156 / 302
第四章 最強編
第155話 防衛戦略
しおりを挟む
ダースが学院を避難させた先は、リオン帝国の農業・畜産区域の北部であった。見渡す限りの草原には、家畜と思われる動物が散在して草を食んでいる。
学院の屋上に転がって熱にうなされるダースだったが、吹きすさぶ風が少しずつ熱を取り払ってくれて、ダースはどうにか魔法を使える程度まで思考力を取り戻した。
まだ体を動かす元気はないが、少し集中力を高めて魔法を使った。闇を通してエアの様子を監視する。
エアは宙に浮いたまま目を閉じていた。
瞑想しているようにも見えるが、そうじゃない。探しているのだ。空間把握モードを使い、学院やダースが移動した先を。
エアはパチリと目を開いた。そして顔を向けた方角は北西。リオン帝国の農業・畜産区域の方角だ。
そして、飛行による高速移動を開始した。
「もう見つかったのか……」
もしこれがエストなら、接近せずともこの時点でダースを攻撃することが可能だった。
だがいまのエアは魔術師であり、本質は空気魔法の使い手ではない。遠距離での空気の操作力は落ちてしまう。だから接近して直接見た範囲の空気を操作したいのだ。そうすれば、おそらく本来の魔導師と同等の魔法を使える。
ダースは一計を案じた。
リオン帝国の現皇帝であるリーン・リッヒに闇を通して語りかけた。
「皇帝リーン・リッヒ、よく聞いてほしい」
「おまえは誰だ!」
リーン・リッヒは皇帝専用の豪奢な椅子に腰を沈めて事務仕事をしていた。
いまの彼女は皇帝であり、騎士ではない。赤と金色と白を基調とした煌びやかな皇帝の服を着ていた。
「僕はダース・ホーク。緊急事態を知らせるために語りかけた。よく聞いてくれ。いま、最後のマジックイーターがリオン帝国へ向かっている。そいつの目的は世界の破壊か、あるいは征服だ。馬鹿げた話に思うかもしれないが、そいつは最強の魔術師だ。ゲス・エストも僕も負けた」
ダースはマジックイーターと言ったが、それはリーンに緊急性を認識させるための方便である。
「ゲス・エストが負けた!? 魔術は?」
「エストの見立てでは、相手の記憶から魔法を引き出し自在に操る魔術のようだよ」
「そんな、なんてこと……。それで、その魔術師の名前は?」
「魔術師の名は、エア」
「エア……」
リーン・リッヒはそれを聞いてすべて合点がいった。エアとは、あのゲス・エストが契約していた精霊の名前だ。
自分を打ち負かしたあのゲス・エストすら倒した魔術師。
おそらく自分だけでは勝てない。よほど狡猾な不意打ちをするか、物量で押しきるかしかないだろう。
「ひとまず、警告ありがとうと言っておく。ただ、不法入国を緊急避難として容認するにしても、エアによる帝国襲撃の原因があなたにあったのなら、私はあなたを許さない」
リーン・リッヒは振動の発生型魔導師である。超音波探知の要領で、帝国領内に突如として現われた建物くらいは察知することができる。
「これはおそらく世界の危機だよ。同じE3として力を合わせようじゃないか」
ダース・ホークの声がリーン・リッヒの耳に入ったのはそこまでだった。
リーン・リッヒは振動探知によりエアの現在地を確認し、早急に対策を講じた。
軍事区域へ連絡し、農業・畜産区域でエアを迎え撃つよう命じた。さらに商業区域に連絡し、早急に農業・畜産区域の人民や家畜たちを北東へ避難させるよう指示を出した。
現在は農業・畜産区域と学研区域の五護臣は不在となっている。代わりの者が見つからないのだ。だからほかの区域から対応者を出すしかない。
さらに、リーン・リッヒは帝国全土に厳戒態勢を敷いた。
公地から帝国の農業・畜産区域へと飛ぶとなると、市街地とリオン城の上空を横切ることになる。エアが行きがけの駄賃で何かしてくるかもしれない。
しかし、それは杞憂に終わった。ただ、それを幸いと呼ぶには早計だ。
エアは一時間もしないうちに魔導学院の場所まで到達し、校舎を見下ろしている。それなのにエアを迎え撃つための軍事区域からの戦力移動も終えていないし、農業・畜産区域の人民は避難を終えたものの家畜たちは残されたままだった。仕方なく、軍事区域の兵士たちが家畜を誘導する。
エアと戦える帝国の人間は、実質的にロイン・リオン大将とリーン・リッヒ皇帝の二人だけだった。
