもらい、どんどん成長していく。 皆に馬鹿にされ、蔑まれ、馬鹿にされ、それでも何とかレベル上げを行うデルク。 こんな中2年ほど経って、12歳になった頃、1歳年下の11歳の1人の少女セシル・ヴァウテルスと出会う。凄い職業を得たが、成長が遅すぎると見捨てられた彼女。そんな2人がダンジョンで出会い、脱出不可能といわれているダンジョン下層からの脱出を、2人で成長していく事で不可能を可能にしていく。 そんな中2人を馬鹿にし、死地に追い込んだ同年代の連中や年上の冒険者は、中層への攻略を急ぐあまり、成長速度の遅い上位職を得たデルクの幼馴染の2人をダンジョンの大穴に突き落とし排除してしまう。 しかし奇跡的にもデルクはこの2人の命を救う事ができ、セシルを含めた4人で辛うじてダンジョンを脱出。 その後自分達をこんな所に追い込んだ連中と対峙する事になるが、ダンジョン下層で成長した4人にかなう冒険者はおらず、自らの愚かな行為に自滅してしまう。 そして、成長した遊び人の職業、実は成長すればどんな職業へもジョブチェンジできる最高の職業でした! 更に未だかつて同じ職業を3つ引いた人物がいなかったために、その結果がどうなるかわかっていなかった事もあり、その結果がとんでもない事になる。 これはのちに伝説となる4人を中心とする成長物語。 ダンジョン脱出までは辛抱の連続ですが、その後はざまぁな展開が待っています。

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

処理中です...