もちろん、戦うのは帝国の人間だけではない。
学院の校舎屋上には、ダース・ホークを筆頭とし、生徒会長のレイジー・デント、風紀委員長のルーレ・リッヒという四天魔が勢ぞろいしており、エアとの親交があるキーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒの三人も説得要員として立ち、上空のエアを見つめている。
エアは右手を天に掲げた。その先には巨大な空気玉があった。それは公地で作ったものを解除せずにひっぱってきたものだった。
空気玉はさらに巨大に成長しており、そこはかとない攻撃の意志が汲み取れた。
「エア、なんでこんなことをするの? 説明してよ!」
皆が固唾を呑む中、最初に言葉を投げたのはキーラだった。
そこにシャイルが続く。
「エアちゃん、こんなことはやめて! 私たちはあなたのことを友達だと思っているのよ!」
「エアさん、あなたはエストさんやわたくしたちといて楽しかったのではなくて? 少なくともわたくしの目にはそう映りましたし、私自身も楽しいと感じていましたわ」
最後にリーズが続いた。しかし、エアは冷ややかな視線を校舎屋上の三人に向かって落とすばかりだった。
ようやく口を開いたかと思ったら、精霊のときのように機械的な発言しかしなかった。
「キーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒ。あなたたちは第三優先ターゲットだったけれど、繰上げで最初に殺すわね。私の慈悲を受け取ってもらえるかしら?」
「あんたのジョーク、笑えない!」
「私は一つたりとも冗談を口にしていない。それに、耐久力の低い戦力から削っていくのは戦略的にも最善であり、あなたたちから狙うのは必然でしょう。そういうことはリッヒ家のあなたなら承知しているはずよね、リーズ」
まるで自我を持ち人類に反旗を翻した人工知能のように、エアは表情も声も変えず、冷静に淡々と述べた。
結局、キーラやリーズの質問にはいっさい答えていない。エアからはもう攻撃に移ろうとしている気配が感じられる。説得が通用する気配はまったくない。
学院生たちと帝国戦力は臨戦態勢に入った。
先制攻撃はロイン・リオン大将であった。
彼は鉄板の上に乗って空を飛ぶ。彼が引き連れてきた無人の戦車の数は二十。それがいっせいにエアを砲撃した。
砲弾は大気を震わせながら正確にエアの浮く座標へと飛び、エアを中心に広範囲に爆煙を広げた。
轟音に両手で耳を塞ぐ面々。襲い来る暴風はリーズが風の操作により横方向へと逃がした。
爆風が弱まり、状況把握のため黒煙をリーズが風で追い払うと、エアの健在が確認できた。
彼女は傷一つ付いていないし、わずかな煤を被っていることもなかった。
「空気の壁か……?」
ロイン大将は一斉砲撃をエアが無傷で凌ぐことは予測していた。
だが、もしかしたら、という希望はあった。リオン帝国の最先進科学力による戦車の一斉砲撃。空気操作の本家でなくなってしまったエアならば、少しくらい崩せるだろうと考えていた。
リーン皇帝は振動によって宙に作った足場を渡り、ロイン大将に近づいて考察を補足した。
「いや、あれは私の振動によるバリアを組み合わせている。振動バリアによって爆発の威力を完全に殺し、その内側に張ったバリアの空気層と真空層によって煙や炎の侵入を防いでいる」
学院の校舎屋上に陣取るダースは、帝国勢の二人を見上げて自分も考察に参加した。
「それにおそらく、熱の操作も使っているね。爆風と光の熱を緩和するためにね。僕の闇の魔法を使わないのは、不用意に影を発生させて僕に攻撃のチャンスを与えないためだろう」
ダースたちは次にはエアの攻撃が来ると身構えたが、エアはすぐには攻撃してこなかった。
エアは一同を、特にダースを意識して見下ろし、語りかけた。
「ふーん。もう私の魔術の正体を見破ったかのような会話だけれど、はたしてどこまで正確なのかしらね。憶測で敵の魔術を決めつけて戦うのはとても危険だと思うわよ」
「訊いたところでどうせ教えてくれないだろうから、こちらもどのレベルでこの推測を信じているかを君に教えない」
ダースも情報の重要性については心得ている。
エアにとって敵が自分の魔術の正体を正確に把握できているかどうかが分からないことは、一つの不安要素である。
そういった本当に些細な情報であっても、その情報の有無が形勢の拮抗した場合なんかに鍵となり得るのだ。
エアは情報量の優位性と不確定要素によるリスクを天秤にかけ、英断を下した。
「あなたたちの推測は合っているわ。私の魔術の正体は相手の記憶の中から魔法を引き出すことよ」
エアはこれを教えることによって、ダースたちが彼女の魔法を正確に把握しているかどうか分からないという不確定要素を消した。
情報の重要性を重々承知している人間ほど、この英断を下せる者は稀だろう。
エストならおそらくエアと同じく不確定要素の排除を選択する。だがダースは単純に情報量の優位性を選択するだろう。
「エア、ついでに動機も教えてくれないかい?」
「それは絶対に教えない。私の動機を確かめなければ、お人好しのあなたたちは私を本気で攻撃できないのでしょう? それは十分に利用させてもらうわ」
その何がなんでも勝利にこだわる姿勢は、ゲス・エストのように単純に強者と戦いたいというものには見えない。
かといって、強い憎悪があるわけでもないし、マジックイーターのように魔術師のためというふうでもない。もちろん、世界征服でもなさそうだ。
それら消去法の根拠としては、エアがキーラ、シャイル、リーズを第三優先ターゲットと発言したところが大きい。
エアの瞳は、どこか使命感に似た意志の強さを秘めている。
「僕たちが動機を知ったら、君を本気で攻撃できるようになるということかい? そうだとしたら、本気で攻撃することにためらいはないよ」
「あなたたちが本気で攻撃してくることは、私にとってなんら問題にはならない。でも動機は教えない」
分かっていた。ダースたち全員が本気で挑んだとしてもエアに勝てる見込みは薄い。力を抑えて戦う必要性などどこにも存在しない。
「ちなみに私も手を抜かないから覚悟してね」
エアの頭上にあった巨大な空気玉が、魔導学院の校舎の方へと移動を開始した。
学院の屋上に転がって熱にうなされるダースだったが、吹きすさぶ風が少しずつ熱を取り払ってくれて、ダースはどうにか魔法を使える程度まで思考力を取り戻した。
まだ体を動かす元気はないが、少し集中力を高めて魔法を使った。闇を通してエアの様子を監視する。
エアは宙に浮いたまま目を閉じていた。
瞑想しているようにも見えるが、そうじゃない。探しているのだ。空間把握モードを使い、学院やダースが移動した先を。
エアはパチリと目を開いた。そして顔を向けた方角は北西。リオン帝国の農業・畜産区域の方角だ。
そして、飛行による高速移動を開始した。
「もう見つかったのか……」
もしこれがエストなら、接近せずともこの時点でダースを攻撃することが可能だった。
だがいまのエアは魔術師であり、本質は空気魔法の使い手ではない。遠距離での空気の操作力は落ちてしまう。だから接近して直接見た範囲の空気を操作したいのだ。そうすれば、おそらく本来の魔導師と同等の魔法を使える。
ダースは一計を案じた。
リオン帝国の現皇帝であるリーン・リッヒに闇を通して語りかけた。
「皇帝リーン・リッヒ、よく聞いてほしい」
「おまえは誰だ!」
リーン・リッヒは皇帝専用の豪奢な椅子に腰を沈めて事務仕事をしていた。
いまの彼女は皇帝であり、騎士ではない。赤と金色と白を基調とした煌びやかな皇帝の服を着ていた。
「僕はダース・ホーク。緊急事態を知らせるために語りかけた。よく聞いてくれ。いま、最後のマジックイーターがリオン帝国へ向かっている。そいつの目的は世界の破壊か、あるいは征服だ。馬鹿げた話に思うかもしれないが、そいつは最強の魔術師だ。ゲス・エストも僕も負けた」
ダースはマジックイーターと言ったが、それはリーンに緊急性を認識させるための方便である。
「ゲス・エストが負けた!? 魔術は?」
「エストの見立てでは、相手の記憶から魔法を引き出し自在に操る魔術のようだよ」
「そんな、なんてこと……。それで、その魔術師の名前は?」
「魔術師の名は、エア」
「エア……」
リーン・リッヒはそれを聞いてすべて合点がいった。エアとは、あのゲス・エストが契約していた精霊の名前だ。
自分を打ち負かしたあのゲス・エストすら倒した魔術師。
おそらく自分だけでは勝てない。よほど狡猾な不意打ちをするか、物量で押しきるかしかないだろう。
「ひとまず、警告ありがとうと言っておく。ただ、不法入国を緊急避難として容認するにしても、エアによる帝国襲撃の原因があなたにあったのなら、私はあなたを許さない」
リーン・リッヒは振動の発生型魔導師である。超音波探知の要領で、帝国領内に突如として現われた建物くらいは察知することができる。
「これはおそらく世界の危機だよ。同じE3として力を合わせようじゃないか」
ダース・ホークの声がリーン・リッヒの耳に入ったのはそこまでだった。
リーン・リッヒは振動探知によりエアの現在地を確認し、早急に対策を講じた。
軍事区域へ連絡し、農業・畜産区域でエアを迎え撃つよう命じた。さらに商業区域に連絡し、早急に農業・畜産区域の人民や家畜たちを北東へ避難させるよう指示を出した。
現在は農業・畜産区域と学研区域の五護臣は不在となっている。代わりの者が見つからないのだ。だからほかの区域から対応者を出すしかない。
さらに、リーン・リッヒは帝国全土に厳戒態勢を敷いた。
公地から帝国の農業・畜産区域へと飛ぶとなると、市街地とリオン城の上空を横切ることになる。エアが行きがけの駄賃で何かしてくるかもしれない。
しかし、それは杞憂に終わった。ただ、それを幸いと呼ぶには早計だ。
エアは一時間もしないうちに魔導学院の場所まで到達し、校舎を見下ろしている。それなのにエアを迎え撃つための軍事区域からの戦力移動も終えていないし、農業・畜産区域の人民は避難を終えたものの家畜たちは残されたままだった。仕方なく、軍事区域の兵士たちが家畜を誘導する。
エアと戦える帝国の人間は、実質的にロイン・リオン大将とリーン・リッヒ皇帝の二人だけだった。
もちろん、戦うのは帝国の人間だけではない。
学院の校舎屋上には、ダース・ホークを筆頭とし、生徒会長のレイジー・デント、風紀委員長のルーレ・リッヒという四天魔が勢ぞろいしており、エアとの親交があるキーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒの三人も説得要員として立ち、上空のエアを見つめている。
エアは右手を天に掲げた。その先には巨大な空気玉があった。それは公地で作ったものを解除せずにひっぱってきたものだった。
空気玉はさらに巨大に成長しており、そこはかとない攻撃の意志が汲み取れた。
「エア、なんでこんなことをするの? 説明してよ!」
皆が固唾を呑む中、最初に言葉を投げたのはキーラだった。
そこにシャイルが続く。
「エアちゃん、こんなことはやめて! 私たちはあなたのことを友達だと思っているのよ!」
「エアさん、あなたはエストさんやわたくしたちといて楽しかったのではなくて? 少なくともわたくしの目にはそう映りましたし、私自身も楽しいと感じていましたわ」
最後にリーズが続いた。しかし、エアは冷ややかな視線を校舎屋上の三人に向かって落とすばかりだった。
ようやく口を開いたかと思ったら、精霊のときのように機械的な発言しかしなかった。
「キーラ・ヌア、シャイル・マーン、リーズ・リッヒ。あなたたちは第三優先ターゲットだったけれど、繰上げで最初に殺すわね。私の慈悲を受け取ってもらえるかしら?」
「あんたのジョーク、笑えない!」
「私は一つたりとも冗談を口にしていない。それに、耐久力の低い戦力から削っていくのは戦略的にも最善であり、あなたたちから狙うのは必然でしょう。そういうことはリッヒ家のあなたなら承知しているはずよね、リーズ」
まるで自我を持ち人類に反旗を翻した人工知能のように、エアは表情も声も変えず、冷静に淡々と述べた。
結局、キーラやリーズの質問にはいっさい答えていない。エアからはもう攻撃に移ろうとしている気配が感じられる。説得が通用する気配はまったくない。
学院生たちと帝国戦力は臨戦態勢に入った。
先制攻撃はロイン・リオン大将であった。
彼は鉄板の上に乗って空を飛ぶ。彼が引き連れてきた無人の戦車の数は二十。それがいっせいにエアを砲撃した。
砲弾は大気を震わせながら正確にエアの浮く座標へと飛び、エアを中心に広範囲に爆煙を広げた。
轟音に両手で耳を塞ぐ面々。襲い来る暴風はリーズが風の操作により横方向へと逃がした。
爆風が弱まり、状況把握のため黒煙をリーズが風で追い払うと、エアの健在が確認できた。
彼女は傷一つ付いていないし、わずかな煤を被っていることもなかった。
「空気の壁か……?」
ロイン大将は一斉砲撃をエアが無傷で凌ぐことは予測していた。
だが、もしかしたら、という希望はあった。リオン帝国の最先進科学力による戦車の一斉砲撃。空気操作の本家でなくなってしまったエアならば、少しくらい崩せるだろうと考えていた。
リーン皇帝は振動によって宙に作った足場を渡り、ロイン大将に近づいて考察を補足した。
「いや、あれは私の振動によるバリアを組み合わせている。振動バリアによって爆発の威力を完全に殺し、その内側に張ったバリアの空気層と真空層によって煙や炎の侵入を防いでいる」
学院の校舎屋上に陣取るダースは、帝国勢の二人を見上げて自分も考察に参加した。
「それにおそらく、熱の操作も使っているね。爆風と光の熱を緩和するためにね。僕の闇の魔法を使わないのは、不用意に影を発生させて僕に攻撃のチャンスを与えないためだろう」
ダースたちは次にはエアの攻撃が来ると身構えたが、エアはすぐには攻撃してこなかった。
エアは一同を、特にダースを意識して見下ろし、語りかけた。
「ふーん。もう私の魔術の正体を見破ったかのような会話だけれど、はたしてどこまで正確なのかしらね。憶測で敵の魔術を決めつけて戦うのはとても危険だと思うわよ」
「訊いたところでどうせ教えてくれないだろうから、こちらもどのレベルでこの推測を信じているかを君に教えない」
ダースも情報の重要性については心得ている。
エアにとって敵が自分の魔術の正体を正確に把握できているかどうかが分からないことは、一つの不安要素である。
そういった本当に些細な情報であっても、その情報の有無が形勢の拮抗した場合なんかに鍵となり得るのだ。
エアは情報量の優位性と不確定要素によるリスクを天秤にかけ、英断を下した。
「あなたたちの推測は合っているわ。私の魔術の正体は相手の記憶の中から魔法を引き出すことよ」
エアはこれを教えることによって、ダースたちが彼女の魔法を正確に把握しているかどうか分からないという不確定要素を消した。
情報の重要性を重々承知している人間ほど、この英断を下せる者は稀だろう。
エストならおそらくエアと同じく不確定要素の排除を選択する。だがダースは単純に情報量の優位性を選択するだろう。
「エア、ついでに動機も教えてくれないかい?」
「それは絶対に教えない。私の動機を確かめなければ、お人好しのあなたたちは私を本気で攻撃できないのでしょう? それは十分に利用させてもらうわ」
その何がなんでも勝利にこだわる姿勢は、ゲス・エストのように単純に強者と戦いたいというものには見えない。
かといって、強い憎悪があるわけでもないし、マジックイーターのように魔術師のためというふうでもない。もちろん、世界征服でもなさそうだ。
それら消去法の根拠としては、エアがキーラ、シャイル、リーズを第三優先ターゲットと発言したところが大きい。
エアの瞳は、どこか使命感に似た意志の強さを秘めている。
「僕たちが動機を知ったら、君を本気で攻撃できるようになるということかい? そうだとしたら、本気で攻撃することにためらいはないよ」
「あなたたちが本気で攻撃してくることは、私にとってなんら問題にはならない。でも動機は教えない」
分かっていた。ダースたち全員が本気で挑んだとしてもエアに勝てる見込みは薄い。力を抑えて戦う必要性などどこにも存在しない。
「ちなみに私も手を抜かないから覚悟してね」
エアの頭上にあった巨大な空気玉が、魔導学院の校舎の方へと移動を開始した。
0
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

【完】BLゲームに転生した俺、クリアすれば転生し直せると言われたので、バッドエンドを目指します! 〜女神の嗜好でBLルートなんてまっぴらだ〜
とかげになりたい僕
ファンタジー
不慮の事故で死んだ俺は、女神の力によって転生することになった。
「どんな感じで転生しますか?」
「モテモテな人生を送りたい! あとイケメンになりたい!」
そうして俺が転生したのは――
え、ここBLゲームの世界やん!?
タチがタチじゃなくてネコはネコじゃない!? オネェ担任にヤンキー保健医、双子の兄弟と巨人後輩。俺は男にモテたくない!
女神から「クリアすればもう一度転生出来ますよ」という暴言にも近い助言を信じ、俺は誰とも結ばれないバッドエンドをクリアしてみせる! 俺の操は誰にも奪わせはしない!
このお話は小説家になろうでも掲載しています。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

職業・遊び人となったら追放されたけれど、追放先で覚醒し無双しちゃいました!
よっしぃ
ファンタジー
この物語は、通常1つの職業を選定する所を、一つ目で遊び人を選定してしまい何とか別の職業を、と思い3つとも遊び人を選定してしまったデルクが、成長して無双する話。
10歳を過ぎると皆教会へ赴き、自身の職業を選定してもらうが、デルク・コーネインはここでまさかの遊び人になってしまう。最高3つの職業を選べるが、その分成長速度が遅くなるも、2つ目を選定。
ここでも前代未聞の遊び人。止められるも3度目の正直で挑むも結果は遊び人。
同年代の連中は皆良い職業を選定してもらい、どんどん成長していく。
皆に馬鹿にされ、蔑まれ、馬鹿にされ、それでも何とかレベル上げを行うデルク。
こんな中2年ほど経って、12歳になった頃、1歳年下の11歳の1人の少女セシル・ヴァウテルスと出会う。凄い職業を得たが、成長が遅すぎると見捨てられた彼女。そんな2人がダンジョンで出会い、脱出不可能といわれているダンジョン下層からの脱出を、2人で成長していく事で不可能を可能にしていく。
そんな中2人を馬鹿にし、死地に追い込んだ同年代の連中や年上の冒険者は、中層への攻略を急ぐあまり、成長速度の遅い上位職を得たデルクの幼馴染の2人をダンジョンの大穴に突き落とし排除してしまう。
しかし奇跡的にもデルクはこの2人の命を救う事ができ、セシルを含めた4人で辛うじてダンジョンを脱出。
その後自分達をこんな所に追い込んだ連中と対峙する事になるが、ダンジョン下層で成長した4人にかなう冒険者はおらず、自らの愚かな行為に自滅してしまう。
そして、成長した遊び人の職業、実は成長すればどんな職業へもジョブチェンジできる最高の職業でした!
更に未だかつて同じ職業を3つ引いた人物がいなかったために、その結果がどうなるかわかっていなかった事もあり、その結果がとんでもない事になる。
これはのちに伝説となる4人を中心とする成長物語。
ダンジョン脱出までは辛抱の連続ですが、その後はざまぁな展開が待っています。
本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。
なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。
Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。
それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
――チュートリアルが完了しました。
と、いうシステムメッセージが流れる。
それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

最強魔導士となって国に尽くしたら、敵国王子様が離してくれなくなりました
Mee.
ファンタジー
薔薇(ローザ)は彼氏なし歴=年齢の、陰キャOL。
ある日いつものようにゲームをしていると、突如としてゲームの世界へと迷い込んでしまった。そこで偶然グルニア帝国軍に拾われ『伝説の魔導士』として崇められるも、捕虜同然の扱いを受ける。
そして、放り出された戦場で、敵国ロスノック帝国の第二王子レオンに助けられた。
ゲームの中では極悪非道だったレオンだが、この世界のレオンは優しくて紳士的だった。敵国魔導士だったローザを温かく迎え入れ、魔法の使いかたを教える。ローザの魔法はぐんぐん上達し、文字通り最強魔導士となっていく。
ローザはレオンに恩返ししようと奮闘する。様々な魔法を覚え、飢饉に苦しむ人々のために野菜を育てようとする。
レオンはそんなローザに、特別な感情を抱き始めていた。そして、レオンの溺愛はエスカレートしていくのだった……
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる